その1
思いつきで行動するものではない、と常々部下のフライスから言われていたが、まさにその通りだなと思った。
背筋に冷たい汗が落ちるのを感じる。せめて満月の夜に来るべきだったとつくづく思うが、あいにく空は雲ひとつ無い青さ。
燦々とふりそそぐ太陽に肌がチリチリと焦げ付くのを感じて、もはや暑いのか寒いのかも分からない。
それほどまでに混乱している自分を、やや冷静な自分がどこかで見つめて嘲笑してるのを感じる。そらみたことか、所詮自分など魔王などという器ではないのだ、と。
好きで魔王になったのではない、と己自身に返しつつ、さてどうしたものかと頭をめぐらせる。
「……ええと、あのそのー、自分、怪しいものでは決して――」
「怪しい人ほど、そう言い訳するのだよ。自己申告とは、脳みその軽い魔族だね?」
ニッコリと効果音つきで微笑みながら、こちらの首筋に突きつけた刃は微動だにしない。
ああーこりゃ想像以上の手練だね~トホホ……などと苦笑を浮かべつつ、相手をそれとなく観察してみる。
ルイエ・マクカルディ。36歳になったばかりだと部下たちから聞いているが、漂ってくる雰囲気はとてもそんな若造のものでは無い。
だからといって老けた風貌なのかといえば、そうでもない。むしろ、ほっそりとした体躯と穏やかそうな顔立ち、背中で一つに束ねている深みのある長い金髪は、実年齢よりも若く見られる。
それらのギャップがまた得体の知れなさを醸し出し、ぶっちゃけ魔族である自分よりもよっぽどバケモノくさい。
「今、ずいぶんと失礼なことを考えなかったかい?」
「……スイマセンデシタ」
ごまかすよりは謝ってしまった方が早い。両手を挙げたままの姿勢で、若き魔王――ケイオスは棒読みした。
それにひとまずは満足したらしいルイエは、一つ頷くと剣は引っ込めずに笑みを深くした。
「さて、それで魔族の王がこんな真昼間に何の用かな? 私の可愛い息子の生気でも吸いに来た?」
「人間の生気なんてマズイものを欲するのは、魔族にすらなれない下等な生命体だよ。
僕の核は世界樹の小枝だから、この世界に充満する負の魔力で十分だ」
それより、どうして僕が魔王だと分かったのかな?
ニッコリと笑顔を返しながら尋ねると、ルイエは剣をおさめた。おお、意外な展開。あのままズブリと喉首でも裂かれるかと思ったのに。
「キミの魔力の質は、キミの父上によく似てるよ。会ってすぐ分かった」
父親の話題を出されて、笑みがわずかに引きつるのを感じた。見ていて分かったのだろう、ルイエが性質の悪い笑みを浮かべる。
「……仇である私が憎いかい?」
「――そんなんじゃないよ」
隠し通すのは無理だと観念して苦笑する。そんなんじゃない。断じて。
父は『魔族の王』として、決してしてはならぬことをした。だから『勇者』と『魔女』に討たれた。それに関しては何とも思わない。
「ただあえて言うなら、僕に魔王だなんて面倒なことを押し付けた張本人としてイラっとしたかもね」
おどけて肩をすくめてみせると、それが意外だったのか『勇者』だった男はクスクスと笑い始めた。
笑いながら、無防備にもくるりとこちらに背中を向けた。
「入りたまえ、家内もちょうど帰って来ている。紹介しよう」