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怪異清掃、請負います  作者: 夾竹桃


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7/10

07.第七話

山道を行く黒塗りのワンボックスカーは、葬儀の霊柩車よりも重苦しい空気を纏っていた。時刻は深夜二時。文明の光が届かない山奥の道路を、俺たちが乗った車だけが走っている。


「……あの、会長。そろそろ教えてくれませんか」


俺――佐藤健太は、運転席のハンドルを握りながら、恐る恐る後部座席に声をかけた。バックミラーに映るのは、優雅に足を組んで窓の外を眺める会長と、その横で彫像のように無表情な氷室先輩。

そして、三列目のシートでは、桃が愛用のポリッシャーを抱いて貧乏ゆすりをし、神宮寺剛社長が「車内トレーニング」と称して空気椅子をしている。


「教えてって、何を?」


「行き先ですよ。ナビにも載ってない獣道に入ってから三十分経ちますけど、本当にこの先に現場があるんですか?」


「あるわよ。地図から消された場所だから、載っていないのは当然だけど」


消された場所。その響きだけで、俺の胃袋はキリキリと悲鳴を上げた。数時間前に食べた高級ショートケーキが逆流しそうだ。


「到着まであと五分です」


助手席でタブレットを見ていた氷室先輩が、事務的な声で告げる。彼女は今夜、いつものメイド服ではない。動きやすさを重視した黒いタクティカルスーツのような衣装を着込んでいる。

ただし、エプロンとカチューシャだけは外していないので、どこからどう見ても「戦闘用メイド」だ。


「よし。おもちゃ、ライトを消しなさい」


「えっ、こんな山道で?」


「いいから消せ。見つかったら面倒だろ」


桃にドスを利かされ、俺は慌ててヘッドライトを消した。闇。完全なる漆黒が視界を覆う。だが、社長が低い声で囁いた。


「心配するな佐藤君。私の大胸筋がソナーのように地形を感じ取っている。右だ」


「あんたの筋肉は何でもありかよ!」


半信半疑でハンドルを切る。すると、鬱蒼とした木々の隙間から、巨大なコンクリートの塊が姿を現した。


「……なんだ、あれ」


それは、廃墟だった。かつては何かの工場か、研究所だったのだろうか。無機質なビル群が、墓標のように静まり返っている。

だが、ただの廃墟ではない。建物の周囲には高いフェンスが張り巡らされ、要所要所にサーチライトが設置されている。そして、フェンスの内側を巡回しているのは――。


「……兵隊?」


迷彩服に身を包み、アサルトライフルを携行した男たち。どう見ても警備員レベルではない。正規軍の装備だ。


「ここ、日本ですよね? なんで軍隊がいるんですか?」


「民間軍事会社(PMC)よ。金で雇われた番犬ね」


会長はつまらなそうに鼻を鳴らした。


「止めて。ここから歩くわ」




車を降りた俺たちは、森の茂みに身を潜めながらフェンスに近づいた。冷たい夜風が肌を刺す。俺の格好は、いつものジャージ。武器はなし。防御力ゼロ。対する仲間たちは――。

会長、ゴシックドレスに日傘(夜なのに)。氷室先輩、戦闘用メイド服に、両手には銀色の大型拳銃。社長、高級スーツ(パツパツ)。桃、キメラ・メイド服(犬耳装備)に、背中にはいつものポリッシャー……ではなく、布に包まれた長細い棒状の何か。

カオスだ。ハロウィンの仮装行列が紛争地帯に迷い込んだとしか思えない。


「さて、どうするんですか? 隠密で潜入?」


俺が小声で聞くと、会長は不思議そうな顔をした。


「隠密? なんでコソコソしなきゃいけないの。ここは私の庭よ?」


「いや、バリバリに警備されてますけど」


「不法占拠者には、出て行ってもらわないとね」


会長は扇子で桃の背中を叩いた。


「ペット。出番よ」


「へいへい。やっとかよ」


桃が前に出る。彼女はニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、背中の包みを解いた。現れたのは、黒光りする鉄の塊。

表面には無数のスパイクが植え込まれている。それは、どう見ても――。


「……金棒?」


鬼に金棒。ことわざ通りの武装だ。長さ二メートルはある金属の塊を、桃は小枝のように軽々と振り回した。


「おい、そこの不法投棄ゴミどもぉぉ!!」


桃が大声で叫びながら、フェンスに向かって走り出した。隠れる気ゼロだ。


「敵襲! 敵襲!」


「なんだあの女は!?」


警備兵たちが反応し、サーチライトが一斉に桃を照らし出す。銃口が彼女に向けられる。


「撃てぇぇ!!」


乾いた銃声が森に響き渡る。俺は頭を抱えてしゃがみ込んだ。終わった。蜂の巣だ。


「ぬるいんだよォォォ!!」


だが、聞こえてきたのは悲鳴ではなく、金属がひしゃげる轟音だった。顔を上げると、信じられない光景が広がっていた。

桃が金棒を一振りするだけで、飛来する銃弾が弾き返され、火花を散らしている。いや、弾いているだけではない。彼女は弾丸の雨の中を突っ切り、フェンスごとゲートを吹き飛ばしていた。


「ヒャッハァァァ! パーティの始まりだァァァ!!」


桃が金棒を横に薙ぐ。それだけで、土嚢(どのう)を積んだバリケードが爆散し、後ろにいた兵士たちがボウリングのピンのように宙を舞った。


「ば、バケモノか!?」


RPGロケットランチャーを持ってこい!」


現場は一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。人がゴミのように飛び、鉄が紙のように裂ける。

桃の金棒は、ポリッシャーのような「掃除用具」ではない。純然たる「殺傷兵器」だ。彼女のリミッターが外れているのが分かる。


「あらあら、元気ねぇ」


その惨状を、会長はまるでオペラでも鑑賞するように眺めていた。


「メイド、撮影は?」


「問題ありません会長。バッチリです」


見れば、氷室先輩が業務用の巨大なビデオカメラを構えていた。レンズの先には、暴れ回る桃の姿。


「8K画質、六〇フレームで記録中です。血飛沫の一滴まで鮮明に映っております」


「なんで撮ってんすか!?」


「記録用です。後で会長がポップコーンを食べながら鑑賞するために」


「趣味が悪すぎる!」


俺たちが悠々と正面ゲート(だった残骸)を通過すると、生き残った兵士たちが震えながら銃を向けてきた。


「ひ、ひるむな! 撃て! あのゴスロリ女が親玉だ!」


数人の兵士が、会長に狙いを定める。俺は反射的に前に出ようとした――が、それより速く、巨大な影が動いた。


「我が社の会長に指一本触れさせん!」


神宮寺社長だ。彼はスーツ姿のまま、兵士たちの前に立ちはだかった。


「死ねぇ!」


至近距離からのフルオート射撃。社長の体に、無数の銃弾が吸い込まれていく。


「しゃ、社長ぉぉぉ!!」


俺の絶叫。しかし。軽い金属音がして、ひしゃげた弾丸が足元に転がった。


「……ふむ。イタリア製の生地は肌触りがいいが、防弾性能はいまいちだな」


社長は、穴だらけになったスーツを悲しげに見下ろした。その下の皮膚は――無傷。いや、正確には「筋肉が硬すぎて弾丸が通らなかった」のだ。


「な、なんだこいつは……! ターミネーターか!?」


「ノンノン。私はボディビルダーだ」


社長はニカっと笑い、ダブルバイセップスのポーズを取った。


「さあ、私の大胸筋と語り合おうか!」


「いやぁぁぁぁ!!」


兵士たちが戦意を喪失して逃げ出す。無理もない。物理攻撃が効かないピンク髪の鬼と、銃弾を弾くマッチョ。勝てるわけがない。




外周の敵を掃討(というより一方的な蹂躙)し、俺たちは施設の中へと足を踏み入れた。外の喧騒とは対照的に、建物の中は不気味なほど静まり返っていた。

カビと埃、そして薬品の混じったツンとする臭いが鼻をつく。


「……ここ、何だったんですか?」


俺は懐中電灯で足元を照らしながら聞いた。床には書類が散乱し、ガラス片が散らばっている。壁には何かの爪痕のような傷が無数に刻まれていた。


「研究所よ」


会長が短く答える。彼女は迷いのない足取りで、奥へ奥へと進んでいく。


「何を研究していたんですか?」


「『人工的な除霊師』を作る実験場」


その言葉に、俺は息を呑んだ。人工的な、除霊師。


「二十年前の大戦で、優秀な霊能力者はほとんど死に絶えたわ。残ったのは無能な政府と、力のない一般人だけ……そこで、馬鹿な大人たちは考えたのよ」


「除霊師がいないなら、作ればいい、と?」


「ご名答。科学と呪術を融合させて、霊を殺すためだけの生体兵器を量産しようとしたの。孤児や、身寄りのない子供たちを素材にしてね」


会長の声は淡々としていたが、そこには底知れぬ軽蔑が含まれていた。俺は散らばっている書類の一つを拾い上げた。『被験体No.4610 廃棄処分』『霊的適合率 12% 失敗』そんな文字が並んでいる。


「ひどい……」


「効率は悪かったみたいね。適合する素体は一万人に一人。それ以外は、精神が崩壊するか、肉体が異形化して『廃棄』されたわ」


会長は、ある扉の前で立ち止まった。重厚な鉄の扉。そこには『中央管理室』と書かれている。


「私は五年前にここを潰したの。研究データも、設備も、関係者も、ぜーんぶ灰にしてあげたわ」


「じゃあ、なんでまたここに来たんですか?」


「一つだけ、回収し忘れたデータがあったからよ」


会長が氷室先輩を見る。氷室先輩は無言で頷き、扉の電子ロックに手をかざした。

彼女の手のひらから、微弱な青い光が走る。『認証:管理者権限』電子音声と共に、ロックが解除された。


「……え?」


俺は氷室先輩を見た。なぜ、彼女がここのロックを開けられる? 管理者権限?


「氷室……先輩?」


「……急ぎましょう。奥で『それ』が待っています」


彼女は俺の問いかけには答えず、先へと進んでいった。その横顔は、いつものクールな表情だったが、どこか痛々しいほどに張り詰めて見えた。




地下へと続く階段を降りるにつれて、空気の質が変わっていった。濃厚な霊気が漂っている。それも、自然発生した悪霊のものではない。もっと人工的で、歪な気配だ。


「おい、なんか来るぞ」


先頭を歩いていた桃が足を止めた。彼女の犬耳カチューシャがピクリと動く。


「数は?」


「二十……いや、三十か。壁の向こう、天井、床下。囲まれてるな」


桃が金棒を構え直す。次の瞬間、通路の四方八方から、異形の影が飛び出してきた。

それは、人ではなかった。四つん這いで走る、青白い肌の怪物たち。目は白濁し、口からは長い舌が垂れ下がっている。

だが、その体には無機質な機械が埋め込まれていた。腕がブレードになっていたり、背中にタンクを背負っていたりする。


「なっ、なんだコイツら!?」


「『失敗作(スクラップ)』よ」


会長が冷たく言い放つ。


「除霊師になれなかった成れの果て。霊的な負荷に耐えきれず、悪霊に乗っ取られた元・人間ね」


元、人間。その言葉に、俺は動きを止めてしまった。こいつらも、かつては人間だったのか? 子供だったのか?


「佐藤君、下がるんだ!」


呆然とする俺の前に、社長が飛び出した。怪物の鋭い爪が、社長の胸板を切り裂こうとする。金属音が響き、爪の方が折れた。


「硬っ!?」


「私の筋肉密度はダイヤモンドに匹敵する! ……ふんッ!」


社長が剛腕を振るう。ラリアットの一撃で、怪物の首が不自然な方向にねじ曲がり、吹き飛んだ。


「オラオラオラァ! 邪魔だ雑魚ども!」


桃もまた、踊るように金棒を振り回していた。彼女の一撃は重い。触れただけで怪物の胴体が破裂し、肉片と機械部品が飛び散る。

圧倒的な戦闘力。だが、敵の数が多い。次から次へと湧いてくる。


「キリがねぇな! クソアマ、先に行ってくれ! ここは私が食い止める!」


「頼んだわよ、ペット」


会長は一瞬の躊躇もなく歩き出した。俺と氷室先輩、そして社長がそれに続く。


「おい新人! 死ぬんじゃねぇぞ!」


背後で桃の怒号と、肉が潰れる音が響いた。俺は振り返らずに走った。




地下最深部。そこは、巨大なドーム状の空間になっていた。壁一面に並ぶモニター。

中央には、天井まで届くような巨大な円筒形の培養槽カプセルが鎮座している。カプセルの中は緑色の液体で満たされており、ブクブクと泡が立っていた。


「到着ね」


会長がカプセルの前で立ち止まる。俺は荒い息を整えながら、周囲を見渡した。

誰もいない。研究員も、兵士も。ただ、カプセルの中に浮かぶ「何か」だけが、不気味な存在感を放っている。


「……これが、回収し忘れたデータですか?」


「いいえ。中身は空っぽよ」


会長がカプセルのガラスをコツコツと叩く。よく見ると、中には何も入っていない。ただ培養液が循環しているだけだ。


「空? じゃあ、なんでこんな厳重に……」


「時間稼ぎよ」


その時だった。スピーカーから、ノイズ混じりの笑い声が響き渡った。


『ようこそ、魔女殿。そして裏切り者の4618番』


しゃがれた男の声。氷室先輩の肩が、ビクリと跳ねた。


「……博士」


『感動の再会だな。五年ぶりか? まさかお前が、自らここに戻ってくるとはな』


氷室先輩が、憎悪を込めて天井のスピーカーを睨みつける。いつもの冷静な彼女からは想像もつかない、激しい感情の揺らぎ。


「4618番……それが、氷室先輩の番号……?」


俺は理解した。氷室先輩は、ここの職員ではない。彼女こそが、この施設で作られた「人工除霊師」の成功例――あるいは生き残りなのだと。


『せっかく来てくれたんだ。とっておきの歓迎をしてやろう』


部屋の周囲にあった複数の扉が、一斉に開いた。そこから現れたのは、さっきの「失敗作」とは違う。

全身を黒いパワードスーツで覆い、手には呪術的な刻印が施されたブレードを持った兵士たち。その数、およそ五十。


強化兵士(ブーステッド・ソルジャー)ね。安っぽいオモチャだわ」


会長は包囲されても、眉一つ動かさなかった。日傘をくるりと回し、優雅に微笑む。


「会長、ここは私が!」


氷室先輩が銃を構えて前に出る。だが、会長はそれを手で制した。


「いいえ。貴女たちは下がっていなさい」


「しかし!」


「これは私の『掃除』よ。私の庭で騒ぐ雑草は、根こそぎ刈り取るのがマナーでしょ?」


会長が一歩、前に踏み出す。その瞬間、空気が変わった。重力が増したような圧迫感。彼女を中心にして、世界の色が反転したような錯覚を覚える。

兵士たちが一斉に襲いかかってくる。ブレードが振り下ろされ、銃口が火を噴く。逃げ場はない。物理的に、彼女は死ぬはずだった。


「……目障りよ」


会長が、退屈そうに指を振った。ただ、それだけ。魔法の呪文も、派手なエフェクトもない。ただの指揮者のような、優雅な手振り。

なのに先頭を走っていた兵士の体が、弾けた。まるで内側から爆弾が破裂したように、血と肉片となって四散する。


「え?」


俺が声を上げる間もなく、二り目、三人目が続く。会長が指を弾くたびに、兵士たちが「見えない何か」によってミンチに変えられていく。

銃弾は彼女の目前でピタリと止まり、ポロポロと床に落ちる。物理法則が仕事をしていない。


「な、なんだ……! 何が起きている!?」


兵士たちが動揺し、足を止める。だが、虐殺は止まらない。


「右手が邪魔ね」


会長が呟けば、兵士たちの右腕が一斉に切断される。


「足音がうるさいわ」


彼女が眉をひそめれば、兵士たちの足首が消滅し、全員が床に崩れ落ちる。

それは戦闘ではなかった。一方的な、理不尽な、絶対的な「処理」。汚れた部屋を掃除機で吸い取るような、淡々とした作業だった。


「ひ、ひぃぃぃ! バケモノだ!」


「助けてくれぇ!」


生き残った兵士たちが、這いずりながら逃げようとする。だが、会長は逃がさない。


「死にたくないなら逃げなさい。無様に、豚のような悲鳴をあげてね……それが私のBGMよ」


彼女は恍惚とした表情で、血の海の中を歩く。ドレスの裾は一滴の血も吸っておらず、白磁の肌は返り血ひとつ浴びていない。

美しい。そして、決定的に恐ろしい。俺は震えが止まらなかった。これが、御堂アリス。かつて国を相手に戦争をし、裏社会を震撼させた者の真の姿。

彼女が「鏖殺(おうさつ)の魔女」と呼ばれていた理由を俺は嫌という程知る。俺は今まで、こんな怪物を相手に「給料上げてください」とか言っていたのか。


数分後。動くものはいなくなった。五十人の強化兵士は、文字通り「掃除」され、肉塊の山と化した。


「……ふぅ。少しは運動になったかしら」


会長は日傘を閉じ、つまらなそうに言った。


「メイド、筋肉、おもちゃ。行くわよ」


「ど、どこへですか……?」


「決まってるでしょ。博士がいる管制室よ……メインディッシュはこれからなんだから」


会長が歩き出す。俺たちは無言でその背中を追った。血の海を踏み越え、地獄のさらに奥底へと続く扉へ向かって。

この夜は、まだ終わらない。むしろ、本当の悪夢はここから始まるのだと、俺の本能が告げていた。

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