05.第五話
地獄の雪山遭難(という名の社員旅行)から一週間。俺、佐藤健太は、奇跡的な回復力で職場に復帰していた。
いや、回復したというよりは、休んでいると「欠勤扱い=給料天引き」という、この会社の悪魔的システムが発動するため、這ってでも出社せざるを得なかったのだ。
株式会社クライシス・クリーンサービス。表向きは清掃会社、実態は筋肉と暴力で解決する除霊業者。今日の事務所は、いつになく張り詰めた空気が漂っていた。
「……手札は残り一枚。さあ、どうするのかしら? ペット」
革張りのソファに深々と腰掛け、優雅にトランプを弄んでいるのは、この会社の支配者にして絶対君主、御堂アリス会長だ。
今日の彼女は、深紅のゴシックドレスに黒いレースの手袋という、魔王の休日スタイル。その真紅の瞳が、獲物を甚振る捕食者の輝きを放っている。
「ぐぬぬ……! だ、騙したなクソアマ! さっきのターンでジョーカーは捨てたはずだろ!」
対面に座っているのは、桃だ。外見は美少女だが、その正体は怪力無双の「鬼」。額にはバンダナを巻いて角を隠しているが、こめかみに浮き出た青筋は隠せていない。
「騙してないわよ。貴女が勝手に勘違いして、勝手に自爆しただけ……で? コールは?」
「くっ……! コ、コールだ!」
桃がテーブルを叩き、最後のカードを出す。会長がニヤリと唇を歪めた。
「残念。ロイヤルストレートフラッシュよ」
「なんでだよぉぉぉぉ!!」
桃の絶叫が事務所に響き渡る。俺は給湯室でコーヒー(社長用プロテイン割り)を作りながら、哀れな敗北者を見つめた。
「……また負けたのか」
「ですね。これで七十八連敗です」
隣で淡々と事務処理をしていた氷室先輩が、眼鏡の位置を直しながら言った。
「あの二人、何してるんですか?」
「会長が『業務効率化のための支給品』を仕入れまして。その選択権を懸けたポーカーです」
「支給品? ポリッシャーの新型とかですか?」
「いいえ。もっと……精神的負荷の高い代物です」
氷室先輩が言葉を濁した。嫌な予感がする。この会社で「精神的負荷」と言えば、だいたいロクなことにならない。
「勝負あったわね。約束通り、私の『コーディネート』に従ってもらうわよ」
「くそっ! イカサマだろ絶対!」
「運も実力のうちよ。さあ、選びなさい」
会長はテーブルの上に、二つの箱を置いた。一つは、手のひらサイズの小さな小箱。もう一つは、人間一人が入れそうな巨大な桐の箱だ。
「テーマは『桃太郎』よ。貴女の名前が桃だからね」
「安直なんだよ!」
「この中には、業務をサポートする『お供アイテム』が入っているわ。さあ、どっちにする?」
会長は扇子で口元を隠し、妖しく微笑む。
「ちなみに、私は断然、豪華な『大きい箱』を勧めるわ。中身もギッシリ詰まっているし、きっと貴女の役に立つはずよ」
桃が眉をひそめ、疑り深い目で会長を睨む。
「……テメェが勧めるってことは、そっちがハズレか罠に決まってんだよ」
「あら、私は親切心で言っているのよ?」
「その親切心が一番信用ならねぇんだ! 裏の裏をかいて……私は『小さい箱』を選ぶぜ!」
桃が小箱をひったくるように掴み取った。会長は「あらら」と肩をすくめる。
「ファイナルアンサー?」
「おうよ! 開けるぞ!」
桃が勢いよく箱を開ける。中に入っていたのは――安っぽいプラスチック製の、猿のストラップだった。
「……は?」
「『魔除けのお守り(猿)』よ。激安ショップで九八〇円だったわ」
「ゴミじゃねぇか!!」
「だから言ったじゃない。大きい方を勧めるって」
会長がパチンと指を鳴らすと、氷室先輩が巨大な桐箱の蓋を開けた。そこに入っていたのは、一見して高級品と分かる装備品の数々だった。
最新素材で作られた防刃プロテクター、軽量化されたカーボン製ブーツ、そして高機能な通信機。
「うわぁぁぁ! そっちがアタリかよ!」
「素直じゃない子は損をするのよ……さて、第二ラウンドといきましょうか」
会長は再びカードを配り始めた。テーブルには新たな二つの箱が置かれる。一つは中くらいの箱。もう一つは、またしても巨大な箱だ。
「次こそは当てる……!」
「賭けるのは『犬』と『雉』のアイテムよ。さあ、どっち?」
勝負は一瞬だった。怒りで冷静さを失った桃が勝てるはずもなく、会長の圧勝。
「くそっ! もういい! さっきは裏をかいて失敗したんだ! 今度こそ『デカい箱』を貰うぞ!」
「いいわよ。二つとも持って行きなさい」
桃が「見たか!」とばかりに箱を開ける。中から出てきたのは――。
「……なんだ、これは」
フリルとレースがふんだんに使われた、茶色の「犬耳カチューシャ」。そして、極彩色の羽根で作られた、やたらと派手な「雉の簪」。
「『高感度霊的ソナー(犬耳)』と『隠密結界発生装置(雉)』よ。性能は一級品だわ」
「ふざけんな! こんなの着けて歩けるか!」
「あら、性能は保証するわよ? それに……」
会長がニヤリと笑う。
「一度『所有者登録』をしたから、私の許可なく外せない仕様になっているわ」
「はぁ!?」
桃が慌ててカチューシャを投げ捨てようとするが、まるで磁石のように彼女の手から離れない。それどころか、勝手に頭に吸い付いて装着されてしまった。
「なっ、取れねぇ! なんだこれ!」
「呪い(セキュリティ)よ。さあ、最後の仕上げといきましょうか」
会長は指を鳴らし、部屋の隅に置かれていた段ボール箱を指差した。
「今日は重要なミッションがあるわ」
会長がおごそかに宣言する。悪夢の予感が、俺の背筋を駆け上がった。
「ある富豪から『屋敷でパーティーを開くから、その最中に悪霊が出ないように警備してほしい』という依頼が来たわ」
「へぇ、まともな仕事じゃないですか」
俺は少し安堵した。掃除(物理)ではなく、警備ならまだマシだ。
「ただし、条件があるの。『パーティーの雰囲気を壊さないよう、スタッフとして溶け込める格好をすること』よ」
なるほど。黒服とか、警備員の制服とか、そういうことだろう。
「そこで、私が厳選した『対・社交界用決戦装備』を用意したわ」
「決戦装備?」
「ええ。まずはメイド」
「はい」
氷室先輩が一歩前へ出る。会長から渡された包みを受け取り、更衣室へと消える。数分後。
「……お待たせしました」
カーテンが開くと、そこには完璧な「メイド」が立っていた。ただし、秋葉原にいるようなフリフリのものではない。
ロングスカートに白いエプロン、頭にはホワイトブリム。ヴィクトリア朝の英国を思わせる、クラシックでシックなメイド服だ。
氷室先輩のクールな美貌と相まって、その完成度は異常に高かった。
「おお……似合ってますね、先輩」
「業務ですので」
彼女は涼しい顔をしているが、まんざらでもなさそうだ。スカートの中からナイフや暗器の類がチラ見えしているのが怖いが、ビジュアルとしては百点満点だ。
「合格よ。メイドはそれで潜入しなさい」
「承知いたしました」
「次はペット。貴女はさっきのゲームで負けたし、アイテムも装備済みだから、これでお揃いね」
会長がニタニタしながら、派手なピンク色の包みを投げ渡す。桃は舌打ちしながら更衣室へ入り、乱暴にカーテンを閉めた。
衣擦れの音と、「なんだこれ!?」「ふざけんな!」「入らねぇよ!」という罵声が聞こえてくる。
十分後。更衣室から出てきた桃の姿を見て、俺は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
「……なんだ、それは」
そこにいたのは、メイド服を着た桃だった。だが、氷室先輩のようなシックなものではない。フリルとリボンが過剰にあしらわれた、超ミニスカートのファンシーなアイドル風メイド服だ。
そして、そこに強制装備されたアイテムが加わる。頭には、ピコピコ動く茶色の「犬耳」。髪には、極彩色の「雉」の簪。腰には、安っぽいファンシーな「猿」のストラップ。背中には、巨大な業務用ポリッシャー。
「……キメラ?」
「殺すぞ新人」
桃が般若の形相で睨んでくる。
「テーマは『桃太郎・完全版』よ」
「どこがだよ! 妖怪じゃねぇか!」
「似合ってるわよ、ペットらしくて。その格好で敵をミンチにする姿、とても素敵だわ」
「このドSアマが……!」
「嫌なら脱ぐ? その代わり、違約金として給料三ヶ月分没収だけど」
「着ますよ! 着りゃいいんだろ!」
金には勝てない。この会社の悲しい鉄則だ。氷室先輩が、真顔で桃に近づき、スカートの裾を直してあげた。
「……良い仕事ね。縫製もしっかりしているわ」
「そういう問題じゃねぇんですよお姉様……」
桃がガックリと項垂れた。
「さて、次は……」
会長の視線が、俺と社長に向いた。残る段ボール箱は二つ。一つは、仕立ての良さそうな黒い箱。もう一つは、どう見てもゴミ袋に入った何か。
「筋肉、貴方は特別に選ばせてあげるわ。どっちがいい?」
「ふむ。愚問だな、会長」
神宮寺社長がマッスルポーズを取りながら、白い歯を見せた。
「私の筋肉は、いかなる衣装よりも美しく、機能的な『正装』だ。布などという不純物で、この大胸筋を隠すこと自体が罪深い!」
「つまり?」
「私はこのまま(ブーメランパンツ一丁)で行く! これぞ『裸の執事』スタイル!」
社長がポージングを決める。テカテカのオイルが照明を反射して眩しい。だが、会長の目は冷ややかだった。
「却下よ。パーティー会場で全裸男が歩いていたら、悪霊より先に警察が来るわ」
「むぅ、警察か。彼らはいつも私の芸術を理解しない」
「服を着なさい……おもちゃ、貴方はどっちがいい?」
お鉢が回ってきた。俺は二つの箱を見比べる。黒い箱(たぶんタキシードか執事服)と、ゴミ袋(中身不明)。
「えっと……じゃあ、その黒い箱の方で」
「あ、待て佐藤君! 私のサイズに合うのはその黒い箱だけだ! ゴミ袋の方は小さすぎる!」
「知りませんよ! 早い者勝ちです!」
俺は黒い箱を確保した。中を開けると、予想通り、黒のタキシードが入っていた。サイズも俺にぴったりそうだ。勝った。今回は俺の勝ちだ。
「むぅ……仕方ない。私は残ったこちらを着るとしよう」
社長がゴミ袋を開ける。中から出てきたのは――布だった。いや、服ですらない。腰に巻くための、ボロボロで薄汚れた茶色の腰布。
ファンタジーRPGで、最序盤に出てくる「ゴブリン」が履いているような、ただの布切れだ。
「……なんだこれは。露出度は高いが、筋肉のカットが映えない色だな」
「それは『下僕の腰布』よ。装備すると敏捷性が上がるけど、社会的信用が下がるわ」
「なるほど、機能性重視か! 悪くない!」
社長は一瞬でパンツを脱ぎ捨て(る動きを見せ)、その腰布を装着した。見た目は完全に「都会に迷い込んだ蛮族」である。
「よし、私はこれでいこう! 僧帽筋が『ワイルドさを引き立てている!』と叫んでいる」
「待ってください社長!」
俺は叫んだ。
「なんでそれを選ぶんですか! それ、パンツ一丁より酷いですよ! ほぼ全裸だし、不審者レベルがカンストしてますって!」
「何を言う、佐藤君。君も着替えたまえ。君の大胸筋も、服の下で泣いているぞ」
俺は社長の戯言を無視して、タキシードに着替えようとした。上着を羽織る。サイズはピッタリだ。ズボンを履く。丈も合っている。だが。
「……あれ?」
背中が、寒い。恐る恐る鏡を見ると、タキシードの背中部分が、ばっくりと大きく切り取られていた。
貧乏ちゃまスタイル? いや、違う。露出した俺の背中に、油性マジックで大きくこう書かれていたのだ。
『 借 金 奴 隷 』
達筆な文字で。
「か、会長……これ……」
「あら、素敵じゃない。貴方のアイデンティティを表現したデザインよ」
「パーティー会場で『借金奴隷』って背負って歩くんですか!? 公開処刑じゃないですか!」
「嫌なら脱いでもいいわよ? その代わり、全裸で参加してもらうけど」
究極の二択。背中あきの恥辱プレイか、全裸で逮捕か。俺は脂汗をかきながら、チラリと社長を見た。彼は「下僕の腰布」を巻き、マッスルポーズを取っている。
……あれ? あっちの方がマシじゃないか? いや、冷静になれ。ゴブリンだぞ? でも、「借金奴隷」という直球の悪口を背負ってセレブの前に出るよりは、ただの「変な露出狂」として処理される方が、精神的ダメージは少ないのでは?
「……あ、あの、社長」
「ん? なんだね」
「その……交換、しませんか?」
俺は震える声で提案した。
「そっちの腰布と、このタキシード……」
「む? 君はこのワイルドな布が良いのか?」
「はい……背中に文字が書いてある服よりは、まだ……原始人の方がマシかと……」
俺の美的感覚は死んだ。だが、社会的に死ぬよりは、人間としての尊厳を捨ててゴブリンになる方が、まだ傷が浅いと判断したのだ。
「よかろう! 君の熱意に負けた! 交換だ!」
社長は快く腰布を脱ぎ、俺に渡してくれた。温かい。嫌なぬくもりだ。社長はタキシードに袖を通す。一瞬で肩と太ももが弾け飛び、生地が悲鳴を上げた。
結局、「襟と蝶ネクタイだけ付けた半裸のマッチョ」が完成した。
「うむ! 窮屈だったが、これなら動きやすい! これぞ『マッスル・フォーマル』!」
「……もう、それでいいです」
俺はトイレで腰布を巻いた。鏡に映るのは、情けない顔をした、ひょろひょろのゴブリンだった。上半身裸。下半身はボロ布一枚。寒い。心も体も寒い。
「ぷっ……あはははは! 似合う! 最高に似合うわよおもちゃ!」
更衣室から出た俺を見て、会長が手を叩いて爆笑した。
「まさか自分から『下僕』を選ぶなんてね! その卑屈な精神、最高にゾクゾクするわ!」
「笑ってないで行きますよ! 早く終わらせて服を着たいんです!」
パーティー会場は、都内某所の洋館だった。きらびやかなシャンデリア、着飾った紳士淑女、高級な料理の数々。その中に、異物が混入していた。
クラシックなメイド(氷室)。これは馴染んでいる。過剰装飾のキメラ・メイド(桃)。ギリギリ「余興のアイドルかな?」で許されるライン。
蝶ネクタイだけの半裸マッチョ(社長)。完全にアウトだが、なぜか「前衛芸術家」としてマダム達に囲まれている。そして、ゴブリン(俺)。完全に不審者である。
「ヒソヒソ……あれは何?」
「見世物? それともホームレスが迷い込んだのかしら?」
「目が合ったらお金をせびられそうよ」
突き刺さる視線。痛い。物理的な痛みとして肌に刺さる。俺はトレイを持ち、ウェイターのふりをして会場の隅に隠れていた。
「おいゴブリン。シャンパン持ってこい」
「はい、ただいま……って、桃かよ」
桃がふんぞり返って椅子に座っていた。犬耳がピコピコ動いている。
「なんだその格好。似合ってんじゃねぇか。地元の成人式でも行けそうだな」
「どんな成人式だよ……で、どうなんだ? 霊の気配は」
「んー、微かにあるな。犬耳が反応してる……あっちだ」
桃が顎でしゃくった先には、メインディッシュのローストビーフが置かれたテーブルがあった。その上空に、薄ぼんやりとした黒い影が漂っている。
「あれか……どうする? 客がいっぱいいるぞ」
「関係ねぇ。ぶっ壊す」
桃が立ち上がり、スカートの中から巨大なポリッシャーを取り出した(どうやって収納していたのかは謎だ)。
「待て! 隠密にやれって会長に言われただろ!」
「うるせぇ! この格好のストレスを発散させろ!」
桃がローストビーフに向かって突進する。同時に、黒い影が実体化した。パーティ会場の「食欲」と「虚栄心」を吸って肥大化した、飢餓の悪霊だ。
悪霊が口を大きく開け、客に襲いかかろうとする。
「オラァァァ! 桃太郎侍のお通りだぁぁ!!」
桃が跳躍する。フリフリのスカートを翻し、業務用ポリッシャーを振りかぶる姿は、まさに魔法少女……いや、物理少女。
一撃。悪霊は悲鳴を上げる間もなく粉砕され、ついでにローストビーフのテーブルも真っ二つになった。飛び散る肉汁とソース。悲鳴を上げる客たち。
「きゃーっ! 何あれ!?」
「メイドが! メイドがテーブルを破壊したわ!」
騒然となる会場。まずい。完全に失敗だ。会長に殺される。その時、ステージ上のスポットライトが、一点を照らし出した。
「皆の衆、静まりたまえ!!」
神宮寺社長だ。彼はステージの中央で、ダブルバイセップスのポーズを取っていた。蝶ネクタイが筋肉に埋もれている。
「今のは余興だ! 我が社の『ダイナミック・カッティング・サービス』である!」
「カッティング……?」
「そう! 肉を切り分けるにも、筋肉と情熱が必要なのだ! さあ見よ、この上腕三頭筋のカットを! 肉の断面より美しいだろう!」
意味不明だ。だが、社長の圧倒的な声量と、テカテカ光る筋肉の説得力が、客たちを混乱させた。
「す、すごいわ……!」
「あれが現代アート……!」
「ブラボー! ナイスカット!」
拍手が巻き起こる。マダム達が熱狂している……助かったのか? これで?
「ふぅ……なんとかなりましたね」
いつの間にか俺の横にいた氷室先輩が、冷静に言った。彼女の手には、銀のトレイに乗せられた「回収された悪霊の残骸(黒い粉)」がある。
「氷室先輩、それ……」
「胡椒です」
「え?」
「お客様には『特製のブラックペッパーです』と言って、料理に振りかけておきました」
「それ除霊したカスですよね!?」
「ミネラル豊富ですよ。たぶん」
この人も大概だ。
騒動の後。俺たちは会場の外で、会長への報告を済ませていた。
「ま、及第点ね。料理も美味しかったし」
会長は上機嫌だった。彼女はずっとVIPルームで高みの見物を決め込んでいたらしい。
「でも会長、あの……この格好で電車で帰るのは……」
「あら、着替え持ってきてないの?」
「えっ」
俺と桃と社長は顔を見合わせる。着替えなど、最初の段ボール箱に入っていたもの以外ない。俺の私服は事務所だ。
「じゃあ、このままで帰るしかないわね」
「そんな! ゴブリン姿で新宿駅を歩けと!?」
「いい宣伝になるじゃない。『あんなに落ちぶれても生きている人がいる』って、サラリーマンに勇気を与えられるわよ」
会長はクスクスと笑いながら、迎えのリムジンに乗り込んだ。氷室先輩も「お疲れ様でした」と頭を下げて同乗する。
残されたのはファンシーキメラメイド(桃)。裸ネクタイマッチョ(社長)。ゴブリン(俺)。夜風が冷たい。
「……帰るか」
「おう。腹減ったな」
「私の筋肉が、炭水化物を求めている!」
俺たちは肩を並べて歩き出した。すれ違う人々の視線が痛い。スマホで写真を撮られ、SNSに拡散されていくのがわかる。
『新宿にハロウィンの生き残りが出現』『世紀末のパーティー』そんなタグと共に。
「なぁ、桃」
「あ?」
「俺たち、前世で何か悪いことしたのかな」
「知るか……でも、来世は覚えとけよ」
「何を?」
「絶対に、あのクソアマより強い生き物に生まれ変わるんだ」
俺は深く頷いた。ゴブリンの腰布を握りしめながら、俺は東京の夜空に誓った。いつか、必ず服を着てやる、と。




