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怪異清掃、請負います  作者: 夾竹桃


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02.第二話

翌朝、俺は変装をして、街を歩いていた。百円ショップで買った黒いサングラスと、大きめのマスク。傍から見れば不審者そのものだが、背に腹は代えられない。

目指すは、労働者の駆け込み寺――労働基準監督署だ。昨日の今日だ。あの悪魔(会長)との契約は、法的には無効なはずだ。

考えれば脅迫、暴力、未成年労働、そして法外な借金と犯罪のオンパレードだ。これだけのカードが揃っていれば、国が俺を守ってくれるはずだ。


「頼む……俺に人権を返してくれ……!」


俺は祈るような気持ちで、役所の自動ドアをくぐった。


「――で、暴行と恐喝を受けている、と?」


窓口の職員は、親身になって話を聞いてくれた。俺は涙ながらに訴える。


「はい! 女子高生に殺されかけたり、小学生みたいな会長に借金を背負わされたりしたんです! 契約書も無理やり書かされました!」


「それは酷い。明らかに労基法違反ですね。警察とも連携が必要な案件だ」


勝った。俺は心の中でガッツポーズをした。やっぱり日本は法治国家だ。筋肉と暴力が支配するあの会社とは違う。法の前に筋肉と暴力は屈するしかない!


「では、調査に入りますので、その会社の名前を教えていただけますか?」


職員がペンを構える。俺は勝利を確信し、高らかに告げた。


「『クライシス・クリーンサービス』です!」


社名を聞いた途端、職員のペンの動きが止まった。それだけではない。奥で事務作業をしていた他の職員たちも、一斉に手を止め、驚愕の表情でこちらを見た。


「……え、今なんと?」


「ですから、株式会社クライシス・クリーンサービスです」


「ひっ」


目の前の職員の顔から、急速に血の気が引いていく。彼は震える手で眼鏡の位置を直すと、さっきまでの親身な態度をかなぐり捨てて、早口でまくし立てた。


「あー、その件に関しては、当署では対応しかねます」


「は? なんでですか! 明らかに違法じゃないですか!」


「お引き取りください……君、戸籍を消されたくないなら、これ以上騒がない方がいい」


「えっ」


職員は声を潜め、絶望的な事実を告げた。


「ウチの局長、そこの『御堂会長』とズブズブ……いや、マブダチなんだ。先週も一緒にゴルフに行ってたし、逆らったら我々の首が飛ぶ」


「そ、そんな……」


「他の場所、例えば警察とかもやめた方がいい。あの『御堂会長』と『お友達』ではないお偉いさんは……いない。いいかい、世の中には『触れてはいけない闇』があるんだ……分かったなら帰りなさい」


俺は半ば押し出されるようにして、庁舎の外に放り出された。背後で自動ドアが閉まる音が、裁判官の木槌のように冷たく響いた。




俺はトボトボと、あてもなく歩道を歩いていた。終わった、日本の法は死んだ。公的機関ですら、あの幼女の手中にあった。

となると、俺に残された道は地獄のカニ漁船か、ドS幼女に面白おかしく扱われながら掃除屋で借金を返す奴隷生活の二択だ。


「……あ?」


絶望に浸っていると、前方から見覚えのある男が歩いてきた。派手なアロハシャツに、パンチパーマというテンプレートのような格好の男。以前、俺を追いかけ回していた闇金の取り立て屋だ。


(げっ、ヤクザ……! こんな時に!)


俺は身構えた。サングラスをしているとはいえ、バレたらただでは済まない。俺が電柱の陰に隠れようとした、その時だ。


「……おう、兄ちゃん」


男が足を止めた。バレた。終わった。今日は俺の命日だ。俺が覚悟を決めて震えていると、男は意外な行動に出た。近くの自販機で缶コーヒーを買うと、それを俺に放り投げてきたのだ。


「え?」


「微糖だ……飲めよ」


男の顔には、殺意の代わりに、深い哀れみが浮かんでいた。彼は俺の肩――正確には、俺の背後に憑りついている『何か』を見ているようだった。


「兄ちゃん、大変なところに入っちまったな」


「……え?」


「俺たちも鼻つまみ者だがよ、あそこの会長(バケモノ)に比べりゃ可愛らしいもんだ……まだ若いってのに……同情するぜ」


男は俺の肩をポン、と叩いた。


「俺らにできることはもうねぇ……強く生きろよ」


そう言い残すと、ヤクザは逃げるように去っていった。俺の手には、温かい微糖コーヒーが残された。


「……借金取りに同情されるって、何……?」


俺は空を見上げた。雲一つない青空が、俺の心とは裏腹に澄み渡っている。法に見捨てられ、暴力ヤクザにも見放された。この世界に俺の逃げ場は、もうどこにもない。




夕方。俺は死人のような顔で、クライシス・クリーンサービスの事務所ドアを開けた。逃走は失敗だ。観念して出社するしかない。


「……おはようございます」


オフィスの中は静かだった。筋肉社長も、暴力女子高生もいない。唯一、奥のデスクでパソコンに向かっている女性が一人。黒髪を後ろで束ねた、クールな美女。昨日、神宮寺社長が言っていた事務員の『氷室』さんだ。


「遅かったわね、新人君」


彼女はキーボードを叩く手を止めずに、冷ややかな声で言った。


「す、すみません。ちょっと体調が悪くて……」


「労基署の対応、お疲れ様。門前払いだったでしょう? それから借金取りの人は今後、君の前には現れないわ」


全てバレていた。この人、今日ここでずっと仕事していたと思われるけど、なんで全部バレているの!

俺が戦慄していると、彼女はデスクの脇にあった分厚い茶封筒を手に取り、俺に突き出した。


「会長から、入社手続きの書類よ。もう記入しておいたから、内容を確認して判を押して」


「き、記入済み……?」


嫌な予感がする。俺はおそるおそる封筒の中身を取り出した。そこには、俺の履歴書が入っていた。だが、それは俺が書いたものではない。

しかもそれだけではなかった。


「住所、氏名、本籍地……戸籍謄本に銀行の暗証番号に銀行印、SNSの裏アカウントのIDまで……?」


俺の顔から血の気が引いていく。俺の人生の全てが、そこに丸裸にされていた。だが、地獄はそれだけではなかった。書類の束の最後に、一枚のコピー用紙が挟まれていたのだ。


「……あ」


見覚えのある筆跡。中学二年生の時、当時好きだった田中さんに渡そうとして、結局渡せずに燃やしたはずのラブレター。


『君の瞳は、無数の星の輝きを内包している……』


冒頭の一行を読んだ瞬間、俺の脳細胞が爆発四散した。


「ぎゃあああああああああああ!!!」




「ここは会社よ、静かにしてね」


俺の絶叫を、氷室先輩は眉一つ動かさずに切り捨てた。そして、胸ポケットから赤ペンを取り出すと、俺の黒歴史ラブレターにサラサラと書き込みを始めた。


「ちょ、何してるんですか!? やめて! 汚さないで! いや元から汚物だけど!!」


「データはサーバーから消去するけれど、今後のために言っておくわ。この文章、ビジネス文書としてもポエムとしても推敲が甘すぎるの」


先輩は、真顔で赤ペンを走らせた箇所を指差した。


「まずここ。『漆黒ダークネス』とあるけど、『漆黒』は色、『Darkness』は暗闇の状態。意味が重複しているわ。『頭痛が痛い』と言っているのと同じよ」


「論理的に詰めないでぇぇぇ!!」


「次にここ。『一等星シリウスが墜ちてきた』。恒星が落ちてきたら地球は滅亡するわ。ここは『流星』か、比喩表現なら文脈を整えるべきね」


「科学的根拠とかどうでもいいだろぉぉ!!」


「あと、最後の『運命の歯車』。使い古された表現すぎて陳腐だわ。独自の語彙はないの?」


彼女は一切笑っていなかった。ただただ事務的に、俺の中二病魂を「駄文」として処理していた。それが、笑われるよりもキツかった。俺の過去は、添削対象の誤字脱字でしかないのか。


「……契約します。なんでもします。だからサーバーのデータを消してください……」


俺は燃え尽きた灰のように白くなり、震える声で懇願した。肉体的拷問は耐えられても、精神的拷問に耐えられない。特にもっとも触れてほしくない場所での精神的拷問は。

誰か俺を殺してくれ、そんな事を叫びたくなりながら俺は必要書類に必要な処理を全て終わらせた。


「契約完了ね。ようこそ、株式会社クライシス・クリーンサービスへ」


氷室先輩は表情を変えず頷くと、カッターナイフを差し出した。印鑑がないなら血判(拇印)でいい、という意味らしい。

俺は指先を少し切って、契約書に血の拇印を押した。これで俺は名実ともに、この会社の、いやあのドS幼女会長の所有物だ。

魂を売った対価として、あの忌まわしい「黒の騎士」のデータだけは抹消してもらわなければならない。絶対に、何があろうとも。


「約束通り、サーバーのデータ()消去するわ」


「あ、ありがとうございます……」


氷室先輩はパソコンのキーを叩き、デリートキーを押した。だが、その直後。彼女は思い出したように付け加えた。


「削除完了よ。その前にアクセスログを確認したのだけれど、閲覧数は『2』になっていたわ」


時が止まった。アップロードした氷室先輩が一人目だとして、もう一人は誰が? そしていつ見たのだ?


「あ、いやがったなテメェ!!」


その時、背後のドアが乱暴に開かれた。学校帰りの桃だ。制服姿で、昨日のパンケーキの恨みを晴らすべく、殺意全開で入ってきた。


「ヒッ、も、桃ちゃん!?」


「桃、ドアは静かに開けなさい」


「はぁい、澪お姉様」


氷室先輩にだけ桃は乙女だった。だがこちらを向いた瞬間、彼女の顔は乙女から鬼に変わった。


「テメェ逃げても無駄だぞ! 今日こそその根性をへし折って……ん?」


俺の胸ぐらを掴もうとした桃の手が、ピタリと止まる。彼女は俺の死んだような顔を凝視し、次に氷室先輩の手元にある「赤字だらけのラブレター」を見た。


「ぶっ……!」


全て理解したのか彼女は吹き出した。殺意の塊だった表情が、見る見るうちに崩壊していく。


「く、くくく……! や、やめろ、腹痛ぇ……!」


「も、桃ちゃん……まさかお前……」


「い、いくくく……カッコいいっすねぇ! 『頭痛が痛い騎士(ナイト)』さぁーん!! ハハハハハハ!!」


桃は腹を抱えて床を転げ回った。可憐な女子高生の爆笑が、オフィスに木霊する。閲覧者『2』の正体は、こいつだった。


「ち、ちが……それは……!」


「右腕が疼くんでしょぉ!? お腹痛くて死にそうなので、助けて下さいよ黒の騎士サマぁ!! アハハハハハ!」


スマホの画面を向けながら桃は笑う。そこには俺の地獄が保存されていた。鬼だ、こいつスマホに保存してやがる。

俺は膝から崩れ落ちた。終わった。借金地獄、物理的な命の危機、そして、社会的な尊厳死。

この会社には会話が出来ない筋肉社長、そして人のラブレターで爆笑する鬼のような女子高生、中二病魂を真顔で添削する先輩。そして、このすべての絵図を描いた奥の部屋にはドS幼女魔王。

もう、カニ漁船でもどこでもいい。俺を知る人がいない世界へ連れて行ってくれ……俺はそのまま意識を手放した。

【重要アイテム】佐藤健太(当時14歳)のラブレター

宛先: 2年B組 田中美咲さんへ(仮)


本文:


君の瞳は、無数の星の輝きを内包している……。

あの日、廊下ですれ違った刹那。 僕の漆黒(ダークネス)に染まった日常に、君という名の一等星(シリウス)が墜ちてきた。 それは、宇宙創成(ビッグバン)にも似た衝撃だったんだ。

周りの奴らは、僕らをただのクラスメイトと呼ぶだろう。 けれど、(ソウル)のレベルでは分かっているはずだ。 僕たちは、幾千の輪廻を越えて巡り会った「共犯者」だってことを。

もし、世界が君を否定するというなら、僕は世界を敵に回す。 僕の右腕が疼く限り、君を護り抜く誓約(ゲッシュ)をここに立てよう。

放課後、屋上で待つ。 運命の歯車を、二人で回し始めよう――。


追伸: よかったら、僕のことは『黒の騎士(ナイト)』と呼んでほしい。

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