拾われた者は静かに根をおろす
男の名は、ガルドと名乗った。
元王国騎士団所属。
階級は中位。
だが、派閥争いに巻き込まれ、切り捨てられたらしい。
それ以上のことは、自分から語らなかった。
館の前庭で、ガルドは黙々と柵の補修をしていた。
古くなった木材を確かめ、使えるものと使えないものを無言で分けていく。その手つきには、長年の経験が滲んでいる。
俺――レオン=アルヴェインは、少し離れた場所からその様子を見ていた。
必要以上に指示を出すつもりはない。
彼は、何をすべきかを理解している。
「……静かな人ね」
背後から、セレナの声がした。
「ええ」
「でも、無駄がない」
それだけ言って、彼女も作業に戻る。
この領地では、それが自然だった。
昼過ぎ。
ガルドは村の外れまで見回りに出た。
人の気配が少ない辺境では、音の違和感がよく分かる。
草を踏む音、風向き、獣の足跡。
彼は一つ一つを確認しながら、黙って歩いていく。
戻ってきた彼は、簡潔に報告した。
「……異常なし」
「分かりました」
それで会話は終わる。
だが、その一言があるだけで、領地の空気は変わる。
守られている、という実感。
それは数字や制度では代替できない。
館の中では、セレナが帳簿と向き合っていた。
午後の光が差し込み、紙の上の文字を浮かび上がらせる。
「この領地、やっぱりおかしいわ」
「税の件ですか」
「ええ。それだけじゃない」
彼女は帳簿を閉じ、静かに続ける。
「人が減った理由も、はっきりしてる。
働いても、守られない。
奪われるだけの土地だった」
視線が、窓の外に向かう。
ちょうど、ガルドが村人と短く言葉を交わしているところだった。
必要なことだけを伝え、余計なことは言わない。
だが、その態度に、村人は安心しているように見えた。
「……変わり始めてるわね」
「少しずつ、ですが」
俺がそう答えると、セレナは小さく頷いた。
夕方近く、ガルドが再び報告に来た。
「森の外で、人を見た」
「数は」
「二、三。遠い」
短い言葉。
だが、十分だった。
「様子見でしょうか」
「……多分」
それ以上は言わない。
俺も、深くは聞かなかった。
不要と判断された土地に、誰かが目を向け始めた。
それだけで、状況は理解できる。
夜。
館の外は静まり返り、空には星が浮かんでいた。
焚き火のそばで、ガルドは剣の手入れをしている。
無言のまま、刃の欠けを確かめ、布で拭う。
そこには、誇示も未練もない。
ただ、役目を果たすための道具があるだけだ。
その様子を見ながら、俺は思う。
捨てられた者は、声高に何かを主張しない。
ただ、必要な場所があれば、そこに留まる。
胸の奥で、スキルが静かに反応した。
領地評価が、わずかに上がる。
理由は明確だった。
人が定着し始めている。
この辺境は、まだ何者でもない。
だが、確かに変わりつつある。
ガルドは何も言わない。
それでも、その背中が、この領地の一部になっていることは分かった。
回収とは、拾うことではない。
居場所を、失わないようにすることだ。
その意味を、俺は少しずつ理解し始めていた。




