最初の回収対象は、悪役令嬢だった
辺境の領地に着いて三日目。
俺――レオン=アルヴェインは、まだ何一つ始められていなかった。
理由は単純だ。
「……何も、ないな」
本当に、何もない。
荒れた草地。
使われなくなった倉庫。
人の気配がほとんどしない寒村。
護衛として付いてきた老兵のハインツが、申し訳なさそうに言う。
「ここは“不要地”として、長年放置されておりまして……」
「不要、ですか」
「はい。税も取れず、魔物も多く……誰も欲しがらなかった土地です」
――なるほど。
確かに【回収係】向きだ。
「でも、静かでいい」
「……お優しいのですね」
そう言われて、俺は首を傾げた。
「優しい、ですか?」
「追放されて、怒りも嘆きも見せず……」
「怒っても、何も変わりませんから」
それに、と心の中で付け加える。
(もう、俺の仕事は始まってる)
その瞬間だった。
視界の端に、淡い光が走る。
――【回収可能対象:確認】
――対象:人物
――評価:不要判定
――場所:王都・第三貴族学院
「……来たな」
俺は、思わず声に出していた。
「レオン様?」
「王都に戻ります。今すぐ」
「え!? い、今ですか!?」
ハインツの慌てた声を背に、俺は馬を走らせた。
⸻
王都、第三貴族学院。
ちょうどその日は、公開裁定の日だった。
学院の中庭には、人だかりができている。
その中心で、ひとりの少女が立たされていた。
金色の巻き髪。
高価なドレス――だが、どこか古い。
「――悪役令嬢、セレナ=ヴァルディエ。
あなたは度重なる悪行により、婚約破棄、そして追放とする」
宣告の声が響く。
セレナは、微動だにしなかった。
唇を噛みしめ、拳を握りしめながらも、
ただ、真っ直ぐ前を見据えている。
(……強いな)
周囲の囁きが、容赦なく飛び交う。
「ざまぁみろだ」
「所詮、性格の悪さが顔に出てた」
「平民落ちだな」
俺は、群衆をかき分けて前に出た。
「――少し、よろしいですか」
その声に、視線が一斉に集まる。
「誰だ?」
「貴族か?」
裁定官が眉をひそめる。
「この場は私的介入を――」
「セレナ=ヴァルディエ令嬢を、
私が引き取ります」
一瞬、空気が止まった。
「……は?」
セレナが、初めて俺を見た。
「……あなた、誰?」
「レオン=アルヴェインです。元伯爵家三男」
「“元”……?」
「はい。追放済みです」
ざわ、と笑いが起きる。
「同類かよ」
「負け組同士ってわけだ」
だが、俺は続けた。
「彼女は“不要”と判断された。
ならば、【回収係】の仕事です」
「回収係……?」
裁定官が怪訝な顔をする。
「前例がありませんが……」
「問題が?」
しばしの沈黙。
やがて、裁定官は肩をすくめた。
「……構わん。
どうせ、彼女の行き先はなかった」
そう言われた瞬間、
セレナの表情が、ほんのわずかに歪んだ。
「……どうして?」
低い声で、彼女が言った。
「あなたに、何の得があるの?」
「得?」
俺は少し考えた。
「まだ、分かりません」
「……正気?」
「たぶん」
それでも、と俺は言葉を重ねる。
「捨てられたからといって、
価値がないとは思えなかった」
セレナは、俺を睨んだまま黙り込む。
やがて、ふっと力を抜いた。
「……後悔するわよ」
「かもしれません」
「私、悪役令嬢なんだから」
「知ってます」
「それでも?」
「それでもです」
沈黙の後、
彼女は小さく笑った。
「……変な人」
「よく言われます」
こうして、俺は最初の回収を終えた。
――悪役令嬢、セレナ=ヴァルディエ。
まだ誰も知らない。
この少女が、
後に“国家の柱”と呼ばれることになるなんて。




