灯りのある場所
夜。
森は静かだった。
昼間の騒ぎが嘘のように、風が枝を揺らす音だけが続いている。
焚き火の前で、ノアは膝を抱えて座っていた。
炎の揺れを、逃がさないように見つめている。
レオンは、少し距離を空けた場所に腰を下ろした。
近づきすぎない。
だが、離れすぎもしない。
この距離が、今の彼女には必要だと分かっていた。
「……ここ」
ノアが、ぽつりと言う。
「うるさくない」
「はい」
「誰も、引っ張らない」
「今のところは」
ノアは小さく鼻で笑った。
「正直」
「その方が楽です」
火が弾け、火の粉が夜空に散った。
⸻
今日一日、ノアは何も聞かれなかった。
力のことも、過去のことも。
それが、かえって落ち着かなかった。
「……ねえ」
「はい」
「私は、面倒だよ」
レオンは、少し考えてから答えた。
「そうでしょうね」
「追われるし、厄介だし」
「はい」
「それでも?」
ノアは、ようやくこちらを見た。
試すような目だった。
拒絶される準備を、どこかでしている目。
レオンは、視線を逸らさなかった。
「それでも、です」
短く、はっきり。
「この土地は、不要だと言われ続けました」
炎の向こうで、ノアが瞬きをする。
「人も、物も、能力も。
価値がないと決めつけられて、捨てられた」
レオンは、焚き火に薪を一本足した。
火は弱まらず、静かに燃え続ける。
「ここでは、使えるかどうかだけを見ます」
「……使えなかったら?」
「考えます」
ノアは、少し困った顔をした。
「……優しくないね」
「ええ」
それでも、と続ける。
「居場所は用意します」
それ以上、言葉は足さなかった。
⸻
しばらく沈黙が流れた。
虫の声。
遠くで獣が鳴く音。
ノアは、ぎゅっと膝を抱き直し、低く言った。
「……私、名前を呼ばれるの、久しぶり」
「ノア、ですね」
「うん」
それだけで、喉が詰まったようだった。
「……ここにいたら、名前、消えない?」
「消しません」
即答だった。
「ここでは、必要ですから」
ノアは、何も言わなかった。
ただ、焚き火に手を伸ばし、暖かさを確かめる。
逃げるためではなく、留まるための動きだった。
⸻
セレナが、少し離れた場所から様子を見ていた。
何も言わず、ただ頷く。
ガルドは、夜の森に目を配ったまま、動かない。
誰も、急かさない。
⸻
やがて、ノアが立ち上がった。
小さな体で、まっすぐに立つ。
「……ここで、働く」
「はい」
「逃げない」
「ええ」
「裏切らない」
一つずつ、確かめるように言う。
レオンは、最後にだけ答えた。
「歓迎します、ノア」
それだけだった。
だが、ノアの肩から力が抜けた。
息を吐き、目を伏せる。
「……やっと、見つけた」
何を、とは言わなかった。
けれど、それで十分だった。
⸻
焚き火は、夜の間ずっと消えなかった。
辺境の、誰も欲しがらなかった土地に、
また一つ、灯りが増えた。
それは、守るべきものの数が増えた、ということだった。
レオンは、その火を見ながら思う。
回収は、終わらない。
だが今は――。
ここに、ノアがいる。
それで、よかった。




