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国王謁見

 次の日の午後、兵士の訓練場に国王らしき男が現れた。


 深紅のマントを翻し、胸には竜を踏みつける獅子の紋章。


 鋭い琥珀色の瞳が、俺を射抜くように見つめている。


『エルドラ様、あの方が国王ヴァルディス三世です』


 ラグが念話で教えてくれる。


『竜狩りの王と呼ばれ、若い頃は自ら竜を討伐したこともあるそうです』


 なるほど、左目の下の古傷はその時のものか。


 国王の周囲には、護衛の騎士が十数人。


 後ろにも何人かいるようだが、騎士たちの影になってよく見えない。


「ほう、これが新しい従属竜か」


 国王が近づいてくる。


「見事な姿だ。白銀の鱗に、羽毛の翼……まるで神話に出てくる聖竜のようではないか」


 隊長が進み出て、跪く。


「陛下、任務を完了いたしました。生贄の少女リリア・フローレンスの献身により、この竜を従属させることに成功いたしました」


「うむ、大儀であった」


 国王は俺の周りを歩き、品定めするように眺める。


「素晴らしい。我が軍の主力となるであろう」


 俺は大人しくしている。


 今はまだ、暴れる時ではない。


 目的は二つ。


 リリアに呪いをかけた術者を見つけること。


 そして、リリアの兄の安否を確認すること。


 神との契約よりも、今はそちらが重要だ。


 しかし、術者らしき人物が見当たらない。


 騎士たちの後ろに誰かいるようだが……。


 ……仕方ない。少し揺さぶってみるか。


 俺はゆっくりと立ち上がった。


「おい、動くな!」


 騎士たちが剣を抜く。


 構わず、俺は国王に向かって歩き出した。


「な、何をする!」


「止まれ! 止まらんか!」


 騎士たちが俺の前に立ちはだかる。


 しかし、俺の巨体を止められるはずもない。


 国王の顔に、初めて動揺が浮かんだ。


「マグヌス!」


 その名を呼ぶと同時に、騎士たちの後ろから一人の老人が進み出た。


 黒いローブに銀の鎖模様。首には無数の小さな鍵のネックレス。


 深く窪んだ灰色の瞳が、俺を射抜く。


「承知しております」


 老人が杖を掲げた。


『エルドラ様、あの方が宮廷魔術師長マグヌス・オーレリアです!』


 ラグが慌てて教えてくれる。


『契約魔術の第一人者で……従属の呪いを開発した人物です!』


 見つけた。


 リリアに呪いをかけた術者。


 あの男だ。


「従属の鎖よ、その魂を縛れ」


 呪文が唱えられた。


 ……何も感じない。


 当然だ。俺はリリアの魂を捕食していない。


 だが、ここで平然としていては正体がバレる。


 さて、芝居の時間だ。


「グォオオオオッ!!」


 俺は苦しむフリをして、その場に崩れ落ちた。


 体を痙攣させ、地面に頭を押し付ける。


「ぐ……ぐおおお……」


 低く唸り、大人しくなったフリをする。


 ……どうだ、信じたか?


「ふむ、効いたようですな」


 マグヌスが杖を下ろす。


「興味深い。これほど強大な竜でも、従属の呪いには逆らえんとはな」


 マグヌスは満足げに笑うと、後方へと移動した。


 逆らえないんじゃない。逆らわないだけだ。


 今暴れたら、リリアの兄が無事では済まない。


 大人しくしておくのが得策だ。


「じゃじゃ馬だが、立派な竜だ」


 国王が満足げに頷く。


「これほどの竜を従属させるとは、生贄の少女の功績は大きい」


 国王は騎士たちに向き直った。


「リリア・フローレンスの献身を称え、その家族に褒賞を与えよ。そして、兄ユリウス・フローレンスには恩赦を与える。釈放せよ」


『ああっ……』


 リリアの声が聞こえた。


『これで、兄さんが……助かる……』


 よかったな、リリア。お前の犠牲は無駄じゃなかった。


『エルドラ様……ありがとうございます……うっ、うっ……』


 リリアが泣いている。


 兄の無事は確認できた。だがまだ終わってない。呪いが残っている。


「陛下!」


 その時、一人の兵士が駆け込んできた。


「申し上げます! 城の警備長からの報告です!」


「何事だ」


「囚人ユリウス・フローレンスが、昨夜牢を脱走いたしました!」


 空気が凍りついた。


『……え?』


 リリアの声が、震えている。


「脱走だと?」


 国王の眉が吊り上がる。


「恩赦を与えようとした矢先に、脱走とは……愚かな男だ」


「現在、兵を動員して逃走先の森林地帯を捜索中ですが、行方は掴めておりません」


『兄さん……どうして……』


 リリアの声が途切れる。


 どうして?


 決まっている。


 妹を助けに行ったんだ。


 恩赦が与えられるなんて、知る由もない。


 自分が処刑される前に、妹を取り戻そうとしたんだろう。


「捜索など必要ない」


 国王が冷たく言い放った。


「は……しかし陛下、脱走犯を放置するわけには……」


「捨て置け」


 国王は興味なさげに手を振った。


「森林地帯に向かったのなら、どうせ野垂れ死ぬか魔物の餌食だ。わざわざ兵を割く必要はない」


『そんな……!』


 リリアが叫ぶ。しかし、その声は俺にしか聞こえない。


『兄さんは……兄さんは死んでしまうの……?』


 リリア、落ち着け。


『でも……でも……!』


 お前の兄は、どこに向かったと思う?


『……ダンジョンです。間違いありません』


 リリアの声が、震えながらも確信に満ちていた。


『兄さんは、私を追いかけているはずです。私を助けようとして……』


 そうだな。俺もそう思う。


『お願いです、エルドラ様……兄さんを……』


 分かっている。


 目的は兄の救出へと変わった。


 あのダンジョンは俺が住んでいた場所だ。危険なのは分かっている。


 リリアの兄が辿り着く前に、俺たちが先回りするしか無い。


『リリア、必ず兄を助ける。約束だ』


『……はい……はい……!』


 リリアの嗚咽が聞こえる。


 だが、その声には希望が混じっていた。


「さて」


 国王が俺を見上げる。


「この竜の力を見てみたい。何ができる?」


 隊長が答える。


「この竜のブレスであれば、おそらく今までにないほどの威力かと」


「ほう、見せてみよ」


 俺は顔を上げる。


 力を見せろ、か。


 ……いいだろう。


 リリアの功績を称えると言ったな。


 ならば、俺が強ければ強いほど、リリアの評価は上がる。


 家族への褒賞も増えるだろう。


 全力で見せてやる。


「グォオオオオッ!!」


 俺は口を大きく開けた。


 炎のブレス?


 いや、もっと派手なやつがいい。


 母さんを食べた時に、いくつか能力を得た。


 その中に、魔法もあったはずだ。


 雷……いや、竜巻……いや、もっと……。


 そうだ、あれだ。


 母さんの能力の中でも最強の魔法。


 滅びの光……。


 体の奥から、膨大な魔力が湧き上がってくる。


『えっ? ええっ! これっていったい何が起こってるの?』


 リリアが何かに驚いている。


 こんなものじゃない。俺はさらに使徒としての概念を上乗せする。


 神の裁き!


 俺の口から、純白の光線が放たれた。


 それは景色が消えるほどに眩しく輝く。


 光は訓練場を突き抜け、城壁を貫き、遥か彼方の山へと向かう。


 ズドォォォォォン!!


 轟音が響き、山の頂上が吹き飛んだ。


 ……あれ?


 その直後、凄まじい衝撃波が襲ってくる。


「うわああああっ、飛ばされるぅ!」


 ラグが悲鳴を上げながらしがみついている。


 土埃が舞い上がり、空の雲が吹き飛ばされる。地鳴りの後には地震までやってきた。


 いくらなんでも、おかしいだろ。


「な、なんだ今のは!?」


「山が……山が消えた!?」


「敵襲か!? 敵襲なのか!?」


 城中が大騒ぎになっている。


 騎士たちが右往左往し、鐘が鳴り響く。


 国王は呆然と山を見つめている。


 マグヌスだけが、目を輝かせていた。


「素晴らしい……実に素晴らしい……」


 いや、素晴らしくない。


 俺もびっくりしてる。


 こんな威力だとは思わなかった。


『エルドラ様……山が……』


 ラグも絶句している。


『あの……私、今何が起きたか、よく分からないんですけど……』


 リリアも困惑している。


 俺も分からない。


 母さん、こんな魔法使えたのか。


 使徒の力なんか乗せなくても十分に強い。


 アークドラゴン、恐るべし。


「……」


 国王が、ゆっくりと俺を振り返った。


 その顔には、驚愕と……歓喜が浮かんでいた。


「これは……これは素晴らしい!」


 え?


「このような力を持つ竜は見たことがない! まさに神話の聖竜だ!」


 国王の目が、ギラギラと輝いている。


「この力を世界に示さねばならん!」


 国王は高らかに宣言した。


「コロシアムでトーナメントを開催する! 世界中から強者を集め、この竜の力を披露するのだ!」


 ……え、ちょっと待て。


「勇者、冒険者、魔法使い、獣魔使い! あらゆる強者を招集せよ!」


 国王が騎士たちに命じる。


「我がレグナート王国の力を、世界に知らしめるのだ!」


 騎士たちが歓声を上げる。


 俺は山の残骸を見つめながら、呆然としていた。


 ……やりすぎた。


 完全に、やりすぎた。


『エルドラ様、大丈夫ですか?』


『……ああ、大丈夫だ』


 大丈夫じゃない。


 トーナメントって何だ。


 俺、見世物にされるのか?


『でも、リリアさんの功績はさらに高まりましたね!』


 ラグが明るく言う。


『こんな凄い竜を従属させたんですから、リリアさんは英雄ですよ!』


『そ、そうですか……?』


 リリアの声が、少し明るくなった。


『でも、私は……兄さんのことが……』


『分かっている。トーナメントの前に、なんとかする』


 俺は心の中で誓った。


 兄を救出する。


 そして、リリアの呪いを解く方法を見つける。


 マグヌスの顔は確認した。


 次は、あの老人と交渉だ。


 俺は山のない景色を見つめながら、静かに決意を固めた。


 やることは山積みだ。


 だが、一つずつ片付けていく。


 ◆◆◆


 同じ頃――


 森林地帯の奥深く、人目を避けるように隠された洞窟があった。


 中は改装され、錬金術の研究室となっている。


 壁一面に並ぶ薬瓶。床に散らばるマジックアイテム。焦げた実験器具。


 それは一人の男の執念の結晶だった。


 研究室の中央に、赤い光を放つ容器がある。


 無数の管が取り付けられ、魔力が絶え間なく供給されている。


 容器の前に立つのは、一人の青年。


 ユリウス・フローレンス。


 その目には、狂気の色が染みついていた。


「もうすぐだ……もうすぐ完成する……」


 容器の中で、何かが形を成していく。


 コアクリスタルを核として、新たなゴーレムが生成されてゆく。


 それは人型でありながら、人ではなかった。


 禍々しい角。鋭い爪。黒い装甲に覆われた体躯。


 まるで鬼のような姿。


 やがて、ゴーレムの目が開かれた。


 赤く輝く双眸が、ユリウスを見つめる。


「……」


 ユリウスは、その目を見つめ返した。


 そこに映るのは、妹を奪われた怒り。王国への憎悪。そして、復讐への渇望。


 ユリウスは静かに告げた。


「お前は鬼だ」


 声が、洞窟に響く。


「復讐の鬼だ」


 ゴーレムの目が、一層強く輝いた。


「タロス――それがお前の名だ」


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