王都へ
ダンジョンの外には、兵士たちが整列していた。
リリアを殺すために送り届けた、王国の下僕ども。
蹴散らして皆殺しにするのは簡単に思えた。
しかし、そんなことをすればリリアの兄は助からない。
先頭で馬に乗った隊長と思われる男を睨みつけながら、足を進める。
「ラグ、俺の翼の中に隠れていろ」
「はい。うわぁ、エルドラ様の翼あったかい」
ラグは俺の心を知らず、無邪気に翼の中に潜り込んだ。
兵士たちに近づくにつれ、動揺が広がっているように見える。
隊長の馬は怯え、なだめるのに苦労している。
屈強な兵士たちも後ずさりをしている始末だ。
隊列の正面で足を止め、全体を舐めるように見渡す。
恐れるがいい。お前たちもリリアの気持ちを、ほんの僅かでも味わってみろ。
「グォアアアアアアアアアアアッ!!」
渾身の雄叫びを上げる。
隊長は落馬し、馬はそのまま走り去ってしまう。
兵士たちは慌てて盾を構え、隊長を守るように防御態勢を取った。
さすがは訓練された兵士といったところか。
しかし、その目には恐怖と絶望が宿っている。
中には涙を流している者もいた。
これ以上は戦闘になりかねない。俺は頭を地面に置き、平伏の姿勢を取った。
「こっ、これは……成功したのか? なんということだ、このような竜は見たことがない」
隊長は立ち上がり、恐る恐る近づいてくる。
そして俺の鼻先に触れると、少し安心した顔をする。
「素晴らしい……このような見事な竜、陛下はお喜びになるに違いない」
隊長は背中を向け、兵士たちに向き直る。
「任務は終了した! これより帰還する! 皆の者、進め!」
号令と共に、兵士たちは王国に向かって歩き出す。
リリアの家のある場所。兄のいる場所。そして呪いをかけた術者のいる場所へ。
◆◆◆
道中の景色は素晴らしかった。
さすがは異世界、しかもファンタジーが溢れている。
見渡す限りの大自然の中に点在する遺跡群。肋骨のようにそびえ立つ奇岩。雲に届く程の巨大な大木。
空には翼竜が滑空し、月も二つある。
俺は大きく深呼吸をする。
森や草花の香り、川のせせらぎ、体を走り抜けていく風。
全てが祝福されているように感じる。
山に向かって声を上げる。
「ヤッホー!」
こだまが返ってくる。
身長が高いので見渡しもいいし、声もよく通る。
もう一回声を上げようとして気がつく。
兵士たちが、信じられないものを見る目で俺を見ている。
「あっ……」
そうだった。この世界のドラゴンは喋らないのだ。
つい景色に見とれて気が緩んでしまった。
「隊長……この竜、変わった声で鳴きますぞ……まるで人のようですな……」
「ふっ、人の言葉を話せる竜かもしれないぞ」
ギクッ!
なんという勘の鋭い男だ。さすがは隊長、只者ではない。
「まあ、そんな訳ないがな。冗談だよ」
隊長が勝手にフォローしてくれて助かった。
兵士たちはそれからも休むことなく歩き続け、日が暮れる前には巨大な城の姿が見えてきた。
背中に目を向けると、ラグは呑気に羽毛をベッドにして寝ている。
「おい、ラグ、起きろ。もうすぐ到着だ、情報をくれ」
俺は小声でラグを起こす。
「んにゃ、エルドラ様、おはようございます」
「日が暮れる前の挨拶じゃないだろう」
「えっ? あれっ?」
「もうすぐ日が暮れる。そんなことより王国の情報を話してくれ、小さな声でな」
「あっ、それじゃあ術を使いますね」
そう言うとラグは、両手の人差し指をこめかみに当て、くるりと弾き飛ばす動作をする。一瞬、光る糸のようなものが見えた。
『もしもーし、聞こえますかぁ』
なんだこれは? 頭の中に直接声が聞こえてくる。
『良かった、ちゃんと聞こえているようですね。これは念話といって、魂を糸で繋いで通信するんです』
糸電話……。
『はい、言うと思いましたぁ~』
声に出してないから言ってないよ。
『あはっ、負けず嫌いだぁ。それから、リリアさんにも繋いでありますので、心の中でリリアさんを思い浮かべて通信してください』
んっ……こうか?……リリア、もしもしー……。
何も繋がらないぞ?
『魂の通信なので、ゴーレムではなくて生前のリリアさんです』
ああ、なるほど。んー……リリア、聞こえるか?
『わわっ、何? いきなり頭の中に声が』
どうだ、そっちはどんな気分だ?
『あっ、はい、エルドラ様。気分は良いです。シャワーもあるし、快適です』
シャワー? 俺の体にはシャワーがついているのか?
『はい、あったかいお湯も出ますし、部屋も広くてくつろがせていただいてます』
あっ、そうか、よかった。何よりだ。
……ラグ、ちょっと聞いていいか?
『はい、何でしょう?』
俺の腹の中ってシャワー付きの部屋があるらしいんだが……どうして?
『丸呑みして亜空間に送るのは普通ですよ?』
えーー。普通なの?
確かにどこかで聞いた話だ。人間の想像力の賜物なのか。
まあいい。これで声を出さずに会話できる。リリアとも話せるし便利だ。ありがとうな。
『えへっ、どういたしまして。それでは解説しまーす!』
ラグの声が、妙にハイテンションになった。
『皆様、本日は王都レグナ観光ツアーにご参加いただき、誠にありがとうございまーす!』
バスガイドか。
『私、本日ガイドを務めさせていただきます、天使のラグエルと申しまーす! どうぞよろしくお願いしまーす!』
『わあ、観光ツアー! 楽しそう!』
リリアまでノリノリだ。
『それでは参りましょう! まもなく王都の入口、レグナ大門が見えてまいりまーす!』
◆◆◆
巨大な石造りの門が、行く手にそびえ立っていた。
高さ二十メートルはあるだろうか。両脇には剣を持った騎士の石像が立ち、門の上部には王家の紋章が刻まれている。
『こちらがレグナ大門でございまーす! 築三百年の歴史ある門で、王都の守りの要となっておりまーす!』
『門番さんがいっぱいいる所なんですよ!』
リリアの言う通り、門の周囲には武装した兵士が何人も立っている。
俺たちの隊列が近づくと、門番たちの目が一斉にこちらを向いた。
「な、なんだあの竜は……!」
「見ろ、羽毛が生えているぞ……!」
ざわめきが広がる。
俺の姿は、この世界の竜とは違うらしい。
母さんを食べたせいだろうか。体は大きくなり、鱗は白く輝き、翼には美しい羽毛が生えている。
正直、悪い気はしない。
『エルドラ様は、アークドラゴンの血を受け継いでおられますので、大変美しいお姿をされておりまーす! 羽毛に覆われた翼、白銀の鱗、まさに神の使徒にふさわしいお姿でございまーす!』
おい、恥ずかしいからやめろ。
『事実ですので!』
門番たちは呆然としたまま、俺たちを通過させた。
隊長が誇らしげに胸を張っている。自分の手柄だとでも思っているのだろう。
◆◆◆
門をくぐると、そこには活気に満ちた街が広がっていた。
『さあ皆様、こちらが王都レグナの中央市場でございまーす!』
道の両側に、無数の露店が並んでいる。
野菜、果物、肉、魚。布や革製品。武器や防具。薬草や魔法の道具。
売り子たちの声が飛び交い、客たちが値段交渉をしている。
「新鮮な果物だよ! 今朝採れたばかり!」
「革鎧いかがっすか! 丈夫で長持ち!」
「薬草あるよ! 傷薬、解毒剤、なんでもあるよ!」
『レグナ市場は王国最大の市場で、毎日約三千人の商人が店を出しておりまーす! 異国の品も多く、見ているだけで楽しいですよー!』
『わあ、お買い物したいなあ……』
リリア、お前ゴーレムだぞ。何を買うんだ。
『えへへ、早く外へ出て走りたい。服も買いたいなぁ』
ああ、それもそうだな。
しかし、市場の人々は俺を見て固まっている。
「な、なんだあれ……」
「おい、見てみろよ、あんな美しい竜が居たのかよ……」
道を歩く人々が、次々と足を止める。
子供たちは目を輝かせ、大人たちは呆気に取られている。
中には跪いて祈り始める者までいた。
『皆様、エルドラ様のお通りでーす! 道を開けてくださーい!』
ラグ、お前の声は俺にしか聞こえないからな。
◆◆◆
市場を抜けると、大きな建物が見えてきた。
入口には剣と盾の看板が掲げられ、武装した男女が出入りしている。
『こちらが冒険者ギルドでございまーす! 魔物討伐や護衛任務など、様々な依頼を受けることができまーす!』
冒険者ギルド。ファンタジーの定番だ。
建物の前にたむろしている冒険者たちが、俺を見て騒ぎ始めた。
「おい、見ろよあの竜!」
「すげえ……あんなの初めて見た……」
「Sランクの魔物か? いや、それ以上か……?」
「馬鹿、軍の隊列に従ってるだろ。従属竜だ」
「あんな竜を従わせるなんて、どんな生贄を使ったんだ……」
生贄。
その言葉に、胸がチクリと痛んだ。
『……エルドラ様?』
リリアの声が聞こえる。
大丈夫だ。気にするな。
『……はい』
◆◆◆
さらに進むと、荘厳な建物が姿を現した。
白い石造りの壁、高くそびえる尖塔、色鮮やかなステンドグラス。
入口には天使の石像が立ち、人々が静かに出入りしている。
『こちらがアストレイオス大聖堂でございまーす! アストレイオス神を祀る、王国最大の教会でございまーす!』
アストレイオス。俺と契約した神の名前だ。
『建立は五百年前、王国の建国と同時に建てられましたー! 毎週の礼拝には千人以上の信者が集まりまーす!』
教会の前を通ると、祈りを捧げていた人々が俺を見て目を見開いた。
「あれは……聖竜……?」
「神の使いが降臨されたのか……?」
「ああ、なんと神々しい……」
神父らしき男が、震える手で十字を切っている。
俺は神の使徒だからな。間違ってはいない。
『エルドラ様、人気者ですね!』
複雑な気分だ。
◆◆◆
教会を過ぎると、街の雰囲気が変わった。
道は広くなり、建物は大きく豪華になっていく。
『こちらは貴族街でございまーす! 王国の有力貴族たちの邸宅が立ち並んでおりまーす!』
確かに、庶民の家とは比べ物にならない。
広い庭園、噴水、馬車が何台も停まっている。
使用人らしき者たちが忙しそうに働いている。
「おい、あれを見ろ!」
「なんと美しい竜だ……」
「あの白い鱗……まさか伝説の……」
貴族たちが窓から顔を出し、俺を指差している。
中には馬車から降りてきて、まじまじと見つめる者もいた。
『貴族の皆様も、エルドラ様に興味津々のようですねー!』
見世物じゃないんだが。
◆◆◆
そして、ついに目的地が見えてきた。
『皆様、前方に見えてまいりましたのが、レグナート王城でございまーす!』
巨大だった。
高さ五十メートルはあろうかという城壁。その奥にそびえ立つ、白亜の城。
無数の塔が天を突き、旗がはためいている。
城門の前には、完全武装の騎士たちが整列していた。
『レグナート王城は、三百年前に建造された難攻不落の城でございまーす! 城壁の厚さは十メートル、門は魔法で強化されておりまーす!』
「隊長、お帰りなさいませ!」
城門の騎士が敬礼する。
「ああ、任務完了だ。陛下にご報告を」
「はっ! しかし隊長、その竜は……」
「見ての通りだ。大成功だ」
騎士たちの目が、俺に向けられる。
驚愕、畏怖、そして……欲望。
嫌な目だ。
◆◆◆
城門をくぐると、広大な敷地が広がっていた。
その一角に、巨大な建物がある。
『こちらが王国軍の竜舎でございまーす! 軍に従属するドラゴンたちが飼育されておりまーす!』
竜舎の周囲には、何頭ものドラゴンがいた。
赤い鱗の竜、緑の鱗の竜、黒い鱗の竜。
どれも俺より小さく、目には生気がない。
首には鎖がつけられ、体には傷跡が残っている。
『現在、王国軍には十二頭のドラゴンが所属しておりまーす! すべて生贄の呪いによって従属させた竜です……』
ラグの声が、少しだけ暗くなった。
『……その子たちも、私と同じように生贄を……』
リリアの声が途切れる。
ああ、そうだ。
あの竜たちも、誰かの命と引き換えに従属させられた。
俺は竜舎の前で足を止め、彼らを見つめた。
彼らも俺を見ている。
その目には、諦めと絶望が宿っていた。
……いつか、解放してやる。
そう心の中で誓った。
◆◆◆
『皆様、長らくのご清聴、誠にありがとうございましたー!』
ラグの声が、再び明るくなる。
『本日の王都レグナ観光ツアーは、これにて終了でございまーす!』
『楽しかったです! ありがとうございました!』
俺の腹の中から、金属を打ち鳴らすような音が聞こえる。
どうやらリリアが拍手しているようだ。
『またのご利用を、心よりお待ちしておりまーす!』
ラグ、お前意外と楽しんでたな。
『えへへ、バスガイドさんって憧れだったんです!』
天使がバスガイドに憧れるのか。この世界は奥が深い。
いや、そもそもこの世界にバスなんてあるのか?
足が生えた走るバスを想像してしまうが、これ以上は考えないことにした。
◆◆◆
俺は竜舎の一角に案内された。
他の竜たちから少し離れた場所。特別扱いらしい。
「ここがお前の部屋だ。ゆっくり休め」
隊長がそう言って、去っていった。
部屋というか、檻だ。
しかし、広さは十分にある。藁が敷き詰められ、水桶も置いてある。
俺は体を横たえ、大きくため息をついた。
『エルドラ様、お疲れ様でした』
『お疲れ様です、エルドラ様』
ラグとリリアの声が聞こえる。
『ああ、お前たちもな。さて、これからどうするか……』
王都に潜入した。
次は、リリアの呪いをかけた術者を探す。
そして、兄ユリウスの無事を確認する。場合によっては暴れてでも助ける。
やることは山積みだ。
『明日から、情報収集を始めよう』
『はいっ!』
『はい、エルドラ様!』
二つの声が、俺の心に響いた。
仲間がいる。
最強のドラゴンを打ち倒すゴーレムと、魂も操れる天使。
心強かった。
◆◆◆
ダンジョンの中、リリアの体が眠る場所。
そこに一人の影が近づく。手には松明とゴーレムの赤いコア。
そしてその手からコアがこぼれ落ちる。
膝を付き、生命のペンダントに手を伸ばす。
闇を切り裂くほどの絶叫が響き渡る。
「竜め! よくも……必ず見つけ出して殺してやる」
その瞳は怒りと復讐に燃え上がる。
血の涙が頬を濡らし、ペンダントへと滴り落ちる。
そして愛する者は、復讐の鬼へと成り果てた。




