生贄
隊長ガレス・ヴァルディンは、馬上から前方を見据えていた。
切り立った崖の中腹に、巨大な穴が口を開けている。
ドラゴンの巣。
今回はこの場所だ。何人もの少女を、同じように送り届けてきた。
「隊長、間もなく到着します」
副官のマルコが馬を寄せてくる。
「ああ」
ガレスは短く答えた。
振り返らない。
振り返れば、少女の姿が目に入る。
名前は聞いていない。聞かないようにしている。
名前を知れば、顔を覚える。顔を覚えれば、夢に出る。
もう、これ以上夢に出てくる顔を増やしたくなかった。
マルコが話を続ける。
「ここにいるのは、ただのドラゴンではないという噂があります」
「恐ろしいほどに強力な、古代の兵器を見たという者もおります」
「ああ、問題ない」
ガレスは前を向いたまま答えた。
「ドラゴンを呼ぶ笛を持たせてある。向こうからやって来る」
「守りの腕輪も持たせた。途中で死ぬことはないだろう」
「無事に辿り着いてくれればいいが……」
そこで言葉を切る。
「くっ……何が無事だ」
殺すために守る。
それが、仕事だった。
◆◆◆
隊列が止まる。
ダンジョンの入口。
巨大な縦穴が、地の底へと続いている。
かつては遺跡だったのだろう。入口には崩れかけた石柱が並び、古代の文字が刻まれている。
「整列!」
マルコの号令で、兵士たちが左右に分かれる。
その中央に、少女が立っていた。
リリア・フローレンス。
死の病に蝕まれた、十四歳の少女。
白いドレスに身を包み、胸にはペンダント。その中央に生命の魔石が輝いている。
兄からもらった、大切な宝物だ。
「……」
ガレスは馬を降り、少女の前に立った。
「ここから先は、一人で行け」
声に感情を込めない。
込めてはいけない。
「はい」
少女は静かに頷いた。
震えていない。泣いてもいない。
覚悟を決めた目だった。
「……何か、言い残すことは」
聞くつもりはなかった。
だが、口が勝手に動いていた。
「いいえ」
少女は首を横に振る。
「兄さんが助かるなら、それでいいんです」
「……」
「それに、私はどのみち長く生きられません。だったら、誰かの役に立てる方がいい」
ガレスは何も言えなかった。
十四歳の少女が、こんな覚悟を持っている。
自分の娘が同じ立場だったら、どうだっただろう。
いや、考えるな。
考えても仕方がない。
「……行け」
それだけ言って、ガレスは背を向けた。
◆◆◆
リリアは、ダンジョンの入口に立っていた。
暗い。
底が見えない。
風が吹き上げてくる。生臭い、獣の匂いがする。
この奥に、ドラゴンがいる。
怖くないと言えば、嘘になる。
でも、怖がっている場合じゃない。
「兄さん……」
小さく呟く。
兄のユリウスは、私を救うために盗みを働いた。
王宮の宝、賢者の石。それがあれば、私の病気は治ると言っていた。
でも、兄は捕まってしまった。
死刑になるはずだった。
だから私は、取引をした。
私が生贄になる代わりに、兄を解放してほしい、と。
父さんも母さんも反対した。
身代わりになると言ってくれた。
でも、私はもう長くない。
どうせ死ぬなら、兄さんを救って死にたかった。
「……行こう」
リリアは、一歩を踏み出した。
振り返らない。
振り返れば、心が折れてしまいそうだから。
◆◆◆
ガレスは、少女の背中を見ていた。
小さな背中が、ダンジョンの闇に消えていく。
足音が、だんだん小さくなっていく。
やがて、何も聞こえなくなった。
「……」
ガレスは、拳を握りしめていた。
「……すまんな」
誰にも聞こえない声で、呟いた。
そして待ち続ける。
新たな軍備となったドラゴンの登場を。
◆◆◆
リリアは、暗闇の中を歩いていた。
足元は、かろうじて見える程度。
壁には、古代の文字が刻まれている。
遺跡なのだろうか。
それとも、誰かが作った巣なのだろうか。
考えても、分からない。
分かっているのは、この先にドラゴンがいるということだけ。
食べられるのだろう。
痛いのだろうか。
苦しいのだろうか。
それとも、一瞬で終わるのだろうか。
「……怖い」
正直に、呟いた。
誰もいない。
だから、正直になれる。
「怖いよ……でも……」
リリアは、胸のペンダントを握りしめた。
兄さんがくれた、生命の魔石。
これをつけていると、病気の苦しみが和らぐ。
兄さんは、いつも私のことを考えてくれていた。
だから、今度は私が兄さんを守る番だ。
「大丈夫。大丈夫……」
自分に言い聞かせながら、リリアは歩き続けた。
腕には、守りの腕輪が嵌められている。
ドラゴンに出会うまでは私を守ってくれる、加護のマジックアイテム。
しかし私にとっては、鎖のついた手枷と同じだった。
やがて、広い空間に出た。
薄明かりが差し込んでいる。
上を見ると、遥か高くに光が見えた。
「さようなら、お父さん、お母さん、兄さん」
リリアは目を閉じる。
「いままで、ありがとう……」
手に持った笛を、口に当てる。
ピイィィィーーー……
ドラゴンを呼ぶ笛の音が、縦穴に響く。
それはまるで、雛鳥が親鳥を呼ぶ叫びのように聞こえた。
しばらくすると、咆哮が聞こえてきた。
大地を揺るがすほどの、巨大な声。
「ひいっ!」
思わず耳を塞ぐ。
あまりの恐怖に、逃げ出したくなる。
しかし逃げるわけにはいかない。
ここで耐えなければ、全てが無駄になってしまう。
リリアは震えながらも、笛を吹き続けた。
◆◆◆
「バスターメイデン。古代の戦闘兵器だそうです」
ラグが頭の上でアカシックリーダーを操作しながら、解説をする。
最初はイジケていたが、俺がいろいろと質問しては答えをもらうを繰り返しているうちに、すっかり上機嫌になった。
ホッとしている。
「ええと、取り扱いマニュアルもありますよ」
「起動するには『目覚めよバスターメイデン』と唱える……あっ、『眠れバスターメイデン』で停止するそうです」
思わず足を止める。
ゴーレムを停止させる方法があったとは……。
まあ、そりゃそうだよな。
「次にあんなのと出会ったら、まずはマニュアルを探すように頼むよ」
「はい、お任せください!」
明るい声が響き、頭の上が輝く。
まるでハゲたおっさんのような感覚だ。
「飲み込んじまったけど、これって大丈夫なのかな」
「どうでしょう……ええと、コアはゴーレムの生成に使われ、魂の代わりとして機能する。額の紋章は書き換えも可能……ほうほう」
ラグがアカシックリーダーを読み上げる。
「特に、飲み込んでも大丈夫です」
「そうか。ああ、そういえば、食っても何の意識も感じなかった。それって何故だ?」
「えっ? 意識を感じる?」
「ああ、何だか意識が入り込むというか……そうやっていろいろな知識や技も増やせるんだ」
「ネクロドラゴンの特徴……」
ラグがアカシックリーダーを操作する。
「うわぁ~、魂の捕食って書いてます。捕食した肉は修復に使われ、魂は魔力やスキルとなるそうです」
「そうか……じゃあ、母さんの魂はまだあそこにいたんだな」
「はい。そしてゴーレムには魂はなく、代わりにコアがあったんです」
なるほど。だから何も感じなかったのか。
ピイィィィーーー……
その時、何か笛のような音が聞こえてきた。
ピイィィィーーー……
風の音に混じった小さな音。それが呼んでいるような気がする。
「この音は?」
ラグに聞いてみる。
「えっ、何か聞こえるんですか?」
どうやらラグには聞こえていないらしい。
「ちょっと行ってみよう」
「あっ、はい。何だろう」
音のする方向へと足を進める。
次第に音は大きくなり、それが笛の音だとはっきり分かる。
「誰かいるな。おびき出そうとしているのか? ラグ、ここで待っていろ」
「はい、気をつけてください。何かあれば、いつでも呼んでください」
そう言ってラグは頭の上から飛び上がり、近くの岩棚に腰掛けた。
「ああ、ちょっと様子を見てくる。こんなデカい図体だがな」
自虐的な笑いを浮かべながらも、慎重に進む。
◆◆◆
笛の音が大きく響くようになり、その音の主が目の前に現れた。
白いドレスを美しく着飾った少女だった。
少女は俺を見上げ、恐怖の表情が張り付いた顔で、静かに目を閉じた。
そしてその目からは、一筋の涙が頬を流れた。
「あのお、ここで何をしているんですか?」
俺が話しかけると、少女はカッ! と目を見開いた。
驚きと困惑の表情で、俺を見る。
そして口を開いた。
「ドラゴンが……喋った……」
ああーー、そうか。
ドラゴンって喋らないんだ。俺って特別なんだ。そうだよな。
いまさらそこを驚いたってなぁ。
「んんっ、んっ、あー」
咳払いをして、威厳のある声を作る。
「娘よ、俺は聞いているのだ。ここで何をしている」
「ここはダンジョン。魔物の棲む場所だ。お前のような娘の来る所ではない」
パキィン!
その時、娘の腕に取り付けられた腕輪が弾けた。
「あっ!」
娘が小さく悲鳴を上げる。
そして俺の顔を見つめる。
病弱な顔をしているが、目だけは輝いている。しっかりとした意志を持つ目だ。
「私を捧げに来ました」
両手を広げ、その身を差し出そうとする。
「どうか私を食べてください」
「嫌です」
俺はキッパリと断った。
娘の顔が曇り、困惑の表情に変わる。
そして今にも泣きそうな顔で訴えかけてくる。
「食べてください」
「だからお断りします」
「私がマズそうだからですか?」
「人は食べません」
「好き嫌いはいけないと思います」
なんだその理屈は。
「私のお母さんだって言ってました。ちゃんと野菜を食べないと、治るものも治らないよって」
「ちょっと待て、どういうことだ? お前は病気なのか?」
「あっ……」
少女が口を押さえる。
「病気は関係ない。美味かろうと腹が減っていようと、人間は食わん」
「そんな……お願いします。お願いします」
少女が懇願する。
「食べてもらわないと困るんです。そうしないと兄が……うううっ」
泣き出してしまった。
「はぁ~……」
俺はため息をつく。
「娘よ、まずは事情を話せ。俺は話せるドラゴンなんだ、まったく……」
振り返って、奥に向かって声を上げる。
「おーい、ラグ! こっちに来てもいいぞ! ちょっと聞きたいことができた!」
「はぁーい、今まいります!」
洞窟の奥から、光が近づいてくる。
そして少女の目の前に、天使が降臨した。
神々しい輝きを放ち、優しい目で少女を見下ろしている。
「ああっ……天使様……」
少女が息を呑む。
「私はこれから天に召されるのですね。ああ、ありがとうございます……」
「召されません」
ラグの言葉で、少女が涙目になる。
「使徒様、この人誰ですか?」
ラグの言葉で、少女が呆気に取られる。
「使徒様?」
少女の目が見開かれる。
「はっ! ははぁーっ!」
いきなり平伏した。
そうか、そういえば俺って神の使徒だった。
見た目がドラゴンだから忘れてた。
使徒だから喋れるのかもしれない。
そういえば、俺の翼にも羽毛が生えてきている……。
なんだろう、ちょっとだけ気分がいい。
「顔を上げろ。事情を聞かせてもらおうか」
そして俺は、少女の身の上話を聞くこととなった。




