ゴーレム戦
風が頬を撫でる。
そう感じるほどに、素早い攻撃が通り過ぎた。
目にも留まらぬ速さとはよく言うが、ゴーレムの姿が全く見えない。
攻撃の後に羽虫のような音が聞こえ、続いて風が追いかけてくる。
その音に混じって、ラグの声がこだまする。
「ゴーレムの移動速度は音速を超えます! 目に見えない攻撃を繰り出します!」
「まずは動きを止めてください!」
「なるほど、動きを止めるのは難しそうだが……」
俺は鱗を広げる。
「これならどうだ!」
全方向に、蜘蛛の糸を張り巡らせる。
たとえ糸を切られても、体に絡みついた糸は次第に動きを鈍らせるはずだ。
糸を出し続ける間にも、攻撃は絶え間なく続く。
ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!
体に無数の切り傷がつけられる。
「何のこれしき!」
しかし傷はすぐに回復していく。
「同じ相手と思うなよ!」
糸を出し続けていると、ゴーレムの軌道に赤い筋が見えてきた。
燃えている。
しかしそれは、ゴーレムの体に絡みついた糸だ。
あまりの速度に空気が圧縮され、その熱で糸が燃えているのだ。
しかし、そのおかげでゴーレムの軌道が見えるようになった。
目で追えるようになって初めて、その速度の秘密が見破れた。
「なるほど、そう来たか」
羽虫のような風切音。
それは剣をプロペラ代わりに高速回転させ、攻撃と移動を両立させていたのだ。
「ゴーレムならではだな」
胴体ごと腕を回転させながら、空中を飛んだり壁を走ったりしている。
生物には絶対に真似できない動き。
「それだけ速いと、急には止まれないだろう」
俺は氷の塊を作り出し、ゴーレムの進行方向に飛ばす。
ガキィン!!
火花とともに氷が弾ける。
そして土煙を上げて、ゴーレムは地面に突き刺さった。
手応えはあった。無事では済まないはずだ。
「やりました! 動きが止まりました!」
ラグの声が聞こえてくる。
土煙の中で、ゴーレムは沈黙している。
それでも俺は油断しない。
土煙が晴れていくのを見ながら、その奥にいるはずのゴーレムを見据える。
ギギ……ガガガッ……
土煙が晴れる。
ゴーレムの腕は無惨に砕け散り、足も半壊していた。動ける状態ではない。
「勝ったな」
そう思った次の瞬間――
額の紋章が、輝き出した。
「使徒様! ゴーレムには修復能力があります!」
ラグの声に焦りが混じる。
「額の紋章がある限り、どんなに破壊されても修復します!」
ラグの言う通り、バラバラになった手足が集まってくる。
まるでパズルが組み合わさるように、元の形を取り戻していく。
「させるか!」
俺は尻尾を振り回し、ゴーレムに直撃させる。
ドガァン!!
ゴーレムは吹き飛び、壁に叩きつけられ、再びバラバラになる。
それでもゴーレムは止まらない。
最初に足を修復し、攻撃を避けながら腕のパーツを引き寄せている。
そして最後のパーツが組み上がる。
「気をつけて! 攻撃が来ます!」
「ああ、分かっている」
腕と胴体の回転が始まり、羽虫のような風切り音が聞こえてくる。
ゴーレムが移動する瞬間、俺はスライムの粘液を浴びせた。
そして次々と粘液を浴びせ続け、ゴーレムを玉のように包み込む。
「ああっ! ゴーレムが綺麗になっていく……」
「いや、そうじゃないから」
粘りのある液体は、ゴーレムの回転を鈍らせる。
移動しようにも、足は地についていない。
スライムの粘液の中で、ゴーレムはもがくしかできなくなっていた。
「よし、今度こそ!」
「駄目です! 離れてください!」
ラグの声に、焦りが見える。
「コアの光が増しています!」
何か来るのか?
そうだ。母親の胸には穴が空いていた。もしかして……
次の瞬間。
ゴーレムのコアから、閃光が解き放たれた。
「あっ……」
◆◆◆
至近距離でゴーレムの大技を食らった俺の体は、蒸発してしまっていた。
「ああっ! 使徒様! 使徒様! 使徒様あああぁぁっ!」
ラグの声が小さくなる。
だが、消えることはなかった。
地面に僅かに残ったシミが、泡立つ。
そこから少しずつ、体が再構成されていく。
しかし、元の姿とは程遠かった。
骨に、かろうじて肉がこびりついている状態。
もはやスケルトンドラゴンと言った方が正解の姿だった。
「使徒さ……ま……」
ラグがドン引きしている。
それよりもゴーレムの方だ。
俺は蒸気で曇った中に、ゴーレムの姿を見る。
「戦えるのか? この状態で……」
魔力を絞り出し、氷の槍を構える。
「いつでも来い」
とても勝てるとは思えなかった。
しかし、諦める気にもなれない。
以前の俺は諦めたのだ。生きることそのものを。
しかし今の俺は、もう一度やり直している。
最強となって、死すら克服して。
そうだ。最後まで抗った末に訪れる結果を見届けるんだ。
「うおおおおおっ!!」
突進する。
思うように動かない。筋肉が足りない。魔力も足りない。
だが俺は死なない。
負けはしないんだ!
そして槍を振りかざす。
「オーバーヒートを確認。クールダウンに移行します」
ゴーレムはそう言うと、目の光は消え、そのまま動かなくなってしまった。
「はあああっ……」
俺は膝をつき、安堵のため息を漏らす。
「あのお……あなたは使徒様ですよね?」
ラグが恐る恐る近寄り、声をかけてくる。
「肉が足りない、何か食わないと……」
「!!」
ラグが全速力で俺から離れる。
目の前には、機能停止したゴーレムが煙を出しながら立っている。
「こいつも冷えれば、また襲ってくるのか……」
ためらっている時間はなかった。
「もうここに、食えるものは一つしかない」
俺は母親の遺体を見る。
「すまない……本当にすまない……」
「ああ……分かりました」
ラグが涙を流しながら、笑顔で俺の前に進んでくる。
「使徒様がそうお望みなら、仕方がありません……」
「どうぞ、召し上がってください」
一口サイズにも満たない小さな天使が何か言っているが、今はその声を無視して、母親の元へ向かう。
◆◆◆
「母さん」
俺は母親の前に立つ。
「俺を守ってくれて、ありがとう」
かつて巨大に見えた竜。美しく、荘厳だったであろう姿。
「強かったよ、母さん。あんなのと戦ってたのかよ……凄いよ」
でも、まだ仇は取りきれていない。
「母さんの体、もらうよ」
そう言って、母親のドラゴンにかぶりつく。
涙で、味は分からなかった。
死んで干からびた腐肉。それを食っている。
食うというよりも、直接体に入り込んでくる感覚。
まるで、暖かく包まれるような。
俺は夢中で貪り食う。
肉が再生されていく。
ああ、懐かしい感覚。
記憶の奥底にある、母に抱かれている感覚。
母親の笑顔。それを見て笑っている自分。
そんな物心がつく前の、忘れてしまった記憶……
意識が流れ込んでくる。
ドラゴンの意識……
『守り抜く。壊させはしない。この卵だけは決して。たとえこの身が滅んでも』
『どうか生きて。一人にさせてごめんなさい。何も残してあげられない』
『ああ、どうか、この卵が無事に……見たかった……』
目の前に、骨となったドラゴンが横たわる。
「ぐああああああああああああっ!!」
再生した体で、大地を揺るがすほどの雄叫びを上げる。
「十分に残してくれたよ」
涙が止まらない。
「俺も見せたかった。ありがとう……」
◆◆◆
俺はゴーレムの元へ向かい、足で踏みつける。
バラバラに粉砕されたゴーレムを、さらに打ち砕く。
何度も。何度も。気が済むまで。
それでもゴーレムは止まらなかった。
額の紋章が再び輝き、破片が胴体へと吸い寄せられる。
「お前も食ってやる!」
俺はゴーレムの頭を飲み込み、そしてコアも飲み込んだ。
「どうだ! 修復できるものならやってみろ!」
するとゴーレムの部品はしばらく蠢いていたが、やがて動かなくなった。
俺は散らばった部品に炎を浴びせ、尻尾で弾き飛ばした。
「ガラクタめ」
そう吐き捨て、ラグを探す。
「うううっ……ぐすっ……」
ラグは、隅の方で膝を抱えてベソをかいている。
「どうした、どこか怪我でもしたのか?」
心配をして声をかけると、ラグは顔中いろいろな液体を垂らしながら振り向く。
「嬉しいんだか、悲しいんだか、怖いんだか、もうわかんなくて……」
ちょっとだけ存在を忘れてた。
いや、それどころじゃなかったと言うべきか。
「ああ……なんかゴメンな。元気出せ、ほら、乗せてやるから」
俺はラグを頭に乗せる。
「ここなんかどうだ?」
「うう……ありがとうございます……ぐすっ……」
俺はラグを頭に乗せたまま、その場を出発することにした。
母親の骨に、最後の一礼をして。
◆◆◆
ダンジョンに向かって、行進する人影があった。
隊長と思われる人物は馬に乗り、輝く鎧を身につけている。
後に続くのは、数十人の兵士たち。皆、屈強な強者だ。
その中に一人、美しく着飾った少女がいる。
姫というには弱々しく、今にも倒れそうなほど息は荒く、頬はこけている。
しかしその目には、確かな意志と決意が秘められていた。




