邂逅
目の前に、魔物が現れた。
青く透き通った体。不定形だが、丸くてプルプル震えている。
スライムだ。
その姿はどことなく可愛らしく、遠目に見る限り襲ってくる様子もない。
「スライムに間違いないよな……」
少し離れた場所で、考える。
スライムと言えば、一見弱そうに見えて、実はチート級の消化力で魔王にまで登りつめた個体もいたよな……。
ここは人間の想像力が作り出した世界だ。
ありえない話ではない。
近づいたら最後、一気に囲まれて亜空間に封印とか……ないよな?
「じー……」
「ぷるん」
スライムを見つめる。
「じー……」
「ぷるるんっ」
何か答えているようにも見えるが、全く分からない。
ぴとっ。
足元に、ヒンヤリとした感覚。
「ん?」
足元に目をやると、いつの間にか足にスライムがくっついている。
スライムは、一匹ではなかった。
「…………!!」
周りを見る。
いつの間にか、大量のスライムに囲まれていた。
「うわあああっ!!」
慌てて足を振るが、スライムは離れない。
それどころか足を包み、体へと進んでくる。
「くそっ、食われる!」
必死で転げ回る。
しかし多勢に無勢。
全くなす術なく、包み込まれてしまった。
蜘蛛の時のように食って何とかなる状態ではない。
しかしこのままでは消化されてしまう。
考えている場合ではない。
とにかく口を開いて、飲み込んでいく。
食われる前に、全て飲み込むしかない!
甘い味が、口の中に広がる。
とてもフルーティで、爽やかな香りと喉越し。程よい弾力とコシがある。
命のやり取りをしている最中なのに、俺の舌は味わうことを忘れない。
これが強者の余裕なのだろうか。
落下でボロボロになった俺の体が、修復されていく。
スライムの消化力は、それほど強くないようだ。これなら俺の再生力の方が上だ。
これなら勝てる。
そう確信した時――
スライムが、一斉に体から離れた。
そしてどこかへと消えていく。
「どうなってるんだ?」
混乱している頭の中に、突然意識が流れ込んでくる。
『綺麗にするよ。食べてお掃除、綺麗にする。すべすべピカピカ、大好き』
「……」
体を確認する。
傷が消えているだけでなく、ワックスでもかけたかのようにピカピカになっていた。
「共生関係の魔物もいるんだな……」
頭にゲスい考えが浮かぶ。
「エステサロンで一儲けできそうだ」
異世界でドラゴンが女性をすべすべピカピカにする絵面は、さすがに現実離れしている。
俺は頭を振って、妄想を消し飛ばした。
◆◆◆
それからの俺は、快進撃だった。
目の前に、火を吹くトカゲが現れた。
蜘蛛の糸で縛って、鎌を振り首を落とす。
そして俺は、肉を喰う。微妙な味だったが、火を吐けるようになった。
「おおっ! これだよ、これ!」
ゴオォォォッ!!
口から炎が吹き出す。ドラゴンらしい、赤い炎だ。
「やっと炎が出た! これでドラゴンらしくなってきたな!」
またしばらく歩くと、今度はサーペントが現れた。
氷の魔法を使ってくる。しかし、火を吐くドラゴンには通用しない。
楽勝で倒し、丸焼きにして食ったら、ジューシーで美味かった。
そして俺は、氷の魔法も使えるようになった。
それからも、様々な魔物が現れては捕食を繰り返す。
コウモリを食えば、暗闘でも見えるようになった。
岩のような亀を食えば、鱗が硬くなった。
電気を纏うウナギを食えば、雷を操れるようになった。
捕食を繰り返すたび、体は大きくなり、魔力も強大になっていく。
様々な技と魔法を身につけ、無敵のドラゴンへと成長していった。
◆◆◆
今では、最初に見上げていた母親と同じ大きさになっているかもしれない。
俺は確認しようと、最初の広間へと足を運んだ。
母親の遺体がある場所だ。
そこに到着すると、何やら光る生き物が卵の殻の前にいた。
後ろ姿には翼が生え、金髪の上には輪っかが浮いている。
「ん? 人の姿か?」
俺が声を発すると、その生き物はビクッとなり、振り向いた。
ショートカットの金髪に、空のような青い瞳。幼い顔立ちの少年だ。
白い衣装に金色の装飾。背中から生える翼と、頭上に浮かぶ輪っかは光を放っている。
天使の姿そのものの少年。
その少年は――涙目になって震え出し、大声で泣き出した。
「うわああああん! 神様、申し訳ありません! 既に食べられちゃってます!」
「せっかく頂いた初めての使命なのに、いきなり失敗してしまいましたぁ!」
「どうしよう、僕はどうしたらいいんでしょう……はっ、まさか罰を!?」
「このドラゴンに食べられる罰をお与えに!?」
「うわああああん! 痛くしないでくださいいいいい!」
そう言って、走り寄ってくる。
まるで親鳥を見つけたヒヨコのような姿だ。
「ちょっと待て、止まれ!」
「はひっ!?」
天使が急停止する。
「お前は誰だ。一体何があった」
天使は一瞬固まり、俺を見上げて何やら考え始めている。
「神様? このドラゴンはいったい?」
「親ドラゴンは殺されてるし、卵は食べられてるし……」
「まさかこのドラゴンに仕えろと? なんか物凄く怖いんですけど……」
「ネクロドラゴンって表示されてるし……」
スマホのような小さな板を見ながら、ブツブツ呟いている。
「おい、聞こえてるぞ」
「はひいっ!」
顔が青くなる。
「さっきから言っている神とは、魂の管理者のことか?」
天使の頬が赤くなり、笑顔で輝き出す。
「はっ、はい! そのとおりです! アストレイオス様です!」
「名前は聞いていなかった。そうか、アストレイオスというのか」
「神様のことをご存知ということは、もしかしてあなたは……」
「神谷契だ。とはいえ前世の名前だがな」
そう言うと、また涙目になった。
泣いたり笑ったり、忙しい奴だ。
「うううっ……良かったぁ~! 食べられてなかったんだ!」
「最強のドラゴンなのに殺されているし、卵も空っぽだし……僕はてっきり使命を失敗したものとばかり……」
「生きていてくれてありがとおおおおおっ!」
笑顔が弾ける。
「死んでるがな」
今度は笑顔が凍りつく。
「俺はどうやら、死んだ卵に転生したらしい。卵から出た時はゾンビみたいだった」
「ほら、これを見ろ」
そう言って、腕の片方を鎌で切り落とす。
ゴトッ。
天使の目の前に、腕が落ちる。
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
足元が濡れる。
少し漏らしてしまったようだ。
やりすぎたか。可哀想なことをした。
腕が再生しているところを天使に見せ、呆気にとられているところをスライムの粘液で掃除してやった。
つるつるのピカピカに輝く天使に顔を近づけ、鼻息で乾燥させる。
「おい、しっかりしろ。使命って何のことだ? 神様に何を頼まれたんだ?」
「はっ! は、はいっ!」
天使が姿勢を正す。
「僕は神様に、使徒様への御使いを命じられた天使のラグエル=セラフィードです! ラグとお呼びください!」
「御使い?」
「えーと、要するに……監視役、案内役、といったところでしょうか」
監視役?
なるほど。俺が神に逆らわないように、監視を付けたわけか。信用しないと言うなら、お互い様とさせてもらおう。
そっちが信用しないなら、従う義理もない。まあ、今のところは逆らうつもりもないが。
今のところは、な。
「案内役か。一体どこまで知っているんだ?」
「はい! 僕にはこれがあります!」
ラグがスマホのような板を掲げる。
「分析器アカシックリーダーです! ここに映すとステータスが見えるんです! なんでも僕に聞いてください!」
「ネクロドラゴンって、何のことだ?」
「……」
アカシックリーダーを見て、固まっている。
「死んでるって出てます……」
「そう言ってるだろ」
「……」
「俺を殺さないようにって、言われたのか?」
「……はい」
「残念だったな」
「……」
涙目になって俺を見上げている。
なんだか可哀想になってきた。
「な、なあラグ。俺の母親のドラゴンなんだが、なんて出てる?」
俺の前で、ラグは母親にアカシックリーダーを向ける。
母親と俺は、同じくらいの大きさになっていた。
俺もこんなふうに、美しく荘厳な姿なのだろうか。
「エターナルドラゴン。不滅の竜、と出ています」
「不滅?」
「悠久の時を生き、神に近い存在となった……しかし、ゴーレムによって倒された、とあります」
「そのゴーレムは、今どこに?」
「ええっと……」
ラグがアカシックリーダーを操作する。
「あっ!」
ラグの顔が、青ざめた。
「い、いました」
「どこだ!」
「う、後ろです……」
「!!」
◆◆◆
振り向く。
そこには、少女のような姿の人形が立っていた。
全身が白磁器のように白く、滑らか。
金の紋様が全身に施され、両腕には鋭い剣が装備されている。
胸には赤く輝くコアが埋め込まれ、そこから全身に光が流れている。
赤い瞳に、銀色の髪。
額には何かの紋章が刻まれ、無表情の顔は、生きている人間のように生々しかった。
これが、俺の母親を殺したゴーレム。
今までとは比べ物にならないほどの強敵に違いない。
俺に倒せるのか?
それ以前に、無事で済むのか?
ラグはどうなる? 天使も死ぬのか?
様々な思考が、頭を巡る。
「ラグ、隠れろ」
「はい、使徒様! 情報でサポートします!」
ラグが飛び上がり、距離を取る。
「気をつけてください! 強大な魔力が存在します!」
そう言うと、ラグは岩陰へと飛び去っていった。
俺は、ゴーレムと向き合う。
ゴーレムの目が怪しく光り始める。
「殲滅対象を確認、攻撃を開始します」
感情の無い声でゴーレムが話す。
母親の遺体が、すぐ近くに横たわっている。
「……母さんの仇討ちをさせてもらう」
最強のドラゴンを殺したゴーレムと、死んだ最強のドラゴン。
壮絶な戦いが、始まろうとしていた。




