捕食
洞窟というよりも、ダンジョンだろうか。
歩いていると、所々に整備された遺跡のような人工物が現れる。壁には文字らしきものが刻まれ、床には規則正しい模様が描かれている。
誰かが作った場所なのか。
やがて、広い空間に出た。
見上げると、長い縦穴が上に向かって伸びている。そして遥か上から、光が差し込んでいた。
「これが出入り口か。ドラゴンの巨体が出入りするには、確かに都合がいいな」
縦穴には螺旋状に通路が掘られており、歩いて登ることもできそうだ。
とはいえ、俺はドラゴンだ。
背中を見る。
翼がある……はずだ。
「あー……そりゃそうだよね……」
翼は確かにあった。
あったが、膜が腐っていてボロボロだった。
これじゃ飛べない。
「はあ……仕方ない。歩いて登るか」
螺旋通路を歩き始める。
周囲を観察しながら進む。大きな縦穴の壁には所々に横穴があり、その奥から様々な物音が聞こえてくる。
何かが這いずるような音。
風が通り抜けて響く、低い唸りのような音。
何かの生き物が発する、甲高い声。
まるで悲鳴のようにも聞こえる、高音の反響。
自分がドラゴンでなかったら、冷静ではいられなかっただろう。
何と言っても、今の俺は死んでいる。これ以上死ぬ心配もない。
試しに高所から飛び降りてみたら、どうなるのだろうか。
「いやいや、足が壊れて歩けなくなったら困る。できるだけ体は大切にしよう」
そう呟いて、歩き出した直後だった。
景色が、ひっくり返った。
そして地面が、顔に向かって飛んできた。
ゴッ!!
「なっ……!? どうなって――」
視界に、ありえないものが映る。
首のない、ドラゴンの体。
「――!!」
首が落ちた。
いや、落とされた。
何かいる!
目だけで周囲を見回す。
天井に、何かが張り付いていた。
巨大な蜘蛛。
まるでカマキリのような、鋭い刃物のような前脚を持つ、化け物じみた蜘蛛だ。
やられた。
生まれて間もないドラゴンなど、最強とは程遠かった。
でかい蜘蛛に一撃で首を落とされ……
殺され……
……てはいない。
まだ意識がある。
首だけになっても、俺は生きている。いや、死んでいるのだが、意識がある。
しかし首だけでは何もできない。
残された胴体は蜘蛛によって糸を巻かれ、捕食されようとしていた。
「あんな腐った肉でも食うのかよ……これが魔物ってやつか」
「流石に消化されたら終わるんじゃないか……?」
その時だった。
胴体から、何かが生え始めた。
泡立つように肉が盛り上がり、成長していく。
首だ。
新しい首が、生えている。
やがてそれは頭の形になり、目ができ、鼻ができ、口ができた。
初めて、自分の顔を見ることになる。
「……意外と可愛いな」
ドラゴンの幼体。まだ小さいが、整った顔立ちだ。
そして視界が、ゆっくりと切り替わっていく。
地面に転がった古い頭の視界から、胴体に生えた新しい頭の視界へ。
古い頭は、ドロドロと溶けて消えていった。
「うぐっ……! きつい、締め付けられる!」
新しい視界で最初に感じたのは、圧迫感だった。
蜘蛛が巻き付けた糸が、肉に食い込んでいる。苦しいわけではないが、身動きが取れず不快だ。
「くそっ、炎が吐ければこんなもの、簡単に焼き切れるのに!」
もがく俺に、蜘蛛の牙が迫る。
そして首筋に、噛みついてきた。
ガブッ!!
「ぐあっ……!」
痛くはない。でも、食われている感覚はある。
ふざけるな。
俺だって食ってやる!
ガブッ!!
俺も負けじと噛みつく。蜘蛛の脚に、思いっきり。
「このっ……こんな所で……終わってたまるか……!」
噛み千切る。
「食ってやる……!」
飲み込む。
「うえっ、不味……くない?」
意外だった。
「美味い……蜘蛛って美味いのか?」
予想外の美味さに、逆に驚く。
蜘蛛の方はと言えば、必死でかぶりついて離さない。
もしかして、蜘蛛にとっても俺は美味いのかもしれない。
お互いに食い合う、壮絶な絵面が展開された。
◆◆◆
しかし、俺は食われても再生する。
一方、蜘蛛は俺に食われて、頭と胴体が離れていた。
俺は蜘蛛の頭に食らいつき、地面へと投げ飛ばす。
ドシャッ!
蜘蛛の体が、動かなくなった。
「……勝った」
糸を引きちぎりながら、立ち上がる。
「再生能力か……これ、凄えな」
自分の体を見下ろす。首を落とされたはずなのに、今は元どうりだ。
「やっぱりアンデッドだからなのか?」
まあいい。理由はどうあれ、死なないのは助かる。
「それにしても……味を感じるのは嬉しいな。楽しみが増えた」
転がっている蜘蛛の死骸を見る。
「見た目はアレだが、美味いものに変わりはない」
手を合わせる。
「いただきます」
俺は蜘蛛を、美味しく頂くことにした。
◆◆◆
蜘蛛の肉を食べているうちに、異変に気づいた。
体が、変化している。
腐った肉が泡立ち、修復されていく。死んでいることには変わりないようだが、見た目が明らかに良くなっている。
背中を見る。
翼が、綺麗になっていた。膜も張り直されている。
「おおっ……なんだかカッコいいぞ」
食った肉が、材料になっているのかもしれない。
上機嫌で蜘蛛を堪能していると、奇妙な感覚に襲われた。
『喰って、仲間を増やして、ここをオレの巣にする……』
「……!?」
蜘蛛の意識が、流れ込んでくる。
捕食と繁殖の、原始的な衝動。
糸を張り巡らせ、獲物を待ち構える感覚。
鎌で切り裂き、獲物を仕留める感覚。
困惑する俺の体に、さらなる変化が起きた。
糸を張り巡らせる意識と共に、鱗の隙間から糸が発射される。
シュルルルッ!
「うおっ!?」
そして鎌を振るう意識と共に、腕の鱗が変形し、鋭い刃と化した。
いつの間にか、蜘蛛の能力まで獲得していた。
「おいおい……俺ってドラゴンだよな?」
糸を出す腕を見る。
「ドラゴンが糸出していいのか?」
まあ、最強だからいいのかもしれない。
見た目も良くなり、新しい能力も手に入れた。
俺は上機嫌で、次の獲物を探し始めた。
この万能感。何も恐れない強者の感覚。
嬉しかった。
初めて、神に感謝していた。
「神様、ありがとう。俺にできることは、頑張るよ」
◆◆◆
「さあ、飛ぶぞ」
登ってきた縦穴の底を覗き込む。
深い。
とても深い。
分かっている。
飛べると分かっている。翼は修復された。
そして落ちても死なないと分かっている。アンデッドだから。
頭では分かっている。
バンジージャンプと同じだ。エクストリームな体験も、慣れれば娯楽になる。
頭では、分かっているのだ。
しかし。
心が、踏み出すことを拒否している。
「はっ、はっ、はっ……」
呼吸が荒くなる。いや、アンデッドだから呼吸は必要ないはずなのに。
「なんのこれしき……俺は最強だ……無敵の肉体なんだ……!」
自分に言い聞かせる。
「俺はヒーローだあぁぁぁぁぁ!!」
叫びながら、翼を広げた。
そして縦穴ではなく、登ってきた通路に沿って突き進んだ。
足を蹴って飛び上がる。
翼を下へと動かし、揚力を作る。
ガンッ!!
天井に頭をぶつけた。
「ぐえっ!?」
そのまま坂道を転がる。
ゴロゴロゴロ……!
壁に跳ね返り、縦穴へと向かっていく。
「いやああああああ!!」
無様な悲鳴と共に滑空するも、飛び方がよく分からない。
直進して、向かい側の壁に激突。
ドガァン!!
そして一気に底まで落下。
ズドォォォン!!
……戻ってきてしまった。
さっきまで綺麗だった体は、再びボロボロになっていた。
痛みは全くなかった。
でも、心は物凄く痛かった。
「神様……あまり期待しないでください……」
地面に這いつくばりながら、呟く。
「私にできることだけを……頑張ります……」
既に言い訳をしている、最強のドラゴンだった。
◆◆◆
ダンジョンには、多くの音が響いている。
魔物はまだまだ待ち構えているようだ。
その中に、やはり悲鳴のような音が混じっている。
本当に悲鳴なのだろうか。
ダンジョンの奥で、一体何が起きているのか。
母親のドラゴンも殺されていた。
ただならぬ存在が、待ち構えているのは確実だった。
俺はボロボロの体を引きずりながら、再び歩き始めた。




