エピローグ
世界は完全に修復され、もとの姿を取り戻した。
爽やかな風が吹いている。
動物たちの声が聞こえる。
空は青く、雲は白い。
まるで何事もなかったかのように。
そして――
エルフと人間は、条約を結んだ。
◆◆◆
エルフの里の中央広場。
国王とエルフの族長が向かい合っている。
その間に立つのは、若返った初代長老。
そして俺たち。
「エルフと人、人とエルフはここに契約を結ぶ」
長老の声が響く。
「神と竜の名にかけて、永劫に争いを行う事はないと誓う」
国王が頷く。
族長も頷く。
契約が成立した。
破れば呪いとなる、強力な契約。
もう二度と、争いは起きない。
エルフたちから歓声が上がる。
人間たちも拍手を送る。
長い長い戦いが、ようやく終わったのだ。
◆◆◆
人型エルフの村。
アルヴィンの墓の前。
セレナが花を手向けている。
その隣に、意外な人物がいた。
族長だ。
村人たちは驚いている。
長老の姿にも驚いたが、それ以上に。
族長が、人間の墓に来たことに。
「……すまなかった」
族長が呟く。
「我々は認めるべきだった」
セレナは何も言わない。
ただ、涙を流している。
「エルフの里は、人間を受け入れる」
族長が宣言する。
「それが、我々の償いだ」
セレナは墓石に手を当てた。
「あなた……聞こえましたか」
声が震える。
「あなたの願いが……実現しましたよ……」
風が吹いた。
まるでアルヴィンが答えているかのように。
◆◆◆
王都レグナ。
訓練場。
国王はダークエルフたちを受け入れることにした。
新たな兵を募集し、共同訓練をしている。
「くっ……強い……!」
「降参だ! 降参!」
多くの兵士たちが、ダークエルフの戦闘力に圧倒されている。
しかし――
「あの……よければ、お名前を……」
「ねえねえ、今夜一緒にご飯でも……」
一部の兵士たちは、別の理由で降参していた。
女性のダークエルフの、妖艶な姿に。
モフモフの耳。
しなやかな体。
金色の瞳。
「……」
国王はその様子を見て、苦笑いをしている。
「まあ……平和ということか」
◆◆◆
王都の工房街。
「リリアさん! この花束を!」
「いやいや、こっちの機械油の方が!」
「ちょっとでいいから触らせてください!」
「調べさせてくれるだけでいいんです!」
リリアは国中の錬金術師たちにモテモテだった。
連日のように花束や機械油をプレゼントされ、研究対象として狙われている。
「あ、あの……困ります……」
リリアが困惑していると――
「お前らぁぁぁっ!」
背後から、鬼の形相のユリウスが現れた。
「俺の大切な妹に手を出してみろ」
羽織っているマントの下から、数々の器具が覗く。
薬品瓶。
注射器。
よくわからない機械。
全部ヤバい実験用の物だが、暗殺道具にしか見えない。
「お前らを実験台にしてやる……!」
「ひいいいいっ!」
錬金術師たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「お兄ちゃん……やりすぎ……」
「何を言う。お前を守るのが俺の仕事だ」
ユリウスは満足げに頷いている。
過保護すぎる。
◆◆◆
一方、俺は。
城の豪華な客室で、姿見を見つめていた。
新しい体。
タロス。
ユリウスが作った、ゴーレムスーツ。
今は俺の魂が入っている。
「……厳ついな」
元々が鎧としてデザインされているので、見た目がゴツい。
角張った装甲。
鋭い指先。
赤く光る目。
今でも一応、神の使徒らしい。
この見た目で。
「神の使徒がこんな格好でいいのか……」
「いいんじゃないですか? カッコいいですよ」
ラグの声が頭上に響く。
「お世辞はいい」
「本当ですって! 僕、この姿好きですよ」
ラグは相変わらずだ。
あの真実を知っても、何も変わらない。
悠人の記憶はない。
でも、一緒にいたいという想いは本物だ。
それで十分だ。
「さて、そろそろ行くか」
「はい!」
俺はユリウスの工房へ向かった。
◆◆◆
ユリウスの工房。
「駄目だ……全然わからん……」
ユリウスが頭を抱えている。
机の上には、大量の設計図と魔法陣の資料。
俺とユリウスは、コアに魔法を書き込もうとしていた。
もう少し人間らしい形に変更したかったのだが。
しかし――
「難しすぎる」
「エルフたちが長年研究して作り上げた魔法陣だからな」
簡単には作れない。
「ラグ、お前なら分かるんじゃないか?」
「うーん……以前のコアは失われちゃいましたからね。僕にも分からないです」
「詰んだな」
俺たちは長老に聞きに行った。
「ふむ……それなら族長が知っているかもしれんな」
もちろん族長にも聞きに行った。
「それなら長老が知っているかもしれんな」
完全に詰んでしまった。
「振り出しに戻った……」
「まあ、気長にやるしかないな」
ユリウスが肩を叩く。
「お前の体は壊れないんだから、時間はいくらでもある」
「それもそうか」
焦ることはない。
ゆっくりやればいい。
◆◆◆
ある日。
俺たちはダンジョンへと向かった。
あの洞窟。
俺が生まれた場所。
母親の亡骸がある場所。
「冥福を祈ってあげたいんだ」
俺の言葉に、三人は頷いた。
◆◆◆
洞窟の奥。
エターナルドラゴンの亡骸の前。
俺たちは花を手向けた。
白骨化した巨大な骨。
かつては美しい白銀の竜だった。
「母さん」
俺は静かに語りかける。
「母さんの魂は、この世界を守るために戻った」
あの時、俺を押してくれた感覚を思い出す。
「俺も負けないように頑張ってみようと思う」
この世界で、生きていく。
家族と一緒に。
「俺のことを見守っていてほしい」
風が吹いた気がした。
「また会えるといいな……」
俺は目を閉じる。
リリアが涙を拭っている。
ラグも目を潤ませている。
ユリウスは黙って祈りを捧げていた。
しばらくの沈黙。
やがて俺は振り向いた。
「さあ、帰ろう」
その時――
パキッ。
背後から音が聞こえた。
「ん?」
何かが割れる音。
「なんだ?」
俺は振り返る。
卵の殻が落ちていた場所。
そこから音が聞こえる。
「おい、あれ……」
ユリウスが指差す。
地面の下から、何かが這い出そうとしている。
パキパキパキッ!
地面が盛り上がる。
そして――
ズボッ!
腕が生えてきた。
「うわっ!?」
小さな腕。
鱗に覆われている。
腕は地面を掴み、そこから何かが出てきた。
「なっ……!」
俺たちは絶句した。
鱗に覆われた、裸の幼女。
可愛らしい見た目。
粘液だらけ。
白銀の髪。
金色の瞳。
「ひゃあっ!」
ラグが真っ赤な顔で顔を隠す。
しかし指の隙間からチラチラ見ている。
「見ちゃダメ!」
リリアがユリウスのマントを強引に剥奪した。
「わわっ! 俺のマント!」
「ちょっと借りるから!」
リリアは生まれたばかりの幼女にマントを着せる。
幼女はきょとんとした顔で、俺たちを見ている。
そして――
俺を見て、にっこりと笑った。
「おおっ、また会えたのう」
その声。
その口調。
まさか。
「我は嬉しいぞ」
幼女が首を傾げる。
「なんじゃ? そんな顔をして」
「も、もしかして……」
俺の声が震える。
「卵は……一つじゃなかった……?」
「えっ、卵?」
幼女が目をぱちくりさせる。
「おおそうか、一個は埋まっておったか」
あっけらかんと言う。
「どうりで出にくかったわけじゃな。あははははっ」
笑っている。
母さんだ。
母さんが、幼女として生まれ変わった。
「さあ行こうか」
母さんが立ち上がる。
マントを引きずりながら。
「この体からやり直しじゃ」
俺を見上げる。
金色の瞳が輝いている。
「手伝ってくれるか?」
俺は――
いや、俺たちは。
「もちろん」
四人の声が重なった。
◆◆◆
洞窟の外。
眩しい光が差し込む。
俺たちは歩き出す。
新しい家族と一緒に。
俺は最強になりたかっただけだった。
でも、手に入れたのは。
最強の力じゃない。
最高の家族だ。
契約は呪いじゃない。
守りたいものを守るための、約束だ。
俺はようやく、それを理解した。
新たなる冒険の旅が、始まった。
——終——
ここまで読んでくれて本当にありがとうごさいます。
ほんの少しでも心に残ってくれたら嬉しいです。




