帰還
神が俺に語りかけてくる。
「そろそろ魂の形が現れる頃だ。さあ見てみるが良い」
俺は自身の姿を確認する。
しかしどうにも形がはっきりしない。
「まだ定まっていないようだ」
「ではまず、この姿にしよう」
そうすると俺はドラゴンの姿になった。
しかし何故か幼体の姿だ。
ああそうだった。
俺はまだ幼体だったんだ。
魂や肉を食って、大きくなっていたんだった。
ふと見上げると、巨大なドラゴンの姿があった。
母さん。
その姿はただ穏やかに俺を見つめている。
そして俺を優しく抱きしめると、満足したような顔で異世界へと帰っていった。
「ああ、ごめんよ母さん。せっかく貰った体を無くしてしまった……」
「かの偉大なドラゴンは、再び世界の力となる。そのために帰っていったのだ」
母さんは、最後まで世界を守ろうとしている。
俺なんかより、ずっと立派だ。
「そろそろ良いかな。それでは別の姿を見せよう」
すると俺の体は、生前の姿になった。
というか、戻ってしまった。
神谷契。
42歳で死んだ、ただのサラリーマン。
「振り出しに戻りましたね」
「それも汝の魂の形だ」
「もう思い残すことは無いかね?」
「ええ、楽しかったですよ。本当にいい経験をした。本当に……」
何故か涙が溢れている。
魂なのに、もう体なんて無いのに。
「そろそろ時間だ。さらばだ、美しき魂よ」
頭上に大きな渦が現れる。
まるで惑星のような大きさ。
その中心に何か大きな存在を感じる。
その力は大きなうねりとなって、全てを飲み込んでいる。
あれが集合意識……。
体が吸い込まれてゆく。
そしてその力は次第に強くなってゆく。
ああ、思い残すことか。
最後に聞いておこう。
「神様、母さんは俺と別れるのを悲しんでませんでしたか?」
「会えたことを喜んでおったよ」
「そうか、最後に会えたんだ、良かった……」
これから俺の意識も記憶も、集合意識に溶けてしまう。
もう俺は居なくなるんだ。
この淋しい気持ちもやっと無くなる。
でも……
「御先、悠人、最後に一目会いたかった」
「もう会っているよ」
え?
「ふたりとも汝のそばにずっと居た」
どういう事だ?
そばにずっと居た?
母さんのように?
「それは! どういうことですか!」
俺は神に向き直る。
神の姿が遠ざかってゆく。
そのすぐ下、異世界から何かが来ている。
世界の欠片をくぐり抜け、必死で翼を動かしている。
ラグ!
……もしかして……
「ふたりとも、私と契約を結んだのだ」
「それは……いったいどんな契約を!」
「全ての記憶を代償にして、たった一言、こう言った」
神の声が響く。
「『お父さんと一緒に居たい』」
その言葉が、俺の魂を貫いた。
御先。
悠人。
お前たち、そんな契約を……
記憶を全部捨てて、俺に会うために。
「見つけた! エルドラ様ぁー!」
ラグが掴みかかってきた。
そして俺を必死に引っ張っている。
異世界に向かって連れ帰そうとしている。
「僕は魂を操作出来るんです。掴むことだって出来るんです!」
「おいおい、何をやっているだラグ! お前まさか!」
「なんで人間の姿なのかは知りませんが、エルドラ様だって僕には分かるんですからね」
「観念して帰って下さい」
「俺の体は消えたんだ。もう無理なんだ」
「嫌だ、別れたくない。なぜだか分からないけど、魂が叫ぶんだ。一緒に居たいって」
ああそうか。
ずっと一緒だったんだ。
そのために神様と契約して。
なのに俺はまた別れようとしている……
ああ、せっかく出会っていたのに。
別れたくない。
帰りたい。
あの異世界にもう一度……
「帰りたい。神様、お願いします。帰らせて下さい」
「汝が望んでも帰れない。それは覆らない」
ラグが必死で引き止めるも、引き戻すことは出来なかった。
次第に力が弱くなり、手が離れそうになってくる。
それでも離さない。
歯を食いしばってしがみつき、翼を動かしている。
このままだとラグも一緒に集合意識に飲み込まれてしまう。
もはや突き飛ばすしかない。
そう思った時、視界の端に二つの影が見えた。
リリアとユリウス。
いや、ユリウスじゃない。
リリアが抱えているのは、ユリウスの居ないゴーレムアーマー。
タロスだ。
リリアは世界の断片を足場に、飛び移りながら近づいてくる。
しかし世界の断片は容赦なく降り注ぎ、リリアにぶつかる。
ガキィン!
リリアが落下する。
しかし諦めない。
新たな足場を見つけ、また飛び移る。
何度も落ちては登りを繰り返し、次第に距離を詰めてくる。
「うおおおおっ!」
リリアの絶叫が聞こえる。
「ラグ! もう少しだから頑張って! 絶対に離さないで!」
ラグの翼は限界だ。
ほとんど羽ばたけていない。
集合意識が迫ってくる。
ガキィン!
「ああうっ!」
リリアはもう少しの所で登ってこられない。
もうどちらも見ていられない。
「ありがとう、もう十分だ。悠人」
「!」
ラグの目が見開かれた。
「君に会えて良かった! さようなら御先!」
そして俺はラグから離れた。
手を伸ばすラグが離れていく。
その瞬間――
「うあああああああっ!」
リリアが最後の力を振り絞り、タロスを投げた。
「諦めないで! 帰ってきてぇ! あなたぁ!」
それは無意識の言葉だったのかもしれない。
しかし最後に分かった。
御先だ。
「タロス! 魂をインストールせよ!」
ラグの叫びにも似た号令が聞こえる。
ああ、あそこに行かなければ。
何としてもあの中へ!
必死で手を伸ばす。
遠くにタロスが見える。
多段構造のリングがせり上がっている。
俺はもう一度、あの中に!
しかし絶望的に遠い。
ラグが飛んでいる。
タロスを取りに。
ああっくそ、家族があんなに頑張っているのに。
俺はなんて無力なんだ。
「誰でもいい、助けてくれ! 俺をあそこに連れて行ってくれ!」
「よう言うたな。ほれ、行くがよいぞ」
背中を押される感覚。
ああ、母さん……ありがとう。
そこに母さんは居ない。
しかし確かな感覚があった。
タロスが近づく。
俺の帰るべき場所。
まだ諦める訳にはいかない。
「美しき魂よ、強い想いに守られておるな。契約は継続する」
神の言葉が聞こえてくる。
タロスの中で姿を与えられる。
赤い結晶となって光り輝く。
そして俺は。
ラグとリリアを受け止めた。
異世界へと帰る俺に、神は告げる。
「またいつか会おう」




