転生
目覚めると、そこは何もない暗く狭い空間だった。
周りの景色は全く見えない。
身動きも殆どできない。
絶望的に狭い。
騙された。
それが最初に思い浮かんだ言葉だった。
そして次に湧いてきたのは、恐怖。
まさか、これが世界の全てなのか?
俺が見たあの景色は何だったんだ。緑の森、切り立った山々、蛇行する大河――あれは幻だったのか?
期待させるだけさせておいて、容赦なく絶望へと叩き落とす。
ああ、そうだ。
それが俺の知っている契約の正体だ。
恐怖の次に湧いてきた感情は、怒りだった。
何が最強だ。
何が望みを叶えるだ。
ふざけるな!
「ヴアアアアアアアッ!!」
殆ど動けない空間で、暴れ、もがく。
こんな何もない世界なら、どんな存在だって最強に決まっている。
一人しかいないのだから!
おのれ……許さない……こんな仕打ちは許さないぞ……!
渾身の力で壁を叩く。
力の限り暴れる。
壊してやる。
こんなもの、打ち破ってやる!
「俺は最強だあああああっ!!」
その時。
壁に、手応えを感じた。
パリッ……
ピシッ……
メリメリ……
壁が……壊れている?
もしかして、この壁の向こうに何かあるのか?
俺はこの壁を、全力でブチ壊す。
バキィン!!
空間に光が差し込んだ。
間違いない。外に何かある!
穴を広げようと腕を伸ばす。
すると――何やら腕の様子がおかしい。
緑がかった青色。まるで濁った沼のような色をした……鱗?
よく見ると、指は太く、鋭く尖った金属のような爪が生えている。
「これは……まさか……」
この手は、人間のものじゃない。
もしかして、この壁は――壁だと思っているものは――
俺は半狂乱になりながら壁を叩き、蹴り、外に出ようとした。
確かめたかった。
俺は一体、何に転生してしまったんだ!?
最後に思いっきり体を伸ばし、壁そのものを押しのける。
バキッ! メリメリメリ……!!
ようやく外に出られた。
そして、自分の体を確認する。
「……なんだ、これ」
それは、絶望的なほど醜い姿だった。
吐き気を催すほど汚い粘液に包まれている。
肉は腐り、骨が露出している。
皮膚は青緑の鱗に覆われた、トカゲのような姿。
とても生きている状態とは思えない。
しかし意識はある。動けてもいる。痛みも感じない。
でも、そもそもこんな状態で動いていること自体が、生物としてありえない。
「俺は一体……何なんだ」
呆然と周りを見回す。
すると、今まで入っていた壁の残骸が散乱していた。
それは――殻だった。
表面は岩のような質感だが、内側は滑らかな曲面。
明らかに、卵の殻だ。
「卵……ということは、もしかして」
俺は近くに横たわっている巨大な物体に気づき、それを見上げた。
息を呑む。
白く、巨大な――ドラゴンの死体。
体は激しく切り裂かれ、そこから黒い血の塊が垂れている。胸には大きな穴が空いていて、それが致命傷になったのだろう。
美しいドラゴンだった。
実際に見たのは初めてだが……これが、俺の親だったのか。
死んだ後、長く放置されたのだろう。傷口は乾燥し、干からびている。
こんな有様では、卵が死んでいても不思議じゃない。
むしろ当然だ。
でも――その死んだ卵が、なぜ俺なんだ?
◆◆◆
考えていても仕方がない。
状況を整理してみる。
「まず、俺はどうやらドラゴンに転生した」
自分の手を見る。鱗に覆われた、醜い手。
「確かに最強の種族なんだろうが……なんでこんなゾンビみたいな姿なんだ?」
腐った肉。露出した骨。
「……もしかして、アンデッドなのか?」
いやいや、意味がわからない。
人間だった俺がドラゴンになったのは、まあ、想定外と言わざるを得ない。
魂が卵に宿った、ということか。
じゃあ人形に宿るってのもあり得るのかな。まぁオカルトも関係ないか。
座り込んで考える。
そして、おもむろにドラゴンの死体を見上げた。
「……あんたは、卵を守って死んだのか?」
返事はない。当たり前だ。
「俺を守った、ってことか。もしかして、あんたが望んだのかもしれないな」
どうか卵を生かして、と。
俺は妻の御先を思い出した。
子供を守る母の姿。
御先は悠人を守れなかった。さぞ無念だっただろう。
二人の魂は今頃、溶け合って一つになっている。安寧の中にいることが、せめてもの慰みだ。
「母さん」
ドラゴンの死体に告げる。
「俺は生きてるぜ」
あんまり意味はないが、そう言いたい気分だった。
◆◆◆
「さて、ドラゴンと言えば……ブレスだな」
俺は息を大きく吸い込み、ブレスを吐いてみる。
ブフォーーー!!
すると、紫色の変な霧が出てきた。
「……あれ?」
炎が出ない。
「もう一度やってみるか」
ブフォーーー!!
ブフォーーー!!
ブフォーーー!!
何度やっても、炎は出なかった。
「もしかして、死んでるから出ないのか? いや、そもそも俺、死んでるのか?」
……いや、死んでるよな。
どう見ても死んでる。
でも、確かめてみるか。
俺は胸の奥に手を突っ込んだ。
肉が腐っているので、簡単に入っていく。全く痛くもないし、苦しくもない。
胸の奥にある心臓を引っ張り出して、確認する。
「うおっ……きもちわるっ……」
感覚的な意味ではない。ビジュアル的に気持ち悪いのだ。
しかも心臓は、全く動いていなかった。
俺は心臓をそっと胸に戻した。
「やっぱり死んでる」
静かに呟く。
「俺、死んでるよぉぉぉぉ!!」
叫んでも、洞窟に虚しく響くだけだった。
◆◆◆
神の言葉を思い出す。
『契約を破れば、死の呪いを受ける』
「もともと死んでるじゃないかよぉ……」
力なく呟く。
「……いや待てよ」
ふと、思った。
「俺って、神の使徒なんだよな」
自分の体を見下ろす。腐った肉。露出した骨。青緑の鱗。
「……この見た目で?」
何か間違ってないか?
神の使徒って、もっとこう……神々しい感じじゃないのか?
天使とか、聖獣とか、そういうやつじゃないのか?
なんでゾンビドラゴンなんだよ。
「まあいい。契約を破った覚えはないし」
そもそも生まれたばかりで、何もやっていない。
「でも……契約を破って死の呪いを受けると、どうなるんだろう」
既に死んでいる俺が、死の呪いを受けたら?
もっと死ぬのか?
それとも……何も起きないのか?
「……考えても仕方ないな」
俺は立ち上がった。
「とりあえず、探索してみるか」
母親の遺体に向き直る。
「じゃあな、母さん。ありがとう」
一礼して、俺は洞窟の奥へと歩き出した。
その奥に、何が待ち構えているのか。
期待と不安を胸に抱きながら。




