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歴史の断片

 セレナは慌てて長老をベッドに寝かせ、落ち着くのを待っている。

 アルヴィンはそんな妻の様子を優しく見守っている。

 その横では、ユリウスがアルヴィンを恨めしそうな目で睨んでいる。


 三角関係というのは面倒なものだ……。


 一方俺は、リリアやラグと一緒に泉で過ごしていた。

 この場所は集落からは死角になっており、よほど暴れなければ見つかることはない。


 泉には小さな滝が流れ込んでおり、リリアとラグはそこではしゃいでいる。

 白いゴーレムの体と、小さな天使の羽が水しぶきの中で踊っている。


 俺は水辺に座り目を閉じる。


 水のせせらぎに明るい笑い声が混じる。

 そよ風が木々を揺らし、葉の音が鳴る。

 水の香り、森の香り。

 この世界を愛おしく感じる。


 エルフの老人は何を詫びていた……。

 そして俺の母親に何があった。俺の母親は何をした。

 どうして滅ぼされなければならない。

 答えはおそらくあの老人が知っている。


 エルフの寿命はとても長い。それほどの長命種が老い先短いほどに生きた。

 一体どんな人生を歩んできたのだろう……。

 俺の前世の人生など子供みたいなものだな。


 目を開くとユリウスとアルヴィンが目に入った。

 二人は泉のほとりに座り、なにやら話をしている。

 さっきまで睨み合っていたはずなのに、今は真剣な顔で向き合っている。


「なぁユリウス、お前も協力してくれよ。セレナを悲しませたくないんだ」


「俺だってセレナを悲しませたくはない。でもどうやってそんな薬を作るんだ?」

 ユリウスの声には棘がある。だが、完全に突き放す気はないようだ。


「賢者の石に万能の力なんて無かった。俺は騙されて……いや、そんなことより……」

 アルヴィンが言葉を切り、真剣な目でユリウスを見つめる。


「あるんだよ。若返りの方法が。俺は三年かけて精製した」

「そして一口分だけ作れたんだ」


「一口分……?」

 ユリウスが眉をひそめる。


「足りないのは魔力だ。命を司る結晶をエルフの里が持っているんだ」

「頼む、手に入れるのを手伝ってくれ。俺は人間だ。里には入れない」


 ユリウスは何も言わない。だが否定する目ではない。協力したいと考えている目だ。


 事情はなんとなく察しがつく。エルフと人間の圧倒的な寿命の差だ。

 アルヴィンの寿命を伸ばし、セレナを喜ばせたいのだろう。

 命を司る結晶を俺が奪うのは簡単だろう。皆殺しにするつもりならな……。


 ◆◆◆


 長老が落ち着いたところで、俺たちは改めて小屋を訪れた。


 長老の名前はイルヴァール。老い先短い純血エルフの老人だ。

 後どのくらいの寿命なんだろう。短いと言ってもエルフの基準だし、あと百年くらいあるかもしれない。


 ラグに診てもらえば寿命が少し縮んでも大丈夫だろう。


 そして俺はラグとリリアも紹介した。

 俺の後ろから二人が歩み寄る。


 ああ、やっぱりな。リリアを見て死ぬほど驚いている。

 目を見開き、口をぱくぱくさせている。


「バスターメイデン……お前が何故ここに! ゲホッ、ゲホッ」

 激しく咳き込んでいる。顔色が一気に悪くなった。


「イルヴァールさん、大丈夫ですか? 僕が診察してあげますね」

 ラグがアカシックリーダーをかざす。淡い光が老人を包み込む。


「ああ天使様、ようやくワシにもお迎えが来た……」

 既に死んだ気になって安らかな顔になった。目を閉じ、両手を胸の前で組んでいる。


 エルフにも天使は分かるんだな。


「はい、イルヴァールさん。魂がちょっぴり汚れていたので綺麗にしておきました」

「どうですか? 楽になりましたか?」

 ラグが優しく微笑みかける。


「……ワシは生き返ったのか?」

 イルヴァールが目を開け、きょとんとした顔で周囲を見回す。


 今はそういうことにしておこう……。


「なあ、教えてくれないか。エルフの里は何故エターナルドラゴンを滅ぼすんだ」

 俺は単刀直入に聞いた。


「聞いても掟だとしか言わない。あんたは知ってるんだろう? 自分を責めるくらいには」


 イルヴァールは目を横に向けてリリアを見る。

 白いゴーレムの姿を、まるで亡霊でも見るような目で。


「そこに居るバスターメイデン……」


「ああ知っているよ。対ドラゴン兵器、以前戦った」


「コアは何処にある?」


 ゴーレムの名称、バスターメイデンの名を知っているんだ。コアが変わっていることも知っていて当然だ。

 リリアの胸には青い結晶が光っている。そして最初に入っていたコアはない。持っているのはユリウスだ。


 ユリウスが一歩前に出る。


「ここにある」

 そう言って胸のパネルを開く。タロスの装甲の奥、そこには赤い結晶、ゴーレムのコアが輝いている。


「それが何だか分かるか?」

 イルヴァールが問う。その目は真剣だ。


「よく分かっているさ。これでゴーレムを生成するんだろ」

 ユリウスは当然のような顔をして答える。


 だが、イルヴァールは首を横に振った。


「それは贈り物なのだ。エルフの里の大切な宝……」


「それって、まさか……」

 アルヴィンの表情が変わる。目を見開き、コアを凝視している。


「ワシが以前話した命を司る結晶。膨大な魔力を生み出すエルフの宝だ」


「こっ、これが……こんな所にあったなんて!」

 アルヴィンがユリウスに掴みかかる。目が血走っている。


「ユリウス頼む! この結晶を使わせてくれ!」


「あっ、ああ、俺は構わないが……」

 ユリウスは困惑しながらも頷く。恋敵の頼みだが、断る理由もない。


「ユリウス、使わせてやれ。減るもんじゃないんだろ?」

 俺はイルヴァールに視線を向ける。


「いいよな、イルヴァールさん」


 老人は長い沈黙の後、重い口を開いた。


「……決して知られてはならない。誰にも。これ以上は言えない」


「ワシは思い出したくないのだ……」

 イルヴァールの声が震える。その目には深い苦悩が宿っている。


「用が済んだら森から立ち去ってくれ。知らないほうが良いこともある」


 エルフの老人はそう言うと、そのまま小屋の中に引っ込んでしまった。

 扉が閉まる音だけが、やけに大きく響いた。


 ◆◆◆


 それからアルヴィンとユリウスは工房に籠もっている。


 工房は集落から少し離れた場所にある小さな建物だ。石造りの壁に、煙突がいくつも突き出ている。

 窓からは色とりどりの蒸気が漏れ出し、時折パチパチと火花が散る音が聞こえてくる。


 俺たちは泉で待機することにした。

 集落の住人に見つかると面倒だからな。


「ねえエルドラ様、あの二人、仲直りしたんですかね?」

 リリアが小首を傾げる。


「どうだろうな。でも、同じ目標があるなら協力はできるだろう」


「男の人って、難しいですね」


「そうか?」


「だって、好きな人を取り合っても、次の日には一緒に仕事してるんですもん」

 リリアの言葉に、ラグがうんうんと頷く。


「僕もそう思います! 僕だったら恥ずかしい秘密を見つけて暴露します!」


 ……ラグは悪ノリしていた。絶対にやめてあげて。


 しばらくすると、工房の方角から強烈な匂いが漂ってくる。


 硫黄と、焦げた金属と、何か甘ったるい香りが混ざった……なんとも言えない臭気だ。

 風向きが変わったのか、匂いがどんどん強くなる。


「うえぇ……なんですか、この匂い」

 リリアが顔をしかめる。


「錬金術の匂いだよ。そんなに臭いかなぁ」

 ラグが鼻をひくひくさせている。


 しばらくして、ユリウスが一人でやって来た。

 顔は煤だらけ、髪は逆立ってしまっている。


「げほっ、げほっ! 死ぬ……死ぬって……!」


 一体何でこうなる? 作っている薬、飲んで大丈夫なのか?


 ◆◆◆


 夕暮れ時。


 茜色の光が泉の水面を染め、木々の影が長く伸びている。


 セレナが泉まで料理を運んできてくれた。


 大きな籠には、焼きたてのパン、香草で味付けされた肉、色とりどりの野菜、そして果物。

 素朴だが、心のこもった料理だった。


「お待たせしました。簡単なものですけど、召し上がってください」

 セレナが微笑む。


「わぁ! おいしそう!」

 ラグが目を輝かせる。


「いただきます!」

 リリアも嬉しそうだ。


 俺は……まあ、食べると一瞬で消えてなくなるので我慢することにする。

 匂いだけで我慢だ。いい香りなんだけどな。


 アルヴィンは工房にこもったまま作業を続けているらしい。

 薬の完成まであと少しとのことだ。


 一方ユリウスは……泣いていた。泣きながら食事を食べている。


 色々な液体が口の中に入っているが、味には関係ないらしい。


「うっ、うまい。あいついつもこんなに美味いものを……絶妙の塩加減だ」


 まぁ――頑張れ。あと、塩加減はついてないと思うぞ。生野菜だし。


「ユリウス、あんまり慌てて食べると喉に詰まりますよ。はい、スープも飲んでね」

 セレナが優しくスープを差し出す。その仕草は、まるで弟を世話する姉のようだ。


「あー、兄さん顔真っ赤」

 妹に冷やかされていて、少し不憫に感じる。


「ううーん、流石はエルフの技術ですね。料理スキルもAランクって表示されてます」

 ラグは分析しながら食べている。それって楽しいのか?


 泉のほとりで、俺たちは食事を囲んだ。

 笑い声が響く。温かい時間が流れる。


 家族の団らんを思い出す。

 妻と息子と、三人で食卓を囲んだあの日々。


 この瞬間が、ずっと続けばいいのに。


 そう思った。


 ◆◆◆


 その頃――


 工房から漏れ出した匂いは、風に乗って森を越えていた。


 山の斜面を駆け下りる影がある。

 褐色の肌、金色の髪、猫のような瞳。

 ダークエルフの斥候だ。


「この匂い……錬金術だ」


 斥候は鼻をひくひくさせながら、匂いの元を辿る。

 鋭い嗅覚が、異質な臭気を正確に捉えている。


 やがて、小さな集落が見えてきた。

 人型エルフの集落。追放された裏切り者どもの隠れ家だ。


「報告するか……いや、待て」


 集落の近くに、煙突がいくつも突き出た建物がある。

 匂いの発生源はあそこだ。


 斥候は身を潜めながら、工房に近づいた。

 足音を殺し、気配を消し、影のように移動する。


 窓から中を覗く。


 誰もいない。

 人間の男が一人、奥の部屋で作業をしているようだが、こちらには気づいていない。


 斥候は窓を開け、中に滑り込んだ。


 工房の中は、薬品と器具で溢れている。

 棚には様々な瓶が並び、机の上には設計図が散らばっている。


「ふん、人間の錬金術か。くだらん」


 斥候は興味なさげに周囲を見回す。


 その時――


 机の上に設置された装置の中で、何かが輝いた。


 赤い結晶。

 拳ほどの大きさの、赤い結晶だ。


 斥候の目が見開かれる。心臓が跳ねた。


「……これは」


 震える手で結晶を取り外す。


 間違いない。この輝き、この魔力の波動。

 幼い頃から言い聞かされてきた、伝説の宝。


「エルフの宝……! 命を司る結晶……!」


 失われたはずの至宝が、こんな場所にあった。


「持ち帰らねば……族長様にお知らせしなければ……!」


 斥候が結晶を懐に入れようとした、その時。


「おい、誰だ!」


 工房の扉が開いた。

 茶色い髪の人間が立っている。眼鏡をかけた、学者風の男。


「その結晶を……返せ!」


 男が飛びかかってくる。


 斥候は素早く身をかわし、腰の短剣を抜いた。


「邪魔をするな、人間!」


 ◆◆◆


 泉で談笑していた俺たちの耳に、それは届いた。


 ドォォォンッ!!


 爆発音。


 続いて、悲鳴。


「なっ……!?」


「工房の方からです!」

 リリアが叫ぶ。


「アルヴィン!」

 セレナが駆け出す。顔から血の気が引いている。


 俺たちも後を追った。


 工房に着くと――


 建物は半壊していた。

 壁は崩れ、屋根は吹き飛び、炎が燃え盛っている。

 薬品が誘爆したのか、色とりどりの煙が立ち上っている。


 そして、瓦礫の中に――


「アルヴィン!!」


 セレナの絶叫が響いた。


 アルヴィンが倒れている。

 胸には深い刺し傷。血だまりが広がっている。

 眼鏡は割れて、顔には煤がついている。


「嘘……嘘よ……アルヴィン……!」

 セレナが夫に駆け寄り、その体を抱き起こす。


「アルヴィン! 目を開けて! お願い……!」


 俺はラグに目配せした。


『ラグ、魂は?』


『……ありません。すぐに魂を留めなければ天へ召されます』


 遅かった。


 魂が消えているということは、完全な死だ。

 ラグの能力でも、どうすることもできない。


「アルヴィン……アルヴィン……!」

 セレナが泣き崩れる。


「……っ!」

 ユリウスが拳を握りしめる。


 アルヴィンの手には、小さな瓶が握られていた。


 虹色に輝く液体が入った、アルヴィンの想い。


 若返りの秘薬だ。


 最後の最後まで、彼はこれを守っていた。

 妻のために作った、たった一口分の薬を。


「コアが……ない」

 ユリウスが呟く。


 工房に置いてあったはずのコアクリスタルが、消えている。

 床には争ったような足跡、そして獣のような金色の髪が落ちている。


「ダークエルフだ……あいつらが……!」


 ユリウスの目に、炎が宿る。


 怒り。

 純粋な、燃え盛る怒りだ。


「許さない……絶対に、許さない……!」


「ユリウス……」

 リリアが兄の腕を掴む。


「離せリリア! 俺は……俺はあいつらを……!」


「落ち着け、ユリウス」

 俺は静かに言った。


「落ち着けだと!? アルヴィンが……アルヴィンが殺されたんだぞ!」


「分かっている。だからこそ、冷静になれ」


「コアを取り戻す。そしてダークエルフに……いや、エルフの里に決着をつける」


「俺が行く」


 ユリウスが目を見開く。


「エルドラ様……」


「お前は残れ。セレナを……頼む」


 セレナはまだ泣いている。

 アルヴィンの亡骸を抱きしめて、声にならない声で泣いている。

 その姿が、あの日の自分と重なった。


 ユリウスは唇を噛みしめた。


「……分かった。だが、必ず……必ずコアを取り戻してくれ」


「ああ、約束する」


 俺が飛び立とうとした、その時――


「待て……!」


 声がした。


 振り返ると、イルヴァールが車椅子で近づいてきていた。

 セレナではなく、自力で。震える腕で車輪を回しながら。


「行くな……頼む、行かないでくれ……!」


「イルヴァール……」


「お前が里に行けば……また、あの日の惨劇が繰り返される……!」


「あの日?」


 イルヴァールの目から涙が溢れる。


「ワシは……ワシは見たのだ。あの日、何が起きたのかを……」


「エターナルドラゴンが……お前の母が……何をされたのかを……!」


 ユリウスがイルヴァールに詰め寄った。


「答えろ、爺さん! 何があった!?」


「なぜエルフはドラゴンを滅ぼそうとする!?」


「なぜアルヴィンが死ななければならなかった!?」


「答えろ! 全部……全部話せ!!」


 イルヴァールは震えていた。


 恐怖か。

 後悔か。

 それとも、その両方か。


 長い沈黙の後――


 老エルフは、ゆっくりと口を開いた。


「……分かった。話そう」


「全てを……話そう」


「あれは……今から千年以上も昔のことだ」


「エターナルドラゴンが……我らエルフを守っていた、あの頃の話だ――」


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