友人
「なぁラグ、エルフって本当に魔物なのか?」
「なんか都市みたいなのまで作ってたし、知能も高いんだろう?」
「集落はゴブリンだって作ってますし、ドラゴンだって魔物ですよ?」
「ああ、そうね……俺、魔物なんだ……普通は生贄を食うんだよな」
「人間同士や魔物同士でも争いますよね。あまり気にしなくて良いですよ」
「俺って厄介者なのかも知れないな……」
「そんな事ありませんっ! エルドラ様は私を助けてくれたんです!」
「魔物でも、いい魔物なんですっ!」
リリアの横で、ユリウスも同意するように頷いている。
いい魔物か……生前のルールや法律の存在しない世界。
俺を縛るのは神との契約のみ。
俺はこの契約という言葉が嫌いだ。
契約を使って相手を支配しようとするからだ。
跪くヴァルディス国王の姿が思い浮かぶ。
俺も力で支配した。生贄を止めさせ従属竜を解放した。契約と同じに……
もしも全ての契約を壊したら、この世界はどうなるんだろう……
俺は前世の家族を思い浮かべていた。
「エルドラ様、ダークエルフが立ち去ってゆきます。そろそろ諦めたみたいですね」
ラグがアカシックリーダーを見ながら報告する。
画面にはレーダーのような模様と移動する光点が表示されている。
俺は蜘蛛の糸で作った繭から頭を出す。
ダークエルフの追撃から身を隠すために作った物だ。
それを巨大な木の幹に貼り付けて偽装していた。
見た目には蜘蛛の巣にしか見えないはずだが、上手く行ったようだ。
「さて、これからどうしたものか……交渉どころじゃないし、この図体では潜入もできない」
悩んでいる所に、ユリウスが山を見上げながら俺に話しかけてきた。
「エルドラ様、この山に見覚えがあります」
「それほど遠くない場所に俺の知り合いが住んでいます」
「奴なら力になってくれるかも知れません」
「それはありがたい。さっそく行ってみよう。静かに移動しないとな」
俺は座席カプセルを首にかけると、ラグが扉を開いて手招きをしている。
「ご乗車、お急ぎくださぁ~い!」
「だからそれはもうイイって」
◆◆◆
山の裏手まで移動すると、森の中に小さな集落が見えてきた。
木々の合間に、いくつかの家が点在している。
畑には野菜が植えられ、薬草が栽培されていた。
煙突から煙が立ち上り、のどかな空気が漂っている。
そして――そこに暮らす住人たち。
「お、おお……」
思わず声が漏れた。
美しい。
長い耳、すらりとした体躯、金色や銀色の髪。
俺が知っているエルフのイメージそのものだった。
人型エルフだ。
畑を耕す女性、井戸で水を汲む少女、薪を割る青年。
皆が皆、信じられないほど美しい。
「あれが人型エルフか……」
俺の声が震えている。
いかん、興奮を隠しきれない。
「エルドラ様、また鼻の下が伸びてますよ」
ラグが冷静に指摘してくる。
「う、うるさい。これは学術的な関心だ」
「どこがですか」
リリアの目が冷たい。
また妻に薄い本を見つけられた時の顔だ。止めてくれ。
「と、とにかく、俺がいきなり出て行ったら驚かせてしまう」
「ユリウス、お前が先に行ってくれ」
「分かりました。皆さんはここで待っていてください」
ユリウスは鎧姿のまま、堂々と集落へ向かっていった。
◆◆◆
集落に入ったユリウスを、エルフたちは特に驚く様子もなく迎え入れた。
軽く手を振る者もいる。どうやら何度か訪れているらしい。
ユリウスは慣れた足取りで、一軒の家へと向かった。
木造の小さな家だ。
窓辺には花が飾られ、温かみのある雰囲気が漂っている。
ユリウスが扉を叩く。
「アルヴィン、居るか?」
しばらくして、扉が開いた。
「誰だ……って、ユリウス!? 久しぶりじゃないか!」
出てきたのは、茶色の髪をした人間の青年だった。
眼鏡をかけ、作業着には薬品のシミがついている。
学者らしい細身の体格だが、目は知性に輝いていた。
「ああ、久しぶりだな、アルヴィン」
「しかし、その格好は……まさか、ゴーレム!?」
アルヴィンの目が輝いた。
「おいおい、ちょっと待て! これは凄いぞ!」
「関節の可動域、装甲の厚み、魔力伝導の配置……!」
「お、おい、落ち着け」
「落ち着けるか! これは芸術だ! いや、革命だ!」
「着込むタイプのゴーレムなんて聞いたことが無い!」
「ユリウス、どうやって動かしてる!? 神経接続か!? 魔力リンクか!?」
アルヴィンはユリウスの周りをぐるぐる回りながら、興奮気味に質問を浴びせている。
「アルヴィン、話を聞いてくれ。今日は大事な用件が――」
「この関節部分、どうなってる!? 見せてくれ!」
「だから落ち着けって!」
その時、家の奥から声がした。
「あら、お客様?」
出てきたのは、エルフの女性だった。
美しい金色の髪。長く尖った耳、翠緑色の瞳。
質素だが清潔感のある服装で、穏やかな笑顔を浮かべている。
「セレナ、戻っていたのか」
アルヴィンが振り返る。
「ええ、薬草を摘んできたの。……あら、ユリウスさん? お久しぶりね」
ユリウスの動きが止まった。
「……セレナ」
「元気にしてた? リリアさんのことは聞いたわ。大変だったわね」
「ああ……まあ、色々あった」
ユリウスの声がぎこちない。
何かを堪えているような、そんな表情だ。
アルヴィンがセレナの隣に立った。
自然な動作で、彼女の肩に手を置く。
「セレナ、ユリウスが凄いものを持ってきたんだ。このゴーレムスーツを見てくれ!」
「またそれ? あなたったら、すぐ夢中になるんだから」
二人は笑い合っている。
「あなた?」
ユリウスの拳が、ぎゅっと握りしめられた。
「……お前ら、結婚したのか」
少し泣きそうな顔になる。
「え? ああ、そうだよ。三年前にな」
アルヴィンが答える。
「お前には招待状を送ったんだが、届かなかったみたいで……」
「……そうか」
ユリウスの声が震えている。
「お前が……セレナと……」
「ユリウス?」
「俺だって……俺だってセレナのことが……!」
ユリウスが叫んだ。
「お前に取られたのかよ! 俺はリリアの薬を作るのに必死で、告白する暇も無くて……!」
「それなのにお前は……お前は……!」
「ちょ、ちょっと待て! 俺は知らなかったぞ!」
アルヴィンが慌てる。
「お前がセレナのことを好きだったなんて、一言も言わなかっただろ!」
「言えるわけないだろ! 妹が死にかけてるのに、恋愛なんかしてる場合じゃなかったんだ!」
「だからって俺を責めるなよ!」
「ちくしょう! いい思いしやがって!」
二人の声がどんどん大きくなる。
アルヴィンはゴーレムスーツへの興奮と、ユリウスへの弁明で頭がパンクしている。
ユリウスは失恋の悲しみと、友人への嫉妬で取り乱している。
カオスだ。
「二人とも、落ち着いて」
セレナが間に割って入った。
穏やかだが、有無を言わせない声。
「まず、ユリウスさん」
「な、なんだ……」
「あなたの気持ちは知らなかったわ。でも、わたしはアルヴィンを選んだの」
「それは変わらない。ごめんなさい」
はっきりと告げた。
ユリウスの顔が歪む。
「そして、アルヴィン」
「は、はい……」
「ゴーレムスーツの話は後にして。まずはお客様をもてなすのが先でしょう?」
「……はい」
アルヴィンがしゅんとした。
セレナは深くため息をついた。
「まったく……錬金術師って、どうしてこう面倒なのかしら」
「「すみません……」」
二人の声が重なった。
◆◆◆
しばらくして、ようやく落ち着いた。
ユリウスはまだ少し落ち込んでいるが、セレナが淹れたお茶を飲んで、何とか平静を取り戻している。
「それで、用件というのは?」
アルヴィンが改めて聞いてきた。
ユリウスは気を取り直し、真剣な表情で話し始めた。
「実は、俺の大切な仲間が近くに来ているんだ」
「会ってほしい」
「仲間?」
「ああ。ただ、ちょっと……見た目が普通じゃないんだ」
「驚かないでくれ」
アルヴィンとセレナは顔を見合わせた。
「普通じゃないって、どういう意味だ?」
「……来れば分かる」
ユリウスは二人を連れて、俺たちの隠れている場所へと歩いてきた。
木々の合間から、ドラゴンの姿が見えてくる。
白銀の鱗、羽毛に覆われた翼、神話の聖竜のような巨体。
アルヴィンが足を止めた。
「…………」
セレナも固まっている。
「…………」
二人とも、口をぽかんと開けたまま動かない。
「あー、えーと……」
ユリウスが気まずそうに頭を掻く。
「ド、ドラゴン……!?」
アルヴィンがようやく声を絞り出した。
「しかも、この姿は……まさか……」
セレナの顔が青ざめている。
「エターナルドラゴン……」
その名を聞いて、アルヴィンも絶句した。
「……どうも、初めまして」
俺はできるだけ穏やかに声をかけた。
「俺はエルドラ。ユリウスの仲間だ」
「驚かせてすまないが、敵意は無い。信じてくれ」
二人はしばらく呆然としていたが、やがてセレナが口を開いた。
「……あなたが、エターナルドラゴン」
「ああ。色々あってな」
「色々って……」
アルヴィンが力なく笑った。
「色々で済む話じゃないだろ、これ……」
「まあ、そうだな」
俺も苦笑する。
しばらく沈黙が流れた。
やがて、セレナが何かを決意したように顔を上げた。
「……長老様なら、何か知っているかも知れません」
「長老?」
「この集落で一番のお年寄りです。とても長く生きていて、昔のことを沢山知っています」
「エターナルドラゴンのことも……何か知っているかも」
「会えるか?」
「ええ。ただ……」
セレナは少し言いよどんだ。
「高齢で病に伏せっていて、ほとんど歩けないの」
「わたしが世話をしているんです」
「案内してくれ。頼む」
セレナは頷いた。
◆◆◆
集落の一番奥に、その家はあった。
美しい泉のほとりに建つ、小さな小屋。
木漏れ日が水面に反射し、幻想的な光景を作り出している。
セレナが扉を開けた。
「長老様、お客様です」
中は薄暗かった。
窓から差し込む光だけが、室内を照らしている。
そして――奥から、一人の老人が現れた。
セレナの押す車椅子に運ばれ、顔が陽の光に照らされる。
白く長い髪、深い皺が刻まれた顔。
体は痩せこけ、杖をつく力さえ残っていないように見えた。
だが、その姿は――
「……!?」
俺は息を呑んだ。
血管が透けて見えるほどに真っ白な肌。
非常に長い耳。人型エルフの比ではない。
そして、鋭い光を宿した瞳。
人間ではない。
人型エルフでもない。
純血エルフだ。
その姿は、まさに――魔物そのものだった。
「……お前は……」
老人が、震える声で呟いた。
その目が、俺を捉えている。
「エターナル……ドラゴン……」
「ああ。俺はエルドラ」
「……ついに……ついに来たか……」
老人の手が震えている。
「すべて……すべて私のせいだ……」
「何を言っている?」
「……止められなかった……」
「……許してしまった……」
老人の声が、嗚咽に変わる。
「ついに……罰せられる時が来た……」
老人の目から、涙が溢れ出した。
止めどなく流れ落ちる。
皺だらけの頬を、涙が伝っていく。
俺は言葉を失った。
この老人は、何を知っているのか。
何を悔いているのか。
泉のほとりで、老エルフは泣き続けていた――




