襲撃
ある日の夜、突然それは起きた。
ダークエルフの襲撃だ。
目指すはエターナルドラゴン。闇夜に紛れ、街への門を守る衛兵を難なく倒す。
ギギギギギ……
街の城門が開き、頑丈な鉄格子が上へと開放されてゆく。
城門が開ききるのを待たずに、ダークエルフが獣の如く侵入する。
その姿は獣そのもの。戦闘用に魔物と合成されたエルフの亜種だ。
エルフの長い耳は毛に覆われ、太く鋭い爪が大地を掻く。
金色の瞳は鋭く光り、まるで狼の群れがなだれ込んでいるようだった。
今では荘厳な意匠に飾り付けられた竜舎。その前まで迫っている。
「襲撃だ! 警報を鳴らせ! 応戦しろ、食い止めるんだ!」
異常に気づいた兵士が声を上げる。
戦闘態勢に入るが、多勢に無勢。
瞬く間に殲滅される。
カーン! カーン!
しかし警報は鳴らされた。
襲撃を意味する赤い炎が打ち上げられる。
たちまち城内は臨戦態勢となり、それは街中に広がった。
さすがは王国の訓練された兵士だ。行動に無駄が一切無い。
しかし、彼らには従属竜が居なかった。
それまでの最強戦力を失った王国軍は、押され始める。
◆◆◆
「エルドラ様、ダークエルフの襲撃です」
ラグが飛び込んできた。
「数は多くありませんが、非常に戦闘力の高い種族です。気をつけて下さい」
「ああ、わかった」
俺は立ち上がる。
「ラグ、お前は国王の所に行け。危険が迫ったらすぐに連絡するんだ」
「はい、お任せ下さい」
そう言ってラグは竜舎の裏から出ていった。
俺は竜舎を出て、ダークエルフの群れを見据える。
確かに目の前の数は多くない。
しかし遠くに無数の影が迫っている。
こいつらは突撃部隊といったところか。
「グオオオオオッ!」
自分の存在を示すかのように咆哮する。
一瞬怯んだように見えたが、すぐさま斬りかかってくる。
剣や槍、弓などを持っている者がいる。中には杖を持つ者も。
数人の杖を持つダークエルフが詠唱を開始すると、頭上に魔法陣が現れた。
その中央が明るく輝く。
ドォォォン! バリバリバリッ!
俺の頭上に雷が落ちる。
バラバラバラ……
地面に鱗が散乱する。
どうやら頭がハゲ……
ドォォォン! バリバリバリッ!
今度は視界が消えてしまった。
ドォォォン! バリバリバリッ!
それを最後に何も聞こえなくなる。
それからも執拗に攻撃を落とされている。
雷魔法のようだが、これほど連発で落としてくるとは思わなかった。
しばらくすると視界が戻ってきた。頭が再生されたようだ。
ダークエルフの様子を確認すると、信じられないものを見るような表情をしている。
「まあ、そういう反応だよな」
後方に陣取っていた魔法部隊らしき連中は、息を切らして膝をついている。
城の方に目を向けるが、そちらに戦闘の気配はない。
どうやら標的は俺だけのようだ。
ならばやることは簡単だ。
俺は上空に飛び上がり、街の外へと移動する。
『リリア、ユリウス、聞こえるか?』
『はい、聞こえます』
『わかっています。すぐに殲滅して見せますよ』
念話で二人の返事が返ってきた。
『街の中は任せる。情報が欲しい。できるだけ生かしておいてくれ』
『戦力は不明だ、十分に注意しろ。くれぐれも無理はするなよ、俺の頭を吹き飛ばすほどの連中だ』
そう言うと俺は街の外、ダークエルフの群れの前で着地した。
ズドォォォン!
大地が揺れ、ダークエルフの行進が止まる。
「俺に何の用だ。なぜいきなり襲った。答えろ!」
「ウウーッ!」
周囲から唸り声が聞こえる。
そして一斉に火のついた弓矢が迫ってきた。
弓矢は空中でいきなり加速し、一瞬で俺の体に突き刺さる。
その攻撃は断続的に繰り返され、俺の体は針山のようになってゆく。
「まったく、こいつら話ができないのか?」
俺は翼を広げ、一気に風を送る。
弓矢は吹き飛ばされ、同時にダークエルフの一団も吹き飛んだ。
「無駄だぁ!」
大声で威嚇する。
しばらくの静寂の後、一人の男が前に出てきた。
精悍な顔立ちと無数の傷跡。
リーダーらしきダークエルフだった。
「無駄と言ったか」
男は俺を睨みつけて見上げている。
ちゃんと話せるじゃないか。
「我らダークエルフを舐めるなよ」
低い声で男は言う。
「お前は滅ぼさなければならない存在だ」
「最後の一人になっても、決して諦めはせんぞ!」
俺を滅ぼす?
なぜだ、俺に恨みでもあるのか?
身に覚えなんかないぞ?
「なぜ俺を滅ぼす?」
「それが里の掟だからだ!」
男は見たこともないような大剣を振りかざし、俺に向かって突進してくる。
なんだよその掟って。俺は割と最近生まれたんだぞ。
誰かと勘違いしてないか?
その時、一瞬母さんの姿が浮かんだ。
「ああ、そうか……」
理解した。
「お前たちか。あのゴーレムを作ったのは……」
リリアの顔が浮かぶ。
複雑な感情を振り払い、俺はリーダーの男を蜘蛛の糸で縛り上げた。
「なっ! 何だこれは!」
男は戸惑いながら糸を切ろうともがいている。
「初めて見るか? まあそうだろうな」
俺は男の後方を見る。
リーダーに続けと言わんばかりに、群れが突進してくる。
「じゃあ、これはどうかな?」
俺は翼を広げる。
そして念動力のスキルを使った。
無数の鱗や羽毛が空中に浮かび上がる。
体は何度でも再生され、そのつど空中に浮遊する数は増えてゆく。
その姿は、まるで翼が何倍にも巨大化しているように見える。
男はさすがに呆然としている。
群れの突進も止まった。
「帰れ!」
鱗と羽毛は巨大な壁となって、襲撃者を森へと押し返す。
「すぐに撤退させろ!」
そう言って男を見下ろす。
「グウウッ……」
男は歯ぎしりしながら俺を睨み続けている。
「やはりお前は、この世界に居てはならない」
その言葉が、妙に引っかかった。
「……次はない、俺にも守りたいものが有る」
俺は蜘蛛の糸を解く。
「俺の大切なものを傷つけることは決して許さん」
男は地面に崩れ落ち、俺を睨み続けている。
「……覚えておけ。我らは決して諦めない」
そう吐き捨てると、男は森の方へと消えていった。
残されたのは、静寂だけだった。
◆◆◆
――遥か昔、とある戦場。
森が、燃えていた。
赤い炎が木々を舐め、夜空を焦がしている。
逃げ惑うエルフたち。
悲鳴。怒号。そして絶望。
その中心に、白い竜が立っていた。
月光を浴びて輝く、神話の聖獣のような姿。
美しく、そして――恐ろしかった。
竜の足元には、バラバラになったゴーレムが転がっている。
究極の兵器。
最強の切り札。
それが、塵のように砕かれていた。
一人のエルフが、その光景を見ていた。
膝から崩れ落ち、絶望に染まった目で。
「……終わりだ」
震える声が漏れる。
「我らは……滅ぼされる……」
白い竜は、エルフを見下ろしていた。
その瞳には、怒りはなかった。
ただ、深い悲しみだけがあった。




