平和な日々
眼下に地球が見える。
正確には、地球に似た何処かの惑星だ。
俺がこの景色を見るのは二度目、最初は死んだ時だった。
ああそうだった。今も死んでいることに変わりはない。
俺は生身で宇宙にいるんだから。そして見知らぬ大地を見ている。
またこの場所で、神に会うのだろうか……。
青く美しい星だ。
などと感動している場合ではない。どんどん大地が近づいてくる。
大気にぶつかり、温度が上昇してゆく。信じられないほどの高温が俺の体を包み込む。
「ああああああああっ!」
悲鳴を上げながら俺は火の玉となり、空に光の筋を描く。その筋は雲を突き抜け大地へと突き刺さる。
ズドオォォン!
岩や土砂が舞い上がる。凄まじい衝撃波が周囲に広がる。平和だった野原が荒れ地のように割れた。
俺は自身が開けた大穴から這い出す。周囲を見渡すが人影はない。特に誰かに迷惑をかけては無さそうなのでホッとする。
キィィィィィン……
すると、遠くから音が聞こえてくる。音の方向を見ると人影が飛んでくる。
まるでジェットエンジンのような音。
ていうか、ジェットエンジンだよな、あれ……。
「どうでしたか、うまく行きましたか? ……まぁ、着陸は練習が必要なようですね」
ユリウスがやたらカッコいいゴーレムを装着している。
あれからユリウスはゴーレムの鎧を次々と改良し、今では空を飛行する機能まで追加していた。
「そのゴーレムのスーツ、凄いな。お前にかかれば何でも出来るんじゃないか?」
「今度は呼んだら飛んできて、勝手に体に装着されるようにしてみようかと考えてます」
「うーん、その機能、何処かで見たような気がする……前世で」
「えっ? 前世? ところで、ロケットブースターはどうでしたか? ちゃんと機能してましたか?」
ユリウスが目を輝かせて俺を見ている。以前のような暗い影は何処にも無い。
「いやこれ、凄すぎるって。帰ってこれなくなるところだったよ。もう少し出力を落としてくれないかな」
そう言いながら、俺は背中に取り付けられたロケットブースターを見る。
白く流線型の美しいデザインで、魔力推進の噴射装置だそうだ。もちろんユリウスの作品だ。
「わかりました。ちょっと失礼します」
ユリウスは自身のスーツに埋め込まれたゴーレムの赤いコアを取り外す。
そしてロケットブースターの中に取り付けた。
「魔法制御を書き換えます、少しお待ち下さい」
俺はユリウスが作業している間、青空を見上げて思い出していた。
ようやく手に入れた平和な日々を……。
◆◆◆
あれはユリウスがリリアを家に連れて帰った時……。
「リリア? リリアなのね? そうなんでしょう?」
入口のドアを開き、母親が驚きの表情でリリアを見つめる。
「はい……ごめんなさい……こんな姿になってしまっ」
言い終わる前に母がリリアを抱きしめる。
「ああっ! リリア! 私の娘、会いたかった!」
その声を聞いて父親が飛び出してくる。
「ああ、やっぱりリリアだったのか……よく戻ってきてくれた」
「わああああん、会いたかったよぉ、ごめんなさい、私こんな体になっちゃった」
泣きじゃくるリリアを見守るユリウス。
「姿なんて関係ない。お前はリリアだ。ユリウス、よく帰ってきてくれた。お前が連れて帰ってくれたんだね。よくやったユリウス」
父親の言葉にユリウスの心が決壊する。
「ううっ……ああああっ、うわあああああっ!」
子供のように声を上げるユリウスを父親が抱きしめる。
そしてようやく家族が一つになった。
◆◆◆
一方俺は、家がない。
体が大きすぎて城にも神殿にも入れない。
仕方がないので竜舎で寝泊まりしているのだが……。
「ああ、使徒様……我々をお導き下さい」
連日のように神官やら貴族やらが相談や勧誘にやって来る。
「天使ラグエルよ、導いてやるのだ」
そう言ってラグに丸投げする。
「はい、使徒エルドラ様。この者たちに導きを与えます」
ラグはアカシックリーダーを使って的確な回答を導き出す。
そして感謝の印に魔獣の死体を置いてゆく。
「お受け取り下さいエルドラ様。鮮度抜群の魔獣でございます」
死んで間もない魔獣の死体には魂が残留している。
俺はそれを食べて新しい能力を獲得している。
貴族に魔獣や魔物を要求するので、討伐依頼の金額も跳ね上がった。冒険者も潤っているらしい。
「これはもう食べ飽きたな。次は別の物を頼む」
そう言って新しい能力を要求していた。
◆◆◆
ラグはと言うと……。
「きゃあ! 天使様よ! ラグエル様ぁ〜」
「ああっ! ラグエル様がこっち向いた!」
「ああ、なんて可愛らしい、しかもこんなにも美しい、まさに天使」
「わたしラグエル様のお嫁さんになる!」
どこに行ってもモテモテだった……。
ちょっと羨ましい。ちょっとだけなんだが……。
そう言えば、リリアも最近は可愛らしい服を身に着けていたな。
相変わらずスカートは短いけど。
リリアにちょっかいを出した冒険者が、錬金術師に半殺しにされたって言う噂が広まっている。
リリアはめちゃくちゃ強いから、心配することは無いと思うんだがな……。
過保護になる気持ちは分かるが。
◆◆◆
そんな日々が続いて、俺は色々な能力を身に付けた。
魔法に身体強化に属性付与。
鱗や羽毛を高速で飛ばす能力まで身に付けた。
なのに飛ぶのだけは苦手だった。
こんな立派な翼があるのに……。
「エルドラ様ぁ〜 見て下さいこれ。エルドラ様用の新装備です!」
ユリウスが興奮した顔でやって来た。背中に巨大な流線型の物体を担いでいる。
「これは空を飛ぶためのロケットブースターです。俺の自信作です」
興奮気味に見せてくる。
「おおっ! 凄いな、カッコいいじゃないか!」
俺も食いついた。
「さっそく試しましょう。エルドラ様が大空を舞う姿を見てみたいです!」
「俺もついに飛べるときが来たか……」
そして野原で飛行訓練を開始することとなった。
背中に装着されたロケットブースター……。
カッコいい……ロマンが詰まっている。
「それでは翼を広げて、魔力を流して下さい」
「わかった、こうか?」
姿勢を低くして翼を広げる。そして魔力をロケットブースターに流し込む。
ズドーーーーン!
爆発のような音と共に地面が消える。
そう思ったら今度は雲に突き刺さった。
「おいおいおいおい!」
後ろを見ると雲に丸い穴が空いている。そして地上は遥か彼方。
空が次第に暗くなり、地平線が丸くなってゆく。
まずい、このままでは宇宙の彼方まで飛んでいってしまう。
宇宙で凍りついて考えるのを止める訳にはいかない。
俺は咄嗟に魔力を止める。
「ああ、美しい……」
◆◆◆
「はい、調整が終了しました」
「ああ、ありがとう」
俺は思い返すのを止め、ユリウスを見る。
「それでは一緒に帰りましょう。俺に付いてきて下さい」
「よし、帰ろう。それじゃあ、行くぞ!」
そうして俺は飛び上がる。魔力を込めて翼を広げる。
ゴオーーーッ!
地面が流れる。大地がゆっくりと離れてゆく。視界が上昇し遠くの景色が見えてくる。
山が幾重にも連なっているのが見える。川に太陽が反射してきらめいている。
風が木々を波のように揺らしている。
「うおおおっ! これはすごい。ひゃっはぁ!」
自由を感じる。声をあげたくなる。爽快な気分だ。空を飛ぶとはこういう感覚なんだ。
「ユリウス、お前は天才だあ!」
ユリウスは満足そうに微笑みを返してくる。
今度みんな乗せてやろう。落ちないように座席も付けてやらないとな。
それまでたっぷり練習しよう。まずは着陸だな。
大空を二本の筋が走る。それを森の中から見ている鋭い目があった。
◆◆◆
森林地帯のさらに奥、そこにエルフの里がある。
「族長、ヴァルディス国にエターナルドラゴンが現れました」
「国王は戦力を世界中に誇示するため、トーナメントを開いたと聞いております」
側近が頭を下げ、報告する。
「それは間違いないのか?」
「潜入用の人型エルフからの報告です」
「戦力はどれほどだ」
「信じがたいのですが、恐ろしい天変地異を起こしたとか」
「うむ……エターナルドラゴンは既に死んでいたはずだが」
「いかが致しましょう」
「ダークエルフ部隊を出兵させる」
「はっ!」
「エターナルドラゴンは滅ぼさなければならない!」
薄暗い森の奥に無数の光が蠢く。
獣のように光る目と長い耳、牙を剥き出しにしたダークエルフが行進を始める。
平和な日常に戦乱が忍び寄っていた。




