神の怒り
「私は世界の王だ、全ての知識、全ての力を手に入れるのだ」
「そうだ、私は神に匹敵する存在となるのだ。うわはははっ!」
マグヌスが高笑いを続ける中、ユリウスは動いていた。
砕けたリリアの体に駆け寄り、自らの胸に手を当てる。
ゴーレム・タロスの装甲を開く。
その中から、赤く輝くコアクリスタルを取り出した。
「これで……これで修復できるはずだ……」
ユリウスは震える手で、赤いコアをリリアの胸に押し当てる。
カチッ……
コアが嵌まる音がした。
すると――
リリアの額の紋章が、少しずつ光り始めた。
ヒビが入っていた部分が、ゆっくりと塞がってゆく。
「動いた……修復されている……!」
ユリウスの目に、希望の光が戻る。
だが、魂がない。
リリアの魂は、まだマグヌスに囚われたままだ。
◆◆◆
「ほう、小細工をしているようだな」
マグヌスが冷ややかに見下ろす。
「無駄なことを。魂は私の手の中だ。器だけ直しても意味がない」
マグヌスは漆黒の鎖で縛られたリリアの魂を掲げる。
「さあ竜よ、約束通り私に従え。そうすれば――」
「マグヌス」
その声は、国王のものだった。
静かな、だが怒りを押し殺した声。
「何かな? この国の王よ」
「貴様、私を裏切ったな」
「裏切る? 何を言っている。これは裏切りではない、新たなる上位の存在――」
「黙れ」
国王が一歩前に出る。
「竜を従えて、自分が世界の王になると言ったな」
「……」
「私の耳は節穴ではない」
マグヌスの顔が強張る。
「それが何だというのだ。私は――」
国王が手を挙げる。
「貴様には、一つ思い出してもらいたいことがある」
◆◆◆
「思い出す……?」
マグヌスの目が細くなる。
「忠誠の儀式だ」
「忠誠の……?」
「覚えているか? 貴様が宮廷魔術師長になった時の言葉を」
マグヌスの顔色が変わった。
「あの時、私は問うた」
国王が厳かに言う。
「『我が為に忠誠とその功績を捧げると誓うか』と」
「……」
「そして貴様は答えた」
国王の目が、冷たく光る。
「『我が生命、王に捧げることを誓う。たとえ竜が我が身を引き裂こうとも』」
マグヌスの顔が、蒼白になった。
「まさか……あれは……」
「契約だ」
国王が冷酷に笑う。
「私を裏切った瞬間、竜に食われる。そういう契約だ」
◆◆◆
「そ、そんな馬鹿な……!」
マグヌスが後退る。
「あれはただの儀式の言葉……契約など……」
「契約魔術の第一人者が、契約の言葉を見抜けなかったか?」
国王が嘲笑う。
「私を甘く見たな、マグヌス」
「や、やめろ……やめてくれ……」
マグヌスの体が震え始める。
その瞬間――
竜舎の方角から、咆哮が響いた。
グォォォォォン!!
従属されていた12頭のドラゴンたち。
彼らが、一斉にコロシアムへ向かって飛んでくる。
「い、いやだ……来るな……来るなぁぁぁ!」
マグヌスは逃げようとする。
だが、足が動かない。
契約の力が、彼を縛りつけている。
「助けてくれぇぇぇ!」
ドラゴンたちがマグヌスを取り囲む。
そして――
グチャ、バキ、ゴリ……
肉を引き裂く音。骨を砕く音。
マグヌスの悲鳴が、途切れた。
◆◆◆
マグヌスが消えた瞬間、漆黒の鎖が消え去った。
リリアの魂が、ふわりと宙に浮く。
だが、天には昇らない。
器があるからだ。
修復されたゴーレムの体が、魂を呼んでいる。
ラグ! 今だ! リリアの魂を体に戻すんだ!
『はい!』
ラグがコロシアムの屋根から飛び上がる。
小さな天使が、コロシアムの空を舞う。
「あれは……天使……?」
「天使だ……本物の天使だ……!」
観客たちがどよめく。
ラグはリリアの魂に近づき、両手で優しく包み込んだ。
「バスターメイデン、魂をインストールせよ……」
ラグから光が溢れる。
ゴーレムの胸から多重構造のリングが浮かび上がる。
そしてゆっくりと、ゴーレムの体にリリアの魂がインストールされてゆく。
そして――
「バスターメイデン、起動せよ」
ラグの言葉に反応し、リリアの目が、再び開いた。
◆◆◆
「リリア!」
ユリウスが駆け寄る。
「リリア! 良かった!」
「……兄、さん……?」
リリアの声が、かすかに響く。
「ああ……、リリア……!」
ユリウスがリリアを抱きしめる。
「すまない……俺は……お前を……」
「兄さん……泣いてるの……?」
「当たり前だ……俺は……お前を……」
「いいの……私は生きてる……兄さんも生きてる……」
リリアがユリウスの頭を撫でる。
「それだけで……十分だよ……」
兄妹は、静かに抱き合っていた。
コロシアム全体が、その光景を見守っている。
そして――
割れんばかりの拍手が起こった。
「天使だ! 天使が降臨した!」
「奇跡だ! 奇跡が起きた!」
観客たちが歓声を上げる。
◆◆◆
国王が貴賓席から声を張り上げた。
「静まれ!」
コロシアムが静寂に包まれる。
「竜よ」
国王が俺を見下ろす。
「マグヌスは死んだ。従属の契約は、私に引き継がれた」
そうか。術者が死ねば、契約は上位者に移る。
マグヌスの契約は、全て国王のものになったということだ。
「お前に取引の機会を与える」
国王が言う。
「全ての契約を解除しよう。従属ドラゴンたちも、そこの娘も、全て解放する」
「ただし、お前が、私に服従することが条件だ」
国王が威厳を込めて言う。
「お前一頭が居れば、他の竜など要らぬ」
◆◆◆
悪くない話だ。まさか向こうから言ってくるとは。
俺は少し考えるふりをした。
そして、頷く。
翼を広げて王に平伏する。
国王の顔に、笑みが浮かぶ。
「我、ヴァルディス三世の名において命ずる。全ての従属契約を、ここに解除する」
光が広がる。
竜舎のドラゴンたちから、鎖のような光が消えてゆく。
リリアの体からも、微かな光が抜けた。
全ての呪いが、消えた。
竜たちが大空へと舞い上がる。そして嬉しそうな声を上げて去っていった。
◆◆◆
「さあ、これで良いだろう」
国王が満足げに言う。
「既に、お前は私に――」
「王よ」
その時、俺は初めて、人間の前で声を出した。
低く響く竜の声が、コロシアム全体に轟く。
「な……声を……!? 話す竜だと!」
観客たちが驚愕する。
俺は構わず続けた。
「我は神の使徒である」
わざと威厳に満ちた声を出す。
ラグも輝きながら肩に乗る。神々しさに磨きがかかる。
「神の……使徒……?」
「我は神アストレイオスと契約を結んでいる。神の使徒となり、信仰の力を増やせと命じられた」
国王の顔が強張る。リリアの横で、ユリウスも固まっていた。
「お前は、その神の下僕を従えた」
「それは……今はじめて知って……」
「我が神との約束は今破られたのだ」
俺は一歩踏み出す。
翼を広げ、天に向かって高らかに宣言する。
「アストレイオスよ、我は汝には従えぬ!」
◆◆◆
その瞬間――
空が暗くなった。
『ちょっと何言ってるんですかっ! エルドラ様』
ラグが慌てているが、もう遅い。
ゴゴゴゴゴ……
不気味な地鳴りが響く。
「な、何だ……?」
国王が空を見上げる。
雲が渦を巻き、稲妻が走る。
地面が激しく揺れ始めた。
ガラガラガラ……!
コロシアムの柱が崩れる。観客席が陥没する。
「天変地異だ!」
「逃げろ!」
人々が悲鳴を上げ、逃げ惑う。
これが、神との契約違反の代償だ。
俺が王に従うということは、神に従わないということ。
死の呪いが発動し、俺には効かず、神に反射する。
神の力が弱まり、世界のバランスが崩れる。
それが、この天変地異だ。
『ああつ、大変だ! どうするんですか。世界が大変な事になりますよっ!』
まあ、見ていろ。ラグ、これが人間というものさ。
俺は知っている。人間の弱さを。力で他人をねじ伏せる奴ほど実は弱い。
それを知られたくなくて去勢を張っている。そんな奴をたくさん見てきた。
より強い存在の前では化けの皮が剥がれるんだよ。
◆◆◆
「や、やめろ! やめてくれ!」
国王が叫ぶ。
「私が間違っていた! だから……!」
「間違っていた、だと?」
俺は国王を見据える。
「お前は、何人もの少女を生贄にしてきた。竜を兵器として使い、死ねば素材にした」
「それは……王国のために……」
「それが神の望みだと言うのだな?」
国王が言葉を失う。
地震はさらに激しくなる。
建物が崩れ、火の手が上がる。
「助けて……神よ……助けてください……」
どこからか、祈りの声が聞こえた。
一人、また一人と、人々が膝をつき、祈り始める。
「神よ……お救いください……」
「アストレイオス様……お許しください……」
祈りの声が、コロシアム全体に広がってゆく。
◆◆◆
すると――
揺れが、少しずつ収まり始めた。
『エルドラ様! 信仰の力が回復しています!』
ラグの念話が飛んでくる。
なるほど。効果てきめんだ、信仰の力で世界は支えられている。それが分かった。
俺は国王を見下ろした。
「王よ」
「は、はい……」
「神を信仰するか?」
国王は震えながら、膝をついた。
「信仰します……信仰いたします……」
「どうかお許しください……私が……私が間違っておりました……」
頭を地面に擦り付ける。
「生贄は廃止いたします……もう竜も従えません……」
「ですからどうか……どうかお許しを……」
◆◆◆
俺はコロシアム全体を見渡した。
世界中から集まった戦士たち。観客たち。
全員が、膝をついて祈っている。
「世界の戦士たちよ」
俺の声が響く。
「神を信仰するか?」
「信仰します!」
「信仰いたします!」
声が重なる。
「ならば、祈れ。心から祈るのだ」
人々が一斉に祈りを捧げる。
その光景は、まるで――
神殿のようだった。
◆◆◆
祈りの光が、天に昇ってゆく。
暗かった空が、少しずつ晴れてゆく。
地震が収まる。嵐が去る。
そして――
青空が戻った。
暖かな光が、コロシアムを照らす。
世界に、平穏が戻った。
「助かった……」
「神が……お許しくださった……」
人々は涙を流しながら、神に感謝していた。
◆◆◆
俺は静かに立っていた。
「王よ、お前の言葉、確かに聞き届けた」
「あ、ありがとうございます……」
だが、言葉だけでは信じられない。行動で示せ。
「……必ず示します……」
国王が深々と頭を下げる。
俺は振り返った。
リリアとユリウスが、こちらを見ている。
ラグが、俺の頭に乗る。
「お疲れ様でした、エルドラ様」
ああ、疲れた。
「でも、これで一段落ですね」
そうだな。
俺は空を見上げた。
青い空。白い雲。
平和な世界が、そこにあった。
◆◆◆
こうして、俺は王国を従えることとなった。
従えた、というより……。
導いた、という方が正しいかもしれない。
神の使徒として。
この世界の守護者として。
そんなつもりはなかったのに、いつの間にかそうなった。
これは神の想定どうりなのか?
生贄システムは廃止され、従属ドラゴンたちは解放された。
リリアは復活し、ユリウスと再会できた。
仲間を失わずに住んで良かった。
さあ、これからどうするか。
信仰を深めるために世界を旅するかな。
目の前の世界はまだまだ広い。
その旅の行き着く先で、再び神に会える予感がしていた……。
ここまで読んでいただいて有難うございます。
深く感謝いたします。
次は、エルフの里編です。
プロットは完成しているので、続きもよろしくお願います。




