タロス戦
漆黒のゴーレム、タロス。それはリリアの兄、ユリウスが変化した姿。
それは、もはや倒すことが出来なくなった事を意味する。
ダッ!
タロスが飛びかかってきた。
ドゴォォォン!!
凄まじい衝撃。
リリアと同等、いや、それ以上の出力。
俺は咄嗟に受け止める。だが、反撃できない。
◆◆◆
ラグ、あのゴーレムと念話を繋いでくれ。ユリウスと話がしたい。
『わかりました! やってみます!』
しばらくの沈黙。
その間にも、タロスの攻撃は続く。
「死ねぇぇぇ!」
拳が振り下ろされる。
ズドォォォン!
地面が陥没する。間一髪で避けたが、衝撃波で体が揺れる。
『繋がりました! 念話できます!』
よし。
俺はユリウスに呼びかける。
ユリウス、聞こえるか。
「……!」
タロスの動きが一瞬止まった。
聞こえているな。俺の話を聞いてくれ。リリアは――
「竜め、お前の声か! 黙れ!」
冷たい声が返ってくる。
「竜の言葉など聞きたくない」
待ってくれ。リリアは生きている。俺が――
「俺は騙せんぞ!」
タロスが再び襲いかかってくる。
「俺はこの目で見た! 血だまりの中に、妹のペンダントが落ちていた!」
拳が振り下ろされる。
「お前に喰われて、骨も残らなかった!」
蹴りが飛んでくる。
「両親は泣いていた! 俺は何もできなかった!」
怒りの連撃。
その一発一発に、悲しみが込められている。
俺は防戦一方だ。
反撃すれば、ユリウスを傷つけてしまう。
それはできない。リリアを悲しませることになる。
ユリウス、頼む。俺の話を――
「もう何も聞かない! お前は死ね! 死んで妹に詫びろ!」
何を言っても無駄なのか? どうすればいいんだ。
◆◆◆
貴賓席では、国王とマグヌスが戦いを見下ろしていた。
「ほう……あのゴーレム、なかなかやるな」
国王が感心したように呟く。
「錬金術師の部門代表、タロス。予選では圧倒的な強さでしたな」
マグヌスが相槌を打つ。
だが、その耳は別のものを捉えていた。
魔術による盗聴。闘技場全体に張り巡らせた術式。
あのゴーレムから微かに声がする。
マグヌスは術式を調整し、その内容を盗み聞く。
『――リリアは生きている』
『――嘘をつくな!』
『――俺はこの目で見た!』
マグヌスの目が細くなる。
ユリウス。
あのゴーレム、ユリウス・フローレンスなのか?
だが、おかしい。
ユリウスは脱走したはずだ。
そして、竜を従えていたはずだ。
数日前の夜、竜舎での出来事――
マグヌスの脳裏に、あの夜の記憶が蘇る。
『リリアの呪いを解け』
あの声。あの要求。
ユリウスが竜を従えているなら、何故竜と戦っている?
待て。
マグヌスの目が見開かれる。
あの時、俺に交渉してきたゴーレム。
あれは、ユリウスではなかったのか?
では、誰だ?
リリアの呪いを解けと言った。
リリアに関係のある者。
ゴーレムの体を持つ者。
まさか……。
マグヌスの口元が、ゆっくりと歪む。
なるほど。そういうことか。
あの時のゴーレムは、リリア本人だったのだ。
リリアはゴーレムになって生きている。
ならば――
リリアの魂には、従属の呪いが刻まれていた。
俺が解除してしまったが、再び契約すれば……
リリアと再契約すれば、竜を操れる。
マグヌスは静かに笑った。
まずは、あの娘を引きずり出さねばな。
◆◆◆
闘技場では、戦いが激化していた。
「死ねぇぇぇ!」
タロスの剣が振り下ろされる。
ガキィィィン!
俺は爪で受け止める。だが、押されている。
くそっ、こいつ強い……!
ユリウスは錬金術師だ。
あのゴーレムは、彼が自ら作り上げた究極の体。
復讐のためだけに設計された、対竜兵器。
「お前のせいで! リリアは!」
斬撃が飛んでくる。
「お前のせいで! 両親は!」
突きが繰り出される。
「お前のせいで! 家族は!」
怒りの嵐。
俺は後退りながら、ただ耐える。
反撃できない。
傷つけられない。
この男は、リリアの兄なのだ。
◆◆◆
「ぐっ……!」
ついに、タロスの剣が俺の腹を貫いた。
ズブッ……!
痛みは無い。だが、動きが鈍った。
「これで終わりだ……!」
タロスが剣を引き抜き、トドメの一撃を振りかぶる。
まずい。
避けられない。
その時――
キィィィィン!
白い閃光が、タロスの剣を弾いた。
「なっ……!?」
タロスが驚愕する。
俺も驚いた。
白銀のゴーレムが、俺とタロスの間に立っていた。
リリアだ。
何故出てきた。お前が出たら――
『エルドラ様を傷つけさせません』
リリアの念話が聞こえる。
『私が止めます』
◆◆◆
リリアは剣を構えた。
タロスに向かって。
「邪魔をするな!」
タロスが叫ぶ。
「俺の邪魔を――」
リリアの剣が閃いた。
ザシュッ!
タロスの顔面を斬りつける。
駄目だリリア!
俺はリリアを止めようと腕を伸ばす。
だが、遅かった。
タロスの顔の装甲が、弾け飛ぶ。
そして――
その下から現れたのは。
人間の顔だった。
ゴーレムの中から覗く、生身の人間の顔。
青白い肌。落ち窪んだ目。
だが、その面影は――
ユリウスは、ゴーレムになったのではない。
ゴーレムを、鎧のように纏っていたのだ。
「えっ……?」
リリアの声が震える。
「邪魔をするな!」
ザシュッ!
ユリウスの剣が、リリアの額を斬り裂いた。
リリアの額に刻まれた紋章が、真っ二つに割れる。
「あ……」
リリアの動きが止まる。
そして――
ズブッ!
ユリウスの剣が、リリアの胸を貫いた。
◆◆◆
パキィィィン!
リリアのコアが、砕け散った。
青い破片が、キラキラと宙を舞う。
そして、リリアの体から、淡い光が溢れ出した。
光と共に、器を失った魂が天へと昇ろうとしている。
その光が、ユリウスの体に触れた。
「……!」
ユリウスの目が、大きく見開かれる。
魂に触れた。
妹の魂に。
その記憶が、感情が、流れ込んでくる。
「あ……ああ……」
ユリウスの顔が歪む。
「そんな……リリア……」
膝が崩れる。
「俺は……俺は……妹を……」
ユリウスは崩れ落ち、必死でコアの欠片を拾い集め始めた。
「リリア……リリア……!」
涙が溢れる。
「嘘だ……嘘だと言ってくれ……!」
だが、砕けたコアは元には戻らない。
リリアの魂は、ゆっくりと天へ昇ってゆく。
◆◆◆
「素晴らしい」
その声は、貴賓席から響いた。
マグヌスだ。
杖を掲げ、詠唱を始めている。
「縛鎖の契約、魂縛りの鎖よ」
紫色の光が、天へ昇るリリアの魂を包み込む。
「な……何をする!」
ユリウスが叫ぶ。
「ふふふ……これは好都合だ」
マグヌスが不敵に笑う。
「リリア・フローレンス。お前の魂には、まだ価値がある」
どす黒い根のような鎖が、リリアの魂を縛り上げる。
「従属の契約。再び刻ませてもらおう」
「やめろぉぉぉ!」
ユリウスの叫びが闘技場にこだまする。
そして俺は、マグヌスを睨みつけた。
◆◆◆
マグヌスは貴賓席から闘技場を見下ろす。
「さて、竜よ」
俺を見る。
「取引をしよう」
……何だと。
「この娘の魂が欲しければ、私に従え」
マグヌスが笑う。
「簡単な話だろう? お前が私との契約に従えば、この娘の魂は解放してやる」
貴様……!
「それとも、呪いをかけてほしいか? 永遠に苦しめることもできるのだぞ」
リリアの魂が、苦しそうに震えている。
どす黒い鎖が、じわじわと締め付けている。
「やめろ! やめてくれぇ!」
「無様だな、ユリウス・フローレンス」
マグヌスが冷たく言う。
「お前は私の駒だったのだ。最初から最後まで」
「何……だと……?」
「お前に賢者の石の情報を流したのは、私だ」
ユリウスの顔が凍りつく。
「お前を宝物庫に誘導し、捕まえた。そして妹を生贄にさせた」
「な……」
「いつもそうやって、生贄を作ってきた。家族の誰かを罪人にし、別の家族を生贄に差し出させる」
マグヌスが嗤う。
「お前たち兄妹は、私の計画通りに動いてくれた。実に優秀な駒だったよ」
◆◆◆
ユリウスは動けなかった。
全ては、この男の掌の上だった。
妹を救おうとして、妹を死なせた。
復讐しようとして、妹の魂を砕いた。
そして今、その魂さえも奪われようとしている。
「どう……して……」
ユリウスの声が震える。
「どうしてこんな……」
「弱いからだ」
マグヌスが冷たく言い放つ。
「弱い者は、強い者に利用される。それがこの世界の理だ」
ユリウスの目から、光が消えてゆく。
絶望が、彼を飲み込もうとしていた。
だが怒りの炎は消えいなかった。
ユリウスはマグヌスに向かって突進する。
「お前が死ねば、呪いは消える!」
もう自分の命など気にはしていなかった。捨て身の攻撃を仕掛けている。
だがその決意は阻まれた。
俺はマグヌスの前に立ちはだかり、その進行を阻止した。
◆◆◆
「そこをどけ!」
ユリウスは俺を切りつけている。
「ユリウス」
俺は声をかけた。
「もう罪を重ねるな」
ユリウスが止まる。
「リリアは、お前を助けるため生贄になった」
「……」
「その想いを、踏みにじるな」
俺はユリウスに近づく。
「リリアは取り戻す。まだ魂は消えていない」
「……何をするつもりだ?」
「お前がダンジョンで拾った赤いコア。それを使う」
「俺の仲間に、魂を扱える者がいる。ゴーレムの体を修復し、再び魂を戻すことができる」
ユリウスの目に、かすかな光が戻る。
「本当……なのか……?」
「ああ。だが、まず取り戻さなければならない」
俺はマグヌスを見上げる。
「リリアの魂を」
◆◆◆
ユリウスは立ち上がった。
そしてマグヌスに向かって、膝をついた。
「お願いします……」
「ほう?」
「妹を……リリアを返してください……」
頭を地面に擦り付ける。
「何でもします……何でも言うことを聞きます……だから……」
「ふむ」
マグヌスは愉快そうに笑う。
「お前の懇願など、何の価値もない」
「そんな……」
「私が欲しいのは、竜だ。お前ではない」
マグヌスが俺を見る。
「さあ、竜よ。答えを聞かせてもらおうか」
◆◆◆
俺は考えた。
マグヌスに従えば、リリアは助かる。
だが、従えば何をさせられるかわからない。
この男は、生贄システムを悪用してきた。
何人もの少女を犠牲にしてきた。
そんな男に従えば、さらに多くの犠牲が出る。
だが――
リリアを見捨てることはできない。
俺は決断した。
……わかった。
『エルドラ様!?』
ラグの悲鳴が聞こえる。
従おう、マグヌス。
俺はゆっくりと頭を下げた。
地面に伏せる。
最強の竜が、一人の人間に平伏する。
◆◆◆
マグヌスは高笑いを上げた。
「ふはははは! 素晴らしい!」
貴賓席から闘技場を見下ろす。
「見よ、この光景を!」
観客たちがざわめく。
「最強の竜が、私に跪いた!」
マグヌスは両手を広げる。
「私こそが、この世界の真の支配者だ!」
国王が立ち上がる。
「マグヌス! 貴様、何を言っている!」
「黙れ、愚かな王よ」
マグヌスは国王を一瞥する。
「お前はもう用済みだ。これからは私が全てを支配する」
「貴様……!」
「竜を従えた者こそが、真の王。違うか?」
マグヌスが笑う。
「さあ、新しい時代の幕開けだ。私が世界の王となる!」
コロシアム全体が、どよめきに包まれた。




