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企みの交渉

 夜の闇が深くなった頃、一つの影が竜舎に近づいてきた。


 俺は目を開けたまま、じっと待っていた。


 想像していた。


 あの男には何かある。ああいった奴は、たいてい何か企んでいる。


 待っていれば、向こうからやってくるはず。


 果たして、その通りになった。


 マグヌスが俺の前に立ち、見上げている。


 月明かりに照らされた灰色の瞳が、異様な輝きを放っていた。


「素晴らしい竜よ……お前さえいれば、他の竜など必要ない」


 マグヌスが低く囁く。


「お前がいれば、誰も私には逆らえない。たとえ王でさえもな」


 やはりそういうことか。


 こいつは王を裏切るつもりだ。


「お前に直接、従属の呪いをかける。新しく、より強力なものだ」


 マグヌスが杖を掲げ、儀式を始める。


 複雑な魔法陣が空中に浮かび上がり、紫色の光が俺を包む。


「我が言葉は絶対。服従を誓い魂に刻め。逆らうは死の苦しみ」


 呪文が唱えられる。


 ……従うつもりなど無い。


 俺は微動だにしない。


「我が言葉に従え!」


 マグヌスが声を荒げる。


 何度やっても、俺は動かない。


 それどころか、従属の呪いさえ発動しない。


「馬鹿な……なぜだ……なぜ効かない……!」


 マグヌスの顔に、初めて動揺が浮かんだ。


 その瞬間――


 ガシャン!


 俺の口から外に飛び出したリリアが、マグヌスの首を掴んだ。


「ぐっ……!?」


 黒く焼け焦げた腕がマグヌスを地面に押さえつける。


 老人の体が、ゴーレムの腕力に抗えるはずもない。


「な、何だ……この腕は……!」


 マグヌスが喘ぐ。


 ラグ、この男と念話がしたい。頼めるか?


『はい、お待ち下さい…… 繋ぎました』


 よし、やるぞ、正念場だ。


『聞いたぞ、王を倒すと言うか』


「誰だ……何だこの声は……ゴーレムが喋っている……?」


 マグヌスは、これがゴーレムの意思だと思っているようだ。


 好都合だ。


『リリアにかけた従属の契約を解け。そうすれば協力してやろう』


「何だと……?」


『王を倒したいんだろう。リリアは仮死状態にした。まだ生きている』


『その証拠に、竜は従わない』


 マグヌスの目が大きく見開かれる。


「お前は……まさか……」


『ああ、私はユリウスだ』


 嘘だ。


 だが、この状況なら信じるだろう。


『私に従う竜を、お前のために使ってやろう。妹の呪いを解けば、竜はお前のものだ』


「そんな話に……乗るとでも思っているのか……!」


『乗らなくても良い』


 俺は冷たく言い放つ。


『お前なしでも王国は倒せる。王は生かして、お前に命令させてやろう』


「……!」


『小娘一人のせいで、お前は最大の切り札を失うのだ。俺はそれを笑ってやろう』


 マグヌスの顔が歪む。


『さらばだ。ゆくぞ、我が下僕よ』


 そう言うと、俺はゆっくりと立ち上がった。


 そしてリリアに向かって、深々と頭を下げる。


 まるでゴーレムが主人であるかのように。


「ま、待て!」


 引っかかったな。


「わかった……リリアの契約は解消だ。これで呪いは消えた。早くその竜をよこせ!」


『いいだろう。契約が解消されたことを確認する。竜舎の鍵を開けておけ』


『トーナメントでまた会おう。その時、竜はお前のものになる』


 リリアがマグヌスを解放し、闇の中へと消えていく。


 マグヌスは地面に膝をついたまま、悔しげに歯ぎしりをしている。


「くっ……ユリウスめ……まさか賢者の石のことを知られた……?」


 ……賢者の石?


「いや、分かるはずがない……」


 どういうことだ?


 賢者の石に、何か秘密があるのか?


「いや、そもそも……どうやって竜を従えたんだ? これほどの竜を、どうやって……」


 マグヌスが俺を見上げる。


 その目には、純粋な困惑と悔しさが浮かんでいた。


 まるっきり信じ込んでいる。


 上手くいった。


 あとはユリウスを助けるだけだ。


 マグヌスはよろよろと立ち上がり、城へと向かう。


 竜舎の鍵を開けたまま出てゆく。悪事には素直な奴だ。


「まあいい……ユリウスは妹が助かればいいのだろう。欲のない奴だ」


 マグヌスがブツブツと独り言を言っている。


「トーナメントを待つとしよう。そこで私は宣言するのだ」


 足を引きずりながら、闇の中へ消えていく。


「この世界の王は私だとな……私は手に入れるのだ、全ての知識と力を……」


 その声が、夜の闘に溶けていった。


 ……狂っている。


 だが、今はそれでいい。


 リリアの呪いが解ければ、それでいい。


 ◆◆◆


 しばらくして。


 ラグがリリアにアカシックリーダを向け、呪いの状態を確認する。


『……解除されています! リリアさんの従属の呪い、完全に消えてます!』


 ラグが嬉しそうに報告する。


『本当ですか!?』


 リリアの声が震えている。


『ああ、本当だ。もう自由に動ける』


『エルドラ様……ありがとうございます……!』


 リリアの嗚咽が聞こえる。


 だが、喜んでいる暇はない。


『リリア、兄を探しに行け。ダンジョンだ』


『はい!』


 リリアが竜舎から飛び出し、夜の空へと消える。


 その速度は――音速を超えていた。


 衝撃波が竜舎を揺らす。


『は、速っ!?』


 ラグが目を丸くしている。


 俺も驚いた。


 あいつ、もうあの体を使いこなしてる。俺の腹でトレーニングでもしてたのか?


『ラグ、お前もついていくんだ。リリア一人では心配だ』


『了解です!』


 ラグも後を追って飛んでいく。


 俺は……動けない。


 この巨体では目立ちすぎる。


 待つしかできないのが悔しかった。


 ◆◆◆


 数時間後。


 リリアとラグが戻ってきた。


『エルドラ様……』


 リリアの声が沈んでいる。


『どうだった?』


『ダンジョンに行きました。でも……兄さんは、もういませんでした』


『……そうか』


『生命のペンダントも、消えていました。兄さんが持っていったんだと思います』


 つまり、ユリウスは既にダンジョンを訪れていた。


 そして、何かを見つけて、どこかへ姿を隠したのだ。


『他の者に持ち去られたのでは?』


『ユリウスの足跡と手跡を見つけました。間違いありません』


 ラグがアカシックリーダを見せながら説明する。


『手がかりは?』


『ダンジョンの外で途切れています』


『わたし、諦めません!』


 リリアの声に、決意が込められている。


『兄さんが最初に逃げ込んだのは森林地帯です。そこを捜索します!』


『わかった。ラグ、一緒に行くんだ』


『はい!』


 二人は再び飛び立っていった。


 俺は、ただ待つことしかできない。


 もどかしい。


 だが、焦っても仕方がない。


 ◆◆◆


 それから何日も、リリアとラグは森林地帯を捜索し続けた。


 しかし、ユリウスは見つからない。


 まるで煙のように、姿を消していた。


『今日も見つかりませんでした……』


 リリアの声が、日に日に沈んでいく。


『諦めるな。必ず見つかる』


『はい……』


 俺にできるのは、励ますことだけだった。


 そうして時は流れ――


 トーナメントの日がやってきた。


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