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ミノウチ竜綺譚  作者: 葉色
第2章 ミノウチ竜たち
9/19

9話 凄惨


 カケルがミノウチトカゲに乗って落雷御殿に向かってから、およそ二時間が経過した頃だった。


 カケルの所属先である第六火焔隊の間では、ほのかに懐疑と心配の間ぐらいの情念が渦巻きだしていた。


 ーカケル・・・帰ってくるの遅くないか。

 ーいやあ、大丈夫でしょ。

 ー・・・。

 ーアイツに限って、仕事サボるなんてこと、しないでしょ。

 ーそんな心配してねえよ。

 ーじゃあ、何の心配?

 ー・・・もしかしてだけどさ。

 ーうん。

 ーイサン様・・・御殿にいなかったのかも。

 ーあっ。確かに。言われてみれば。

 ーどうしているって決めつけちゃったんだろ。

 ーけどさ、探しても見つからないんだったら、カケルだったら、一旦こっち、戻ってくるんじゃないか。

 ー・・・。

 ーアイツ、報連相の鬼だし。

 ー・・・隊長に相談してくる。



 

 隊士は隊長室に入った。


 ー隊長、イサン様とカケルの到着がまだです。

 ー・・・えっ、まだ帰って来てないの。

 ーイサン様がいなかったのかもしれません。

 ーえー。

 ー・・・。

 ー面倒だな。

 

 第六火焔隊を任されている、隊長のマナベ・ミナトは、部下に勇幸(イシア)様にお伺いを立てるよう命じた。




 報告を受けた勇幸は、少し考えて、

 ー三人。

 ー・・・。

 ー三人でイサンとカケル君、探しに行って。




 勇幸の許可を得て、新たに三名の火焔隊士たちが落雷御殿に向かった。


 隊士たちは、石段の前に着いた。


 彼らは誰も乗っていない、ミノウチトカゲが一匹、落雷御殿の周りを徘徊(はいかい)しているのを見つけた。


 隊士たちはそれが凶兆に思えて、不安になった。


 隊士一名が入り口に立哨(りっしょう)し、他の二名は落雷御殿に向かって、石段を上っていった。


 隊士二名は落雷御殿の庭に着いた。


 ーえっ。

 ーおい。なんだこれは・・・。


 


 それから一時間後には、現場からの報告が、ミノウチ城に届けられた。

 

 (早くイシア様にご報告しなければ)


 性急な思いに駆られた隊士は、ミノウチトカゲにもっと早く走るよう催促した。しかし、気分屋でクールなミノウチトカゲがヘソを曲げたせいで、城への到着時間はいつもとあまり変わらなかったか、少し遅れた。


 急かされると、かえって走行スピードを落としたり、蛇行したりするのが、ミノウチトカゲの扱いづらい点だった。




 落雷御殿から戻ってきた隊士からの報告を受けた勇幸は、慌てた様子で、《春華の庭》に急いでいた。


 歩きながら勇幸は隊士に、

 ーウィズローを探し出して、城に来るよう言ってくれ。

 ーアルヒデ様やミハルシュク様には伝えますか?

 ーアルは今日、製鉄所に出勤しているはずだ。

 ー・・・。

 ー製鉄所の稼働は停止したくない。召集するのは、ウィズとミハルだけで良い・・・それから父上の元へ、海鵜(うみう)を行かせろ。




 城の監視台の隊士は、海鵜の鳥脚に伝書を括り付けた。

 ーほら、行け!


 海鵜は羽ばたいた。父の滞在先、ミツアミ村がある相楽(さがら)竜本山の方向へ、海鵜は飛んで行った。やがて山と空の境界線に溶け込んで、海鵜は見えなくなった。




 さらにミノウチトカゲに乗った銃火器を武装した隊士たちが、続々と落雷御殿に向かってミノウチトカゲを走らせた。ボルシア産の軍用車両に乗った隊士たちも後に続いた。



 

 勇幸は、《春華の庭》に出た。

 

 《春華の庭》から地面まではおよそ30メートルの高さがあった。


 勇幸は、庭の外壁の上に立った。

 そして、飛び降り自殺をするように、地面に向かって落下していった。


 しばらくすると銀色の翼竜が飛翔して、城下町の少し上空を、翔け抜けて行った。




 城下町の民衆からは歓声が上がった。

 ーウォォォォォ!!!

 ーあれはイシア様だ!!

 ーイシア様ー!!いけいけえええ!!


 路地では、野次馬たちが盛り上がりを見せ、歓声を上げていた。




 ーねえ、リフカ先生!イシア様が飛んでいるよ。

 ーえっ。


 城下町の学舎で、児童たちに勉強を教えていたリフカは、児童からそう言われて、急いで窓枠に近寄った。そして、児童たちとともに、窓から見えるイシア竜の後ろ姿を追った。


 ーうわー!!

 ーやっぱイシア様かっこいいー!!

 ーイシア様・・・大好き。


 見惚れた表情の女の子の隣で、男の子の児童は、

 ー俺はウィズロー竜のほうが好きだけどな!

 と対抗心を燃やした。


 ー・・・。

 (はしゃ)ぐ児童の横で、リフカは不安な面持ちになっていた。




 勇幸は、落雷御殿に到着した。現場は手つかずで、隊士たちは誰にも立ち入らせないよう、入り口に武装状態で立哨していた。


 勇幸は、凄惨な現場に立ち会っても対応を(たが)えなかった、隊士たちに感謝の意味を込めて、労いの言葉をかけた。


 御殿には隊士を除いて、生きている者はいなかった。

 あるのは十体以上の、人間の遺体だけだった。


 勇幸は遺体を見て回った。非武装の老人が、矢を何本か射抜かれて死んでいた。


 たくさんある山賊の遺体は・・・どれも皆、顔を火焔で焼かれていた。勇幸は立ち止まった。そして、おぞましい気持ちになった。


 (・・・イサンがこれをやったのか)


 勇幸は、勇参のような優しい少年がどういう状況に追い込まれ、どういう気持ちで彼らを殺したのか、考えたくもなかった。


 勇幸は、落雷御殿の縁側に上がった。

 射手もまた、顔を火焔で焼かれて死んでいた。拘束して縛るために使ったであろう縄が、焼け焦げて落ちてあった。


 御殿の大広間に勇幸は足を踏み入れた。五体の遺体が転がっていた。その中のひとりは、今朝勇幸が言葉を交わした、あの若い火焔隊士、ナガラ・カケルであった。


 カケルは、心臓を矢で射抜かれて死んでいた。瞳孔が開いたままだった。

 勇幸はしゃがみこんでカケルを見た。両手首が縄で縛られてあったのでほどいてやった。


 縄をほどきながら勇幸は、

 ーどうせまた、落雷御殿だろうけど、一応確認してきてもらえる?

 ー(かしこ)まりました。

 ーごめんね。

 今朝カケルと交わした、短いやりとりを思い出した。


 (あの会話があったから、この子は今死んでるんだ。あの会話がなかったら、この子はまだ生きていたかもしれないんだ)


 勇幸はカケルの(まぶた)をそっと閉じた。


 勇幸はこれまでも自分の言葉でたくさんの人を死なせてきた。敵も味方も・・・。しかし、あの端的な言葉のやりとりが、まさか死の世界に繋がっているとは。思ってもみなかった。


 (・・・コイツは!!!!)


 もう一人。見覚えのある顔の遺体があった。イサン竜と戦闘していた、大斧を使う頭領だった。


 勇幸は頭領の遺体を見た。腹が裂かれていた。さらに剣で心臓を刺されて死んでいた。




 庭に転がった遺体を、隊士たちは二人一組で足と手を持ち、落雷御殿の石段を降りて行った。降りると、入口に停めてある軍用車両の荷台に、遺体を積んだ。


 隊士たちは、カケルの遺体を目にすると、

 ーナガラ・・・。

 ークソッ!!

 隊士たちは、悔し涙をこらえきれずに、カケルの遺体を荷台に乗せた。


 カケルの同僚であるガレキは、信じられない様子で、少し離れたところで目を見開き、放心状態で、棒立ちになっていた。




 勇幸は、護衛のマツザ・レンと共に、頭領の遺体検分をしていた。

 ー腹を裂いたのは、形状的にミノウチ竜の爪だ・・・おそらく竜化したイサンだろう・・・だとすれば心臓に剣を突き刺したのは、その後、イサンを連れ去った奴か。

 ー奴らはイサンをどこへ連れていくつもりなんだ。

 ー・・・分からない。

 勇幸が呟いた。

 

 勇幸は、頭領の遺体に目を落としながら、

 ーこいつの顔には見覚えがある・・・昔、叔父の護衛として城で雇われていた男だ。


 ー叔父・・・お前に叔父なんていたか。

 ー名前は村澤浪夜(ロウヤ)

 ー・・・。

 ー叔父はここでは芽が出なかったが、シハルに留学して人生が変わった・・・彼のなかにあった別の才能が花開いたんだよ。

 ー・・・。

 ー今は魔術士として、シハルで暮らしている。

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