9話 凄惨
カケルがミノウチトカゲに乗って落雷御殿に向かってから、およそ二時間が経過した頃だった。
カケルの所属先である第六火焔隊の間では、ほのかに懐疑と心配の間ぐらいの情念が渦巻きだしていた。
ーカケル・・・帰ってくるの遅くないか。
ーいやあ、大丈夫でしょ。
ー・・・。
ーアイツに限って、仕事サボるなんてこと、しないでしょ。
ーそんな心配してねえよ。
ーじゃあ、何の心配?
ー・・・もしかしてだけどさ。
ーうん。
ーイサン様・・・御殿にいなかったのかも。
ーあっ。確かに。言われてみれば。
ーどうしているって決めつけちゃったんだろ。
ーけどさ、探しても見つからないんだったら、カケルだったら、一旦こっち、戻ってくるんじゃないか。
ー・・・。
ーアイツ、報連相の鬼だし。
ー・・・隊長に相談してくる。
隊士は隊長室に入った。
ー隊長、イサン様とカケルの到着がまだです。
ー・・・えっ、まだ帰って来てないの。
ーイサン様がいなかったのかもしれません。
ーえー。
ー・・・。
ー面倒だな。
第六火焔隊を任されている、隊長のマナベ・ミナトは、部下に勇幸様にお伺いを立てるよう命じた。
報告を受けた勇幸は、少し考えて、
ー三人。
ー・・・。
ー三人でイサンとカケル君、探しに行って。
勇幸の許可を得て、新たに三名の火焔隊士たちが落雷御殿に向かった。
隊士たちは、石段の前に着いた。
彼らは誰も乗っていない、ミノウチトカゲが一匹、落雷御殿の周りを徘徊しているのを見つけた。
隊士たちはそれが凶兆に思えて、不安になった。
隊士一名が入り口に立哨し、他の二名は落雷御殿に向かって、石段を上っていった。
隊士二名は落雷御殿の庭に着いた。
ーえっ。
ーおい。なんだこれは・・・。
それから一時間後には、現場からの報告が、ミノウチ城に届けられた。
(早くイシア様にご報告しなければ)
性急な思いに駆られた隊士は、ミノウチトカゲにもっと早く走るよう催促した。しかし、気分屋でクールなミノウチトカゲがヘソを曲げたせいで、城への到着時間はいつもとあまり変わらなかったか、少し遅れた。
急かされると、かえって走行スピードを落としたり、蛇行したりするのが、ミノウチトカゲの扱いづらい点だった。
落雷御殿から戻ってきた隊士からの報告を受けた勇幸は、慌てた様子で、《春華の庭》に急いでいた。
歩きながら勇幸は隊士に、
ーウィズローを探し出して、城に来るよう言ってくれ。
ーアルヒデ様やミハルシュク様には伝えますか?
ーアルは今日、製鉄所に出勤しているはずだ。
ー・・・。
ー製鉄所の稼働は停止したくない。召集するのは、ウィズとミハルだけで良い・・・それから父上の元へ、海鵜を行かせろ。
城の監視台の隊士は、海鵜の鳥脚に伝書を括り付けた。
ーほら、行け!
海鵜は羽ばたいた。父の滞在先、ミツアミ村がある相楽竜本山の方向へ、海鵜は飛んで行った。やがて山と空の境界線に溶け込んで、海鵜は見えなくなった。
さらにミノウチトカゲに乗った銃火器を武装した隊士たちが、続々と落雷御殿に向かってミノウチトカゲを走らせた。ボルシア産の軍用車両に乗った隊士たちも後に続いた。
勇幸は、《春華の庭》に出た。
《春華の庭》から地面まではおよそ30メートルの高さがあった。
勇幸は、庭の外壁の上に立った。
そして、飛び降り自殺をするように、地面に向かって落下していった。
しばらくすると銀色の翼竜が飛翔して、城下町の少し上空を、翔け抜けて行った。
城下町の民衆からは歓声が上がった。
ーウォォォォォ!!!
ーあれはイシア様だ!!
ーイシア様ー!!いけいけえええ!!
路地では、野次馬たちが盛り上がりを見せ、歓声を上げていた。
ーねえ、リフカ先生!イシア様が飛んでいるよ。
ーえっ。
城下町の学舎で、児童たちに勉強を教えていたリフカは、児童からそう言われて、急いで窓枠に近寄った。そして、児童たちとともに、窓から見えるイシア竜の後ろ姿を追った。
ーうわー!!
ーやっぱイシア様かっこいいー!!
ーイシア様・・・大好き。
見惚れた表情の女の子の隣で、男の子の児童は、
ー俺はウィズロー竜のほうが好きだけどな!
と対抗心を燃やした。
ー・・・。
燥ぐ児童の横で、リフカは不安な面持ちになっていた。
勇幸は、落雷御殿に到着した。現場は手つかずで、隊士たちは誰にも立ち入らせないよう、入り口に武装状態で立哨していた。
勇幸は、凄惨な現場に立ち会っても対応を違えなかった、隊士たちに感謝の意味を込めて、労いの言葉をかけた。
御殿には隊士を除いて、生きている者はいなかった。
あるのは十体以上の、人間の遺体だけだった。
勇幸は遺体を見て回った。非武装の老人が、矢を何本か射抜かれて死んでいた。
たくさんある山賊の遺体は・・・どれも皆、顔を火焔で焼かれていた。勇幸は立ち止まった。そして、おぞましい気持ちになった。
(・・・イサンがこれをやったのか)
勇幸は、勇参のような優しい少年がどういう状況に追い込まれ、どういう気持ちで彼らを殺したのか、考えたくもなかった。
勇幸は、落雷御殿の縁側に上がった。
射手もまた、顔を火焔で焼かれて死んでいた。拘束して縛るために使ったであろう縄が、焼け焦げて落ちてあった。
御殿の大広間に勇幸は足を踏み入れた。五体の遺体が転がっていた。その中のひとりは、今朝勇幸が言葉を交わした、あの若い火焔隊士、ナガラ・カケルであった。
カケルは、心臓を矢で射抜かれて死んでいた。瞳孔が開いたままだった。
勇幸はしゃがみこんでカケルを見た。両手首が縄で縛られてあったのでほどいてやった。
縄をほどきながら勇幸は、
ーどうせまた、落雷御殿だろうけど、一応確認してきてもらえる?
ー畏まりました。
ーごめんね。
今朝カケルと交わした、短いやりとりを思い出した。
(あの会話があったから、この子は今死んでるんだ。あの会話がなかったら、この子はまだ生きていたかもしれないんだ)
勇幸はカケルの瞼をそっと閉じた。
勇幸はこれまでも自分の言葉でたくさんの人を死なせてきた。敵も味方も・・・。しかし、あの端的な言葉のやりとりが、まさか死の世界に繋がっているとは。思ってもみなかった。
(・・・コイツは!!!!)
もう一人。見覚えのある顔の遺体があった。イサン竜と戦闘していた、大斧を使う頭領だった。
勇幸は頭領の遺体を見た。腹が裂かれていた。さらに剣で心臓を刺されて死んでいた。
庭に転がった遺体を、隊士たちは二人一組で足と手を持ち、落雷御殿の石段を降りて行った。降りると、入口に停めてある軍用車両の荷台に、遺体を積んだ。
隊士たちは、カケルの遺体を目にすると、
ーナガラ・・・。
ークソッ!!
隊士たちは、悔し涙をこらえきれずに、カケルの遺体を荷台に乗せた。
カケルの同僚であるガレキは、信じられない様子で、少し離れたところで目を見開き、放心状態で、棒立ちになっていた。
勇幸は、護衛のマツザ・レンと共に、頭領の遺体検分をしていた。
ー腹を裂いたのは、形状的にミノウチ竜の爪だ・・・おそらく竜化したイサンだろう・・・だとすれば心臓に剣を突き刺したのは、その後、イサンを連れ去った奴か。
ー奴らはイサンをどこへ連れていくつもりなんだ。
ー・・・分からない。
勇幸が呟いた。
勇幸は、頭領の遺体に目を落としながら、
ーこいつの顔には見覚えがある・・・昔、叔父の護衛として城で雇われていた男だ。
ー叔父・・・お前に叔父なんていたか。
ー名前は村澤浪夜。
ー・・・。
ー叔父はここでは芽が出なかったが、シハルに留学して人生が変わった・・・彼のなかにあった別の才能が花開いたんだよ。
ー・・・。
ー今は魔術士として、シハルで暮らしている。




