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ミノウチ竜綺譚  作者: 葉色
第2章 ミノウチ竜たち
7/19

7話 常盤と碧①


 ミノウチ竜王国。

 シュトラ製鉄所。


 山奥の一部を切り拓いて建てられた製鉄所より、北西に離れたところにある物見(やぐら)から鐘が鳴った。

 ミノウチ竜接近の合図だった。


 製鉄所の管制では、元ふいご師見習いで、入管オペレーターのアミナが座ったまま、頭だけ所長のほうを向いて、


 ー所長、まもなくアルヒデ様が到着されます。

 と伝えた。


 ー良し。屋根を消してくれ。

 所長が指示を送った。


 作業員が防壁解除レバーを引くと、製鉄所の高炉ドームの天井に架かっていた屋根が消えた。上空がひらかれ、高炉の上に灼熱の太陽がのぞいた。


 縦型円筒の形をした高炉のなかには、ミノウチ竜の火焔が、噴火口のマグマのように燃え続け、鉄鉱山で取れた鉄鉱石の酸化還元を進めていた。


 高炉ドームは、半径120メートルほどの、円形の大型施設で、円の中心には高炉があり、その周りでは黒い作業服を着た作業員がドームの清掃や銑鉄の運搬をしていた。


 ーウィズロー様のお姿が見えないが、まだ高炉の中か・・・竜化の反応はないが。


 所長の近くにいた作業員は、気まずそうに顔を見合わせた。


 ー所長!

 アミナが所長を呼んだ。


 ーどうした。

 ーウィズロー様。退勤されてます。

 ー・・・。

 ー・・・。

 ーちょっと。アミナ。今何て言った。

 ー聞こえませんでした?ウィズロー様はお帰りになられました!!

 ー帰られただって?

 ーそうです!

 ー・・・一体、どういうことだ。


 所長から見て右斜め前に座る女性オペレーターが、

 ーマサナオさん達に手を洗いに行くと言われた後、しばらくしても戻ってこられないので探したところ、お手洗いにもお部屋にもいらっしゃらなかったみたいです。

 と伝えた。


 ーウィズロー竜が飛んでいったなんて聞いてないぞ!

 ー竜化はされてないようです。人間のお姿のままで森のなかを抜けていかれたのでしょう。我々に見つからないように・・・賢い方です。

 ー感心してる場合か!

 ー・・・すいません。

 ーそれでアルヒデ様に叱られるのは誰だ!


 ーそれは所長です!

 アミナが叫んだ。


 ーそうだ!私だ!

 言い終えると所長は背を向けた。


 ー所長!どこに行かれるんです!

 所長が逃げ出さないか、心配な作業員が聞いた。

 所長は何も言わず、管制から出て行った。




 明滅式の屋根は、二年前に行われたシュトラ製鉄所の改修にともない、魔導帝国シハルからの技術援助によって新たに取り付けられた。この管制も魔術士たちの設計の下、新しく建て直された。


 これにより、魔術士でなくとも、レバーをインターフェースとして、押したり引いたりするだけで防御結界を展開したり消したりすることが出来た。レバーの下には小さな円で魔法陣が描かれてあった。レバーの操作権は、所長とこの建物の管理者、長岐或秀(アルヒデ)だけにあった。両者とも製鉄所に不在の場合は、所長に代わる、その時間帯の最高責任者に、一時的に操作権が与えられた。


 こうしてミノウチ竜の高炉への出入りが簡略化されると、ミノウチ竜の吐く火焔を燃料とした、製鉄が可能となった。


 建国神話で語り継がれているように、ミノウチ竜の炎には人智を超えたものがある。消火活動をしなければ高温を維持しながら何日間も燃え続けることが出来た。送風装置を必要とせず酸素不足になることもない。


 しかし万が一の事故やトラブルに備えて、常駐で必ず一頭、ミノウチ竜が交替でこのシュトラ製鉄所に出勤するようになっていた。




 ーシュトラ製鉄所に明滅式の屋根が付いたら、本格的にミノウチ竜の火焔による製鉄を始めようと思います。


 このアイデアの発案者は竜代補佐の村澤勇幸だった。周囲、特に竜代で父親である村澤七威(シチイ)からは、


 ーミノウチ竜の炎を製鉄に利用するなど、一体どういう了見なのだお前は。


 などとこっぴどく叱責を受けた。七威はミノウチ竜という存在を竜王が地上に残していった奇跡と考える宗教家。勇幸は局面を論理的に捉える合理主義者。両者は度々、意見を衝突させた。


 父からのガミガミとした怒鳴り声に屈せず、真っ向から反論した勇幸は、ミノウチ竜王国の経済復興を賭けた自身の案を、半ば無理やり押し切った。


 稼働にはミノウチ竜の献身が欠かせなくなるが、これが可能になれば製鉄のための木材の伐採を必要最低限に済ますことが出来、稼働時間も小休止の時間をより短く、より多くの鉄鉱石を銑鉄に製鉄出来るようになる。


 魔法の介入によって、課題もあった。まず雇用面。ふいご師やたたら師は活躍の場が狭くなった。アミナのような若手には管制での仕事を斡旋するなどして、再就職に困らないよう、ケアすることも出来たが、自尊心が高く、腕に自信がある熟練の職人はそうもいかない。彼らはヘソを曲げ、勇幸の不満分子となった。


 しかし、こうしたいくつかの課題があっても、現時点で、勇幸はこの賭けに勝っているように見える。


 外交面で、魔導帝国シハルは、製鉄所に技術援助をする代わりに、大量生産した鉄を、ミノウチはシハルに格安で輸出した。シハルの魔法技術の援助は今後、製鉄所だけでなく、ミノウチ城や城下町にもされる予定になっていた。


 また現在、シハルの仮想敵国となっているボルシア連邦帝国にも、ミノウチは、同様に安価で鉄を輸出した。

 

 ミノウチは見返りに、ボルシアから火焔隊士が使う武器や軍用車両を手頃な価格で購入することが出来た。




 上空より常盤(トキワ)色の竜が一頭、高炉に降りたった。降りたったと同時に流麗に竜化が解除された。ともすると竜の脚が地面に降り立つ前に、すでに竜化が解かれていた可能性もあった。


 空中にいるあいだに竜化を解くことは危険行為であるため、絶対にしないよう、竜化成功直後の講習で、真っ先に、口を酸っぱくして、頭に叩き込まれることである。


 竜化が解かれて現れたのは、長岐或秀だった。或秀はいつも先を急ぐように、せかせかと歩いた。


 現場の作業員2人が或秀のところへ近づいていった。

 ーアルヒデ様。おはようございます。

 ーおはよう。マサナオ、キリケ。

 ー昨日は飛行場での式典、お疲れ様でした。相変わらずお美しい飛行姿でいらっしゃって。

 マサナオがいった。


 ーマサナオ。そなたは昨日日勤ではなかったか。

 ー・・・あっ、いえ。その・・・アルヒデ様。よくご存知で。

 ー仕事を休んで飛行場に来てたのか。

 ー・・・と、帰ったら妻から聞かされました。

 ーなるほど。妻がいたとは。初耳だな。

 ー・・・。


 或秀は足を止めて辺りを見渡した。


 ーウィズローはどうした。

 ー・・・。

 ー私が来るまではここから離れてはいけないはずだが。

 ーあの・・・ウィズロー様はすでに帰られたらしく。

 ー・・・らしく?

 ーはい。

 ー君らはここでウィズローといたんじゃないのか。

 ーそうなんですが、30分ぐらい前に、お手洗いに行かれまして・・・それであれれれ??戻ってこないなーと思っていましたら、お帰りになられたとご報告が・・・。

 ー・・・規則の遵守は絶対だ。

 ー申し訳ありません。

 ーマサナオ。教えてくれ。ミノウチ竜が不在の間に突然火が消えたり、冷めたりしたら鉄はどうなる。

 ーはい。

 ーはいじゃない。どうなるのか聞いているんだ。

 ー鉄が・・・ダメになります。

 ーそうだ。ダメになった分の補償は出来そうか。

 ーえっ。我々が・・・ですか。

 ー当然だ。損害はその時勤務していた者の連帯で責任をとってもらう。

 ー・・・。

 ーマサナオ。君は何年タダ働きすることになりそうか。

 ー・・・。

 ー・・・。

 マサナオは少し考えて、

 ー・・・二年ぐらい、でしょうか。といった。

 或秀は笑った。

 ー君はとても楽観的に生きているな。羨ましいよ。

 ーハッ。

 マサナオは、その場で気をつけをした。


 ーウィズローは君の雇い主でもなければ、上司でもない、ここでは同じ職場で働く同僚なんだぞ。同僚の怠慢はしっかり叱責してもらわないと困る。

 ーはい。申し訳ございません。


 ミノウチ竜王国では、ミノウチ竜は竜王の化身とされ、半ば神格化されていた。或秀は、たった一人か二人の作業員がミノウチ竜に対して注意もお願いも出来ない立場であることを知っていた。知ってはいたが、言ってみたのだった。


 ーまあいい。今度会ったら私から彼に言っておく。




 所長は外に出ると、皆の休憩場所になっている、広い営火場に行った。そして中心で燃え盛る大火にパイプを近づけると、丸太に座り、エレク草を吸い始めた。


 このエレク草は、一昨年の夏から秋にかけて、シュトラ製鉄所の屋根を、明滅式の屋根に改修するためにミノウチ竜王国を訪れていた魔導帝国シハルの魔術士たちや職人たちが休憩のときに吸っていたもので、彼らと仲良くなって、所長も吸い始めたのである。


 製鉄所の所長や作業員たちがエレク草を気に入ったことにご満悦になった魔術士は、その後も定期的に、このエレク草を本国からシュトラ製鉄所宛てに、送ってきてくれていた。


 ーウィズロー様は自由な人だね。

 所長と同じく休憩に来たのだろうか、アミナが営火場に来て、所長と同じ丸太に腰掛けた。その丸太は太く長かったため、大人が四人は座れそうだった。


 ー隣に座るなよ。

 所長が言った。

 ーいいじゃん、誰もいないんだから。

 アミナが所長からパイプを奪うと、エレク草を吸って、外の空気に煙を吐いた。

 ー・・・。

 ー・・・。

 ー職場ではあまり馴れ馴れしくしないでくれ。

 ーえー!バレてないと思ってるの。口に出して言わないだけでみんな知ってるよ。

 ーそうじゃない。オレたち、職場では所長と部下なんだ。だから、もっと礼節を保って接してくれ。

 ーはーい!

 ーそれだよ。なんだその舐め腐った、はーい!、は。まったく・・・。

 ーはい。これでいい?

 ー・・・ハァ。

 パイプを吸って、所長はため息をついた。

 アミナは所長からパイプを奪って、吸いながら、

 ー悩んでいるあなたってカワイイ。だからもっと困らせたくなる。と言った。

 ー僕がここをクビになったらどうせ捨てる、のにか。

 ーフフッ。

 アミナは自分でパイプを持ったまま、所長にパイプを吸わせてあげた。


 ーミノウチ竜の炎のまえで戯れるとは。随分と不遜な態度だな。

 あの甲高い、誇りに満ち溢れた声がして、所長とアミナは慌てふためきながら立ち上がった。


 ーアルヒデ様!

 或秀は、つかつかと歩いてきた。


 ー所長だけ残ってくれ。

 アミナは飛ぶように管制のなかへ戻った。

 或秀は、所長と同じ丸太に座って、大火を見つめた。


 ー・・・。

 ー・・・。

 ーアルヒデ様。あの!エレク草のパイプはいかがですか。シハルの土地で採れる魔薬草らしいですが、なかなかイケますよ!

 ー誰が貴様と間接キスなどするものか。

 或秀はそう言いながら、自分のズボンのポケットからパイプを取り出すと、大火のほうへ行き、火をつけ、エレク草を吸い出した。


 ー晩年の父は、この製鉄所に引きこもりきりだった。

 或秀は大火を凝視しながら呟いた。


 ー・・・。

 ーシュトラ製鉄所・・・村澤家に権力争いを挑み、敗北した我が父、長岐主虎(シュトラ)が、それでも己が自尊心を捨てきれずに、何とか後世に自分の名を残そうと、必死に作らせた最後の砦・・・。

 ー・・・。

 ー父は情けない人物ではあったが、それでも、この製鉄所に敬意を払わない人間は・・・。

 ー・・・。

 ー私を苛立たせる。

 ー・・・。

 ー所長。

 ーはい!

 ーウィズローを上手く使えないようなら、どこか別の所から人材を連れてくる。君には暇を出す。

 ーはい!

 所長は涙目になりながら声を張った。

 或秀はそう言うと、パイプの火を消し、建物のなかに戻った。

 ー竜化するから高炉のなかへ入れてくれ。

 ーハッ、ハイッ!!

 早足の或秀に追いつこうと、所長は走って行った。

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