6話 イサン竜VS大斧
イサン竜が立ち現れると、怖いもの知らずの山賊たちであっても、数秒間立ち止まって動かなかった。
彼らはこんなに間近で竜を見たことがなかった。
竜という生物の定義の前提。
彼らの頭のなかにあったのは翼が生え、空を飛ぶ・・・いわゆる翼竜だった。
しかし、目の当たりにしたのは、自分たちと変わらず、縁側に突っ立っている二足歩行型の小柄なイサン竜だった。
彼らが最初にイサン竜を見て抱いた印象は、
(こいつ、ホントにミノウチ竜なのか)
という戸惑い。そして恐れを薄める嘲笑だった。
山賊たちは、顔をひきつらせながら、空元気を出した。
ーハハハ・・・なんだコイツ。弱そうじゃねえか。
ー竜になったって図体は小せえまんまだ!!
ー野郎ども!かかれ!
立ち止まっていてはミノウチ竜が口から吐く火焔の餌食になると思ったのか、近くにいた山賊から、剣を振り上げながらイサン竜に向かって走り出した。
先ほどのカケルの剣技からは程遠い、乱雑な山賊たちの太刀筋を回避したり、弾いたりしながら、イサン竜は山賊たちに接近すると、彼らの顔に火焔を吐いた。
ーぐわあ!!
山賊は顔面に火焔を浴びることによって、戦闘力を失った。勇参は敵勢力を排除して行った。ミノウチ竜の火焔は延焼力が強く、火の天敵である水さえなければ何日でも燃え続けることができた。
山賊たちは、落雷御殿の庭を暴れ転がりながら、火焔が骨まで焼き尽くすのを、ただ待っているだけだった。
誰に教えられたわけでもない、一瞬の命の奪い合いの中で勇参が咄嗟に思いついた、敵の殺害方法だった。
ーそいつはガキだ。体力はねえ。持久戦でいけ。
「時化除けの儀」で竜代が座る上段の間がある大広間から、頭領がイサン竜の動きを分析するように、指示を送った。
ーオラァ!!!
山賊が二人同時に、剣を振り上げて、イサン竜に襲いかかった。イサン竜はしゃがんで、爪で山賊の膝の肉を引き裂いた。山賊は倒れた。
射手の弓矢は、イサン竜の硬い鱗のような皮膚にとって、虫刺されのようなものだった。ほとんどの矢は貫通すらせず、刺さった矢もイサン竜は抜いて、射手に近づいていった。
ーこの化け物・・・。
追い込まれた射手は、付け焼き刃的に矢尻をイサン竜に突き刺そうとしたが、簡単に止められ、イサン竜は射手の顔に火焔を吐いた。
縁側を制圧すると、イサン竜は大広間に入って行った。
カケルの両腕を抑えている二人を合わせた計七名の山賊とその頭領がイサン竜を待ち構えていた。射手は左右に一人ずつ、両翼に広く陣取り、大広間の、広い空間を自分たちに優位に活かそうとしていた。
射手は矢を二本同時に放った。イサン竜は、心臓の上に手を置いて急所を守った。二本とも、矢は、まさしく心臓を守ったイサン竜の左腕に刺さった。イサン竜は少しよろめいたが、刺さった矢を、引っこ抜いて、床に捨てた。
すると、それまで戦況を何も言わずに見ていた頭領が、背中に背負っていた大斧を取り出すと、
ーどけ、俺がやる。
といって前へ出た。
身長およそ160センチほどのイサン竜と、身長約2メートル近い頭領が真正面に向かい合った。
勇参は、大斧を構えた頭領を見て、今朝の熊との戦いを、復習しているみたいだった。タイプは異なるが、どちらもケダモノだった。
頭領は大斧を振り回しながら少しずつこちらへ、距離を縮めて来ていた。
イサン竜は火焔を吐いた。しかし、放射される火焔の飛距離は、思ったほど伸びなかった。頭領は火焔が届く範囲にいつ飛び込み、殴りかかるか、タイミングを慎重に見計らっていた。
ー人を殺したのは初めてか。
頭領がイサン竜に聞いた。
ー疲れてるな。所詮は竜のフリした人間って訳だ。どれだけ竜化の消耗に耐えられるかな。
ー・・・。
実際、頭領の指摘は当たっていた。勇参はこれほど長く、これほど激しく竜化し続けたことはなかったから、今でさえ、体力は尽き、立っているのでやっとだった。
頭領が走り出した。大斧を振りかぶりこちらへ向かって来た。イサン竜は火焔を吐こうとしたが、十分な火力では無かった。火焔を横移動でかわした頭領の縮毛が、何本か焼け焦げただけだった。
大斧による破壊力抜群の横振りの一撃が、イサン竜の左脇腹にもろに当たり、イサン竜は倒れ込んだ。
ーイサン様!!
カケルが叫んだ。カケルはいっても立ってもいられず、拘束を解こうと暴れ出した。
ーやめろクソっ!!
山賊に殴られた。カケルは唇が裂けて、血が流れた。
イサン竜の左脇腹は砕けてしまっていた。勇参は竜化しながら、
ーもう動けないや。
と思った。
大斧を持った頭領がこちら側へ近づいて来ていた。
(次の一撃を受けたら、僕は死ぬ)
勇参は目を開いて、御殿の高天井を見た。落雷御殿は、ミノウチ城のどこよりも居心地が良かった。
今はこんなに物騒だけれど、普段は、ここはもっと静かな場所だった。
非翼竜である悩みを理解してもらえる人間は、勇参の周りにはいなかった。
村澤家は、大昔、まだ竜王がこの国を統治していた頃、竜王に忠実に仕え続けた家臣として、竜王が宇宙へ翔び去るまえに竜王より力を貸し与えられた五つの家柄のうちの一家の末裔だった。
一族のなかには、竜化する者もいれば、竜化しない者もいた。
いつまでも竜化することが出来ずに暮らし、竜化出来ないことに苦しみ、心狭い思いをしながら死んでいった者もいることを例に出され、
ーイサン様は、こんなに若く竜化できただけで大したものです。
などと逆に持て囃されるようなことすらあった。
ー翼竜でなくても良いではありませんか。何がいけないのですか。
こんな風に質問を弾き返されたこともあった。
(翼が無いからだよ、バカ)
勇参は自分の心に呟いた。
勇参が昔からミノウチ竜に憧れた理由は漠然と、しかし漠然とした理由は判然としていた。
・・・空を飛んでみたかったのである。
ここではないどこかへ、出来ればミノウチ竜王国の外へ、旅に出てみたかったのである。継火や公開軍事演習で、ミノウチ竜としての自分の貢献を果たした後、翼を伸ばし、数日でも数年でも、この島国にいつか戻ってくるとしても、竜化したまま、ミノウチ海の上空を飛んでみたかった。空の限界まで飛翔してみたかった。ミノウチ竜の存在すら知らない、個人として自分を評価してくる、そんな人たちとの暮らしを一度、経験してみたかった。
自分がミノウチ竜などでなければ、ただ落雷御殿で稽古していただけで、命を奪われることも無かった。
ーイサン様!
意識が朦朧としているイサン竜の右耳に、カケルが自分の名前を叫ぶ声が聞こえた。
(誰だったっけあの人。そうだ・・・確かカケルだ)
(カケル・・・カケルを守らなきゃ)
(・・・あれ??)
(なんで僕はそんなことを考えている・・・?)
(カケルのこと、全然知らないのに。なんでさっき会ったばかりの、全然知らない人間を、守りたいだなんて、思えた・・・)
ーイサン。竜化していいのは本当に困っているときか、誰かに助けを求められたときだ。
(ごめん。ウィズ)
(僕、火焔を吐いて人を焼きたいって、今思ってる・・・)
(山賊の攻撃を回避しながら、顔を焼いていくの、楽しかった・・・あんなに楽しかったこと、今まで一度も無かったよ)
(・・・あの快楽。もう一回味わいたいな。いや、何度でも、味わいたいな。人を殺すってこんなにワクワクすることだったんだ)
大斧を持った頭領は、真上から勇参を見下ろしていた。
(どうしてミノウチ竜は作られたの)
(なんでミノウチ竜は口から火焔を吐くの)
(どうしてミノウチ竜の爪はこんなに鋭いの)
(ぶっ壊すためだ・・・この火焔で。この世界を・・・)
頭領は、倒れているイサン竜を見下ろしながら、
ー両足がなくたって、売り物にはなるだろ。
と呟き、大斧を振り下ろした。
気力を持ち直したイサン竜は、足元への大斧の攻撃をかわした。
ーへっ。まだ動けるのか。やるじゃねーか、ガキ。
頭領は余裕を取り戻したせいか、再び口調が荒くなっていた。
頭領はもう一度大斧を振りかぶった。
ーやっぱ死ね!ガキ!
頭部に来た大斧の攻撃を、イサン竜は再びかわすと、イサン竜は立ち上がった。
そして、再度の攻撃も回避すると、体勢を低くして、頭から、頭領の足元に体当たりした。頭領はよろめき、頭をぶつけた。大斧が頭領の手からこぼれた。
頭領は石頭だった。
ーイッテェ!
と頭を擦りながら、起き上がると、イサン竜に殴りかかった。イサン竜は長身の頭領と対峙して、接近戦では自分が劣勢であることを認識した。イサン竜は少し距離を取り、火焔を吐いた。火焔はガス欠だった。火焔はシュッと音を立て、口元に、少し放射されるだけだった。
ーへへへ。
頭領がイサン竜をボコ殴りにした。イサン竜の鱗の硬い場所を殴ると、殴った頭領の手から血が流れていたが、頭領は気にしなかった。
ー死ね!バケモノ!ヒャハハハ!!!死ねっ!!!死ねっ!!!しねえええええええ!!!!!
イサン竜は頭領のパンチを止めた。止めると、再び立ち上がり、爪を立てて、頭領の腹目掛けて、身体ごと、体当たりした。イサン竜は頭領の腹肉を爪で裂いた。
ーグワァッ!!!
爪で裂かれた頭領の腹から大量の血しぶきが噴き出た。
頭領は仰向けに倒れた。イサン竜の爪からは、頭領の血が付着し、床に垂れていた。
頭領の敗北の色が濃くなった。
イサン竜は頭領の方へ、のしのしと、ゆっくり近づいていった。
ー・・・。
ー・・・。
ーチッ。
頭領は静かに舌打ちをした。
戦いの結末を受け入れたようだった。
しかし、頭領は負けなかった。
イサン竜は精魂尽き果てたのか、床に向かって仰向けに、頭から思い切り倒れた。大きな音がした。
イサン竜は崩れ、村澤勇参に戻った。
ーああ?
頭領は思わず声を上げた。
頭領の横で倒れていたのは、ボロボロになった、まだ13歳になったばかりの、幼い少年だった。
竜化が解かれても、勇参は、気絶したままだった。
ーおらららぁぁぁぁぁぁぁ!!!
下っ端の一人が剣を振り上げて勇参に向かって叫んだ。
ー死ね!!!バケモノオオオオオオオオ!!!!!
ー待て。
頭領が命令した。
ーなんで止めるんです、頭領。
ー・・・。
ー・・・。
ー決着はついた。俺の勝ちだ・・・コイツは生きたまま連れて行く。
頭領の腹からは出血が止まらなかった。
ーいや、しかし危険だ!いつまたコイツが、息を吹き返すか分からねえ!!
ーいや、もうしばらくは目を覚まさねーよ。
ー分からねーだろ!アンタに何が分かる!勝負に勝っただと?!コイツが勝手にぶっ倒れなきゃ、アンタ死んでただろうが!!
ー・・・。
ー見ろよ、全員顔焼かれちまった!!!
下っ端は、辺りに転がる仲間の死体を見渡した。
ー・・・。
ーウォォォォォリャアア!!!
下っ端は、勇参の胸目掛けて、剣を突き立てようとした。
そうなる寸前、下っ端の首に矢が一本刺さって、下っ端は倒れた。
離れたところから射手が弓を構えていた。
ーコイツを殺してどうすんだよ。
射手が呟いた。
射手は頭領に近づいた。
ーコイツを取引し、金と船。それを貰い、このクソみてえな国から抜ける。そうだろ?
ーああ。
ー最後まで出来そうか。
ー・・・ああ。
射手は頭領の腹の傷の具合を見た。
ー・・・無理だな。アンタは腹の傷で、もう死ぬ。俺たちは殺人の罪とミノウチ竜誘拐で、捕まれば間違いなく死罪だ。
ーケッ。
ー・・・。
ー・・・。
射手はカケルを見た。
ー・・・。
ー・・・。
射手は矢をカケルに向けた。カケルは緊張した。
ーおい。何してんだ。
カケルを拘束していた、山賊が怯えた声で尋ねた。
ーそいつを動かすな。
ーえ?
射手は、カケルに向けて矢を放った。
矢は、カケルの胸に刺さった。カケルは倒れた。
山賊は、ヒイイイイ、と金切り声をあげた。
それから射手は、頭領を見た。頭領は出血多量で今にも死にそうだった。
ー楽にしてやろうか。
ー・・・いや、いい。今の感覚も・・・悪くねえ。
射手はしゃがみこんで頭領の顔を覗き込んだ。
ー頭領。そういうわけにもいかねえさ。分かるだろ、アンタなら。
ー・・・。
射手は腰から短剣を取り出すと、屈んで、頭領の心臓に短剣を突き立てた。頭領は死んだ。
落雷御殿の広間で生き残っているのは、射手が二人、そしてカケルのそばにいた山賊が一人、そして意識を失った勇参の、四人だけになった。
ーおい、マド・・・仲間も死んで。頭領も死んじまった。これからどうするんだ。
もう一人の射手が、さっきから殺しまくりの射手に尋ねた。
ー・・・。
ー・・・。
ー計画は変わらない。
ー・・・。
ーミノウチ竜を魔術師のところへ連れて行く。
マドと呼ばれた男が、もう一人の射手に言った。




