5話 怒りによる竜化
"大斧"は、胡散臭いものを見るように、勇参を見た。
ーお前、その歳で竜になれるのか。
ー・・・。
ー大したもんだな。
ー・・・。
ー頭領!さっさとやっちまいましょう!
下っ端が興奮した様子で、大斧に向かって叫んだ。
大斧がどうやら、この山賊一味の頭領みたいだった。
ーいや、子供とはいえ、竜化して暴れられたら面倒だ・・・。
近くにいた射手が、頭領に囁いた。
頭領は少し考えて、
ー・・・なあ、ミノウチ竜。
ー・・・。
ーここらで大人しく、俺たちに捕まってみる気はないか。こっちに来てくれたら、このじいさんは解放してやるよ。
と言った。
頭領は落雷御殿を見渡しながら、
ー俺もガキの頃、親父に連れられて、この御殿で遊んだりしたんでな。なるべくなら流血は避けたいもんだ。
ー・・・。
ー・・・。
ー今ならまだ間に合うよ。
ーんん??
ー僕のこと嫌いなんでしょ。なら僕のことなんか忘れてしまいなよ。
ー・・・。
ーまだ死ぬことなんかないよ。
ー・・・。
頭領は勇参をただ単に見ていた。怒りは感じていなかった。
ーお前が俺を殺す気かい。
ー僕が失敗しても、兄さんか、その部下が君らを捕まえるよ。
ー・・・。
ーミノウチ竜を殺害したり、誘拐した者は火刑だ。
ー・・・。
ー・・・。
ーいいからこっちに来い。お前がこっちに来ればジジイは自由にしてやってもいい。
拘束された爺さんが必死の形相で、
ーおい、隊士!イサン様をこいつらに渡すんじゃねーぞ!
と叫んだ。
ー黙ってろよ、老いぼれ。
山賊が爺さんに注意した。
ー早くイサン様連れて逃げろ!
近くにいた山賊が爺さんに腹蹴りをした。
ーイサン様ー!!竜化なされ!竜化なさって全員燃やすんじゃ!!
ー・・・。
ーワシが死ぬ前にどデカい炎を見せておくれませー!!
勇参は爺さんの言葉には反応せず、頭領を見て、
ーみんなの目的は何。僕を欲しがってるのは分かったけど。僕をいたぶって殺したいだけ?
と尋ねた。
ーミノウチ竜には、高い値がつく。
頭領が言った。
ー・・・。
ー大陸の奴らは皆、ミノウチ竜を欲しがってる。ボルシアもシハルもな。
ー両国とも我らと外交関係を結んでいる貿易相手国だ。
カケルが口を挟んだ。
ーだがかつての敵国だろう?
頭領が言った。
竜の国ミノウチは、かつて長岐依刃という竜代に率いられて、大陸を征服しようとしたことがあった。しかし、竜の侵略から大陸を守ろうと、それまで犬猿の仲だった、戦士の国ボルシアと、魔導の国シハルが同盟を結び、ミノウチ竜は返り討ちにあった。 300年前のことだった。
ーミノウチ竜様を奪うことは、我々に宣戦布告をするようなもの・・・そんなリスクを背負ってまで、誰も買いたがらないぞ!
カケルが言った。
ーどの国にもな。顔には表と裏があるんだよ、あんちゃん。公式に手が入らないなら、非公式のルートで手に入れるだけさ。
ー・・・。
ーまあ、俺にとっちゃあ、そんなことはどうでもいい。さあどうする?
そして頭領は、勇参を見た。
ー降参するか。力づくで屈服させられるか。
勇参は山賊たちに捕らわれている爺さんを見た。
ーイサン様。ここからお逃げください。
カケルが言った。
ー・・・。
ー・・・。
ー僕が投降すればおじいさんを自由にするんだね。
ーイサン様・・・彼らと取引をしてはダメです。
ー約束は破らねーさ。そこは男と男同士。潔く行こうじゃねえか。
ーおじいさんだけじゃない。
勇参はカケルを見た。
ー君・・・名前は。
ーえっ。
ー君の名前を教えて。
勇参に尋ねられて、カケルは名乗った。
勇参は頭領の方を見た。それから、
ーカケルのことも絶対に傷つけるな!絶対にだ!
と叫んだ。
その姿には未熟ではありながらも、民を守ろうとするミノウチ竜としての気概が感じられた。
ー・・・ガキに指図されるなんてな、俺は大嫌いなんだ。
ー・・・。
ー普段そんなことされたら・・・そうだな・・・そのガキのケツの穴に火鉢でも刺しこんで、痛がる顔を見ながら、酒を呑む。
ー・・・。
ーその後は斧でそいつの首を切断する。
勇参は、頭領が担いでいる大斧を見た。
ー・・・。
ー・・・。
ーだが、まあ・・・お前はただのガキじゃねえ。ミノウチ竜だからな。
ー・・・。
ー分かった。傷つけねーよ。拘束はさせてもらうが、手は出さねえ。ジジイは解放する。
ー・・・。
ー・・・。
勇参は、木刀を遠くへ投げつけた。それから、
ー投降する、と言った。
ーイサン様!こいつらの言うことなんざ聞くんじゃねえ!
ー早く竜化を・・・イサン様。
勇参は山賊たちの方へ歩いていった。
ーおじいさんを解放して。
頭領が下っ端に目配せをした。爺さんは庭の地面に、投げ捨てられた。勇参は爺さんの方へ、駆け寄った。
ー隊士も武器を捨てろ。
頭領が指図した。山賊たちが、カケルに近づいていった。
ー・・・。
カケルは肩を落として、カエン刀が差してある鞘を、山賊に渡した。
ーイサン様。
ー・・・。
ーバカな真似を。
泣きじゃくった爺さんが、駆け寄った勇参を、見上げたまま言った。
ーおじいさん。怪我はない??
勇参は爺さんを立たせた。
ーどこにも立ち寄らずに家へまっすぐ帰るんだ。それでここで起きたことは全部忘れるんだ。
ー・・・。
勇参とカケルが拘束された。爺さんは自由になった。
ーおい、爺さん。
頭領が爺さんを呼んだ。
ーこれからどこに行くつもりだ?
ー・・・え?
ーミノウチ竜が捕まってんのに、家帰って大人しくしているつもりか?
ー・・・。
ーさっきの大口は口先だけか。
ー・・・。
ー・・・。
爺さんは頭領を振り返って、笑みを浮かべて、
ーいやあ、俺は帰るよ!年寄りは疲れちまった・・・。
爺さんは御殿の入り口のほうへ、歩き出した。
勇参は、歩き去っていく爺さんを見ながら、今までの爺さんとのやりとりを思い返し、安心だけではない、どこかで悲しんでいる自分を不思議に思った。
ー・・・。
爺さんは石段を降りていく歩みを止めた。降りていった先に、武装した山賊が二人、立っているのが分かった。二人は爺さんのほうを見ずに、小声で談笑していた。
ー・・・。
爺さんが歩くのをやめた。
それから、近くの山賊の剣を見た。
ー・・・。
ー・・・。
爺さんは近くの山賊から武器を奪おうとした。唾を吐きながら、柄から刀を引っ張りだそうとした。
ーなにしやがるジジイ!!
爺さんと揉み合っている山賊が怒鳴った。
頭領が射手を見た。射手は頷いた。射手は爺さんに向かって矢を構えた。
ーちょっと。何してんの。
勇参が頭領に向かって言った。
山賊が爺さんを突き飛ばした。爺さんはのけぞって、それから立ちすくんだ。
爺さんは勇参を見た。
ーイサン様。
射手が矢を放った。矢は、爺さんの胸に突き刺さった。続いて何本かの矢が、爺さんの身体に命中した。爺さんは絶命した。
ー約束を破ったな!
ー・・・。
ーこの嘘つきめ!塵埃!!
勇参が頭領に向かって叫んだ。
カケルは転がっている、矢と血に塗れた爺さんの死体を見た。そして、下を向いて、唇を噛んだ。
ー嘘つき?・・・どっちがだ?・・・お前も見ただろ、あのジジイ、お前を見捨てて逃げようとしたぞ。
ーそれで良かったんだよ!
ー・・・。
ーなのに!お前たちが余計なことをしたから、爺さんは戻ってきて死んだんだろ。
勇参は首だけもたげて頭領を睨みつけた。
ー・・・。
ー・・・。
ー余計なこととは心外だな。
頭領が呟いた。
ー余計なのは、テメェのその能力だよ・・・竜化なんていう、デタラメな能力のお陰で、これまで楽しい思いをしてきたんだろ。何もせずに他の奴に慕われて、上手いもん食って、城の暖かい寝床で休んで・・・。
ー・・・。
ーけど今度は、お前はそのデタラメのせいで他人を死なせた。そしてお前も死ぬんだ。
ー・・・。
ーバケモノなんだよ。特別だからじゃない。ミノウチ竜は。神じゃねえ・・・てめえみたいな雑魚が、神なわけがねえ・・・バケモノだからお前は死ぬんだ。俺の人生の、たった半分も生きていくことが出来ずにな。酒の味。女の味。殺しの味・・・なーんも知らずにお前は死んでいくんだ。なぁ。
ー・・・。
頭領は、落雷御殿の縁側に上がった。
勇参は首を垂れて、ぐったりとした。
ー僕はただ自分のせいで誰かが死ぬのがイヤなんだ・・・。
勇参がぽつりと呟いた。
ーハハハハハハハハ!!!!
近くにいた山賊から伝染するように、下っ端たちが笑った。
頭領は下っ端に、
ーお前ら!山を降りるぞ。
ー・・・。
ー迎えにやった隊士が帰ってこなけりゃ、今度はもっと大勢、ここに来る・・・すぐに出発だ!他の奴らにも伝えろ。こちらには人質がいるとはいえ、油断するな。敵は空からも来るぞ。
山賊たちが動き出した。
ーアア・・・。
勇参は、下を向いたまま声を出した。
ーうん?
ーアーア。
ー・・・。
ーアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!
あまりに大きな叫び声に、思わず頭領も、勇参の方を振り向いた。
ーおい。黙れクソガキ!
ーヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!
勇参は絶叫した。
カケルが心配そうな目で勇参を見つめた。
ーこいつ、身体がすんげえ熱いぞ!!!
勇参の身体から湯煙が出た。近くの山賊が怯んだ。
ーそいつから手を離すんじゃねえ!!
頭領が叫んだ。
勇参の身体の皮膚が、火焔のように熱くなりだした。そして勇参の身体を抑えていた山賊の手に、火が燃え移った。
近くにいたカケルも唖然としていた。
その山賊は悲鳴を上げながら、勇参から離れ、縁側から落ちて、庭を転がりまわった。火はどんどん強くなって行った。
ーあああああああああーーーーー。
山賊は悲鳴を上げ続けた。彼の元へ駆け寄り、火を消そうとする山賊はいなかった。勇参を拘束していた他の山賊たちも慌てて勇参の近くから離れた。
ー弓!!!構えろ!!
不遜な態度を取り続けていた頭領も、流石に動揺を隠しきれない声色で、部下に声を上げた。
勇参の竜化反応が本格的に始まった。人間の身体が溶けるかのように、竜の硬い鱗の皮膚が表面に現れて、勇参の身体全体を覆った。
そして、勇参はイサン竜になった。




