4話 落雷御殿
ー朝からイサン様のお姿が見当たらないのだが。
第六火焔隊の隊士達が、いつものように炊事場の片隅で上番前の朝食を取っていると、普段からミノウチ竜の身の回りの世話を行うオババからこんな相談をされた。
相談を受けた隊士達は気怠そうに、
ーやれやれ。またか。
ーオババ。気にすることはないよ。イサン様は早起きなんだからさ。
ーそうそう。そのうちに帰ってこられるって。
オババは不服そうに、
ーそうかい!・・・したらばアンタらに言ったら相手にされんかったってイシア様に申し上げさせてもらうねん。
ー・・・そんな怒らなくたってええでしょ。
ーミノウチ竜様が朝から見当たらねえんだ!!この国の!!大事な神様が!!朝からいらっしゃらねーんだ!!!!
ー・・・。
ーさっさとメシ腹ん中入れて、動いたらどうなんだい!!走り回るのがアンタらの得意分野じゃろーが!!
オババがいなくなると、隊士たちは顔を見合わせた。
ーなんだよ。神様って。
ーイサン様が?
ーんな、大仰な。
ーおい誰か。イシア様に報告しに行けよ。
ーところでイシア様、もう継火から帰っていらっしゃったのか。
ー夜明け前に帰城されたって。
ー・・・。
ー誰か行きたい人いる?
ー・・・。
ー・・・。
それから隊士達は、それとなく、ある一人の青年隊士に視線を送った。視線を感じたのか、その隊士は降参したように、
ーなら俺が行きましょうか。
と申し出た。隊士はナガラ・カケルだった。
ーおおー!!カケル!!
ー頼むわ、カケル。
ー流石カケルやわ。
ー・・・。
ーお前らみたいな怠けモンとは行動力が違うな。やっぱ。
ーそう言うお前もだろ。
ガレキという、周りより物静かで、暗めな青年隊士だけが、カケルに申し訳なさそうだった。
炊事場から出て行ったカケルの後を追いかけたガレキは、
ーカケル。俺も手伝うよ。イシア様に報告するの。
ーいや、報告に二人も隊士要らないだろ。
ーそっか。
ー・・・。
ーけど、こんな風に、いつもいつも、カケルにばかり急用任せるのは違うと思うからさ。俺。
ー・・・。
ーだから、今回イシア様に伝えるのは俺がやるよ。
ーいや、いいよ。
ーえっ。いいの?
ーああ。逆になんでお前は俺がお使いを嫌がっていると思ったわけ。
ー・・・。
ーだって探してる間に、他の雑役やんなくて済むしな。
ー・・・。
ーじゃあ、俺の分まで城の床掃除よろしく〜。
カケルは離れて行った。
それでもガレキは、カケルの後ろ姿を見つめながら、カケルに対して悪いと思った。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
カケルが竜代補佐の所在を城内の者に聞いて回ると、一人から、今は《炎伝の間》にいらっしゃる、と言われた。
カケルは歴代のミノウチ竜の障壁画が描かれた襖のまえに立つと、
ーイシア様。ミノウチ第六火焔隊所属。ナガラ・カケルであります。お目通り願います、といった。
ー・・・。
ー・・・。
ー入ってもらえる。
空気のあいだをすり抜けていくような、思わず聞き逃してしまいそうな、柔らかい声がした。
隊士が部屋に入ると、竜代補佐の村澤勇幸が、広間でひとり、朝食をとっていた。朱色と黒の膳の前に正座して座り、膳の上には、白米と汁物、魚や野菜が入った、お椀や漆器が置かれてあった。
勇幸は隊士のほうを向いた。その顔は、右半分が竜面で、左半分が人面だった。右側の頬は火傷の痕のようなガサついた竜の硬い鱗の皮膚で出来ており、人面のほうの皮膚はニキビ一つない、綺麗な素肌だった。竜面のほうの瞳はエメラルド色をしていたが、人面の瞳は黒色だった。ダークグレーの髪型はアシンメトリーで、人面のほうへ髪を流してあって、反対側は顔と同様、竜の鱗に侵されていた。首元から下はすべて人間としての体の構造になっていた。
勇幸は顔だけ見れば、半竜半人の、竜人間である。
ーイシア様。お食事中、失礼します。
ーどうかしたの。
ーイサン様のお姿が、朝から見当たりません。
ー・・・。
ー・・・。
ーどうせまた、落雷御殿だろうけど、一応確認してきてもらえる?
ー畏まりました。
ーごめんね。
隊士が部屋から出て行くと、勇幸はあくびをした。夜明け前に帰城して、二時間しか眠れていなかった。
ガレキがトカゲ小屋でミノウチトカゲに餌をやっていると、ナガラ・カケルが現れた。
ーどうだった。
ガレキが、戻ってきたカケルに尋ねた。
ー落雷御殿。今から行ってくるよ。
ーえー!? あそこ結構遠いのに。イサン様も振り回してくれるなぁ・・・。
ー・・・そういうわけだからさ。ガレキ。小屋の清掃、全部任せたよ。
ーえっ。
ナガラ・カケルはミノウチトカゲにまたがって、落雷御殿がある方向へ、走り去った。
ガレキは、カケルに感謝の意を伝えようとしていたが、伝える前にカケルは行ってしまった。ガレキの口からため息が漏れた。
カケルもまた、ガレキから何か言われる前に、さっさと行ってしまおうと、急いでいる様子だった。
カケルの左腰には、ミノウチ竜の火焔で鍛えられたカエン刀が鞘に収められて差されてあった。
竜冥山は、標高1500メートルほどの休火山で、落雷御殿は、竜冥山の中腹に建ってある古くて大きな屋敷だった。
ー今朝も精が入りますね。イサン様。
勇参が落雷御殿の庭で木刀を振っていると、毎朝御殿を掃き掃除に来る爺さんが、箒を持って御殿の縁側から勇参に声をかけた。勇参は素振りを止めた。
ーおはよう、おじいさん。毎朝掃除しに来てくれてありがとね。
ーいいえ。ここはミノウチ竜様にとって大事な御殿ですから。
ーうん。父上や兄上にも、おじいさんの日頃からの功労は僕からしっかりとお伝えしておきます。
ーへへへ。そんな、功労だなんて・・・照れちゃうな。
勇参は落雷御殿についてから、走り込みと筋力強化をしたあと、木々が立ち並ぶ林の中で、細かい足捌きを繰り返した。
大木の幹から幹へ、地面に足をつかずに空中で移動し続ける鍛錬もやった。地味でツラい鍛錬だったが、この鍛錬は、先ほどの熊からの攻撃回避のときに大変役に立った、と勇参は思った。
そうして、両足を棒にしたあと、落雷御殿に戻ってきて、御殿の床下に起きっぱなしにしてあった使い古しの木刀を持ち出して、素振りを繰り返していた。
落雷御殿に到着したカケルの目の前には、約二百段の石段が続いていた。
カケルはミノウチトカゲから降りた。ミノウチトカゲに乗ったまま、石段を上がることは禁止されていた。
石段を駆け上がったカケルが勇参を見つけたとき、勇参は相変わらず、木刀を振り続けている最中だった。
ーイサン様。
勇参は、素振りをしたまま、首だけ声の方を向き、気まずそうにカケルを見た。
ーあれ・・・思ったより早いね。
ー朝からイサン様がいないと、皆が探しておいでです。
ーごめんね。
ー・・・。
ーけどさ、そんなにダメなこと・・・朝早くからここに来て鍛錬することは。
ー城内ではダメなのですか。
ーここに来たほうが、人がいなくて、集中出来るんだ。
ーお気持ちは分かります。しかし、イサン様は竜代の息子、ミノウチ竜なのです。城の外へ出るときは、必ずどこへ行くのか、お伝えいただきませんと。
ー・・・分かったよ。
勇参は、落雷御殿の床下に潜って、使い古された木刀を拾うと、カケルのほうへ、柄頭を向けた。
ーそれよりさ、せっかくここまで来たんなら、ちょっと付き合ってよ。
ーしかし、イサン様。私もまだ職務が残っていますので。
ー実践で締めなきゃ稽古が終わらないんだ。
ー・・・。
ー僕を城へ連れ帰りたいんだろ?
勇参はいたずらっ子の表情を浮かべて、木刀の刀身を掴み、柄頭をカケルに向けたままだった。
ー・・・いいでしょう。手加減しませんよ。
ー望むところさ。
カケルは勇参から木刀を受け取った。
木刀を持った勇参とカケルは、距離を取った。そして木刀を構えてお互いに真正面から相対した。
ミノウチトカゲは草むらを覗いていた。そして、小さな生物を見つけると、機を見計り、口から長い舌を出して、ペロリと口に運んだ。一瞬の出来事だった。
たくさんの人間の足音が聞こえた。ミノウチトカゲが顔を上げると、ぞろぞろと石段を上っていく、斧や剣、弓を持った男たちがいた。ミノウチトカゲは、不思議そうに彼らを見た。
爺さんは、石段の上段を箒で掃いていた。これから埃や落ち葉を、どんどん下段の方へ追いやり、石段を清掃するつもりらしかった。
ー・・・うん?
爺さんも石段を上ってくる、男たちの集団を見つけた。
ー・・・!!
爺さんは御殿の庭に向けて、声を上げようとした。
すると背後から首元に、刃物を突きつけられた。
庭では、カケルと勇参が、稽古を続けていた。
カケルは二度三度、相手の攻撃を防いだ後、攻撃を返した。その攻撃を勇参は何とか凌いだが、下半身の重心はすでに崩されていた。
ー隙あり!!
勇参の右肩に、カケルの突きが当たった。
ー・・・。
ー・・・。
勇参は呼吸の乱れを整えて、再びカケルのほうへ向かって来た。カケルの振りを一度かわすと、そのまま体勢を低くして、カケルの間合いに入ろうとした。小柄であることを活かした攻撃にカケルは驚かされた。勇参の攻撃を防ぐため、カケルは技術的に高度な捌き技を出さなければならなかった。カケルは勇参から急いで離れ、距離を作り直した。
ー何か今の攻撃。面白かった!!!
勇参は叫ぶと、再び威勢よく、カケルに仕掛けていった。しかし、今度はまるで柔道のように、その威勢を上手く受け流され、勇参は背中を打たれた。
ーイタッ!!
勇参は尻餅をついた。
ーイサン様。
ー・・・。
ー気持ちをコントロールしなければ相手に見透かされます。
石段のほうから何やら音がした。カケルは石段の方を見た。
すると、御殿の入り口から、矢をつがえる弓が、こちらの方向を向いていた。
ー!!!
カケルは木刀を投げ捨て、すぐさま勇参に飛びかかり、勇参を抱えて地面に飛んだ。
石段の方向から矢が、二人に向けて射られた。二人は頭を打ったが、矢は命中しなかった。
ー畜生。よけやがったか。
石段から声がした。それから続々と、上半身裸の射手や剣を持った男たちが御殿の庭へ、入場してきた。
中でも目立ったのは、体躯の良い、大斧を担いだ巨漢の男だった。男たちは、総勢十数名、といったところだった。
武装した一味の一人は、爺さんの首元にナイフの刃を光らせ、両手首を後ろで組ませて、連れていた。
ーまさか本当にミノウチ竜が、ロクな護衛もつけずにこんなところをうろうろしているとはなあ。たまげたもんだぜ。
カケルは、
ー山賊・・・。
と呟き、カエン刀の柄に触れた。
ーなあ、にいちゃん。
大斧を担いだ男はカケルに語りかけた。
ー大人しくミノウチ竜を渡せば見逃してやる。
ー・・・。
ー抵抗するなら殺す。




