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ミノウチ竜綺譚  作者: 葉色
第1章 竜代家三男の誘拐
3/19

3話 飛べない竜は・・・


 ーへえ〜。これがイサン君のミノウチ竜なんだ〜。


 珍しく興奮した様子のリフカは、全体を見渡すようにイサン竜を観察した。


 ー噂には聞いていたけど、初めて見たよ。


 イサン竜は体格こそ小さかったが、体の表面を覆う鱗は硬く、がっしりとしていた。緋色で、足の指は五本生えており、親指だけが他の四本の足指より半分以下の長さだった。


 (そういえばこの子、翼が無いんだった)


 歩行はまだ不慣れなのか、バランスをとるために身体全体がやや前傾姿勢だった。


 イサン竜は歩いた。ぎこちない足取りだった。

 そして、釜戸の前に立った。体勢を少し屈めると、釜戸の下へ、口から火焔を吐いた。


 リフカは、あまりの火力の激しさに、思わず顔を両手で覆った。


 (まずい。火事になる)


 しかし火事にはならなかった。炎は飛び火せず、釜戸のなかへ上手く着火した。


 リフカは炎を見ていた。化学反応が強すぎるのか、釜戸からは強烈な炭火の匂いがしていた。


 イサン竜が崩れた。上半身から徐々に、村澤勇参の姿に戻っていった。勇参は平然と立っていた。


 ーイサンくん、竜化しても、頭とか痛くならない?

 ー・・・うん。最初は痛かったけど。もう慣れたよ。

 ー凄いじゃない。ウィズは人間に戻ったら、いつも頭を抱えながら倒れ込んでいたのに。

 ー僕は兄さんたちより身体への負担が少ないから。早熟なんだ。

 ーそっか。

 ー・・・リフカちゃん。

 ーうん?

 ー僕、翼がないんだ。これは生まれつきで決まるらしいんだ。

 ーへえ、そうなんだ。でも翼なんか無くたって・・・。

 そこまでいって、リフカは言うのを止めた。


 ーイサン君・・・。

 ー・・・。

 ー泣いてるの?

 リフカは勇参の肩に手を置いた。

 

 竜化直後は、だいたい体温が二度から三度上昇した。しばらく仰向けになって倒れる者がいたり、感傷的になって喚きだす者もいた。


 体温は竜化が解けて数分経過すると、徐々に元通りになった。


 イサン竜の火焔で、上手く焦げついた味噌焼きおにぎりが出来ていた。リフカは、おにぎりを朝食用と昼食用に分けるため、沢山握っていた。

 

 ーリフカちゃん。翼のない竜なのに、竜って名乗っていいと思う?


 落ち着きを取り戻した勇参が呟くように言った。


 現存するミノウチ竜のなかで、翼がない非翼竜はイサン竜だけだった。


 ー・・・いいんじゃない。翼のない竜がいたって。

 作業を続けながら、リフカが言った。


 ー翼がなかったら、兄さんたちがやってる継火(つぎひ)も手伝えない。

 ー・・・。

 ー製鉄所だってそう。

 ー・・・。

 ー僕、このままじゃ・・・人間でも竜でもない、ただのタダ飯食らいになる。




 勇参はリフカに話しながら、去年の公開軍事演習を思い出していた。


 勇参は、演習場の遠くから、駆けつけた民衆に混じって演習を見ていた。

 演習場の周りに集まった民衆は、大人も子供も頭をもたげて、空を翔んでいるミノウチ竜の動向を見守っていた。それから、父親に肩車をされた子供が父親に、


 ーねえ、お父さん。ウィズロー竜はどれ?

 ーあれだよ、あの水色の、1番大きくて、強そうな竜だよ。

 父親は空を指差して、ウィズロー竜の飛んでいる場所を子供に教えてあげた。


 国民から最も人気で、支持されているミノウチ竜はウィズロー竜だった。碧色(へきしょく)の翼竜で、竜化している宿主は村澤雨泉浪だった。


 近くで歓声が上がり、民衆から上空のウィズロー竜へ、憧憬の眼差しが向けられた。勇参は民衆から逃げ出した。


 ーイサン様!

 空を見上げている民衆に紛れて離れていく勇参に向かって、隊士が叫んだ。


 その後、隊士たちは必死に探しても、勇参を見つけ出すことは出来なかった。




 座りながら勇参の話を聞いていたリフカは、立ち上がると、棚の上から二番目の引き出しを開けた。そこから一体の木彫りを取り出し、勇参に見せた。


 ーこれをイサン君にあげる。

 リフカは木彫りを勇参に渡した。その木彫りは爬虫類の生物の形をしていた。鋭い目つきで、二本の足があって、翼がなかった。

 ーこれって。

 ー昔の木彫り師が彫った竜。

 ー・・・。

 ー私がいた村ではね、木彫り師は皆、生きている間に何かを成した人か、神様がいたことを忘れないために木彫りを彫るんだ。

 ー・・・。

 ー少なくとも昔の竜は、翼なんかなくったって、尊敬されてたみたいだね。

 ー・・・。


 それから二人は朝ご飯を食べた。囲炉裏の近くで、二人とも足を崩した。足を崩すと、勇参は女の子っぽく見えた。リフカがそのことを指摘すると、勇参は自分のペタリとした足を見て可笑しくなって笑い出した。二人とも箸の持ち方が変だった。


 外出支度を整えた二人は外へ出た。


 ーリフカちゃん。

 ー・・・。

 ー出来れば、今朝ここで、僕が泣いていたことは秘密に。つまりその・・・。

 ー二人だけの秘密ね。

 ー・・・。

 ーいいよ。誰にも言わない。

 ー兄さんたちには・・・。

 ー絶対に言わない。

 ーありがとう。


 リフカはミノウチ城と城下町がある方向へ、勇参は落雷御殿のほうへ、歩いて行った。


 勇参が通り過ぎていく林の草木のあいだから、勇参を観察している男が二人いた。二人とも、似たような背格好で、一人は額に切り傷があって、もう一人は髪の上をちょんまげで結んでいた。二人とも顔が汚れていた。


 ーアイツか。

 ーああ、間違いねえ・・・村澤家の一番下のガキだ。

 ー戻るぞ。


 男二人は回れ右をして、草木の奥へと進んだ。

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