3話 飛べない竜は・・・
ーへえ〜。これがイサン君のミノウチ竜なんだ〜。
珍しく興奮した様子のリフカは、全体を見渡すようにイサン竜を観察した。
ー噂には聞いていたけど、初めて見たよ。
イサン竜は体格こそ小さかったが、体の表面を覆う鱗は硬く、がっしりとしていた。緋色で、足の指は五本生えており、親指だけが他の四本の足指より半分以下の長さだった。
(そういえばこの子、翼が無いんだった)
歩行はまだ不慣れなのか、バランスをとるために身体全体がやや前傾姿勢だった。
イサン竜は歩いた。ぎこちない足取りだった。
そして、釜戸の前に立った。体勢を少し屈めると、釜戸の下へ、口から火焔を吐いた。
リフカは、あまりの火力の激しさに、思わず顔を両手で覆った。
(まずい。火事になる)
しかし火事にはならなかった。炎は飛び火せず、釜戸のなかへ上手く着火した。
リフカは炎を見ていた。化学反応が強すぎるのか、釜戸からは強烈な炭火の匂いがしていた。
イサン竜が崩れた。上半身から徐々に、村澤勇参の姿に戻っていった。勇参は平然と立っていた。
ーイサンくん、竜化しても、頭とか痛くならない?
ー・・・うん。最初は痛かったけど。もう慣れたよ。
ー凄いじゃない。ウィズは人間に戻ったら、いつも頭を抱えながら倒れ込んでいたのに。
ー僕は兄さんたちより身体への負担が少ないから。早熟なんだ。
ーそっか。
ー・・・リフカちゃん。
ーうん?
ー僕、翼がないんだ。これは生まれつきで決まるらしいんだ。
ーへえ、そうなんだ。でも翼なんか無くたって・・・。
そこまでいって、リフカは言うのを止めた。
ーイサン君・・・。
ー・・・。
ー泣いてるの?
リフカは勇参の肩に手を置いた。
竜化直後は、だいたい体温が二度から三度上昇した。しばらく仰向けになって倒れる者がいたり、感傷的になって喚きだす者もいた。
体温は竜化が解けて数分経過すると、徐々に元通りになった。
イサン竜の火焔で、上手く焦げついた味噌焼きおにぎりが出来ていた。リフカは、おにぎりを朝食用と昼食用に分けるため、沢山握っていた。
ーリフカちゃん。翼のない竜なのに、竜って名乗っていいと思う?
落ち着きを取り戻した勇参が呟くように言った。
現存するミノウチ竜のなかで、翼がない非翼竜はイサン竜だけだった。
ー・・・いいんじゃない。翼のない竜がいたって。
作業を続けながら、リフカが言った。
ー翼がなかったら、兄さんたちがやってる継火も手伝えない。
ー・・・。
ー製鉄所だってそう。
ー・・・。
ー僕、このままじゃ・・・人間でも竜でもない、ただのタダ飯食らいになる。
勇参はリフカに話しながら、去年の公開軍事演習を思い出していた。
勇参は、演習場の遠くから、駆けつけた民衆に混じって演習を見ていた。
演習場の周りに集まった民衆は、大人も子供も頭をもたげて、空を翔んでいるミノウチ竜の動向を見守っていた。それから、父親に肩車をされた子供が父親に、
ーねえ、お父さん。ウィズロー竜はどれ?
ーあれだよ、あの水色の、1番大きくて、強そうな竜だよ。
父親は空を指差して、ウィズロー竜の飛んでいる場所を子供に教えてあげた。
国民から最も人気で、支持されているミノウチ竜はウィズロー竜だった。碧色の翼竜で、竜化している宿主は村澤雨泉浪だった。
近くで歓声が上がり、民衆から上空のウィズロー竜へ、憧憬の眼差しが向けられた。勇参は民衆から逃げ出した。
ーイサン様!
空を見上げている民衆に紛れて離れていく勇参に向かって、隊士が叫んだ。
その後、隊士たちは必死に探しても、勇参を見つけ出すことは出来なかった。
座りながら勇参の話を聞いていたリフカは、立ち上がると、棚の上から二番目の引き出しを開けた。そこから一体の木彫りを取り出し、勇参に見せた。
ーこれをイサン君にあげる。
リフカは木彫りを勇参に渡した。その木彫りは爬虫類の生物の形をしていた。鋭い目つきで、二本の足があって、翼がなかった。
ーこれって。
ー昔の木彫り師が彫った竜。
ー・・・。
ー私がいた村ではね、木彫り師は皆、生きている間に何かを成した人か、神様がいたことを忘れないために木彫りを彫るんだ。
ー・・・。
ー少なくとも昔の竜は、翼なんかなくったって、尊敬されてたみたいだね。
ー・・・。
それから二人は朝ご飯を食べた。囲炉裏の近くで、二人とも足を崩した。足を崩すと、勇参は女の子っぽく見えた。リフカがそのことを指摘すると、勇参は自分のペタリとした足を見て可笑しくなって笑い出した。二人とも箸の持ち方が変だった。
外出支度を整えた二人は外へ出た。
ーリフカちゃん。
ー・・・。
ー出来れば、今朝ここで、僕が泣いていたことは秘密に。つまりその・・・。
ー二人だけの秘密ね。
ー・・・。
ーいいよ。誰にも言わない。
ー兄さんたちには・・・。
ー絶対に言わない。
ーありがとう。
リフカはミノウチ城と城下町がある方向へ、勇参は落雷御殿のほうへ、歩いて行った。
勇参が通り過ぎていく林の草木のあいだから、勇参を観察している男が二人いた。二人とも、似たような背格好で、一人は額に切り傷があって、もう一人は髪の上をちょんまげで結んでいた。二人とも顔が汚れていた。
ーアイツか。
ーああ、間違いねえ・・・村澤家の一番下のガキだ。
ー戻るぞ。
男二人は回れ右をして、草木の奥へと進んだ。




