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ミノウチ竜綺譚  作者: 葉色
第3章 竜冥山の向こう側
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16話 竜化能力の喪失


 カザは洞窟から出て、すぐ近くの草叢(くさむら)に行き、用を足した。

 顔を上げると、カザの視線の先に、マドに案内されて魔術士がひとり、こちらへ近づいて来ていた。


 その魔術士は村澤浪夜(ロウヤ)だった。


 ーカザ。

 マドがカザに話しかけた。


 ー魔術士を連れて来た。

 ーあれか。

 ーミノウチ竜のところへ案内するからお前も来い。


 マドは、洞窟の中を歩きながら、カザに、ミノウチ竜の様子に変わりはないか、尋ねた。


 ー死んじゃいねえよ。

 ー殴ったりしてないだろうな。

 ーなんだ。心配してるのか。

 ー取引物に傷をつけられてないか、心配なだけだ。


 カザは、浪夜を見て、

 ーアンタ、ミノウチ人だな。

 と言った。


 ーなんでミノウチ人が魔術士なんかやってる。

 ー・・・。

 ー・・・。


 浪夜は歩きながら、

 ー私の人生の最初の四半世紀は、まさにこの洞窟の暗闇みたいだった。

 ー・・・。

 ー周りと比べられ、見下され、蔑まれ、疎んじられてきた・・・魔術と出会うまで・・・マスターに出会うまでは。

 

 浪夜は頭のなかに、ある一人の人物を思い浮かべた。浪夜はある人物のまえで膝を突き、(こうべ)を垂れていた。その人物が、浪夜・・・、と呼ぶ声が聞こえた。


 ーロウヤ。

 ー・・・。

 ーこの国に牧草と羊を与えた主は、竜になることの出来る魔術士であったと言われている。

 ー・・・。

 ー私も竜化出来る能力が欲しい・・・。

 ー・・・。

 ーミノウチ竜を連れて参れ。

 ー承知いたしました・・・皇帝。

 ー・・・。

 ー貴方様に相応しい、最強のミノウチ竜を献呈いたします。




 勇参は自分の脱出を阻む、真新しい鉄格子を見ながら、


 ーこの鉄格子を作ったのは誰だろう。

 と思った。


 鉄格子は、粘土質の泥濘(ぬかる)んだ地面に刺さり、溶岩のようなゴツゴツした天井を貫通して、揺らしても微動だにしなかった。


 こうした鉄格子が縦に十二本、等間隔で刺さり、側面の岩から岩へ、横向きの鉄格子が八本、刺さって、簡素な牢屋の形を成していた。


 (さっき触ってみたら、少し(いびつ)な感じがした・・・気が滅入って、身体から気力が抜かれていくような・・・気のせいだろうか)


 勇参は鉄格子を掴んで、硬く握りしめてみた。


 ー・・・。

 勇参は鉄格子を引っ張ったり、上下に動かそうと試してみたが、頑丈な鉄格子はビクともしなかった。

 勇参は鉄格子から手を離した。


 (気のせいかな・・・!!)


 勇参のズボンのポケットに、今朝リフカから貰った、二足歩行型の竜の木彫りがあることを勇参は忘れていた。


 勇参は木彫りを取り出すと、今朝リフカから掛けられた言葉を思い出した。


 ー私がいた村ではね、木彫り師は皆、生きている間に何かを成した人か、神様がいたことを忘れないために木彫りを彫るんだ。

 ー・・・。

 ー少なくとも昔の竜は、翼なんかなくったって、尊敬されてたみたいだね。

 ー・・・。


 (リフカちゃん、元気にしてるかな)


 洞窟の向こうから複数の人間の足音がした。

 勇参は足音に耳を澄ました。こちらへ近づいて来ていた。


 実物より先に、松明に照らされた影が見えた。

 男たちが頭を低くしながら、勇参のいる牢屋の前に揃った。


 ー久しぶりだな。

 ー・・・。

 ーイサン。

 ー・・・。

 ー・・・。

 ーロウヤ叔父さん。

 

 浪夜は、山賊を振り返って、

 ーすまないが、甥っ子と二人にしてくれ。


 それから浪夜は、マドに、松明をくれ、と言った。マドは浪夜に松明を渡した。出払うマドの後ろをカザが追いかけた。

 

 ー・・・。

 ー・・・。

 ー叔父さんだったんだね。

 ー・・・。

 ー僕をここへ連れて来たのは。

 ー会うのは二回目だな。

 ー・・・。

 

 二年前、魔導帝国シハルの使節団がミノウチ竜王国に招かれて、シュトラ製鉄所の改修工事を始める前夜、村澤七威(シチイ)は、使節団をミノウチ城に呼んで、夕食会を(ひら)いた。


 勇参と浪夜が会ったのは、その日の夜以来だった。


 ーこの鉄格子、叔父さんが作ったの。

 ーいいや、山賊たちだろう。

 ーけど、そんなはずないよ。

 

 浪夜は、なぜそう思うのか、理由を尋ねた。勇参は、

 ーだって、この鉄格子。

 ー・・・。

 ーどうやら人の気力を掠め取る、魔力があるみたいだから・・・。

 と言った。


 (叔父さん以外にも、別の魔術士が山賊に手を貸している・・・)


 (それに恐らくその魔術士は・・・普段からこの国にいて、魔術士であることを隠して暮らしている)


 (叔父さんと同じ。ミノウチの人間だ!)


 ーなぜそんなことを思う。

 ー・・・。

 ー格子は格子だ。

 ーさっきここから脱出しようと、竜化しようと思ったんだけど、できなかった。

 ー・・・。

 ー何ていうか、イメージが湧かなかったんだ。自分が竜化している姿が。

 ー・・・。

 ー何でなのかなって思ってたんだよ。山賊も僕が竜化出来ないことを知っているみたいだったから・・・それで、魔力が僕の竜化を妨げているのかなって・・・。

 ーイサン、お前が竜化出来なかった答えは簡単だ。

 ー・・・。

 ー水中や洞窟の奥など、酸素が薄い、または無い場所では、竜化反応は起きないのだ。

 ー・・・。

 ー竜化反応とは、言ってしまえば、竜化能力者を熱源とする、一種の燃焼現象のようなもの・・・。

 ー・・・。

 ー発火点は、竜化能力者の意志・・・勇気、決意、絶望、怒りといった感情に依るものだ。


 勇参は落雷御殿での竜化を思い出した。あれは紛れもなく怒り・・・怒りによる竜化だった。


 ーイシア兄さんやアルヒデさんが竜化するときに、一々そんな意志を抱いているとは思えないけど。

 ー成竜たちは皆、感情を隠して生きている・・・周りには見えない、激しい感情を。

 ー・・・。

 ー激しい喜怒哀楽を持てる者たちは、それだけで得難い才能を有しているのだ・・・。

 ー・・・。

 ー私はそれが羨ましいよ。

 ー・・・。

 ー・・・。

 ー僕は叔父さんからだって、激しい感情があると感じるけど。

 ー・・・。

 ーやっぱり関係ない気がするな。竜化能力とそれとは。

 ー・・・。

 ー叔父さん、なんでここに来たの。

 ーイサン。

 ー・・・。

 ーお前から竜化能力を奪うためだ。

 ー・・・。

 ー・・・。

 ーそんなこと出来るの。

 ー分からない。初めての試みだからね。

 ー・・・。

 ー実験させてくれ。お前の身体で。

 ー竜化能力を奪われたら僕、死ぬの。

 ーいや・・・勿論、激しい痛みに襲われるが。死ぬことはない。

 

 (まあ、仮に死ぬとしてもそんなことわざわざ言ってくれないよね)


 (竜化能力を抜く・・・もうミノウチ竜じゃなくなる)


 (それもいいかも)


 勇参は昼間、山賊の顔に向かって火焔を吐きながら覚えた、あの快楽を思い出した。殺人が癖になりそうな、あの猛烈な殺害衝動。自分が自分で無くなるような、人ではなく、理性を失った竜になるような、あの感覚。


 (これ以上、竜化して自分を見失いたくない)


 ー叔父さん。

 勇参は浪夜のほうをまっすぐに見つめて、


 ーいいよ。やって。

 と言った。


 

 浪夜は、外の平原に出た。そして、魔術を詠唱して、地面に魔法陣を描いた。



 魔術士のフラン・ヴェイユとメイナートは、勇参の身体の、両足と頭をそれぞれ持って、浪夜のいるところへ運んでいった。


 運んでいる最中、時折メイナートの股間のイチモツが、勇参の頭頂に当たった。


 マドとマギは、その近くで勇参がイサン竜にならないか、警戒しているのか、弓を左手に持っていた。


 ーねえ。

 勇参が頭を持っているメイナートに話しかけた。


 ーなんだ。

 ー草叢で用を足したいんだけど。

 ーダメだ。するならここでしな。

 ーだって、大きいほうだもん。

 ー・・・。

 ー恥ずかしいよ。

 ーなら、儀式が終わるまで我慢するか、漏らすか、好きな方を選ぶんだな。

 ー・・・。

 ー逃げようったってそうはいかないぜ、ミノウチ竜。


 ーけど、君みたいな可愛い坊やを痛めつけるなんてね。

 フラン・ヴェイユが勇参を見つめながら言った。


 ー・・・。

 ー少し心が痛むかな。もっと歳のいった大人か、生意気な顔の子供だと思っていたから。

 ーお姉さんごめん。

 ーうん?なに?

 ーズボンがずり落ちそうだから・・・。

 ー・・・。

 ーもっとちゃんと持って。

 

 

 浪夜の描いた魔法陣の上に、勇参は寝かされた。


 浪夜は勇参の衣服を脱がせ、上半身を裸にした。そして、自分も上半身を裸にした。浪夜の身体は筋肉で程良く引き締まっていた。


 浪夜は自分の右手を勇参の胸に上に置いた。


 (もう本当にミノウチ竜じゃなくなるんだ)


 そう改めて思うと、勇参は悔しくなった。

 

 (けど、これでいいんだ)


 浪夜は長いこと魔術を詠唱していた。勇参の胸の上に青白い光が生まれ、その光は少しずつではあるが、丸みを帯びて、球状の形を形成しつつあった。


 (いいのだろうか。本当にいいのだろうか)


(僕は運が良かった・・・竜化出来て運が良かった・・・確かに今、竜化してしまうことの重圧から解放されたいと思っているけれど、本当にそれで良いのだろうか)


 ー叔父さん。

 ー・・・。

 ー・・・。

 ー・・・。

 ー・・・。


 球状の青白い光は機を熟した。


 浪夜は光を勇参の心臓に()じ込んだ。


 ーぐあああああああああ!!!!!!


 勇参は叫んだ。


 青白い光は、勇参の身体全体を渡った。

 勇参の身体に、青白い閃光が流れていった。


 ーああああああああ!!!!!


 静かな森に、勇参の叫び声が響き渡った。


 やがて閃光が、勇参の身体から消え失せたかと思うと、勇参の心臓の上に置かれてある、浪夜の身体のなかへ吸い込まれていった。


 浪夜は歯を食いしばり、痛みに耐えた。


 ー・・・。

 ー・・・。

 ー終わった。


 浪夜は衣服を着直すと、立ち上がった。


 イサン竜と同じ、二足歩行型のロウヤ竜は、彼の魔力に呼応した。


 逆らえない熱気を地肌に帯びたまま、地面に屹立(きつりつ)していた。


 勇参は痛みで失神する寸前、目眩に襲われながら、薄ぼんやりと輪郭だけ視認出来るロウヤ竜を見ながら、


 ー僕は・・・竜化能力を自ら放棄した。

 と思った。

 

 (ミノウチ竜としての自分の務めを放り投げたんだ・・・)


 勇参は意識を失った。




 勇参が監禁されていた洞窟には、勇参がリフカから貰った二足歩行型の竜の木彫りが放置されてあった。


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