15話 暗い森での対話
勇参を連れた山賊の残党は、竜冥山を下ると《不可侵の森》に潜伏し、交渉相手の到着を待っていた。
射手のマドとマギは大岩に乗っかって、筒に残った水を飲んで、干し肉を食べた。
それだけでは空腹は到底満たされなかったので、マドがお得意の「リス狩り」を敢行して、数時間後、射手の二人は獲ったリスの皮を剥ぎ、内臓を取り出して、食べられるところは全部食べた。
もう一人の山賊であるカザは、二人と特別親しくなかった。会話したこともほとんど無かった。
日々、行動を共にしていた仲間は、落雷御殿でイサン竜の火焔で顔を焼かれて命を落としていた。
カザはもう、一人だった。
カザは、勇参を監禁している洞窟のなかで、気を失って動かない勇参が目を覚まさないか、期待しながら寂しい食事を終わらせた。リスも分けては貰えなかった。
頭領が死んだ今、山賊の残党の意思決定を下すのはマドだった。
しかし、ただでさえ残党のような小規模の一味がイサン竜に殺されて、今は三人しか残っておらず、これを山賊と呼ぶことが相応しいのかどうかすら、今は定かではなかった。彼らはなるべくそのことについて、考えずに過ごした。
マギはマドを見て、お前、魔術士に会ったことはあるのか、尋ねた。マドは、無い、と言った。
ーあいつらどうやってここまでやって来るのさ。
ーそりゃ、決まってる。
ー・・・。
ー魔術だよ。
ー魔術ってなんだよ。
ー凄えことが簡単に出来る代物だよ。
ー・・・。
ーミノウチ竜みてえなもんさ。
ー・・・。
ーいいなあ、才能のある奴らは・・・生まれつき特別な力を持っている奴らは。
ーお前だって、ガキの頃から弓はとびきりだったぞ。
ー弓には矢が必要だ・・・それに一発で仕留められたとしても殺せるのはせいぜい一人だけ・・・。
ー・・・。
ー俺は最近、弓ってものに限界を感じ始めた。
それからマギは、マドに、俺たちはちゃんと国外へ脱出出来るのか、尋ねた。
ー・・・さあな。俺たちは頭領と違って、魔術士と別に仲が良い訳でも無いし。
ー・・・。
ー頭領は死んだし。
ーお前が頭領を殺したんだ。マド。
ー俺はアイツを楽にしてやっただけだ。
ーお前は昔からそうだ。殺すか生かすかの二択があれば絶対に殺すほうを選択する。
ー・・・。
ー頭領は、手を尽くせば助かったかもしれない。なのにお前がー
ーマギ、黙れ。
うんざりしたマドはマギを睨みつけた。それから、
ーはらわたを裂かれていたんだ。
ー・・・。
ー臓器をえぐり出されて生きていられる奴なんかこの世にいねえ。
ー・・・。
ーああするしか無かったんだ。
と言った。
火焔隊の警備隊長のハリマ・ヨシハルを先頭に、魔術士たちは森の中を歩いていた。
ーよくミノウチ竜を生きたまま捕獲できたな。
メイナートがヨシハルに話しかけた。
ーどうやったんだ。
ー・・・知らない。私はその場にいなかった。
ヨシハルは、火焔隊にいた頃の自分を、まだ引きずっているようだった。
ー私の古い友人がやっている山賊に頼んだんだ。
村澤浪夜が口添えをした。
ーミノウチ竜の誘拐をか・・・。
ーああ。
ー捕まれば間違いなく死刑だろ。
ーああ。
ーよく引き受けてもらえたな。
ー腐れ縁って奴だ。
ー腐れ縁でそこまでやるのか。
浪夜は後ろを振り返って、一番後ろを歩く、大男の魔術士を見ながら、
ーあいつはスレーターぐらい大きかった。
と言った。
大男の魔術士はスレーターという名だった。
それから浪夜は、過去に思いを馳せるように、しばらくのあいだ、何も話さなかった。
フラン・ヴェイユが立ち止まった。そして、自分たちの頭上に樹つ、背の高い広葉樹を見上げた。
ーどうした。フラン・ヴェイユ。
ーこの森・・・入ったときからずっと不気味だ。
ー貴重な情報に感謝する、フラン・ヴェイユ・・・真夜中に歩く森の中がこんなに不気味だなんて、初めて気づいた。
メイナートが茶化した。
ーうるさい。
ー・・・。
ーずっと誰かに見られている気がする。
ーこの森に人間は入ってこない。
ー・・・。
ーこの森の名は《不可侵の森》・・・この国の人間は皆恐れて、近寄りたがらない森だ。
浪夜がフラン・ヴェイユに教えた。
勇参が目を覚ますと、そこは暗い洞窟の中だった。勇参は洞窟の一番奥に寝かせられていた。
(寒い)
地面は冷えていて、日はすでに沈んでいたから、まるでうずくまった貝殻の奥に、押し込まれているように感じた。
(僕は死んだのだろうか)
(人を無差別に殺めた罰でこんなところに閉じ込められているなら・・・)
(ここは地獄か)
勇参と洞窟の入り口の間には、真新しい鉄格子が隔てていた。
ーお目覚めかい。
鉄格子の向こうに、カザが座ってこちらを見ていた。
カザは、爬虫類の形をした干物をしゃぶっていた。
ーここはどこ。
ーさあな。どこだろうな。
ー・・・。
ー・・・。
ーカケルは無事なの。
ーへっ、知りたいか。
ー・・・。
ー奴は死んだよ。矢で心臓を射抜かれてな。
ー・・・。
勇参の目頭は、冷たい洞窟のなかでも熱くなった。
勇参は我慢しきれずに、嗚咽を漏らした。
ー泣くことはねえさ。お前だって、俺の仲間を散々殺したんだからな。
ー・・・。
ー・・・ったく、顔に火をぶっかけるなんざ、残酷な殺し方しやがって。
ー・・・。
ー死んだ仲間の顔を思い出せば、今すぐにでもてめえをぶっ殺してやりてえ!!
憎しみを露わにしたカザは、短刀を勇参に向けた。
ーお前はこれからずっと苦しみ生きていくことになる。
ー・・・。
ーもう後には戻れねえよ。
ー・・・。
ー人殺しってのはそういうもんなんだよ。
ー分かってるよ。そんなこと。言われなくたって。
洞窟の入り口から、マギが歩いてきた。
ーミノウチ竜は生きてるか。
ーああ、今ちょうど、楽しくお喋りしていたところだ。
ーよし。そのまま見張ってろ。
カザは、立ち去ろうとするマギに向かって、魔術士の奴ら、来たのか、尋ねた。マギは、ああ、と言った。
ー今、マドが会いに行ってる。
勇参は、二人の会話を盗み聞きながら、
ー魔術士・・・魔術士の話を何で山賊がしている?
と思った。
(魔術士と山賊のあいだにどんな関係が??)
メイナートは火熾しの魔術が使えた。彼は自分の左手の手のひらの上に炎を浮かべて、真夜中の森を控えめに照らしていた。
魔術士たちの前に山賊が現れた。マドだった。
ーあっ・・・。
先頭を歩いていたヨシハルは、マドを見て少し怯えた。
ーよう。アンタが火焔隊の裏切り者か。
ー・・・ふん。裏切り者か。それは見方による。
ヨシハルは余裕を持ち直した。
ー・・・。
ー俺にとっては、国民のために政治をしない奴らこそ、この国の反逆者だ。
ーどうせ私怨だろ。
ー・・・。
ー図星だな。
村澤浪夜が前に出た。
ー私の名前は村澤浪夜・・・君たち山賊の、頭領の友人だった男だ。
ー頭領はもういない。死んだ。
ー知っている。ということはつまり、今は君が交渉相手ということで間違いないか。
ーああ。
ーそうか。ならまずは礼を述べなければならないな。
浪夜は頭を下げた。
ー命を賭けて、ミノウチ竜を誘拐してくれたこと。
ー・・・。
ー心より御礼申し上げる。
ーそうか。貸しなら喜んで作っておこう。
浪夜は頭を上げた。
ーところで私の甥っ子、村澤勇参はどこだ。
ーミノウチ竜を渡す前に、取引が先だ。
ーぷっ。
後ろにいたメイナートが思わず吹き出した。
ーおいおい・・・たかだか片田舎の山賊のくせに、一丁前に取引かよ。ったく笑えるぜ。
ー・・・。
ーお前ら、俺たちが誰か分かってんのか。俺たちはな、皇帝から直々に任命された大陸随一の魔術士のエリート、魔導帝国シハルのー
ー黙れ!メイナート!
浪夜はこっぴどく注意し、それから、
ー余計なことを言うな。
と言った。
浪夜はマドに向き直った。
ーこれからのことは心配しなくていい。
ー・・・。
ー船と金・・・どちらも用意して来た。
ーへえ、どこにある。
ー船は海岸より離れたところ・・・物見櫓の偵察に引っ掛からないところに停めてある。金は船の中だ。
ーつまりここには金は無いってことか。
ーそうだ。
ー聞いていた話と食い違うな。
ー何も違わないさ。最初から私とアザイ・ヤンの友情がこの取引の生命線だった。
ー・・・。
ー私は彼を信頼し、彼は私を信頼していた・・・生涯の友として。我々は共にミノウチ竜を連れてこの国から脱出し、君らには新しい生活を提供するつもりでいる。
ー・・・ミノウチ竜は金との直接交換だ。それまでは渡せねえ。
ーそれでいい。君たちも一緒に来てくれ・・・ミノウチ竜を連れて。
ー・・・。
ー共に船に乗り、発とう。
ー俺たちみたいな使い捨ての駒も丁重に扱ってくれるってか。少し虫が良すぎないか。
ー君は、見かけによらず、自己肯定感が低いようだな。
ーなんだと!!
ーなんたって、こっちは常に人員不足でね。
ー・・・。
ー我々と仕事をしてくれるミノウチ人は一人でも欲しいところなんだよ。
ー・・・。
ーそれなのに君たちをわざわざ騙す必要があるのか。
ー・・・。
ーところで君、魔術に興味はないか。
ー魔術・・・。
ー竜化能力のような先天的な能力とは違い、魔術は努力する根気さえあれば何歳からでも獲得出来るぞ。
ー・・・。
ー大学に行って、自分自身の魔力を見つけ、知り、学ぶことさえ出来れば、君だって魔術士になることが出来るぞ。
メイナートはそれを聞き、思わずほくそ笑んだ。
ー君、名前は。
ー・・・マド。
ーマド君。どうだろう。もし良ければ我々と共に船で海を渡り、魔術士にならないか。
浪夜はマドが背負っている弓を見て、
ーいい弓だな。大切に扱われていることは見れば分かる。
浪夜は自分の弓をマドに見せた。
ー実は私も弓使いなんだ。
ー・・・。
ー魔術と弓の力を上手く組み合わせることが出来れば、君は今よりももっと優秀な弓使いになれるぞ。
ー・・・。
それからマドは、浪夜に、こっちだ、と言って、歩き出した。
マドは、魔術士たちを連れて、勇参を隠してある洞窟へ連れて行った。魔術士達はマドに従った。




