14話 魔術士
これは村澤勇幸率いる捜索隊が、城を出発する数時間前に、城の反対側で起きていたことだった。
ーお袋さんは元気にしてるか。
ーはい。滅多に家に帰れてはいないのですが。
ーそりゃ、こんな僻地で警備隊なんかしてたらな・・・。
ーまあ、それもありますが・・・自分もそろそろ所帯を持つべき年齢であるとも思いますし・・・。
ーおっ、相手がいるのか。
ーはい。八百屋の次女ですが・・・自分も昔から好きでしたし、向こうも俺のこと好いてくれているみたいで・・・。
ーいいじゃねーか。若いねぇ。
ーええ。
隊士は夜の浜風に少し身体を震わせた。
ー俺にもそんな時期があったよ。
夜空を見上げながら、そう呟いた警備隊長は、隊士の母親の幼馴染で、つまり隊長と隊士のあいだには、親子ぐらいの年齢差があった。
隊士は夜の海に浮かぶ、一層の木製のボートを見つけた。
ー隊長・・・。
ーん?
ーアレ、なんでしょう。
ー・・・。
ー・・・。
ーありゃ、ボートだな。
ー・・・何かいます。
隊士は松明を持って、海上を照らそうとした。
ー隊長!人間です!
ー・・・。
ミノウチ城は、《不可侵の森》から見て、ちょうど南南東にあたる方角に位置し、二人の漂流者を乗せたボートが発見されたのは、《不可侵の森》から見て北東の方角、沿岸警備隊のいる物見櫓の付近であった。
ー確かに。ありゃ、人だな。
ーどうします。助けますか。
警備隊の隊士は、ボートを発見すると松明を上向きにし、ボートのなかに意識を失ったように思える人間が二名、乗っていることを確認した。
二名とも仰向けになってピクリともしなかった。
警備隊長は少し考えて、
ーヒロト。
ーはい。
ーあのボートの中にいる人間を焼け。
と命じた。
ーえっ。
隊士は黙ったままだった。
ーしかし、人間ですよ・・・救助しないのですか。
ー今日の昼過ぎ、俺たちは城から海鵜が飛んできて、警戒レベル『厳戒』の伝書を受け取った。
ー・・・。
ーそれから、その日の真夜中になって詳細不明のボートが流れてきた。
ー・・・。
ーこれはただの偶然か。
ー・・・。
警備隊長は着々と浜辺に近づいて来ているボートを見下ろしながら、
ーあそこに乗っているのは多分・・・悪党さ。死んだふり、もしくは弱ったふりをして、ホントは生きてるんだ。俺たちが油断して救助しようとしたところを不意打ちしてズドーン!だ。
ーでは、少し離れたところから声を掛けてみては?
ー・・・いや、駄目だ。
ー・・・。
ー疫病持ちの村人の死体が大陸から流れて来たのかもしれねえ。
ー・・・。
ーお前だったらどうする?・・・もしあれが腐肺病患者だったら・・・。
ー腐肺病・・・。
ー焼いてしまうのが一番安全で、確実だ。
ーしかし。
ー普段とは違う行動をとれ・・・より一層慎重に・・・より一層簡潔に・・・。
ー・・・。
ー冷徹な行動を取れ。
ー・・・。
ーあの『厳戒』の文書はそういう意味だ。
ー・・・。
ーもし俺の命令に倫理的なストレスを感じたのなら後で上に報告すればいい・・・今は俺の指示に従え。
ー・・・。
ーそれが隊律というもの。
ー・・・分かりました。
警備隊長は、降りて行こうとする隊士を呼び止めて、
ー下にいるマツシタも呼んで一緒にやれ。
と命じた。
物見櫓の隊士は、梯子を降りて、火焔放射器を持って浜辺に立った。
ーどうしたんだ。
浜辺に立哨していた隊士が降りて来た隊士に尋ねた。
降りて来た隊士は、放射器をボートの方に向けた。
ーヒロト、何してるんだ。
ーマツシタ・・・。
ー・・・。
ーボートを焼く。
ー何を言ってる。
言われた隊士がボートに近寄ろうとすると、
ー近づくな!
放射器を持った隊士が叫んだ。
ーおい。あれ・・・人が倒れているぞ。
ー・・・。
ーそれでも燃やすのか・・・人がいるのに。
ーだから燃やすんだ。隊長の命令だ。お前も手伝え。
ー・・・。
ー・・・。
ーそんなこと言ったって。俺には無理だ。
ー森の幹にくっついた毒の花を焼却するつもりでやるんだ!
それから隊士は、さっき、警備隊長から受けた命令の趣旨をかいつまんで説明した。
警備隊長は、物見櫓から梯子を伝って砂浜に降りた。
後ろから隊士二名がボートを焼くのを見るつもりか、腕を組んで静観していた。
隊士はそれぞれ左右別々の方向からボートに向かって火炎放射器を向けようとしていた。
しかし、二人とも躊躇したままだった。
ーやっぱり、俺には出来ねえ。
ー・・・。
ー意識の無い人間に火を向けるなんて。
ー・・・。
ーミノウチ竜様とともに、ミノウチ竜様が吐く火焔とともに生きている俺たちが、やっていいことじゃねえ・・・。
ー・・・。
隊士は火焔放射器を下げた。
ー・・・分かった。
ー・・・。
ー隊長にもう一回相談してくる。
隊士が振り返ると、すでに後ろには警備隊長がいた。
ーあっ、ハリマ隊長も降りられていたのですか。
ー・・・。
隊士は申し訳なさそうに、俯いた。
ーあの、隊長・・・すみませんがやはりー
隊士が言い終わらぬうちに、隊士は喉元を抑えた。砂浜に血が飛び散った。
二人の背後に立っていた警備隊長が、持っていたナイフで隊士の喉を掻っ切った。
警備隊長は、すぐさま隣に立つ隊士の喉も、ナイフで裂こうとした。
少し抵抗されそうだったので、殺害を確実にするため、ナイフを何度か刺しては突きを繰り返して、出血死に至るまでの時間を短縮した。
最初の隊士は、血が止まらない喉元を抑えながら、砂浜に倒れた。
警備隊長と隊士は目が合った。隊士の目は徐々に光を失っていき、隊長の目は虚ろだった。
ー隊長・・・。
ー・・・。
ー・・・。
沿岸警備隊は、一箇所につき三名体制で、彼らの他に隊士はいなかった。
部下の屍を踏み越えて、隊長はボートの方へ、近づいて行った。
ボートの中を覗くと中には、二人の男女が互いに触れ合わないよう、上手く仰向けとなって倒れていた。
ーおい、着いたぞ。
警備隊長が言った。
警備隊長に声をかけられて二人の男女はゆっくりと身体を起こした。警備隊長は、ボートに近づいて行って、彼らが身体を起こすのを助けた。二人とも、まだ若かった。
ークソッ。
男が起き上がりながら雑言を吐いた。
ー村澤浪夜・・・俺にわざとこんな猿芝居させやがって。
ーそうか?なかなかの名演だったと思うけど。
女の方が言葉を返した。
ー適当なこと言うなよ。お前、俺の隣で意識無いフリしてたから分かんねえだろ。
ーけど、君、ボートにいる間、寝息も鼻息もほとんど立ててなかったじゃん。
ー・・・。
ーそれは君なりに、役に入り込んでいたからじゃないの。
ー・・・。
ー両親からの了解を得られず、泣く泣く大陸からボートで駆け落ちした若い男女っていう役にさ。ねっ。
女は少し色目を使って男を見た。
男は動揺して、うるさい、黙れ、と言った。
ー俺は寝息も立てずに眠れるだけさ。
ーへえ・・・まあ、どうでもいいや。
ー・・・。
ーそうだ、ちょっとこっち向いー
ーそういえば、お前、大学の時、演劇サークルに入ってたよな。
ーおお!よく知ってんじゃん!
ー知ってて悪いのかよ。
ーあれ・・・もしかしてメイナート君さ。
ー・・・。
ーひょっとして、私に気がある?
ーはぁ??
ーもしかしてストーカーだったりして。
ーそんな訳あるか!
ーなあ君ら、ホントに魔術士か。
警備隊長は二人を見ながら言った。二人も警備隊長の方を振り返った。
ーそれともロウヤ様は、ボンクラの学生をこちらに寄越したのか。
ー・・・。
ー・・・。
ーへえ、言ってくれるねえ。
男は話しながら、目つきに鋭さを増していた。
それから男は右手の手のひらを警備隊長に向けて、
ー俺たちが本物の魔術士か。
ー・・・。
ーそれともボンクラの学生か。
ー・・・。
ー証明してみせようか。
ーやめなよ、メイナート。
ー・・・。
警備隊長は表情一つ変えなかった。
しばらく睨み合った後、男は右手を下げた。
女は警備隊長を見て、あなたが協力者か、尋ねた。警備隊長は、そうだ、と答えた。
ーそうですか。よろしくお願いします。
女は警備隊長に握手を求めたが警備隊長は応じなかった。
ーあっそ。
女は警備隊長の素っ気ない態度に落胆した。
男のほうは、地面に転がった隊士二名の遺体を見ながら、
ー俺は騎士道とか興味無いけどさ。
ー・・・。
ーこんな奴らを、あえて騙し討つ意味が分からねえな。
ー・・・。
ーこんな奴ら。別に正々堂々やりあっても、俺なら一声も上げさせずにー
ーはいはい、終わったことをいちいち掘り返さない。
ーんあ?
ーそれより、メイナート。ちょっと、こっち向いて。
ーなんだよ。
男が振り返ると、女は魔法を使って、海水や冷気によって、濡れてしまった男のローブやズボンを乾かした。
ーよし。こんなド田舎でも、魔法は問題なく使えるね。
ー・・・。
ー遠征する場合は、普段の魔力の70%ぐらいまでしか出せないと思っておけって教官は言ってたけど。
ーお前は相変わらずこういう小賢しい魔法の引き出しが多いな。
ー・・・。
ーフラン・ヴェイユ。
ーアンタが興味なさすぎるだけだよ、メイナート。
女は同じ魔法で、今度は自分の濡れたローブやズボンを乾かした。
男の名前はメイナートで、女の名前はフラン・ヴェイユだった。
ーそれで。ロウヤ様はどこにいる。
警備隊長が二人に尋ねた。
ー今あっちで、私たちの合図を待ってる。
そう言って、フラン・ヴェイユは、闇に包まれた海を見た。
ー・・・。
ー私たちが合図を送ればすぐ来るよ。
フラン・ヴェイユは、中が空洞になっているトリガー付きの、筒のような形状の物を取り出すと、それを真っ直ぐ海に向けた。
フラン・ヴェイユが筒のトリガーを引くと、海は荒波を立てて、海全体に、その荒波が伝わった。
無音だった。
フラン・ヴェイユは警備隊長を見た。
ー良かったら、一つ聞いてもいいですか。
ーなんだ。
ーなんで私たちの為に国を売ってくれたんです。
ー・・・お前らの為。なにふざけたこと言ってる。
ーけど、結果だけ見ればそうでしょ。
ー・・・。
ーあなたたち、後進国だけど、その分、一枚岩の結束力の高い集団だって。大陸でも結構評判高かったのに。
ー・・・。
ー協力してくれるのはありがたいけど、少し残念かなー。
ー今後の身の振り方を考えたのさ。
ー身の振り方?
ーだいぶ昔から、分かりきっていたことではあったが。
ー・・・。
ー竜は魔法には勝てない。
数分後、同じく木製のボートに乗って、二人の人間がこちらにやって来るのが見えた。
後ろに乗る大男が、櫂を両手に持ち、漕いでいた。
前に乗る男は、ローブで頭を覆って、夜風を避けていた。
新たに二人の魔術士が海から浜辺に上がった。
ー・・・やはり、この夜風は嫌いだ。
ーお待ちしておりました。
警備隊長が恭しく魔術士に頭を下げた。
ー・・・。
ーロウヤ様。
男はローブを脱いだ。
村澤浪夜は前で首を垂れる警備隊長を見ながら、
ー久しぶりだなヨシハル。
ー・・・。
ー娘さんの件は残念だった。
ー・・・。
ーそれで・・・勇参はどうなった。
ヨシハルは顔を上げて、
ーはい。山賊が交戦するも、無事連れ去ることに成功し、計画通り、山賊の残党はミノウチ竜を連れて、《不可侵の森》のなかに潜んでおります。
ー残党・・・結構やられたのか。
ーはい・・・ロウヤ様。
ー・・・。
ーあなたの元護衛であるアザイ・ヤンが死にました。
それが村澤浪夜の元護衛、大斧の頭領の名前だった。
ー竜化されたイサン様が殺したんです。
ーそうか。
ー・・・。
ー計画が成就すれば・・・過程は全部想定内のことになる。
ー・・・。
ー今すぐ甥っ子のところへ連れて行ってくれ。
ーはい。
村澤浪夜は浜辺を進んだ先にある《不可侵の森》の入り口となる森林が覆う方向へ、歩き出した。
メイナートとフラン・ヴェイユ、もう一人の魔術士も村澤浪夜の後ろに続いた。
ヨシハルは二人の部下の遺体を一瞥した。
それから、魔術士達を先導するため、彼らより先に歩いた。




