13話 捜索のはじまり
ーどうしてああもすんなり、俺の参加を受け入れた。
会合が終わったあと、二人だけ残った《孤春の間》で、雨泉浪は勇幸に聞いた。
ー・・・。
ーアルヒデを信じたのか。
ー・・・お前は長岐家の奴らを信じすぎだ。
勇幸がうんざりしたように言った。
ーウィズロー。お前・・・ミハルシュクのことが好きなのか。
ーはあ??いきなり何を・・・。
ーやめておけ。
ー・・・。
ーミノウチ竜同士の縁談なんて上手くいかない。
ー俺は誰とも結婚する気はない。子供を作るつもりもない。
ー・・・そういうわけにはいかないだろう。
ー・・・。
ー結婚する気が無くなったのは私が先だ。
ー・・・。
ー政治のことは俺に任せてくれていいから、お前は誰かと結婚してくれ。
ーふざけんな!!
ー・・・。
ーミノウチ竜の子供なんて・・・誰にも産ませるつもりはねえよ。
ーウィズロー。
ー・・・。
ー誰かがやらなきゃならない。
ー・・・。
ー誰かがやらなきゃ・・・ミノウチ竜は滅ぶ。
部屋から出た或秀と美春祝は二人で廊下を歩いていた。
ー・・・。
ー・・・。
ーミハル。
ーなに。
ー怪我するなよ。お前はイシアに情報だけ伝えて、後ろで大人しくしていればいい。
ーミノウチ竜の心配はさ。
ー・・・。
ーこの世で最も無駄なこと・・・そう思わない?
ー思わない。ミノウチ竜なんてすぐ死ぬ。
ーそうだね。母親の腹を突き破ってまで、この世界に生まれてこようとする癖にね。
美春祝は、生まれるとき、竜の姿のまま、自分の母親の腹を食い破って生まれてきた。母親は死んだ。その母親は、或秀の母親でもあった。
ミノウチ竜の出産で命を落とすミノウチ人は多い。しかし、ミノウチ竜を出産することを誇りに思うミノウチ人はもっと多かった。
ーホントごめんね。兄さん。私のせいで兄さんのお母さん亡くしちゃって。
ー・・・。
ー・・・。
ーミハルのせいじゃない。
勇幸はその後、《孤春の間》に、護衛のマツザ・レンと
火焔隊の隊長、サノ・シュウゴを呼んだ。長テーブルの上には、勇幸が書いた地図が広げられていた。
ー明日の日の出、城を出た後、捜索隊は北上し・・・。
勇幸は扇子の位置を城から竜冥山と書かれた場所に移した。どうやら扇子が、捜索隊の位置を表しているらしい。
ー竜冥山にある落雷御殿に補給基地を作る。ここは伝達能力に長けた第六隊を中心に配置出来ればいいと思うけど。サノ隊長はどう思う。
ー問題ないでしょう。第六火焔隊の専門分野です。
ー他の山賊一味が御殿を襲いに来る可能性があるな。
マツザ・レンがサノに聞いた。
ーはい。ですので基地を二つに分けます。まず、御殿のほうに食料や武器を保管し、そこを警護する部隊を置きます。
ー・・・。
ーもう一つは落雷御殿の手前、平地のスペースに本部を設置し、本部の長を、城と捜索隊の橋渡しであるこの拠点の責任者にさせます。
ーこの一帯には山賊だけでなく、熊も出没していると聞く。第四隊の隊員も何名か残した方がいいんじゃないか。
ーイシア様・・・お言葉ですが。
ー・・・。
ー第六火焔隊は農民の集まりではありませんよ。彼らは戦闘になればしっかりと自分の役割を果たすことが出来ます。余計な気配りは不要でしょう。
ー・・・そうか。
ミノウチ竜王国第六火焔隊所属の隊士ガレキは、ミノウチ竜の火焔を貰った松明に照らされたテーブルの上で、手短な遺書を書いていた。
彼は仕事終わりに、亡くなった同僚ナガラ・カケルの生家を訪ねて帰ってきた。カケルの母親の様子を見たガレキは、自宅に帰宅したあともカケルの母親の姿形が忘れられず、そのことを考え続け、思い立って、遺書を書き始めたのだった。
ガレキの母親がガレキの自室である四畳半の和室を訪ねた。
ーガレキ。まだ起きているのかい。
ーええ。すぐに終わります。
ー明日は早いんだろ。早く寝な。
ー・・・ええ。
母親はいつものガレキと様子が違うことを母親の勘で気づいた。
ー何かあったのかい。
ー・・・母上。
ーうん。
ーおやすみなさい。すぐ寝ますよ。
ガレキは笑顔で振り返り、母にそう言った。
ー・・・。
ー・・・。
ーそう。おやすみ。
ーはい。
ーガレキ。
ーなんでしょうか。
ーお前、ようやってくれとるよ。農民の出なのに、火焔隊なんか入ってくれて・・・母ちゃんも父ちゃんも誇りに思っとるわ。
母親はそう言い残して、和室の襖を閉めた。
《孤春の間》に、勇幸は一人残って、勇参のことを考えていた。
ある日、勇参が勇幸の仕事場と化している《炎伝の間》を訪れたときのことである。勇幸はそのとき、書き物をしていた。
ー兄さん。
ー・・・どうした、イサン。
ー僕、兄さんの力になりたいんですが、何か手伝えることはありませんか。
ー・・・。
ー・・・。
ーどうしてそんなこと思う。
ー・・・。
ー・・・。
ー兄さんも、ウィズも、ミハルちゃんも、アルヒデさんも・・・皆、翼竜で継火や製鉄所で務めを果たしているのに、僕だけそれが出来ないからです。
ー・・・。
ー・・・。
ーイサン、こっちにおいで・・・座りな。
勇参は勇幸の目の前に床几を挟んで向かい合うようにして座った。
ー竜化して空を飛んでいると、時々分からなくなるんだ。
ー・・・。
ー民の気持ちが。
ー・・・。
ーあんまりにも地上まで離れすぎていてね・・・彼らなんか米粒にしか見えなくなるんだよ。生身の人間にね、感じられなくなるんだ。
ー・・・。
ーそんなとき思うんだ。私たちミノウチ竜は民のことを考えて動けていないんじゃないか。彼らと私たちの心は離れ、いつか彼らは、私たちを必要としなくなる時が来るんじゃないかってね・・・。
ー・・・。
ー私はお前が羨ましいんだよ、イサン。
ー羨ましい・・・僕が、ですか。
ーお前は翼なんか無くたって生きていける、特別なミノウチ竜なんだからね。
ー・・・。
ーお前は私たちと違って、民と同じ目線に立つことが出来るんだ。だから、お前はこれから先の王国に、不可欠な人間なんだよ。
勇幸がこうした物思いに耽っていると、
ーイシアさん。今よろしいですか。
という声に邪魔された。
勇幸は声のほうを向いた。
ー君は・・・確か、ウィズの。
リフカが一人、立っていた。
日の出とともに、捜索隊は城から出発することになった。
捜索隊にはミノウチ竜三頭の他、マツザ・レン、火焔隊士の選りすぐりを寄せ集めて、編成した。
残りの隊士たちは城の護衛、補給経路の確保と保守に人員を割いた。
ーウィズ。
カエン刀を帯刀した雨泉浪の前に、リフカが現れた。彼女は背中に斧を担いでいた。
ーリフカ・・・お前。
ーイシアさんから許可は貰った・・・私も行く。
ー・・・。
雨泉浪は前方にいる、勇幸を睨んだ。
ーあの野郎・・・。
雨泉浪は血眼になって、勇幸の元へ、駆け寄ろうとした。
リフカは雨泉浪の両腕を掴むと、後ろ足を掛けた。
雨泉浪はバランスを崩し、後転しそうになったが、リフカの腕力によって、地面に頭を打たずに済んだ。
ー私のことで何か言ったら。
ー・・・。
ー術、掛けていいって。イシアさんが。
ー・・・。
リフカと雨泉浪の唇と唇が、重なるまですぐそこのところまで近づいた。
ー・・・。
ー・・・。
勇幸は二人のやりとりに気づかないまま、部下たちと話を続けていた。
数十分後。
先頭で、ミノウチトカゲに乗った村澤勇幸は、隊士たちの方を振り返り、
ーこれより竜代村澤家・・・三男、村澤勇参の捜索を始める。
勇幸は前へ進み出した。
マツザ・レンや美春祝、雨泉浪、リフカが後に続いた。
第六火焔隊士のガレキは、ミノウチトカゲの背中に荷を積み、自分は歩いていた。
捜索隊の前進を、長岐或秀は、城の第一層から、日の出の光を浴びながら、眺めていた。




