10話 ミノウチ竜になれなかったミノウチ竜
勇幸は、頭領の死体に目を落としながら、護衛のマツザ・レンに、
ーこいつの顔には見覚えがある・・・昔、叔父の護衛として城で雇われていた男だ。
と言った。
ー叔父・・・お前に叔父なんていたか。
ー名前は村澤浪夜。
ー・・・。
ー叔父はここでは芽が出なかったが、シハルに留学して人生が変わった・・・彼のなかにあった別の才能が花開いたんだよ。
ー・・・。
ー今は魔術士として、シハルで暮らしている。
それから勇幸は、マツザ・レンに、二年前にシュトラ製鉄所の改修工事でシハルから魔術士たちが来たのを覚えているか、聞いた。
ーああ。
ー村澤浪夜は、あの使節団の責任者だ。
ー・・・。
ー元々、あの屋根を明滅式に変えるにあって、うちとシハルの交渉の橋渡しになってくれたのは彼なんだ。
十五年前。
ーよお、イシア。
ガキ大将は、二人の子分を従えて、森で昆虫を観察していた勇幸の背後に現れると、勇幸の紫色の着物の襟を掴んで、冷たい土の上に投げ飛ばした。
この時、勇幸はまだ九歳の少年だった。
ー弱っちいなあ。
ガキ大将は言った。
ーお前、ホントにミノウチ竜かよ。
ー・・・。
ーただのバケモンだろ!
勇幸は生まれつき、顔の右側が竜面で、左側が人面だった。
勇幸が初めて竜化に成功したのは十六歳の頃。このときはまだ竜化はしておらず、果たして彼が竜化出来る人間なのか、先行きは不透明だった。
ーお前なんかじゃなく、俺みたいな強者こそ、竜になるにふさわしいぜ!!お前らもそう思うよな?
ガキ大将は子分に共感を要求した。子分は同意した。
ーほら、早く立てよ、弱虫!!
勇幸は立ち上がらず、ぐずったままだった。
ーこんにちは。みんな。
子供たちが声のほうを振り向くと、白色の弓と矢を数本入れた矢筒を背負った華奢な青年が、片手に死んだ鹿の頭を持って、棒きれのように立っていた。
ーみんなで楽しくお喋り・・・僕も入れてくれるかな。
ー・・・。
ガキ大将は青年が持っている鹿の頭を見た。鹿の目は開いたままで、首筋は血で真っ赤だった。
ーなんだこいつ・・・気持ちわりい・・・俺に近寄るな!!
ガキ大将は走り出した。子分も続いた。
ー・・・。
青年は鹿の頭を地面に投げ棄てた。
それから弓を持つと、矢筒から矢を一本抜いた。そして、子供たちに向けて、矢をつがえて、弓を構えた。
ー彼らを殺すつもり・・・やめて。
勇幸が青年に言った。
ーなんで。君をさっき侮辱したじゃないか。
勇幸は、立ち上がると、
ー毎日、動物を殺してばかりのロウヤ君よりかはマシです。
と言った。それから勇幸は、着物に付着した土埃を払った。
ー・・・。
ー・・・。
青年は、弓を下ろした。
二人は川に行き、解体した鹿の角を洗っていた。角以外の部位は川に流してしまった。
ーロウヤ君は、ミノウチ竜にはならないつもりなの。
ーどうして。
ーだって、竜化してるとこ、見たことないから。
ー・・・。
ー・・・。
ー僕はね、竜化したくないんじゃない。させてもらえないんだ。
ーなんで。
ー・・・。
ー・・・。
ー天は二物を与えず、って言うだろ。
ー・・・。
ー僕に嫉妬した、竜王の嫌がらせだよ。
かつて、あるミノウチ竜の竜代がこう考えた。
ー女どもよ・・・我が子を産め!産め!産んで産んで産みまくれ!!!そして、我が一族からミノウチ竜を大量生産し、他家のミノウチ竜を全滅させた後、世界を征服する、いや、宇宙を征服する、天まで届く、最強の竜王国を築くのだ!!
こうして、その竜代はせっせと子作りに励んだ。
竜代は重度の膀胱炎に罹って死ぬまでに、438人のミノウチ人の女との間に、合計702人の赤ん坊を、天から授かった。
そのうち、竜化したのは三人だけだった。
ー竜王様は三尾だったらしい。だから、一頭のミノウチ竜様が竜化できる子供を作れるのは多くても三人だけなんだとよ。
こうしたそれらしい事実無根の伝説が城下町に広がり、いつしかこうした風説が、一定の真実味を持って、竜代の一家でも受け入れられていた。
ーイサンを連れて行ったのが山賊一味の残党なら、まだ遠くへは行ってないはずだ。
マツザ・レンが勇幸に言った。
ー・・・。
ー竜冥山を超えて、《不可侵の森》に逃げ込まれるとまずい・・・あそこじゃミノウチ竜は活躍できない。
ー・・・。
ー・・・。
ー君の言うとおり、イサンを探すなら、確かに《不可侵の森》のなかに入るつもりで、強力な捜索隊を編成しなければならないだろうね。
ー・・・イシア、動けるなら早めに動いたほうがいい。俺は四、五匹の飼い犬さえ貰えりゃ、今から動けるぞ。
ー・・・。
ー・・・。
ーいや、一旦みんなで城に戻る。捜索隊が城を発つのは、今夜か、それとも明日の日の出だ。
ーそれじゃあ、遅すぎる・・・みんなで遠足に出かけるわけじゃねえんだ。
ー分かってるよ。だが、もしかすると厳しい旅になるかもしれないからな。隊士たちにもそれぞれ家族がいる。
ー・・・。
ー・・・。
ーイシア・・・弟という私情を捨てても、イサンを救い出す価値はあるか・・・隊士を失って、イサンを見つけられなければ、大損失だぞ。国民からのお前に対する信頼も失墜する。
ー・・・。
ー・・・。
ーイサンを助けに行くのは、彼が私の弟だから・・・それだけじゃない。
ー・・・。
ーミノウチ竜を一頭失い、大国の手に渡れば、それは短期的にも、中長期的にも、国家の大損害になる・・・彼らの科学技術は、我々よりも、遥かに発展しているからね・・・山賊が彼らに通じているのか、それは今のところ分からないが。
ー・・・。
ー大国の手にミノウチ竜が渡るのだけは絶対に阻止しないといけない。
ー・・・。
ー全ての沿岸警備隊には海鵜で情報を共有させて。イサンを探し出すまで、一隻の船もここから出すな。一隻もだ。
ーイシア。
ー・・・。
ーお前、捜索隊を指揮するつもりか。
ー勿論。私が行く・・・他にミノウチ竜が一頭いればいい。
ー・・・。
ー彼女が納得してくれるかは・・・分からないが。
ーいや、お前は駄目だ。
ーどうして。
ー・・・。
ー城の留守番ならウィズローにやらせればいい。
ーだが、お前が死んだら・・・この国の政治はどうなる?外交は?経済は?全部がガタガタになる。
ー・・・。
ーお前の魔術士の叔父が、もしこの誘拐事件に絡んでいるとしたら、間違いなくその背後には魔導帝国シハルがいるぞ・・・奴らの目的は何だ。
ー・・・。
ー・・・。
ーレン。私は先に城に戻る。あとは頼むよ。
勇幸は御殿から出るまえに、大広間の上段、竜代の席を見た。
隊士たちは、御殿を雑巾で水拭きしたり、御殿の庭を箒で掃き掃除したりして、死闘の痕跡を残さないよう、懸命に働いていた。
勇幸は彼らがいる庭の真ん中で、まるで三百年の月日を費やして種から樹木へ育つ大木が、一瞬でその変化を遂げるように竜化すると、飛んできた途を折り返して、ミノウチ城へ帰って行った。




