第3話「魔獣と森の夜、屋敷に忍び寄る影」
夜。辺境の屋敷は静まり返っていた。月明かりが庭の石板や古びた瓦を淡く照らす。
エレナ・リーヴァは暖炉の前で手帳の断片を広げ、今日発見した魔具の破片と照らし合わせていた。
「……やはり、これは侯都で使われていた魔具の一部ね」
微かな光を放つ破片を指先で触れると、魔獣がそっと近寄り、低く唸った。
「わかってるわ、危険じゃないって。でも、あなたにだけは触らせたくないのね」
魔獣の瞳が揺れる。エレナは微笑み、そっと撫でると、威圧は消え、安心したように背を丸めた。
外では森の風が葉を揺らす。辺境とはいえ、夜は魔物や盗賊の危険もある。
そのとき、屋敷の門の外で小さな音がした――誰かが忍び込んでいる。
エレナは息を殺し、魔獣の背後に隠れる。
「……ルード?」
鍛冶屋見習いの少年、ルードが怪訝そうに立っていたが、その表情には緊張が混じる。
「いや……違う」
音の主は別人だった。暗がりの中、黒いローブをまとった影が屋敷の壁沿いに移動している。
「……まさか、侯都の者?」
エレナは静かに立ち上がる。魔獣も低く唸り、前足を地に打ちつけた。
屋敷内の廊下に、影の気配が迫る。
「落ち着いて、魔獣。私たちなら……できる」
手帳の断片で確認した魔具の位置を思い出し、エレナは慎重に影の進路を予測する。
彼女は魔獣と共に廊下を回り込み、玄関を迂回して影を包囲する。
「誰だ!?」
エレナの声に、影は止まり、立ちすくむ。
「……用事はない」
短く、冷たい声。足音が消え、影は森の闇に吸い込まれていった。
その後、屋敷は再び静寂に包まれる。
魔獣はエレナの足元に体を寄せ、彼女の背を押すように寄り添った。
「……これから、こういう夜が増えるのかもしれない」
そうつぶやき、エレナは手帳の破片を握りしめる。侯都の陰謀の影が、辺境の屋敷にまで忍び寄っていることを、静かに、しかし確実に感じていた。
窓の外、月明かりに照らされた森は、何も語らず、ただ静かに揺れていた。
だが、屋敷の中には、静かな日常と、冷たい影が交錯する夜が、確かに訪れていた。




