第2話「屋敷の修繕と初めての訪問者」
辺境の屋敷で迎えた朝は、想像以上に冷たかった。木枠の窓から差し込む陽の光も、埃に遮られてぼんやりとしか届かない。エレナは深く息を吸い込み、屋敷の状況を確認した。
壁のひび、瓦のずれ、庭に散らばる壊れた家具──修繕箇所は数え切れないほどあった。しかし、彼女は落胆せず、むしろ目が輝く。「やれることから、ひとつずつ」
まずは庭の整備。魔獣は静かに見守るだけで、手伝う気配はない。だが、ふとした瞬間に土を掘ると、その下から古い石板や錆びた魔具の破片が顔を出した。手帳の断片で見た記号と同じ印もあり、彼女の好奇心は刺激される。
「……面白くなりそうね」
作業の最中、遠くから足音が聞こえた。辺境の村からの訪問者――小柄な男性が、屋敷の門をくぐってきた。鍛冶屋の見習い、ルードだ。
「……あの、令嬢……ですか?」
「そうよ、エレナ・リーヴァ。どうしてここに?」
ルードは緊張しながらも答えた。「辺境の屋敷に人がいると聞いて。少し手伝えるかと……」
「助かるわ。まずは瓦の交換からお願い」
彼の手際は決して完璧ではないが、一生懸命さが伝わる。魔獣は遠巻きに観察していたが、やがてそっと近寄り、足元に座った。目が合うと、互いに安心したように見えた。
作業の合間、エレナは魔具の破片を手に取り、調べる。「これは……封印が甘くなっている。侯都で使われていた魔具の一部かもしれない」
ルードは首をかしげる。「魔具……って、そんな危ないもの、ここにあって大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。触る分には安全だから。むしろ、ここで管理するほうが安全」
夕暮れが近づき、屋敷に柔らかい光が差し込む。庭の雑草は整えられ、瓦の半分は修復され、魔獣も少し落ち着いた様子。エレナは微笑みながら、手を止めて庭を見渡す。
「この屋敷……少しずつ生き返ってきたわね」
その時、門の向こうで風が揺れる音がした。誰かが屋敷を覗き込む気配――辺境での平穏は、まだほんの序章に過ぎない。
「……侯都の者かもしれない。無理はさせないわ」
そうつぶやきながらも、エレナの瞳は鋭く光った。屋敷の静かな日常と、外の世界の陰謀。両方を見据えて、彼女の毎日は続くのだった。




