第九話:廃墟の会談
西の敗戦から数日。
凌は噂と足跡を追い、廃墟化した村に辿り着く。
そこで彼は、同じ“経歴改変”の力を持つ男——レノスと初めて相まみえる。
だが、その会話は、同じ技術を持ちながらも決して交わらない思想の溝を浮き彫りにするものだった。
空は薄曇り、村全体が灰色に沈んでいた。
崩れた石壁、焼け焦げた屋根、雑草が伸び放題の道。
人の気配はないはずなのに、凌は何度も視線を感じた。
中央広場に足を踏み入れると、そこに男が立っていた。
黒外套、細身、そして薄く笑う唇。
「……藤堂凌、だな」
凌はポケットのカードに触れながら、目を細める。
「レノス、か」
「そう呼ばれている」
二人の間に、風が音を立てて通り抜ける。
レノスは懐からカードを取り出した。白地に赤い線が一本、脈のように揺れている。
「お前のカードと似ているだろう?」
「どこで手に入れた?」
「手に入れた? 違うな——与えられたんだ」
凌は一歩踏み出す。
「誰に」
レノスは笑みを深めた。
「“語りの源”を知る者だ。経歴とは、事実であろうとなかろうと、語られた時点で力になる。
俺は、その“真偽すら超える力”を授かった」
凌の声が低くなる。
「真偽を超えれば、それはもう経歴じゃない。ただの虚構だ」
「虚構でも、兵は動く。動けば敵を殺せる。それで十分だ」
凌は沈黙した。
彼の改変は、相手が持つ経験や素質を掘り起こし、最適化するものだ。
だが、レノスは“盛る”、あるいは“捏造する”ことで即席の力を作り出す。
その結果が西の敗北——。
「お前のやり方は兵を壊す」
「兵は使い捨てだ。道具に過ぎない」
その瞬間、凌の中で何かがはっきりと決まった。
——この男とは、いつか必ず決着をつける。
レノスはカードをひらめかせ、村の奥へ歩き出す。
「いずれまた会うさ。次は……同じ陣営で、とは限らない」
その背が視界から消えた瞬間、広場の空気が一気に重くなる。
ミレイが近づいてきて、険しい顔で言った。
「……あの人、本気で人を駒だと思ってる」
凌は短く頷いた。
「だから、俺が止める」
灰色の空の下、二人は再び歩き出した。
だが遠く、雲の切れ間から一筋の光が落ち、それが嵐の前触れに見えたのは気のせいではなかった。