第十一話:赤線の暴動
ギルド本部に飛び込んできた急報——南街区で民衆が暴徒化している。
その手には、兵士ではなく一般人すら持つようになった“赤い線のカード”。
凌は現場で、それが単なる戦闘強化ではなく、人心操作にまで及ぶことを知る。
そして、第三勢力の真の狙いの一端が浮かび上がる。
南街区は煙と叫びに覆われていた。
石畳の通りには割れた瓶や投石が散乱し、商店の窓は次々と打ち破られている。
武器を持たないはずの市民たちが、目を血走らせ、互いに押し合い、破壊を繰り返していた。
凌とミレイが駆け込むと、その中心に立つ男の手に赤い線のカードが握られていた。
「俺は“勇士”だ! 俺の経歴がそう語ってる!」
その言葉と同時に、周囲の群衆が一斉に呼応した。
「勇士! 勇士!」
ミレイが青ざめる。
「……これ、ただの強化じゃない。洗脳みたい」
凌は即座にカードを取り出し、暴徒のひとりに近づいた。
彼の経歴を読み取ろうとした瞬間——異様な感覚に襲われた。
白紙カードの表面に、他者の経歴が浮かぶ。
だがそれは矛盾に満ちていた。
「石工見習い」「日雇い労働者」といった事実に混ざり、「戦場で百を斬った勇士」といった虚構が刻まれている。
しかも虚構の行が赤く滲み、事実を押し潰すように肥大化していた。
「……虚構を刷り込んでるのか」
凌は顔をしかめる。
「本来の経歴より、捏造した物語の方を“強く”残すように」
暴徒が石を投げてきた。凌は避けながら叫ぶ。
「市民を守りたい奴は、手を止めろ!」
だが群衆は止まらない。
それどころか、赤い経歴に触れた者たちは、凌の声を嘲るように叫んだ。
「勇士を疑う者は敵だ!」
その瞬間、凌は理解した。
——この赤線カードは戦力強化だけでなく、“共通の物語”を植え付ける装置だ。
個人を強くするのではなく、群衆を一つの“幻想”でまとめる。
石畳に飛び込んだミレイが声を張り上げる。
「みんな! 本当のあなたを思い出して!」
凌はすぐに彼女の言葉に重ねた。
「昨日、誰と笑った? どんな仕事をした? 誰を守りたくてここにいる?」
白紙カードを掲げ、市民一人ひとりの事実を呼び起こすように言葉を投げる。
「君は石工だ、昨日も壁を直したろう! 君は母親だ、子を抱いて眠ったはずだ!」
その“事実の語り”がカードに刻まれ、赤線の虚構を押し返し始める。
やがて、数名の市民が我に返り、手を震わせながら石を落とした。
しかし完全には止まらない。赤い線の効果は強く、次々と新しい“虚構の勇士”が生まれている。
凌は奥歯を噛んだ。
「……これは個人の暴走じゃない。計画的にばら撒かれてる」
ミレイが叫ぶ。
「じゃあ、やっぱり第三勢力が……!」
凌は頷き、ポケットの白紙カードを強く握った。
「次の一手を打つ前に、奴らの正体を暴かないと——」
頭上で、誰かの笑い声がした。
屋根の上、外套を翻す黒い影。その手に握られた赤線カードが、不気味な光を放っていた。