第6話 予期せぬ計画
1940年6月25日、フランスはドイツに降伏した。
第一次世界大戦の降伏調印を行った同じ地で、ドイツはリベンジを果たしたのである。
その数日後、兵器局第4課所属の勝流にも帰還命令が下った。
「ヘッセ中尉、お世話になりました。おかげでいい経験を得ることができました」
「こちらこそ!新型兵器を扱うことができてよかったです。今後の開発、期待していますよ!」
第703自動車化重歩兵砲中隊への同行を終えて、Sd.Kfz.10牽引車に揺られて後方の駅へと向かっていた。
埃を含んだ風が頬をなでる。
鉄条網が視界の端から端へと延び、その内側にはフランス軍から鹵獲した兵器が雑然と並んでいた。
機関銃、対戦車砲、キャタピラを失った戦車の残骸。
その奥に、ひときわ背の低い車輛があるのが目に入った瞬間、勝流の視線はそこに吸い寄せられた。
(……もしかして!)
気づけば足が動いていた。
「すみません!ここで待っていてください。すぐ戻ります!」
「構いませんが……列車の時間は気をつけてくださいよ!」
運転手にそう告げると、勝流は入口の警備兵へ向かい、身分証を差し出した。
「通りがかりに、気になる車輛を見まして。確認したいのですが」
警備兵は一瞬怪訝な顔をしたが、やがて肩をすくめる。
「承知しました。ですが、あまり触らないでください。鹵獲品ですから」
許可が出るや否や、勝流は奥へと足を速めた。
足取りは軽く、まるでおもちゃ屋に入った子供のようだ。
(これでもない……これでもない……あった!)
そこに鎮座していたのは、ロレーヌ37L装甲輸送・牽引車だった。
フランスのロレーヌ社が、フランス陸軍からの要請を受けて開発した、完全密閉式の装甲輸送車である。
(やっぱり……間違いない)
勝流は歩み寄り、低い車体を見下ろす。
全高はわずか1.2m。まるで草むらを這う獣のようなシルエット。
初期試作では燃料トレーラー牽引時の速度低下が問題となったが、改良型ではエンジン出力と変速機を強化し、最大35kmを発揮するまでに仕上げられていた。
補給車両としては十分な性能である。
(低姿勢、十分な出力……そしてこの構造!)
視線が車体構造へ移る。
操縦室は前部、機関室が中央、そして後部が貨物室。
エンジンと貨物室が完全に分離されているため、積載物への熱や振動の影響が小さい。
後部の貨物室は、そのまま戦闘室に転用できるだろう。
(まさしく……自走砲にしてくれと言わんばかりだ)
鹵獲車両ゆえに配備制限は緩く、手を出しやすい。
(これだけ都合のいい車輛は中々ないぞ!鹵獲品だから気兼ねなく使えるし。機甲部隊も文句は言ってこないだろう!)
思わず車体の縁に手をかけたくなる衝動を抑え、外観をなぞるように視線を滑らせた。
急いでメモを取り始める。
そこへ、運転手から声を掛けられた。
「おーい!技術官殿!」
「はーい!」
「早く行きましょう!列車が出ちまう!」
「分かりましたー!」
慌ててメモ帳に要点を書きつけ、勝流はその姿を脳裏に焼き付けた。
その後、無事に帰還した勝流は、まっすぐクラウス課長の元へ向かった。
「兵器局第4課所属、ギュンター・アルデルト少尉、前線から帰還しました」
「派遣ご苦労だった……で、初めての前線はどうだった?」
「刺激的でした。戦場というものを、身をもって知りました」
一通りの報告を終えた後、勝流は何気ない口調で切り出した。
「……帰路で、フランス軍の装甲輸送車を発見しました。次期計画に適しているかと」
クラウス課長は興味深げに腕を組む。
「なるほど。車体として優秀だと」
「はい。ですから、私の次期計画に」
「ちょっと待ってくれ!悪いが、その話はまだだ……今は別件だ、アルデルト少尉」
「別件?……何かありましたか」
課長の表情がわずかに硬くなった。
机に両肘を置き、指先を組んで口元を覆う。
「君には、ハンス少尉の計画を手伝ってもらう。これは命令だ」
エアハルト先輩も横から顔を出し、苦笑交じりに言った。
まるで、この話題が出るのを待っていたかのようである。
「正直言ってな、あいつ一人じゃ不安なんだ。お前の経験と知識が必要だ」
「私でよろしいのですか」
「ハンス少尉は、お前のやる気と情熱に当てられたんだとさ」
そこで課長が、意外な言葉を口にした。
「加えて、彼が今開発している車輛は、君の火砲の自走化計画にも関わる」
「あぁ……そういうことですか……」
課長と先輩にこうも言われては、勝流は了承するしかなかった。
(ハンス少尉なぁ……やる気のある無能ってのはどこにでもいるんだなぁ)
アルデルトの記憶によれば、ハンス少尉は同じ学校の同期で、少々変わり者として知られていた。
やる気のある無能、というのは少し言葉が過ぎるかもしれない。だが、求めてもいない設計案や改修案を、自信満々の表情で提出してくる。その内容は概して机上の空論に近く、実現性に乏しい。
クラウス課長も、叱るべきか諦めるべきか判断に迷い、結局は「誰かが補佐する」という形で落ち着くのが常だった。
一番驚いたのは、航空機に大口径砲を搭載するという突拍子もない計画を提出したときのことだ。
クラウス課長が思わず書類を二度見し、言葉を失ったあの表情を、アルデルトは今でも鮮明に覚えていた。
そしてこれまで、その「誰か」にアルデルトが選ばれたことはなかった。
ついにその「誰か」の順番が、勝流に回ってきたのである。
後日、勝流はハンス少尉のもとを訪れた。
「おぉ!アルデルト少尉!クラウス課長から話は聞いていますから、早速!」
「よろしくお願いします。まずは計画内容を」
ハンス少尉は笑顔で手招きし、図面を差し出した。
そこには、Ⅱ号戦車をベースにした15cm自走重歩兵砲の設計図が描かれていた。
(どれどれ……これはⅡ号15cm自走重歩兵砲だな、ふむ……ん?これは……)
勝流の脳裏に冷水を浴びせられたような感覚が走った。
史実では1941年末にようやく量産されるはずの車輛が、1940年7月の時点でほぼ完成している。
しかも、細部こそ違えど、全体の構造は史実のものと酷似していた。
(一体どういうことだ!?時系列が狂ってるじゃないか……)
「どうです、アルデルト少尉」
「……改良の余地はあります」
その返事に満足げなハンス少尉。
勝流はその笑みを見ながら、内心で決めた。
(畜生、ロレーヌは一旦お預けだ……まずはこの計画を何とかしないと!)
こうして、歴史の特異点ともいえる予想外の計画が、勝流を新たな開発へと引き込んでいった。
投稿が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
次回投稿は今週中を予定してます。
↓Youtubeに投稿されている、現存しているロレーヌ37L装甲輸送・牽引車の走行(音量注意)
https://youtu.be/fHPqSCy4zjc?si=VWZsHXW-DiExseug
この車輛、ちっこいですね。
全高はⅢ号突撃砲より低いですから、かなりの低さです。
自分の身長を基準にすると、イメージが湧きます。
私も家で自分の身長をメジャーで測りながら「これくらいか……低っ!」と実感しました。