第5話 目の前の戦争
I号15cm自走重歩兵砲の開発を終えたアルデルトこと此出勝流は、辞令を受け、第2機甲師団配下の第703自動車化重歩兵砲中隊へ、技術士官として派遣されていた。
今回の派遣は、勝流自身の意思によるものだった。
自分の手で初めて開発した兵器が、果たして実戦に耐えうるのか、その目で確かめたかった。
加えて、クラウス課長からの後押しもあった。
「自分が開発した物が現場でどう動くのか。それを実際に見るのも、我々の仕事だ」
かくして、今回の派遣は決まったのである。
編成された自動車化重歩兵砲中隊には、補給や整備班を含む支援部隊も組み込まれており、中でも弾薬運搬車の存在は必須であった。
というのも、I号15cm自走重歩兵砲が搭載可能な弾薬は、わずか5〜6発に過ぎないのである。
この欠点については、次回開発時の重要課題として記録に残しておいた。
「まさかあの砲を楽々運べる時が来ようとは。これも技術の進化という訳ですな!」
そう語るのは、第703自動車化重歩兵砲中隊の第1小隊指揮官、ヘッセ中尉だ。
「これから先はもっと進化しますよ。恐竜のように」
そう返す勝流は、貨物車の床に座り、緩やかに揺れる列車の振動を感じていた。
彼らの乗っている列車は、前線近くの配置地点へと鉄道輸送されている最中だった。
「ところで、あれを実際に運転なさったことはあるので?」
「もちろん。試験走行で何度か乗って、実用に足るか確かめました」
「ふむ……これまでに実戦経験は?前線で勤務していたとか」
「残念ながらありません……いや、残念と言うのが正しいかは分かりませんが」
「なら今回の戦場で得るものは多いでしょう!ぜひ今後の開発に活かしていただきたい」
輸送列車は目的地に到着し、早速荷降ろしが始まった。
しかし、いきなり問題が浮き彫りとなる。
この車輛、見た目で分かり切っているが、車高がやたらと高い。
そのため、降ろす際には細心の注意が払われた。
列車から落として損傷でもさせたら、新型兵器の初損害が「事故」という、なんとも不名誉な記録になってしまう。
笑い話では済まない。現場も、兵器局も、真っ青になるだろう。
(やはり問題になったか、いざという時に面倒だ)
メモを取る勝流。
開発者として、こうした「現場での使い勝手」の情報は極めて重要だった。
(こんな急造品で……兵士達に申し訳ないな)
しばらくして、I号15cm自走重歩兵砲2輌で構成された小隊が、前線へと進軍を開始した。
勝流は、小隊に随伴するSd.Kfz.10牽引車に弾薬トレーラーを連結した車輛に乗り込み、部隊に同行する。
目的地はフランスの小都市。初実戦の舞台としては申し分ない。
列車から降ろされたばかりの小隊は、25km程の速度で道を進む。
やがて、遠くから砲火の音が聞こえてきた。
軍事史や記録された映像、書籍や画面を通して見ることしかできなかった「歴史上の戦争」が、今まさに、勝流の目の前に迫っている。
興奮と同時に、死ぬかもしれないという純粋な恐怖も押し寄せてくる。
その時、後方から3輌のトラックがやってきた。味方の歩兵部隊だった。
指揮官らしき者が話しかけてきたので、小隊長のヘッセ中尉が対応した。
「車上から失礼します!この先の街で戦闘が起きてまして、我々は増援要請を受けて向かってる最中です!もしかして、そちらの部隊も?」
「その通りです」
「なら急いだほうがいい!苦戦しているようです!」
それだけ言い残すと、歩兵部隊を乗せたトラックは足早に走り去っていった。
荷台の奥から、兵士たちがこちらを見ている。
まるで奇妙な珍獣でも見るかのような目だった。巨大な砲を背負ったこの異形の車輛を、信じられないという顔で。
ヘッセ中尉は、即座に判断を下した。
「運転手、30kmで走らせろ!」
小隊は速度を上げ、戦闘地域へと向かう。
従来なら、15cm sIG33は馬やトラックに牽引され、到着までに時間がかかるのが当たり前だった。
だが今回は違う。自らの力で移動できるこの車輛は、まるで戦車のように力強く進撃し、進路を駆けていく。
結果として、従来とは比べものにならない早さで到着した重歩兵砲小隊は、まず味方の指揮官を探した。状況を把握するためである。
勝流自身はあくまで技術士官として同行しており、指揮権はない。小隊の指揮はヘッセ中尉の一任である。
「あなたはさっきの!もっと時間がかかるかと思いましたが」
先程、小隊を追い越していった歩兵部隊の指揮官である。
「えぇ!状況は?」
「敵は建物に立て籠ってる、歩兵砲の出番です!」
「了解!歩兵による護衛をお願いします、敵の位置は?」
「この道を真っ直ぐ行って突き当たりを右です!」
状況共有を終えたヘッセ中尉は、即座に小隊へ指示を飛ばす。
「直ちに前進する!」
唸るエンジンを従えて、2輌のI号15cm自走重歩兵砲は、敵が立て籠る陣地に向けて走りだす。
付近には、歩兵部隊を擁した。
次第に曲がり角にぶつかり、交戦中だった歩兵部隊と合流。
I号15cm自走重歩兵砲を見た歩兵の一人が、目を丸くして言う。
「初めて見る戦車だな……そのバカでかい砲で撃つのか!?」
「これは戦車ではなく、自走砲だ。そして撃つのは敵ではなく、敵のいる陣地だ」
ヘッセ中尉は胸を張って答えた。
「そ、そりゃすげぇ……!よし、俺たちが敵の注意を引く、その間に頼むぜ!」
歩兵が先行して敵の注意を引き、I号15cm自走重歩兵砲はゆっくりと接近。
歩兵曰く、敵の対戦車砲はないため、安心して曲がり角から顔を出せる。
停車の後、照準を合わせて、ヘッセ中尉が吼える。
「Feuer!!」
15cm重歩兵砲が火を吹き、敵の陣地を粉砕。
砲撃の衝撃に、街の空気すら揺らいだ。
「2号車!続けて撃て!」
「Feuer!!」
一発目で崩れた箇所に、もう一発おみまいする。
これで敵の陣地は跡形もなく吹き飛んだ。
「これが自走砲か!すげぇ!」
「あれだけ苦戦していた場所が一瞬で!」
「砲撃するまでが早いな!」
随伴歩兵たちの間に、感嘆と歓声が広がった。
若干の興奮を経て、歩兵部隊の指揮官は直ぐに突破を図る。
「急げ!突入しろ!!」
I号15cm重自走砲は、止まることなく歩兵部隊に追従、次なる敵の陣地へ向かう。
市街地は激戦区となり、重歩兵砲小隊は各車それぞれ砲撃と前進を繰り返した。
火力支援の主役として、戦場を支配する。
I号15cm自走重歩兵砲の利点を、余すことなく活かしていた。
わざわざ重い砲を運ばずとも、エンジンや足回りが無事な限り、常に近接支援を提供できるのだ。
勝流は、生まれて初めて目の当たりにする戦争に、良くも悪くも震えていた。
戦闘そのものに直接関与しているわけではないが、補給車輛の一員として戦場のすぐ後方に身を置き、目の前で展開される現実を見つめている。
途中、倒れた敵兵の遺体を目にしたとき、胸の奥で何かが引っかかるような、形容しがたい感情に襲われた。
そのとき、同じ車輛に乗っていた伍長が、そっと声をかけてくれた。
「大丈夫です。そのうち慣れますよ」
その言葉は、気休めだったのか、それとも自身に言い聞かせていたのか。
勝流には、伍長の手がわずかに震えていたのが、何よりも印象に残った。
きっとこの先、忘れることはないだろう。
戦闘の終結後、前線に呼ばれた勝流は、現地で点検と整備のため、車輛のもとへと急行した。
その場で、運転手が不安げに声をかけてきた。
「アルデルト少尉、音がおかしいようです。多分、どこか壊れてますね」
戦闘終結後に点検を進めた結果、振動と砲撃の反動による細部の損傷が判明。
これは、車体がI号戦車という限界ギリギリの状態であるがゆえの必然だった。
(面倒くせぇ!!砲を降ろさないと車体整備ができないの致命的すぎる!)
急ぎ整備を行う中、勝流は気づく。
(……これは貴重な教訓だ。理想と現実の違いとは、こういうことを言うのだろうか)
フランスでの初陣を通じて、勝流はド素人の兵器開発者として非常に重要な体験を得ていた。
同時に、新たな開発の構想が、頭の中で静かに形を取り始めていた。
(確かに15cm sIG33は優秀だ。しかし、車載するにはあまりに制限が多い……結局のところ、この車輛は間に合わせの急造品にすぎない)
I号15cm自走重歩兵砲は、自走砲が優秀な兵器であることを確かに示した。
だが、車輛単体として見れば、このまま実戦投入を続けるのは厳しい。
(いっそのこと分離運用を切り捨てて、専用の搭載機構を設計しちまうか?)
思考を巡らせながらも、勝流の手は止まることはなかった。
幸いなことに、アルデルト本人の器用さが備わっているおかげで、整備作業は迷いなく進んでいく。
整備班に任せておけば済むのものを、こうして自ら手を動かしていることに、勝流自身が一番驚いていた。
そのとき、ふと一つの疑問が脳裏をかすめた。
(……アルデルトは、なぜ砲兵科にいるのだろうか。この整備の手際からして、車輛畑の人間に見えるが)
勝流は、アルデルトの記憶を思い出す際に、ひとつのルールを設けていた。
そのルールというのは、ギュンター・パウル・アルデルトがなぜ兵器開発に関わり、なぜ兵器局第4課に勤めているのかは、自分自身で見つけ出す、というものだ。
答えを安易に求めるのではなく、あくまで自分自身の視点で、アルデルトという人物を探求したい。そう思っていた。
そのルールを念頭に、勝流は慎重に記憶をたどっていった。
すると、アルデルトの自宅の光景が脳裏に鮮やかに浮かぶ……といっても、最近足を運んだばかりなので、記憶はまだ新しいのだが。
質素で無駄のない空間。個性らしいものはほとんどないが、本棚だけは印象に残っている。
戦時下のドイツでは定番とも言える書籍の合間に、一冊だけ、手書きのメモ帳が挟まっていた。
中をめくると、そこにはこんな言葉が記されていた。
「単純明快で、必要十分な性能を持つ機械こそが、最も優れている」
この言葉こそが、アルデルト自身の設計思想なのだろうか。
そうではない可能性もあるが、この言葉がアルデルトの本心から出たものであると、勝流は思っていた。
(……アルデルトは、最初からそういう機械を作りたかったのだろうか)
今、自分が整備している、Ⅰ号15cm自走重歩兵砲。
砲と車体が無理に合体した、粗削りで、間に合わせとも呼べる兵器。
勝流が作った兵器ではあるが、アルデルトの専門知識が無ければ、まともな物ができたかも怪しい。
(まぁでも……砲の搭載方法は再検討しないとな……)
勝流は整備の手を止めず、黙々と作業を続ける。
遠くからは、あの悪魔のサイレンが、不穏に空気を震わせていた。
↓Youtubeに投稿されている、I号15cm自走重歩兵砲の当時の映像(音量注意)
https://youtu.be/XNbQVepuI78?si=YkhQchmJZ2WWjvXV
これはドイツのプロパガンダ映像の一幕です。
他にも少ないながら、あるにはありますので、動画サイトで「15cm sig33 (sf) auf panzerkampfwagen i ausf b」で検索してみてください
(上に貼ってあるリンクで見れなかった時も有効です)
この映像を見ると、かなりの反動と引き換えに、凄まじい威力があることが分かります。
そして何より、その砲撃をするまでのスムーズさです。まさに、本車輛のコンセプトをそのまま表しています。
映像が残っていたのはラッキーでした。
お陰でイメージがしやすかった。