第4話 I号15cm自走重歩兵砲
「これか……凄い見た目になったな」
「はい。15cm重歩兵砲を搭載した、I号15cm自走重歩兵砲です」
1940年1月中旬。
勝流は、今後幾度となく訪れることになるであろう、クンマースドルフ試験場に立っていた。
この試験場は、ドイツ軍兵器の登竜門とも言える場所だ。
Kar98kやMP40といった歩兵用小火器から、I号〜IV号戦車などの主力戦車群まで、第二次世界大戦のドイツ軍を象徴する兵器の多くが、ここで実地試験を受けた後に、初めて兵器として承認される。
そして今日、その試験に臨むのは、勝流が初めて開発した車輛、I号15cm自走重歩兵砲である。
短期間の開発の結果、外観も内部構造も、史実に極めて近い形にまとまった。
魔改・・・改造の要領としては、I号戦車B型の砲塔と上部構造物を撤去し、そのまま15cm sIG33を車体上部に搭載するという単純かつ力業の構成である。勝流のイメージ通り、砲架や車輪も取り外さず、そのまま搭載した。
結果、砲の車輪が泥除けを兼ねるフェンダー上に張り出す形となり、車輪止めを新たに設ける必要が生じた。
この車輪止めの設計に意外と手間取り、アルケット社の技術陣と何度か協議を重ねた末、安定した構造に落ち着いている。
搭載した砲を囲うように、前面および左右側面に10mm厚の装甲板を取り付けたオープントップの「戦闘室」を構築。
これは、主砲や機関砲などの武装を操作するために、乗員が作業を行うスペースだ。
なお、車輛側面の装甲板にある謎のたんこぶのようなでっぱりは、砲との干渉を避けるためのものである。
装甲としては、無いよりマシ程度ではあるが、完全に無防備な状態よりは、敵からの視認や心理的印象にも意味があると判断した。
戦場で敵兵がこの車輛を目にしたとき、見た目だけでも「防御されている」という印象を与えられれば、それは戦術的にも意味がある。
加えて、装甲板があることで、敵兵に乗員を直接狙撃されるリスクも減らせる。
そして何より、乗員にとっての心理的な安心感に繋がるのだ。
この戦術上の観点に関しては、エアハルト先輩から教えてもらった。
当初、勝流が描いたイメージ図では、車高を低く抑えるために装甲を極力下げて配置していた。だが、それを見たエアハルト先輩に「お前正気か!?乗員を正面から敵の攻撃に晒すつもりか!」と一喝された。
勝流自身も「そりゃそうだわな」と納得し、最終的には史実と同じ構造に落ち着いた。
(なんだか……「史実の車輛こそが最適解だった」みたいな、逆説的な証明になってないか)
軍事史でよく見る「あの車輛はこうすればよかった」というたらればが、今回は見つからなかった。
Ⅱ号戦車への搭載も一度は考えた。だが現実には、機甲師団への優先配備が進む中、自走砲という未知の兵器のために「Ⅱ号戦車を幾らかくれ」と簡単に言える空気ではない。
実際、兵器局の何人かが試みていたようだが、いずれも却下されていた。
そもそもこの計画自体、不要となったⅠ号戦車があったからこそ成り立っている。言い換えれば、都合のいい車輛がたまたま手元にあった、というだけの話だ。
(にしても……緊張するなぁ。社会人の頃もそうだったけど……)
今日の試験には、兵器局第4課のクラウス課長、開発及び製造を担うアルケット社の設計陣、そしてこの計画のチーフを務めるギュンター・パウル・アルデルト、つまり勝流が立ち会っていた。
「君が初めて担当した兵器だ。仕上がりの手応えは?」
「正直なところ、わかりません。ただ一点、有能な兵器になるとは確信しています」
「……いい答えだ。では、お手並み拝見といこうか。始めてくれ」
「テスト開始!」
勝流にとっても、これは未知の体験だった。
アルデルトの記憶こそあれど、実際の兵器開発に携わるのは初めてのことだ。
設計の多くは、頭の中にある歴史上の完成形を頼りに、試行錯誤の末に形にしていった。
まずは走行試験。
舗装道路、砂利道、ぬかるみといった異なる路面を走行し、車体の機動性を確認する。
舗装路では概ね30kmを記録、最高速度は40kmに達した。
「うむ……重い砲を積んだ分、I号戦車の本来の機動性は損なわれているな」
「まさしくその通りです。ただ、これは想定の範囲内です」
(おぉ……随分と素直に言うじゃないか)
問題は悪路だ。
ぬかるんだ地面では20kmを出すのがやっとで、段差の乗り越えも意外と厳しい。
「泥に嵌ったら、自力での脱出は難しいかもしれんな」
「……ご指摘の通りです」
勝流は思わず言葉を詰まらせた。
確かに想定内ではあるが、ここは兵器の最終選考ともいえる場だ。
担当官が「これは駄目だ」と判断すれば、それだけで赤信号が灯る。
続いて、砲撃試験が始まる。
「カウントダウン、10秒前!」
標的はコンクリート製の小型建造物。敵歩兵陣地を想定して設置されたものだ。
「3、2、1、発射!」
砲身から放たれたのは、38kgの榴弾。
100メートル先の目標に直撃した瞬間、轟音とともに構造物が粉砕された。
爆煙があたりを包む。
「反動が凄まじいな。車体が浮いていたぞ」
「砲火力に対して車体重量が足りていないようです。車高が高いことも起因しているでしょう……ですが、これも想定内です」
クラウスは無言で頷いた。
続いて、行進間射撃のテストが行われようとしたが、勝流がそれを止めた。
当然である。15cm級榴弾の反動に、走行中のI号戦車の車体が耐えられるはずもない。
そもそも、先ほどの砲撃試験でも、反動で車体が浮いていた。
あの状態で走行しながら撃つなど、自殺行為に等しいだろう。
だがここは1940年のドイツである。
運用マニュアルには「射撃時は必ず停止すること」を明記しておく必要がある。
敵兵からの攻撃ならまだしも、自軍の兵器で味方を死なせるなど、あってはならないのだ。
試験は概ね成功とされ、クラウス課長はその場でアルケット社の設計陣に採用決定を伝えた。
もっとも、陸軍兵器局長カール・ベッカー砲兵大将の最終認可は必要である。
「アルデルト少尉、君の開発車輛は通った。アルケット社に正式に量産を依頼する」
「ありがとうございます!嬉しい限りです」
「……少し、こっちへ来てくれ」
クラウス課長は手招きで人目を避けるように言った。
「本音を言えば、こんな急ごしらえの兵器は認めたくない」
(……でしょうね!)
「とはいえ、我々は次なる戦いに迅速に備えねばならない。加えて、今日の試験を通じて、私はあの車輛に大きな可能性を感じた」
「……可能性ですか」
「そうだ。今はまだ粗削りだが、いずれ本格的に開発すれば、歩兵にとって真の友になるだろう。だからだ」
その言葉に続いて、クラウス課長は本題を切り出した。
「君にはこのプロジェクトを継続してもらいたい。いずれは15cm重歩兵砲に限らず、他の火砲も」
(おい……それってつまり……まぁ、今はいいか)
「引き受けてくれるか」
「承知しました。任務を全うします」
かくして、勝流が手がけた最初の車輛、I号15cm自走重歩兵砲は、歴史にその名を刻み始めた。
感想、ブックマーク、リアクション、評価、本当にありがとうございます!!
モチベになります!!
「ブックマークが1〜2件ついてたら嬉しいな〜」くらいの気持ちでマイページを覗いたところ、度肝を抜かれました。
正直なところ、1ヶ月くらい気楽に投稿を続けて、ブックマークが10件もつけば神に跪いて感謝しようと、本気で思っていたんです。
……が、実際にいただいた反応は、そんな予想を遥かに超えていて……
もはや神に跪くだけじゃ足りませんね……
改めて、感想、ブックマーク、リアクション、評価、本当に本当にありがとうございます!!!!!!
当初の通り、「気楽に、ゆっくり続ける」スタンスでやっていく予定なので、投稿ペースは少し遅めになるかもしれませんが、どうか気長にお付き合いいただけたら嬉しいです!