第3話 大口径の砲を自走させたい
状況を整理し、やるべきことを見定めた勝流は、工場から兵器局へと戻っていた。
上司への報告のためである。
「件の車輛ですが、使用可能な状態です。計画に支障はないかと」
「視察ご苦労。報告書をまとめておいてくれ」
先輩のエアハルトと、兵器局第4課の課長クラウスが、流れ作業のようにやりとりを進めていく。
勝流が社会人として働いていた頃にも、よく目にしていた光景だった。
「さて、面倒な報告書でも片付けますか」
「私が代わりにまとめましょうか?」
「アルデルトが?……構わないが」
勝流は、少しだけやらかしたと思った。
記憶こそあるが、アルデルトがどのような態度で仕事をしていたかまでは再現できていない。
要は、できるだけ違和感のないアルデルトを演じなければならないのだ。
「今回の計画には、力を入れたいと考えてまして」
「ふむ……」
エアハルトは、わずかに驚いた表情を見せた。
兵器局に配属されて以来、アルデルトはどこか影が薄く、真面目ではあるが積極的に動くタイプではなかった。
それが急に「力を入れたい」と言い出したのだ。
少しの違和感と、ほんの少しの期待。エアハルトは考えた末、ある提案を持ちかけた。
「なぁアルデルト、お前さえよければなんだが……今回の仕事、全部任されてみないか?」
「僕が、ですか?」
「あぁ、計画のチーフってやつだ」
勝流は内心で快哉を叫んだ。
これは幸運だ。ここで実績を出せば、報酬も期待できるし、後の行動にも自由が利く。
断る理由など、どこにもない。
「私に務まるでしょうか」
「もちろん、困ったことがあったら何でも聞いてくれ。手助けするよ」
「では……やらせてください!」
「よし!それと決まれば、まずは視察の報告書だ。よろしく頼んだぞ」
書類の作成ほど面倒な作業はない。だが、今後のためだ。やるしかない。
勝流は報告書を作りながら、計画の全容を把握していく。
計画名は・・・
「15cm sIG 33の自走化計画」
内容は、重すぎて運用に難のある15cm sIG 33を、既存車両に搭載して自走化する、というものだった。
この15cm sIG 33。
ドイツ軍が再軍備の一環として1927年より秘密裏に開発し、1933年に制式化された、歩兵支援を主任務とした重歩兵砲である。
この砲の開発を担当したのは、デュッセルドルフのラインメタル社。
重量38kgの榴弾を使用し、砲口初速は240m/秒、最大射程は4,650m。
大火力と長射程を兼ね備え、歩兵砲としては良好な性能を誇る。
第二次世界大戦を通じて、ドイツ軍の歩兵支援兵器の中でも、際立った存在であった。
しかしながら、この歩兵砲、あまりに重すぎた。
重量は実に約1.8トン。
これは、後にドイツ軍の主力対戦車砲となる7.5cm PaK40(約1.4トン)をも上回る重さだ。
機動性はほぼ皆無で、陣地展開にはどうしても時間を要した。
さらに、最前線の部隊移動についていけず、肝心の支援砲撃が間に合わないという問題もあった。
それらの問題を解決するために掲げられたのが、今回の自走化というコンセプトだった。
不要となった既存車輛に搭載し、自走化することで、前線に即応できる火力支援を生み出す。
それが、今回の計画の狙いだった。
(Ⅰ号戦車の視察に回されたのは、この計画のためか)
そもそもⅠ号戦車は、戦車兵の訓練用や、生産技術の習得を目的とした簡易的な戦車として開発された。
そのため、火力も装甲も足りない。
Ⅱ号戦車やⅢ号戦車の配備が進む中で、第一線を退くのは時間の問題だった。
(不要となった車輛を改造して砲を積む、いい考えだ)
イメージは湧いていた。
だが、実際に搭載するにはどうするか。
そこで役に立つのが、ギュンター・アルデルトの記憶である。
勝流自身は、ただ趣味で知識を得ている素人だ。
だが今の彼には、アルデルトの記憶がある。
豊富な専門知識を活かせば、案を組み立てることは十分に可能だ。
さらに、勝流には「史実を知っている」という強みがある。
実際に生産された車輛を手がかりにすれば、自ずと最適解は導き出せるはずだった。
「アルデルト」
(史実通りなら、次の戦場はフランスだ。来年の5月には、まとまった数が必要になるだろう。となると……)
「おーい」
「……あっ、エアハルト先輩」
「俺は先に帰るが、お前はどうする?」
「あぁ、もうそんな時間……もう少しだけ残ります」
「そういえば、報告書はできてるか?」
「はい、完成してます」
「よし……ん?それ、なんだ」
エアハルトが、机の上に置かれた一枚の紙を指さす。
「試しに描いてみた、車輛のイメージ図です」
「おぉ!馬鹿みたいに重い砲の自走化案か。見せてくれ」
勝流はそのまま図面を渡す。
気がつけば、自然と手が動き、記憶にあった車輛を描いていたのだ。
それは、史実に存在する、I号15cm自走重歩兵砲の姿に極めて近いものだった。
「これは……Ⅰ号戦車の車体に、砲をそのまま載せてるのか?」
「はい。砲塔などの上部構造をすべて撤去し、15cm歩兵砲をそのまま載せます」
「そのままって……まさか車輪までついたままか!?」
「はい。加えて、脚や防盾も付けたまま、です」
エアハルトが目を見開く。だが勝流は、静かに続けた。
「もし車体が故障しても、砲を降ろしてそのまま使用できます。単なる搭載ではなく、分離運用も想定した設計です」
エアハルトは数秒黙り込んだ後、ぽつりと呟いた。
「なるほど……だが、車体重量はどうする?」
「本来のⅠ号戦車の機動力からは、確かに落ちます。しかし、従来より素早く前線に火力を届けられます、あの15cmの火力をです。馬やトラックで牽引した後、時間を掛けて人力で展開するより、よほど効率的かと」
「……搭載する車輛がⅠ号戦車である理由は?」
「先のポーランドの戦いで、Ⅰ号戦車の性能不足が決定的なものになりました。そもそもⅠ号戦車は繋ぎの車輛みたいなもんですから。Ⅰ号戦車は最前線から徐々に退役し、現在はⅡ号戦車を優先して量産、配備が進められています。その為、今回の計画において、最も適任なのはⅠ号戦車。そう考えました」
説得力があった。
しかも、ここまでの案を、たった一日の視察だけでまとめてきたという事実に、エアハルトは驚きを隠せなかった。
本来こういった仕様検討は、兵器局ではなく、開発企業側の設計部門が担うものだ。
もしくは、企業と協議する。
それを先回りして形にするなど、異例もいいところだった。
「もう一点。あまり大きな声で言えませんが……我々には、使える戦車を持て余す程の、財布の余裕はないでしょう」
「なんとそこまで……すごいな」
「企業に依頼する以上、こちらの案にも筋が通っている必要がありますから」
(……本当にアルデルトか?)
エアハルトは、アルデルトが資料をじっと見つめるその横顔に、一瞬目を奪われた。
初めて、技術者としての顔が垣間見えた気がした。
しかし、この時の勝流は、更に先を見据えていた。
(車体がⅠ号戦車では、必ず性能不足になるだろう。砲の重量と砲撃の反動に、Ⅰ号戦車の部品が長い時間耐えられると思えない。早急にⅡ号戦車への搭載も考えておかねば……Ⅲ号戦車やⅣ号戦車は流石に無理だろうし)
此出勝流の、ギュンター・アルデルトとしての兵器開発は、まだ始まったばかりである。
いよいよ本エピソードから本格始動です。
それと、お伝えしたいことが1点、兵器名に関してです。
できる限りですが、検索したらすぐに出てくる名前で書いていくことにします。
味が出るように本家ドイツ語名をそのまま書いてもいいですが、興味を持った人が調べやすい・取っつきやすいようにということで。
以上、宜しくお願い致します。