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第15話 マルダー対戦車自走砲

1942年1月中旬。


勝流とベッカー大尉をはじめとした開発陣に加え、陸軍兵器局の高官たちが、新型対戦車自走砲の試験に来ていた。

今日は珍しい人物、陸軍兵器局第6課の課長、ヴァルター・カール大佐の姿もあった。


計画の指示者であるヒトラーが到着するまで、各々が準備を進める。


その時、クラウス課長に第6課のカール課長が声をかけた。


「クラウス大佐、お久しぶりです」


「カール大佐、数か月ぶりですね。昨年の会議以来でしょうか」


「ええ、確かそうです……今日はヒトラー総統閣下ご期待の新型自走砲を見に来ました。開発はクラウス大佐が?」


「いえ、私の部下です。アルデルト少尉とベッカー大尉が」


「なんと大尉が!これは驚きですね。総統閣下がご期待されているようですから、てっきりクラウス大佐が担当しているものと」


「いえ、正確にはアルデルト少尉がチーフとして計画しています」


カール課長は思わず目を丸くした。

普通は階級の高い者がチーフとなるはずである。少尉が主任というのは常識外れに映ったのだ。


「少尉ですか……本当に信頼できるので?」


クラウス課長はわずかに不快を覚えた。

カールは階級意識が強すぎるあまり、下級者を軽んじたり、意見を聞き入れない傾向があり、クラウスの苦手とするタイプだった。

軍隊において階級意識は重要だが、過度になれば業務に支障をきたす。


「勿論です。彼に自走砲の分野を任せて以来、絶対の信頼を置いています。今回の計画も自信をもって頼んでいますから」


「そうですか……自走砲ね、期待しています。ではまた」


やがて各員の準備が整い、ヒトラーが到着した。

全員が整列して迎えようとしたとき、総統から指示が飛ぶ。


「今すぐに試験を開始してくれ。一刻も早く、この計画を進めなくてはならん」


これを受け、クラウス課長が急ぎ前に出て進行を開始した。


「ではこれより試験を開始する!開発責任者、アルデルト少尉。説明を」


「はっ!では説明を始めさせていただきます」


勝流は背後の試験車輛を示し、口を開く。


「本車輛は、敵の新型戦車を正面から撃破可能な対戦車砲を搭載しています。また機動力を活かし、迅速に状況へ対応することを目的として開発しました」


Ⅱ号7.62cm 対戦車自走砲 マルダーⅡ。


挿絵(By みてみん)


1941年6月22日、ドイツ軍はソ連国境を越え、侵攻を開始した。

バルバロッサ作戦、史上最大の地上戦、独ソ戦の始まりである。

当初ドイツ軍は、ソ連に強力な戦車は存在しないと見ており、自軍の練度と兵器の質に絶対的自信を持っていた。

作戦は順調に進むと思われた矢先、それらは現れた。


KV重戦車、そしてT-34中戦車である。

これら2輌の性能はというと、ドイツ軍の主力戦車をはるかに上回っていた。

この事実を認識したドイツ軍は、まさしくショックを受けた。

以後、主力戦車と対戦車火器の性能向上は進められたが、実現には時間がかかった。

その間、T-34やKV相手には力不足となった貧弱な装備と、わずかに対抗可能な兵器だけで、だだっ広い戦線を維持する必要があった。


前線は、主力兵器の代わりとなる、ピンチヒッターを渇望していた。

そのピンチヒッターこそ、今回のⅡ号7.62cm対戦車自走砲「マルダーⅡ」である。


挿絵(By みてみん)


車体には、不要となったⅡ号戦車D/E型を採用した。

Ⅱ号初の高速偵察型で、最高速度は従来型より約10km速かったが、不整地での速度が期待されたほど伸びず、D/E型は量産の必要性がないと判断された。


挿絵(By みてみん)


一応、量産分はポーランド侵攻に参加したものの評判は芳しくなく、フランス侵攻直前には部隊から引き上げられ、置物同然となっていた。

しかし、1輌でも多くの使える戦車を欲していたドイツ軍が、走って戦える戦車を置物にする訳がなく、火炎放射戦車へ改造し、その運用も行われた。


それでも余剰が出たため、勝流は目を付けた。

倉庫で永眠しかけていた車体を引っ張り出したのである。


搭載した主砲は、ソ連軍から大量に鹵獲した「76mm師団砲M1936 F-22」である。


挿絵(By みてみん)


野砲だが、そのまま使っている訳ではない。

野砲でありながら高初速と低伸弾道を備えていた点に注目され、ドイツ軍はこの砲に本気の魔改造を施した。自国産の新型対戦車砲が前線に行き渡るまでの繋ぎとして、T-34に対抗可能な数少ない貴重な砲に仕立て上げたのだ。

その結果の産物が、マルダーⅡに搭載された「7.62 cm PaK 36(r)」という訳である。


挿絵(By みてみん)


魔改造は勝流やベッカー大尉だけでなく、火砲を司る第4課の知恵を結集して行った。


鹵獲兵器を自国基準にしようとしたため、その改造は割と大掛かりであった。


反動装置の再調整と強化。

マズルブレーキの追加。

照準及び照準器のドイツ規格化。

防盾のドイツ規格化。

牽引及び車輪、そしてサスペンションの規格統一。


これら改造に加えて、新型対戦車砲の砲弾との互換性も持たせることにした。

しかし、そのままでは使えないため、わざわざ専用の砲弾を製作した。


こうした改造を行うのは、勝流としては不本意であったが、新型対戦車砲の量産が遅れている現状では、致し方ない判断だった。


(ベッカー大尉がうっきうきの上機嫌で改造を考えていたが……本音としては、早くあの傑作対戦車砲を前線に行き渡らせたい)


勝流が説明を終えると、クラウス課長は試験を円滑に進めるため「質問は最後」と宣言し、走行、ついで砲撃試験へと移った。


まずは走行試験。

Ⅱ号戦車D型の不整地機動力は突出しないが、舗装路では軽快で最高約50kmを発揮した。

自走砲としては非常に速い数値で、機甲師団の機動に十分追随できると見られた。


続いて火力試験。

最重要項目ゆえ、試験場は緊張に包まれる。

ヒトラーさえ険しい表情で見守った。

まずは距離500mで射撃。

標的はT-34の正面装甲を模した鋼板である。

実厚45mmで、これに約60度の傾斜が掛かる。よって、理論上の実効厚は約90mmである。

東部戦線帰りの搭乗員は、その表情を引き締める。

意を決して、射撃。


Feuer(撃て)


合図と共に高初速の砲弾が放たれた。

一瞬の内にして仮想標的に到達。

見事に命中。


「やった……貫徹だ、貫徹してるぞ!」


開発陣の肩の荷が下りる。

ヒトラー総統はにんまりと口元を緩めた。

距離を延ばして砲撃試験を続けると、1000mでは貫徹が怪しくなる。

結果から逆算すれば、有効射程はおよそ800mと見積もられた。

有効射程としては、まずまず、と言ったところ。

T-34やKVが出るたびに、わざわざ空軍の高射砲部隊を呼ばずに済むことを考えれば、7.62 cm PaK 36(r) は画期的な性能と言えた。


試験後は質疑応答へ。

最初に口を開いたのは、やはりヒトラーである。


「なぜマルダーⅠではなく、マルダーⅡなのかね」


もっともな疑問である。

勝流が答えた。


「マルダー対戦車自走砲はⅠからⅢまでを計画しています。本時の試験に間に合ったのがⅡで、ⅠとⅢは間に合いませんでした。生産を一刻も早めるため、Ⅱを先行させています」


「……よろしい。続けてもう一つ、搭載可能な火砲の種類は」


「現状は7.62 cm対戦車砲ですが、量産が軌道に乗れば、ラインメタル社製の新型対戦車砲も搭載可能です。この設計はシリーズ共通です」


ここでヒトラーは質問を止めた。

次に手を上げたのは、第6課の課長ヴァルター・カール大佐である。


「装甲は薄く、背が高い印象だ。これでは隠蔽も乗員防護も心許ないのでは?」


クラウス課長やアルケット社の開発陣は「痛いところを突かれた」という表情を見せたが、勝流は動じない。


「ご指摘の通りです。しかしながら、本車輛は敵戦車との決闘を目的とせず、交戦を極力避け、迅速に適切な待ち伏せ位置へ潜伏し、敵に認識される前に標的を狩ることを主目的としています」


「装甲の件は納得した。では、なぜこれほど背が高いのか」


「……」


勝流が言葉に詰まる。カール課長は得意げだ。

ここでベッカー大尉が一歩進み出た。


「横から失礼します。アルデルト少尉と共に設計を担うベッカー大尉です。今の質問、私がお答えします……理由は単純です。デザインを詰める時間がなかったためです」


カール課長は思わず言葉を失った。


「いや……しかし、それでは隠蔽性が低すぎるのではないか」


「確かに。しかし東部戦線の現状を鑑みると……一刻も早く、一門でも多く、強力な対戦車砲を求められています。僭越ながら申し上げますが、カール課長の元にも、戦車砲の貫徹力強化を求める切実な要望が山のように届いているはずです」


図星だった。

東部戦線の部隊からの嘆願は、まさに山積みである。

しかもヒトラー総統の前では、引き下がるしかなかった。


「……分かった。納得した。ただし今後もマルダーの開発が続くなら、見た目は見直すべきだろう」


「しかと設計仕様に刻みます」


勝流は救われた心地がした。

新人時代、こうして助けてくれた上司や先輩の姿が脳裏をよぎる。


質疑が終わり、総評へ。

ヒトラー総統の口から、採否が告げられる。


「マルダーⅡは採用とする!直ちに量産へ移れ!東部戦線の兵士たちは、この火力を欲している!」


今回は予想通りの結末だった。

開発陣が安堵したその直後、次の言葉が場内をどよめかせる。


「マルダーシリーズは継続して開発せよ!加えて、現在進行中のマルダーⅠ、マルダーⅢも無条件で量産を認める。以上だ」


最も驚いたのはクラウス課長である。思わず言葉を挟んだ。


「総統閣下、恐れながら、試験をご覧いただかないことには」


「今日のマルダーⅡを見て確信した。アルデルト少尉、そしてベッカー大尉は設計者として信頼に値する」


唐突の賛辞に、クラウスは驚きを隠せなかった。

部下が総統に認められ、同時にマルダーが優秀な兵器と認められたのだ。


これにて本日の試験は終了。

食ってかかるかに見えたカール課長も、足早に去っていった。


第4課の開発陣が集まり、クラウス課長、さらに陸軍兵器局のレープ局長から労いの言葉を受ける。

レープ局長はこれでもかと褒めちぎり、勝流とベッカー大尉は束の間に、努力が報われた気分になった。

そして、クラウス課長から二人へ、嬉しい知らせが続く。


「まずはアルデルト少尉。君は今日から中尉だ」


「えっ……本当ですか!?昇進ってことですよね!」


「その通り、少尉から中尉に昇進だ。そしてベッカー大尉」


「はっ」


「君はフランスのパリへ赴き、陸軍兵器局特別支部の局長を務めてもらう」


「はっ。フランスのパリにて、陸軍兵器局特別支部の局長を……へ?局長?」


「何か不思議なことを言ったか?」


「いや……なるほど。大尉で局長ですか……」


「ああ、それとアルデルト中尉、君には別件がある。マルダーシリーズは諸事情もあるだろうが、以後のチーフはベッカー大尉とする」


「マルダーの開発チーフをベッカー大尉にですね。承知しました」


「大尉で局長……ん?今、なんと?」


「ひとまず兵器局に戻ろう、詳しい話はそれからだ。コーヒーでも飲みながら、落ち着いて話そう」


勝流は予感した。

勘ではあるが、確かな像が結ばれていく。


(ついに来たかもしれない。あの車輛を本格的に計画する時が……!)

↓マズルブレーキがついていない7.62 cm PaK 36(r) と、これを搭載したマルダーⅡ。

挿絵(By みてみん)


マズルブレーキがついていない正確な理由は曖昧ではあるものの、緊急で必要となったか、それとも損傷したか、そもそも装備されずに配備された可能性がある。


挿絵(By みてみん)


↓躍動感あふれる7.62 cm PaK 36(r)

挿絵(By みてみん)


映像についてですが、マルダーⅡではなくマルダーⅢならありました。

搭載されている砲も7.62cmではなく、かの傑作対戦車砲ですが、まさかのカラーでしたので載せておきます。

https://www.reddit.com/r/TankPorn/comments/qi8ayz/original_color_footage_of_ww2_german_marder_iii/


もしかしたら年齢制限や登録を求める表示が出るかもしれませんが、一応説明を。

redditはユーザーが興味のあるトピックごとにスレッドを立て、投稿やコメントを通じて情報交換をするアメリカ発の掲示板型SNSです、日本の2chや5ch、X(Twitter)みたいなもんだと思ってください。


私は第一次世界大戦から21世紀の最新までの航空機・戦車、艦艇をテーマとする無料のMMOコンバットゲームのリークを探ったり、反応を見るのに使っています。

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― 新着の感想 ―
私の知ってる某おせんしゃゲームに出てくるマルダーは、38tの車体を使ったⅢみたいですね このお話ではもう1940年時点で独ソ戦始まってるんでしたっけ? ※ラシェイニャイKVをなせかKV-2と思い込ん…
史実に対してどの程度兵器開発が進んでるのか分かりませんが、主人公の活躍は小気味良いですね。 ドイツ視点での第二次大戦物は幾つか読んだのですがT34とかソ連戦車に苦戦するからなぁ
あと最初の年号が少しおかしいです1940年になってます 1942年ぐらいでは?
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