1.俺の可愛い幼馴染み③
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そんなある日、村に買い物に出かけていた俺は王都から村に遊びに来ていた子供に『結婚するならどんな人がいい?』と聞かれた。
いきなりそんなことを聞かれて驚いたので理由を聞くと、王都にいる貴族は政略結婚で恋愛結婚ではないらしく、貴族じゃない人はどんな基準で結婚する人を選ぶのか気になったから質問したとのことだった。
「ずっと一緒にいたいと思った人とか?」
「俺は父様と母様とずっと一緒にいたい!」
(それは家族に対する感情で結婚とは別なんだけど……。説明するのが難しいなぁ。この子は知らない子だし二度と会うこともないだろうからここは厨二病設定で押し通すか)
そう結論づけた俺は、前世の記憶を頼りに厨二病っぽい言葉で伝えることにした。
「絶対的な権力者。プロポーズの言葉は『この世界を君に』だと即オッケーしちゃうな」
「それってどんな人? どういう意味?」
「世界征服できちゃうような人から『世界を君にあげるから結婚してほしい』ってプロポーズされたいってこと」
「世界は五大陸に分かれてて行き来するだけでも大変なのに、世界征服なんてできるわけないじゃん」
子供が物凄く残念な奴を見る目でこちらを見つめる。
(さすが貴族の息子。ちゃんと世界の常識を知ってて偉いじゃないか。よし、ここは更にゴリ押しだな)
世界の常識は俺も父さんに教えられているのでもちろん知っている。まぁ俺はこの村と隣村くらいまでしか行ったことない田舎者なんだけどさ。
「ドラゴンに乗って新婚旅行とかできる人がいいな」
魔法がある世界なんだからドラゴンだっているはずだと、前世に映画館で見た剣と魔法の世界を思い浮かべる。
「はぁ!? ドラゴン!? 一匹倒すのに一万人で討伐できるかどうかの化け物を人間が使役できるわけないじゃん。夢見すぎ。そんなんじゃ絶対結婚できないよ?」
(ふふふ、うまくいった。作戦通りだ)
話を上手くそらせたような気がする。
「庶民って可愛い子がいいとか、料理が上手い子とかがいいんじゃないの?」
(貴族って平民をそんな風に思ってるのか? むしろそれもプラスであればいいけど、一番はもっと別なものだと思うんだけど……)
村には子供が俺とルーカス以外にもいるけど、女の子はあまり外に出なかったりするので会う機会はほとんどない。
「可愛いかどうかは俺が決めるし、料理は相手じゃなくて俺がするから料理上手じゃなくていい」
家事を妻がやるとか仕事は男がやるとかそういう固定概念は俺にはない。適材適所。得意な方がそれをやればいいし、二人とも苦手だったら二人で協力してやればいいというのが俺の持論だ。
「お兄さん変わってるね。でもドラゴンは俺も見てみたいかも! お兄さんがドラゴンで新婚旅行するなら俺の町にも遊びに来てね」
「俺もそんな人がいれば嬉しいけど……、まぁ無理だろうな! はははっ」
(はははっ。なんとかうまく誤魔化せたらしい)
「お兄さんは誰かと付き合いたいとか思わないの?」
(結婚の話は上手くかわせたのに、次は付き合う人の話題か。子供って好奇心旺盛だよなぁ)
そう思いながら自身の価値観を思い浮かべてみる。
「うーん、俺は恋愛とか結婚には興味ないからなぁ。もし付き合うなら、その人と結婚したいなとは思うけど」
「じゃあ、お兄さんと付き合う人は結婚するまでに世界征服してドラゴンも使役しなきゃいけないんだ。大変だね……。もしその人が世界征服できなかったらどうするの?」
(まさかさっきの厨二病な発言が効かないとは思わなかったな。この質問はどう答えるべきか……)
「そうだな……。その人が俺の父さんより強いならいいかな」
「…………お兄さんのお父さん、そんなに強い人なの?」
「俺の父さんは元騎士団長だったから強いよ。俺一回も勝てたことないし」
「じゃあ、お兄さんと付き合ってなくてもお兄さんのお父さんを倒せたら付き合えるってこと?」
「それはない。俺にも好みがあるから誰でもいいってわけじゃないし」
「ふーん、お兄さんってやっぱり変わってるね」
「そうかもな。さて、そろそろお迎えが来たみたいだぞ?」
俺たちの視線の先には『坊ちゃまー!』と叫びながらこちらに向かってくる執事らしき人物と、その後ろには鎧に身を包んだ複数の護衛らしき人物が向かってくる。
「あー、見つかっちゃった。お兄さんには素敵な相手がもういるみたいだから、結婚したらその人と隣の大陸のセントラルに遊びに来てよ。じゃあね」
意味深な発言を残し、お互いがどこの誰だかわからないまま俺は買い物を済ませて家に戻った。家に戻るとリビングには両親とルーカスが揃っていて、買い物の荷物を置いてテーブルを囲うと、俺は今日あった出来事を話した。
俺が話している間、三人は話に耳を傾けながら時折難しい顔で何かを考えているようだったが、それは俺の話しが終わっても変わらずそんな様子に俺は、厨二病発言が痛いと思われているのだろうかと若干の居心地の悪さを感じていた。すると今まで黙っていたルーカスが口を開いた。
「世界征服にドラゴン……」
その口調と声のトーンから、年上なのにそんな常識のないことを言うのかと呆れているというよりも何かを考えているように感じる。
そして俺がルーカスに何をそんなに考えているのか聞こうとしたとき、父さんが重たい口を開いた。
「どうしてもドラゴンでなくてはダメか? 飛竜なら父さんのいた騎士団にもいたし、俺が操縦して二人を乗せて旅行に行く事だってできるぞ」
なぜ父さんは俺が結婚相手に望むことを父さんが叶えようとしているのだろうか。俺の厨二病発言のせいで話がどんどんややこしくなってい「世界征服してドラゴンを使役できるような子と私仲良くしてもらえるのかしら……」
母さんは母さんでそんな凄い子と仲良くできるだろうかと悩んでいるようだ。
「みんなそんな真剣に考えないでよ。そんなことできる人なんていないって俺だってわかってるって。重要なのは愛だろ?」
ははっと笑って話題を変えようとするのに俺が家族とルーの中でどんどん痛い奴になっている気がする。
「そうか……愛か……そうだよな……うん……」
父さんも母さんも俺の言葉に何故か納得したように頷いている。そんな両親と俺の様子を見ながらルーカスがニコニコと笑う。
「じゃあエルの結婚相手になれるのは一人だけってことだね」
貴族や王族以外は一夫多妻じゃないので平民の俺が結婚するなら相手は複数じゃなくて一人だけだ。ルーカスが言っていることは正しいのになぜだか違うと答えたくなってしまうのはどうしてだろうか。
「まあ……その……なんというか……うん」
何を言ったらいいのかわからずに言葉を濁す俺に母さんが笑顔を向けて言う。
「エルが結婚ね~。どんな子を連れてきてくれるのかしらね」
母さんはまだ恋人すらもいない俺の未来の嫁を想像して目を輝かせている。結婚しない人生もあるんだからまだ子供の俺に過度な期待はしないでほしい。
父さんは父さんで『お父さんって呼ばれるのか』と何だか嬉しそうにしている。だからいもしない人物を勝手に想像して二人で楽しむのはやめてほしい。
「エルは世界征服するゴリラみたいな嫁が欲しいの?」
「え?」
「エル、どうしたの?」
俺の反応が変だと思ったのか母さんが不思議そうに声をかけてくる。
「あ……いや……えっと……その……」
何を言っても藪蛇になりそうでうまく言葉が出てこない。
そんな俺を見てルーカスがニッコリと笑う。
「エルはゴリラよりも俺の方が好きだよね?」
「え?」
「……エルは俺よりゴリラの方が好きなの?」
ルーカスの目がウルウルしだして今にも涙が零れ落ちそうになる。
「ちょっ……、そんなわけないだろ。ルーの方が好きだよ」
「それって一番好きってこと?」
ここで一番でないないなんて答えたら大号泣されるのは目に見えている。そしてなんだかんだ言って一番好きだと答えたらそれはそれで大号泣される気がする。なら答えなど一つしかない。俺はルーカスの目を見つめて言う。
「ルー、好きに順番なんてつけちゃダメだ。俺は父さん母さんもマリーさんもルーも大好きなんだから。一番に選ばれなかった人は悲しむだろう? 俺はそんなことしたくないんだ」
どんなに愛してくれてたって父さんの一番は母さんで、母さんの一番は父さんだということを見せつけられながら成長してきた俺は、誰かの一番に自分がなれるとは思っていないし誰かを自分の一番にしたいという欲求がない。
俺にとってはみんなが一番で、仲良くできるならそれでいい。そんなことを考えていた俺はルーカスが「エルがそう思うなら今はそれでいいよ」と小さく呟いたことなんて気づかずにいたのだった。
「世界征服して世界をくれてドラゴンを使役するムッキムキでゴリラみたいな屈強なお嫁さんが欲しいんだろ?」
ルーカスが俺の厨二病設定を拾い上げて想像した俺の未来の嫁は、ムッキムキで弾丸も筋肉で弾いてしまえるくらい屈強なゴリラだったようだ。
「それは……」
屈強でゴリラな嫁が欲しいわけではない。そもそも俺は華奢で守ってあげたくなるような人が好きだ。