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1.俺の可愛い幼馴染み②

     ***


「…………ル! エル!」

 ルーカスが俺を呼んでいる。

「どうかしたのか?」

「どうかしたのか? じゃないってば。立ち止まって何か考えて自分の世界に入るとエルはすぐ俺のこと忘れちゃうんだから……」

「俺がルーのこと忘れるわけないだろ」

 手で頭を撫でれば素直に撫でられる幼馴染みに、カッコよくなっても昔の可愛らしさの片鱗があるように思う。

「訓練所の人たちは話しかけてきても大丈夫なんだろ?」

 話題を戻してルーカスのことを尋ねれば、自分に興味が移ったのが嬉しいのかルーカスが笑う。

「あの人たちは訓練に必要なことしか話しかけてこないから」

(それってコミュニケーション不足なのでは?)

 そう思うが構われるのが苦手なルーカスが訓練所で過ごしやすいならそれでいいかとも思ったりする。

「あのお姉さんたちと一緒に行ったら好きなご飯奢ってくれるぞ?」

 視線をルーカスからそっとまだこちらの様子をうかがっている女性陣に向ける。

「俺はエルの家でエルが作ったご飯がいい」

 顔を両手で挟まれて首ごとルーカスの方に向けられて、強制的に目の前にルーカスがいる態勢になる。

「うちじゃ出てこない分厚い肉が食べられてもか?」

 首が痛いので頬を挟んでいる手の上から手を重ねて、ルーカスの手をどかす。

「肉じゃなくてエルが作る野菜炒めが食べたい」

(俺だったら絶対肉が食べたいんだけどな。それにルーカスだって肉が入った料理を出したら目をキラキラさせて食べてるから肉は嫌いじゃないと思うんだけど)

 うーん。と考えているうちにルーカスに腕を引っ張られて気がつけば自宅に着いていた。

「明日は稽古で一日いないから」

「そっか。頑張れよ」

 家の家事を手伝いながらルーカスは訓練所に通っている。今日のように休みの日の翌日は一日訓練がある仕組みらしい。

「頑張ったら褒めてくれ」

「今でもルーカスは十分頑張ってると思うけど?」

「全然だめだ。クリスさんからまだ一本すら取れてない」

「俺の父さんは元騎士団長だぞ? 数年稽古しただけでルーカスが一本取ったら立場がないって。ってかいつのまに父さんと試合したんだよ。俺全然知らないんだけど」

「クリスさんの手が空いた時に時々。訓練所だけじゃ全然足りないから」

 クリスというのは俺の父さんの名前だ。自分の母親は呼び捨てにするのに俺の父さんはさんづけって、どういうことなんだろうかとは思わなくもないが、それはルーカスの中で身内以外はさんづけでとかそういう独自ルールがあるのかもしれない。

「訓練所だけじゃ全然足りないって、何をそんなに急いでるんだ? 手にできた豆が潰れて血まみれだった時があったの知ってるんだからな」

「豆も血まみれなのなんともない。潰れて剣だこができたって強さには関係ないし、クリスさんと対等にやり合いたいんだ」

 グッと右手を握りしめるルーカス。

「言っとくけど、俺の父さんは前線から退いたって弱くないからな」


 ルーカスが俺のことをまだにーちぇと呼んでいた頃に俺は父さんと模擬戦をやったことがある。俺は木刀を持ってたけど父さんは子供相手だからと木刀すら持たずに素手だった。

 結果は惨敗。全力で何回挑んでも木刀は全くかすりもしないし、気がついたら父さんに頭にチョップされたり、額にデコピンをされただけで後ろに尻もちをついて倒れていた。

 そしてその時、俺のやる気は木っ端微塵になって風と一緒に飛んでいった。

『もう絶対に剣なんか持たない!』

 木刀を父さんに向かって勢いよく投げて、近くで見ていた母さんに泣きついた。

『かっこよかったけど大人げなさすぎよ』

 そう言って母さんが父さんをたしなめている。

『君の前で子供にだろうが負けるわけにはいかない』

 スッと父さんが片膝をついたかと思うと母さんの手の甲にチュッとキスをする。

『もう私は姫様じゃないのよ』

 それは騎士が主に忠誠を誓ったりするポーズだと母さんが前に教えてくれた。

『俺だけの大切な姫様だ』

『ふふふっ、あなたったら』

 母の膝に抱き着いて泣いてる俺を無視して二人の世界が繰り広げられていることにも悲しくなって、更に俺は叫ぶように本格的な大号泣し始めたのは忘れられない記憶として残っている。


 そして俺が絶対に剣術はやらないと宣言してから数年後、ルーカスが母親に『訓練所に通いたい』と言ったらしい。今まで我儘一つ言わなかったルーカスの初めての願いを叶えようと、ルーカスの母は俺の父に訓練所に通うためにはどうしたらいいのかを聞いてきた。

 通常は親が騎士の息子か、実力を認められた者しか通えないのが訓練所なのだが、元騎士団長である俺の父親の口利きでルーカスはすんなりと訓練所に通えるようになった。

『何でいきなり訓練所に通いたいなんて言い始めたんだよ』

『………………強くなりたいから』

『マリーさんはいいって言ったのか?』

『俺が真面目に訓練するならいいって言った』

『そっかー。マリーさんが許可したなら俺に止める権利はないな』

 マリーさんというのはルーカスの母親の名前だ。小さな頃におばさんと言ったら怒られて、それ以来俺はルーカスの母親を名前にさんづけで呼んでいる。   

 ちなみにルーカスは実の母親をマリーと呼び捨てだ。二人がそれでいいならいいんだけど、ママではなくても母さんとか名前呼び捨てじゃなくても親を呼ぶ呼び方なんていくらでもあるだろうにと思ってしまうのは俺が元異世界からの転生者だからだろうか。

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