5.絶望と希望①
やはりあれから十五分程度で村に到着した俺は、突然現れて両親を驚かせてしまった。
毎日仕事三昧でお金を使う時間もあまりなかった俺は、村でのんびりと色々な作業を手伝いながら実家という環境を満喫していた。
「のどかだなぁ」
仕事で朝早く起きる必要もなければ、朝食を作っただけで母さんに喜ばれるという平和でのどかな日々を過ごしている。
「長期休暇っていつまでなんだろう? もうそろそろ騎士団に手紙でも出して聞いてみるべきなのか?」
俺が村に戻ってから半年がたとうとしてたが、騎士団から何の連絡もないしルーカスも村に戻ってきていない。
「退屈だなぁ」
最初は休暇を満喫していた俺も、半年も仕事をしていないと実は音沙汰がないままクビになっているのではないかと思い始める。
「広場の方に行ってみるか」
広場では子供たちが遊んでいる。一緒に遊んで家に帰る前にお菓子を渡そうと作ったお菓子を持って広場へと向かうと数人の子供たちが遊んでいた。
「俺もまぜてくれ」
「いいよー」
子供たちも俺の存在になれたもので、俺と一緒に遊んでくれる。
だんだんと日が落ちてきて夕方になった頃、もうそろそろ家に帰ろうと言おうとすると村の青年が真っ青な顔をしてこっちに向かって走ってくるのが見えた。
「魔物のスタンピードだ! みんな逃げろ!」
魔物たちが一斉にこの村目掛けて押し寄せてきているらしい。
この村でまともに戦えるのは父さんくらいしかいない。あとは武器を持ったこともない農民だけ。
「みんな俺の家に逃げろ!」
父さんでも守れる範囲には限りがあるのはわかってる。でも魔物の群れが来るのをわかっていて別なところに逃げろとは言えない。
俺の言葉に一斉に子供たちが走り出す。全員行っただろうかと広場を見渡すと一人転んで蹲っている子供がいた。声をかけようとした俺の視界に魔物が勢いよく飛びかかってくるのが見えた。
「危ないっ!」
魔物に襲われそうになっていた子供の前に咄嗟に出て、子供を自分の後ろに隠す。
「ぐわぁぁぁっ」
魔物が容赦なく鋭い爪を俺に振り下ろし、俺は胸から腹にかけて自力では絶対に塞がりそうもない深い傷を負った。
「お兄ちゃん!」
「俺はいいから早く俺の家に逃げろ! あの家には父さんがいる。そこなら安全だ」
「でもっ」
「いいから早く行け!」
次の攻撃を庇えるだけの体力がない俺は、血が噴き出す腹を押さえながら叫ぶ。子供が走って行ったのを確認すると、出血と痛みによって意識が途切れ途切れになる。
「……ごめんな、ルー。約束……守れそうに、ないや……」
意識が保てたとしてもこの傷では助からない。ルーカスとした約束を守れないことを悔やみながら俺は地面へと倒れこんだ。
***
『エル! エル! 起きてよエル!』
遠くで誰かが叫んでいる。起きなければと思うのに体はおろか、目すら開くことができない。
『俺はこんなことのために頑張ったわけじゃない……』
ポタポタと温かい液体が俺の顔に落ちてくる。
『ヤダ。ダメだ。俺を置いていかないで……ヤダ、絶対ダメだ』
痛いぐらいの力で抱きしめられる。
『頼むから、誰でもいいからエルを、俺の大事なエルを助けてっ』
悲痛な声で誰かが叫んでいる。
『こんな能力なんていらない。俺はエルと一緒にいられれば他には何にもいらない』
ゴゴゴゴと不吉な音と共に、ひんやりとした空気が漂い出す。
『…………もう無理なのか? 俺はたった一人の大切な人すら守れないのか?』
ゴロゴロと雷のような音と、ゴォォォッと燃え盛る炎のような音が聞こえる。
『ごめんねエル。約束守れなくてごめん。弱い俺でごめん。愛してるよ』
唇に何かが触れた瞬間、温かい光に包まれる。
『ごめんね、さよなら、愛してる』
俺が地面に横たわると、たくさんの悲鳴と共にすぐ近くに激しい雷が落ちたような轟音が響き渡った。
***
目を覚ますと涙で顔をぐしゃぐしゃにしたルーカスに抱きしめられた。
「よ、よがっだぁぁぁぁぁっ」
ルーカスの声も俺を抱きしめる腕も震えている。
「リオと同じ色だ」
目の前には真っ黒で艶々とした髪が見えた。いつもと全然違う色なのにルーカスだと俺にはわかった。
「もうどこも痛くない?」
抱きしめていた腕を緩めて、正面から心配そうにルーカスが俺を見つめてくる。
「どこも痛くない。リオと同じ綺麗な赤い目だな」
「エルはこの目と髪の色、嫌いじゃない?」
「綺麗な黒と赤で好きだよ」
「よかった………………」
ルーカスがポスンと俺に向かって倒れこむ。
「ルー!?」
慌ててルーカスの様子を確認すると、スースーという規則正しい寝息が聞えてきた。
「よかった、寝てるだけみたいだ」
そっとベッドから抜け出してルーカスに布団をかける。
「ルーカス、エルの様子はどうだ?」
父さんが部屋に入ってきたので人差し指を口に当てて静かにとジェスチャーで伝える。
『俺は大丈夫だから詳しい話はそっちの部屋で』
口パクとジェスチャーで隣の部屋に移動しようとうながすと、それを理解した父さんが静かに部屋を出て行った。
「で、俺が倒れてる間に魔物のスタンピードはどうなったわけ?」
隣の部屋のドアを開けながら俺が気になって仕方ないことを問いかける。
「あの馬鹿共は俺が対処した」
「えっ、誰!?」
長い黒髪に赤い目の男が俺の問いに答えた。
「ルーにそっくり」
「違う。あいつが俺にそっくりなだけだ」
ムスッと返事をするその声もルーカスに似ている。
「もしかしてルーのお父さんですか?」
「そうだ」
「ちょっと、今はそんなことどうでもいいでしょ」
「マリーさん」
「この人ったら常識がなくてごめんなさいね。ディーのせいで大変だったのよ」
「ディー?」
「本名は長いからエルもディーって呼んでね。この人の名前よ。この度はディーとルーカスがあなたを巻き込んでしまってごめんなさい。体は大丈夫?」
「大丈夫です。風邪もひかないくらい頑丈なので」
「エルが無事で本当によかったわ」
「エル!」
部屋に飛び込んできた母さんが俺を抱きしめる。
「無事でよかった。心配したのよ」
「ご覧の通り、俺は元気だよ」
「本当に元気なの? ルーカスが血まみれのエルを抱きかかえてきたかと思ったら、エルが目覚めないまま五日間も眠り続けていたのよ」
「血まみれの俺?」
魔物に襲われたことを思い出した俺は、自分の服をめくって腹を見る。
「怪我がなくなってる……」
それどころか傷あとすら残っていない。
「ねぇ父さん、大量の魔物がスタンピードで村に押し寄せてきたと思うんだけど、あれって夢じゃなくて現実におきたことだよな?」
「現実だ」
「じゃあなんで俺の腹には傷の一つもついてないわけ? 俺魔物にガッツリお腹切り裂かれたんだけど」
何度見ても俺の腹はいつも通りで、大量出血するほどの怪我を負ったようには見えない。