3.就職先が決まりました⑥
「じゃあ訓練所行って来いよ。俺はここで待ってるから」
「え? 一緒に行こうよ」
ルーカスは職場である訓練所へ行くのに俺を連れて行こうとする。
「俺は部外者だからここで待ってる」
騎士団にいても俺は厨房勤務でルーカスは騎士団勤務だ。部下でもないのに関係ない俺がついて行くのはおかしいので待っていることを伝える。
「エルは明後日からここで働くんだから部外者じゃないってば。俺がここに戻ってくるのも時間かかるし、エルも一緒に行ってそのまま出かけようよ。その方が絶対早いからさ」
「まぁ、そういうことならついて行こうかな」
邪魔にならないように隅っこで大人しくしておこうと心に誓った俺だった。そのまま手を繋いで訓練所へと向かう。
「何だか一緒に買い物に行った時を思い出すよね」
「あっ、俺も今そう思ってた」
「毎日一緒だったのにエルに会えなくて毎日死にそうだったよ」
「大げさだなぁ」
「寂しすぎて魔物討伐の遠征で前衛で戦ってたら、後衛の人に『お前がいると俺たちの仕事がない』って言われたんだけど」
「それが隊長になれた理由なんじゃないか? 後衛の安全を守りながら魔物討伐したルーは偉い!凄い! カッコいいぞ」
これは本気の賞賛だった。だから今日は目いっぱいルーカスの好きなものを作ろうと決めた。
「エル、着いたよ。ここが訓練所だ」
いつの間にか隣から俺の手を引いて前を歩いていたルーカスの顔が、真っ赤になっていたのを後ろを歩いていた俺が見ることはなかった。
「全員いるな」
「ルーカス隊長、顔が赤いようですが大丈夫ですか?」
「「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ」」」
声をかけた人物とその周囲にいた男たちが一斉に悲鳴をあげた。
「えっ、何事!?」
前にいる俺よりも身長の高いルーカスのせいで何が起こっているのかわからず、前を見ようとルーカスの隣に行こうとすると手で制される。
「危ないから少し下がってて」
「わかった」
その指示で俺は先程の距離間でエルの後ろへと戻った。
「じゃあ一対一だと時間がかかるからまとめて訓練してあげる」
ルーカスが何度か指を握って開くのを繰り返す。
「スリー、ツー、ワン」
ルーカスがカウントダウンを始めてゼロになる瞬間、二十人くらいいた騎士団員が一斉にルーカスに襲い掛かる。
「ルー、危ないっ!」
咄嗟に恐怖のあまり目をつぶりながら俺は叫んだ。
「エル、終わったよ」
「え?」
ルーカスの声がすぐ近くで聞こえて目を開けると、俺のすぐ隣に無傷のルーカスがいた。
「ルー、怪我はないのか?」
「見ての通りピンピンしてるよ。待たせてごめんね」
待ってない。全然待ってない。それに目をつぶっていたしあまりに一瞬過ぎて、団員がなぜ全員気絶してるのかがわからない。
「何が起きたんだ? 全員でルーに襲い掛かってお互いに頭でもぶつけて倒れてるのか?」
「そうなんじゃない? しばらくは目を覚まさないだろうから出かけようか」
「それでいいのか?」
「うん、問題ないよ。ここにいるのは俺の部隊のメンバーだから」
「そっか、じゃあ早く行こう」
「そうだね」
俺が迷子にならないようになのかルーカスが手を差し出してきたのでその手をとって訓練所を後にした。
「うっ、俺ルーカス隊長の連れてきた人を見ようとしたから一番最初にやられたのか? 理不尽すぎる」
「お前はまだいい。俺なんてさっきあの人の荷物持とうとしただけで電撃で弾かれて吹っ飛ばされたんだぞ?」
「ルーカス隊長の俺たちに対する牽制が酷すぎるっ」
「さっき一対一の訓練で俺らをボコボコにして即いなくなったと思ったら、今度はまとめて相手して一瞬で全員を気絶させて吹っ飛ばすとか人間じゃねぇだろ」
「言うな。ルーカス隊長が本気を出したら魔物も一瞬で肉片になるんだぞ」
「俺たち遠征について行っただけで何もしてないもんな」
「怖いっ。怖すぎるっ。俺、部隊変えて欲しいっす」
俺とルーカスが買い物から戻った頃、ようやく目を覚ました騎士団員がノロノロと起き上がりながら切々とこんな会話をしていたなんて、野菜炒めを作るためキッチンにいた俺は全く知らずにいたのだった。