3.就職先が決まりました④
「失礼いたします」
先程とは違う男がティーカップとお菓子の入った皿をワゴンに載せて部屋に入ってきた。
「もしかして立ったままお待ちでしたか? どうぞこちらにお座りください。今料理長がまいりますのでこちらをお召上がりになってもう少しだけお待ちください」
座ってもらわないと困るというニュアンスだったので椅子に座った。高級な椅子でスプリングが効いているのか勢いをつけて座ったからなのか尻が小さくポフンと跳ねる。
「では失礼いたしました」
また部屋に一人なってしまった。
「お召上がりになってとか言われても、面接してもらう立場で飲み物とお菓子食べてたら空気読めない変な奴じゃないか」
やることもないのできょろきょろと室内を見渡すと、豪華な絵画や高そうな彫刻が飾られているのが目に飛ぶ込んできた。
「無理。こんなところで働けない。帰りたい……」
弱気になって本音を漏らすと、廊下からバタバタと数人の足音が聞えてきた。
「大変お待たせしましたっ。料理長のアーノルドです」
お辞儀というか直角になる勢いで頭を下げながら名乗られて、驚いた俺はすぐに立ち上がって「本日面接にきたエルリオです。よろしくお願いします」と料理長よりも深々と頭を下げた。
「あ、頭を下げるようなことはおやめください」
料理長が更に慌てて俺に頭を上げるように指示してくる。
「本日面接を担当させていただく料理長のアーノルドです。いくつか簡単な質問をさせていただきますのでどうぞおかけください」
面接室の入り口のドアが全開に開かれたまま料理長が俺の正面の椅子に腰掛けて面接が始まった。
「まずはお好きな料理を教えてください」
「好きな料理ですか? 煮込みハンバーグが好きです」
厨房で働くかもしれないので『得意な料理を教えてください』と聞かれると思ったのに、なぜか好きな料理を聞かれてしまった。
「好きなお菓子はなんですか?」
「辛いものとすっぱいもの以外でしたら何でも好きです」
「好きな花や宝石はありますか?」
「特にないです」
「憧れる騎士はどんなタイプの騎士ですか?」
百歩譲って好きなお菓子までは料理関係として質問されるのは理解できるけど、好きな花や宝石とか憧れの騎士のタイプとか面接に全然必要なくないか?
「強ければ強いほどいいと思います」
「では最後に、騎士団にいるルーカスをどう思いますか?」
この質問をされる意味がわからない。厨房で働くことと全く関係ないと思う。
「俺の大切な幼なじみです」
「そうですか。お答えいただきありがとうございました。面接は以上です」
面接が終わってしまった。厨房で探しているのは即戦力になる人物だ。じゃがいもの皮むきもさせてもらえなかった俺は、実力を見るまでもなく不採用ということなのだろう。だったら何で幻獣を使ってまで俺をここに呼びつけたんだ?
「不採用ということでしょうか?」
言いたいことも聞きたいこともありすぎるが、まずは不採用だということを明確に伝えてもらった上で話がしたい。
「エルリオさんは採用ですが、何か不都合でもありましたか?」
「え?」
不採用だと思っていた俺は驚いて部屋中に響き渡るくらいの声をあげて立ち上がった。
「俺、採用なんですか?」
「ぜひ採用させていただきたい貴重な人物です」
貴重な人物だと言われる理由がわからない。何度も言うが俺はごく平凡な一般人だ。
「俺、じゃがいもの皮むきもしてないんですけど料理ができない奴だったらどうするんですか?」
「ルーカスからはエルリオさんの料理は世の中で一番美味しいと聞いています。ルーカスがそう言うのですからエルリオさんは騎士団の厨房で働くに相応しい人物だと思います」
「そ、そんな」
ルーカスだけの意見だけで俺がさも料理上手なコックみたいに思われるみたいなんだけど、実際の俺はごく一般的で平凡な家庭料理しか作れないんだけど……。
ハードルがいきなり高くなりすぎている。俺の身長以上に高くて飛び越せないハードルが目の前に見える。よじ登ってでも超えれば許されるだろうか。
「では本日は移動でお疲れでしょうから部屋に案内させます。何ともお恥ずかしい話ですが、現在厨房でトラブルが続いていて人の入れ替わりが激しくて住んでいただく部屋が用意できていない状況です」
「でしたら俺は中庭の片隅でも貸していただけたらそこで寝ます」
騎士団の中にある中庭に乱入してくる命知らずな魔物はいないだろうし、布団がなくても持ってきた服を下に敷けば問題なく寝られる。魔物さえいなければ俺はどこでだって寝られる奴なのだ。
「中庭ですか? たまに上位の魔物が中庭から攻めてくることがあるので絶対に夜、そこで寝ないで下さい。昼間は決壊をはっていて安全ですが夜には見張りがいるだけで結界はありませんので」
「…………上位の魔物」
勝てるどころか一瞬で殺られる未来が容易に想像できて、ブルブルと震えてしまう。
「エルリオさんは幼なじみとのことなので部屋の準備ができるまでの間、一人部屋のルーカスの部屋で過ごしてもらうことになります」
「ルーカスの部屋に俺が?」
厨房で働くってことは騎士よりかなり早起きになるし、夜も遅くなる。
(ルーカスの邪魔になるようなことはしたくないのに……)
「………………」
それしか俺に与えられた選択肢はないのに、素直にわかりましたと返事ができずに俯いてしまう。
「エル! エルに会いたくて迎えに来ちゃった」
面接室にルーカスが突然やってきた。
「ルー! 仕事は今休憩時間なのか?」
「みんな休憩中だったから、俺が部屋まで案内しようかと思ってきたんだ」
「そっか。って、なんで料理長に『俺の料理が世界で一番美味しい』なんて言ったんだよ。相手はプロでこっちは家庭料理しか作ったことない素人なんだぞ。明日から俺はどういう顔をして厨房で仕事したらいいんだよ」
「誰がなんて言ったって俺にはエルの料理が世界で一番美味しいんだから嘘は言ってないよ。明日からエルの料理が食べられるなんて楽しみだなぁ」
俺が本気で力説しているのに、当の本人は悪びれる様子もなければ嘘はついてないと開き直っている。
「お前がそんな表情をするなんて明日は雪でも降るんじゃないか?」
「アーノルド料理長、お望みとあらば雪ではない違うものを降らせますよ」
ルーカスを見て驚いている料理長に、ニコッと笑ってルーカスが返事をする。
「「「「「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ」」」」」
廊下から複数の悲鳴が聞えたかと思うとバタバタと足音が遠ざかっていく。
「これ以上邪魔をしないなら雨は降らないですけど、もしかして雨をお望みですか?」