グリッター
「……ねえ、やっぱりやめない?」
「やめない」
ガントレットを弄りながら、ジャンクはアイリの提案をバッサリと切り捨てた。
今日の授業は全て終わり、ついにジャンクとハイネの決闘の時間がやってきてしまった。
アイリは何度も決闘を辞めるよう提案したのだが結果はご覧の有様である。
二人とも揃いも揃って血の気が多すぎる。
何故自分の周りの人間はこんなんばっかなのだろうか。
「類は友を呼ぶって奴じゃない?」
「ナチュラルに心を読むな。て言うか、本当に勝てると思ってるの? ハイネはあんなんだけど、魔導鎧装の腕は超一流よ。騎士に選ばれているのは決して伊達でも酔狂でもないんだから」
確かにジャンクは強い。
が、ハイネに勝てると断言できるかと言われれば微妙な所だ。
決闘のルール上、肉体にダメージを受けることはないが、それでも痛みは感じるのだ。
転入早々そんなことになる必要も無いだろう。
「チッチッチ、勝てるか勝てないか、じゃないよ。大事なのは楽しいかどうか、さ」
「楽しい……?」
「互いの腕と技術を競い合うんだ。ワクワクするなという方が無理ってもんだよ。アイリは違うの?」
「……」
腕を失う前は、アイリも数多くの決闘をこなしてきた。
特にハイネとは何回も戦い、何回も勝って何回も負けた。
勝ち負けを繰り返していたから結局どちらが強いのかは分からずじまいだった。
それらの決闘を自分は楽しいと感じていたのか……二年しか経っていないのに、思い出せない。
沈黙するアイリを見ていたジャンクはふむと頷き、ぐっと親指を立てた。
「まあ見ててよ、絶対ワクワクさせてみせるからさ!」
校舎に隣接されている闘技場の観客席には、既に膨大な見物人が押しかけていた。
決闘は生徒達にとって格好の娯楽であり、決闘が始まるとアナウンスがあれば我先にと闘技場を目指す。
中には教師陣もちらほらいて、その視線はジャンクに注がれている。
十中八九、目的はジャンクの魔導鎧装の性能を調べるためだろう。
彼ら彼女らは教育者であると同時に一人の戦士。未知の魔導鎧装の戦闘を間近で見られるとなったら、職務をほっぽりだして見に行くのはそこまで不自然ではない。
アイリはその中に、スレンを見つけた。彼女は長寿種のエルフであり、百年近くこの魔導学院で教鞭を振るってきた大ベテランだ。
しかしその瑞々しい容貌を見てそう判断できる者はそうそういないだろう。
スレンもこちらに気付いたらしく、小さく微笑みかけてくるが、アイリは小さく礼をするだけですぐに目を逸らした。
そんな自分を情けなく思いながらも、闘技場に視線を戻した。
その中心には、腕を組んでいるハイネの姿がある。
彼女は決闘の開始十分前にはこうして相手を待ち構えている。
そのような余裕ある姿を見せることで、精神的優位に立つことができるとかなんとか言っていたことを思い出す。
ハイネは闘技場にやってきたジャンクを見ると、ふんと鼻を鳴らした。
「逃げなかったことは褒めてあげますわ」
「逃げるわけないじゃん。面白そうな祭りには参加したい……そう思うのは普通のことだと思うけど?」
「その減らず口。あなたの美しくないオンボロ魔導鎧装ごとギタギタの木っ端微塵にして差し上げますわ」
「おっと、美しいか否かを見た目だけで判断するのは早計ってもんだ。ジャンク・ザ・リッパーの全てを、その体で堪能してから決めて欲しいね……それに、木っ端微塵は日常茶飯事でね。壊れたらまた直せばいいんだよ」
互いを挑発するように言葉を重ねる二人。
「……随分と面白いこと言うな、あいつ」
「!?……って、なんだロッソか。驚かさないで」
いつの間にか隣に座っていたのは、ロッソ・スカーレット。
名前に似合った赤髪に、褐色の肌。それに獣人の証である獣の耳を持つこの少女は、ハイネの次くらいにアイリと交流の多い生徒である。
彼女は、ハイネやかつてのアイリのように前線に出て戦うのではなく、魔導鎧装の整備や改良を請け負う『整備屋』だ。
アイリの愛機であったブラストリアの整備も担当しており、今はハイネの魔導鎧装も整備している。
獣人故に耳が良いので、二人の会話も丸聞こえなのだ。
「で、なんだってこんなことになってんだよ。ハイネの奴が決闘ふっかけるのは珍しいことじゃねーが、今までとはちょいと違う感じだぜこりゃ」
「ハイネから聞いてないの?」
「聞いたよ。けどアイツ、まるで教えてくんねーんだ。頬を膨らませてそっぽ向いてよ」
真似をするように頬を膨らませてみせるロッソに、アイリは小さく吹き出した。
まったく子供じゃあるまいしとも思ったが、話して問題無いだろう。
ロッソは噂話をあっちこっちで吹聴するような奴ではない。
そんなわけでかくかくしかじかと説明すると、
「ぶわっはっは! なるほど、こいつぁ傑作だ!」
いきなり腹を抱えて笑い出した。
「そう? 席の取り合いで決闘とか確かにアホらしいと言うかバカバカしいけど、そんなに笑うこと?」
「ああ、一番の当事者がまるで自覚してないってのが最高だね。ったくハイネの奴。これじゃ完全にひとり相撲じゃないか」
「? 言ってることがよく分からないんだけど……」
「まあいいや。ひとまず転入生のお手並み拝見と行こうぜ。アイツの魔導鎧装、アタシ完全に見逃しちまってさ。強さ的にはどんなもんなんだ?」
「一人で魔族四体。軽々やっつけてた」
ヒュウ、とロッソは口笛を吹いた
いよいよ決闘の火蓋が切られようとしている。
闘技場内は特殊な術式が構築されており、ここでは痛みは感じるが傷を受けることはない。 観客も被害を受けないので、安心して観戦することができる。
もっとも、『怪我をしない』という手軽さ故に、この学校では『トラブル発生からの決闘』みたいな流れが出来上がってしまっているという部分もあるのだが。
そんなことは露知らず、ジャンクはじっと相手の出方を伺覗っているのだが、ハイネに動きはない。
はてどうしたものかと思っていると、ハイネが不審げな目でこっちを見てきた。
「……いつ纏鎧しますの?」
「え?」
「決闘は受けた側が先に纏鎧するのがルールですわ。そんなことも知りませんの?」
「ありゃ、そーなの? じゃあお言葉に甘えて」
魔導鎧装を収めてあるガントレット――ギガントレット(ジャンク命名)に取り付けられたキーボードに、起動コードを入力。
「纏鎧!」
魔導鎧装がジャンクの体に装着され、その全貌が明らかになると、初めて見たであろう観客達の戸惑いの声が上がった。
ジャンクの魔導鎧装を見た人間の反応は大抵共通しているので慣れたものだが、もう少し盛り上げてくれてもいいのではないだろうか。
やはりジャンクの美的センスは時代を先取りしすぎたらしい。
「決闘のイロハも理解していないなんて……まあいいでしょう。私が手解きをして差し上げますわ!」
腰に差していた刀を抜刀し、剣舞の如く振るう。
「――纏鎧!」
足下に展開された魔方陣がハイネの肉体を通過し、魔導鎧装が装着された。
騎士というにはかなり違和感のある造形だが――そもそもこの魔導鎧装は騎士をイメージして作られたものではない。
「これが私の魔導鎧装〈グリッター〉――せいぜいその目に焼き付けるといいですわ!」
「うおっ眩し!」
金色である。
金ピカである。
名は体を表すとはよく言ったもので、ハイネのグリッターは見事なまでにキンキラキンであった。
「ていうか、それ――忍者!?」
騎士というよりは、完全にそうとしか言いようのないデザインだった。