鈍感、そして決闘
「初めまして! 転入生のジャンク・ザ・リリィです! みんなよろしくゥ!」
授業の時間を少しばかり使って、ジャンクの自己紹介が行われている。
大勢の人を前にすれば、少しは態度が変わったりするのだろうかと思ったが全然そんなことはなく、壇上に立ったジャンクはびしっと横ピースを決めていた。
いちいち細かい事に突っ込んでいたらキリが無いので、生暖かい視線だけ送ってやることにした。
それに気付いたジャンクはアイリに向かってぶんぶんと手を振りはじめた。鬱陶しい。
「ノーデンスさんの知り合い?」
「なんでも一緒の部屋らしいぜ」
「あれ、でも前に同部屋だったのって……」
「シッ、触らぬ逆鱗に祟り無しよ」
そんな声が聞こえているが無視する。
そうしていると、ぴしっと無駄に良い姿勢で挙手をする生徒がいた……ハイネである。
「あなた、魔導鎧装はお持ちかしら?」
「持ってるけど、どうしたの?」
「この学校では、学年の始めに生徒が自己紹介を兼ねて自分の魔導鎧装を披露する風習がありますの。時期は少しズレていますが、是非あなたの魔導鎧装をお目にかけたいものですわ」
魔導鎧装の披露は、年度初めのちょっとしたイベントだ。
その機会に自慢の魔導鎧装を披露し、自分がどのような力を持っているか知らしめるという意味合いもある。
実際騎士団に入ろうと目論む生徒にとっては最初の正念場とも言っていい。
見たことない機種やカスタマイズを目にすることが出来る機会なのでアイリも嫌いではない。 ちなみに今年一番目立っていたのはハイネだった。
一方アイリの方はと言うと、そもそも着装できない状態にあるので着装せずに自己紹介を終えた。
あの微妙な空気は中々忘れられそうにない。
ハイネの言葉を聞いたジャンクはふむふむと頷く。
「なるほど、そりゃおもしろいね……よし、僕もいっちょやるか! アイリー! 鞄投げて!」
この教室は階段式になっていて、アイリが座っているのは後方の一番隅っこだ。
そして隣には当たり前のようにジャンクの鞄が置いてある。
それにしても投げろ、ときたか。ジャンクのオーダーだし別に構うまいと、鞄の取っ手を掴んでフルスイングでジャンクにぶん投げた。
「危な! 顔面に向かって投げたでしょ今!?」
生憎利き腕ではないから力加減が効かないのだ。
「まったくアイリは照れ屋さんなんだからもー」
ブツブツ言いながらジャンクは鞄の中に手を突っ込み、ガントレットを装着。
鼻歌交じりにキーボードにコード(着装に必要な呪文みたいなもの、らしい)を入力。
そして昨日のように装着してみせたのだが……
結論だけ言っておこう。
ジャンクはこの後滅茶苦茶浮いた。
「なんか避けられてる気がする!」
昼休みの食堂にて、ジャンクはミートボールにフォークを突き刺しながら言った。
「気がする、じゃなくて実際避けられてんの」
「なんで!?」
「あんたが何から何までイレギュラーだから。特にジャンク・ザ・リッパーの外見が致命的。正直魔族と誤解されても文句は言えないデザインだし」
無論、変わったデザインの魔導鎧装もあるにはあるのだが……ジャンク・ザ・リッパーはそれらとも一線を画した異質さなのだ。
「けどルルはそこまで変な反応しなかったじゃん! ちょっと怖がってたけど!」
「それはあんたに助けて貰った恩があるから。けど今日教室にいた連中はそうじゃない」
「ちぇーっ、このかっこよさが理解されないとは、ちょっちがっかりだよ」
「かっこいい……か?」
実際に動いて戦っている姿を見ると、中々悪くないように見えるのも事実だが。
ジャンクはミートボールを咀嚼し飲み込むと、はぁと嘆息した。
「いきなり出鼻くじいちゃったなぁ……こうして普通に接してくれるのはアイリだけだよ~」
「私も避けようとしてる一人なんだけど」
「そーなの?」
「あんたがズカズカ入り込んできてるだけだから」
いつものように食堂で食べていたら、ぬるっと当たり前のように相席してきたのだ。
「はー、なるへそ。とっくに大親友だと思ってたぜ」
今までの会話でよくそんな結論が導き出せたものだ。アイリは半眼で睨むが、ジャンクは気にした様子を見せずに、フォークに巻いたパスタを頬張っている。
食堂で出される料理は無料でお代わり自由だが、ジャンクみたいにドカ食いしている生徒は中々いない。そう思いながら、ブロッコリーと鶏胸肉の炒め物を口に運ぶ。
胸肉のしっとりとした味わいと、ブロッコリーの歯ごたえが気に入っていて、騎士時代からいつもこれを食べている。
「でもまあ、あんま人が寄ってこないってところは、アイリも僕とお互い様だよね」
フォークがピタリと止まる。
「別に私は誰かと群れたいわけじゃない。自発的に一人でいるだけ」
所謂、能動的孤独と言う奴だ。
「へー、よく分かんないけど、色々考えているんだねえアイリも」
その言葉を逆手に取れば、今までジャンクはアイリのことをを考えなしのバカと考えていたという事か?
……いや、もうこの話は止めよう。なんか続けても虚しいだけだ。
「そもそも、あんたなんで魔導学院に編入してきたの? ここにいるより、冒険者とか傭兵とかやってれば結構な稼ぎになると思うけど」
魔導学院で学ぶまでもなく、ジャンクは自分の魔導鎧装の性能を十二分に引き出している。 正直学校に通うメリットがあまり見いだせない。
「んー……別に確固たる目的があるって訳じゃないよ。こう言うのも楽しそうだなーって言うか、まあそんなとこ。ここまで魔導鎧装とその装着者が集まる場所も、そうそうないでしょ? 一人でアレコレ考えるのもそろそろ限界だと思ってたし、言い刺激になるかなーって」
確かにここは、魔導鎧装開発の最前線だ。
ソレイユ以外の国でも、開発者である甲冑師を招聘し、研究者として支援を行うのは決して珍しいことではない。
魔導学院はどれだけ高い力を持つ騎士を生み出すかだけでなく、どれだけ腕の良い甲冑師を抱え込めるかも重要になる。
「けどまあ、初日はこの有様だけど、アイリとも出会えたわけだし……うん、そう言う意味じゃ、中々幸先の良いスタートじゃないかな?」
「何言ってんだか……」
まあ、ここまで言われると悪い気はしない。
そもそも、勝手に相席してくる輩には慣れている。
そう思っていると、トレイを手にしたハイネがやってきた。
ハイネは一瞬嬉しそうな顔をしたが、ジャンクの姿を見ると、むむっと眉を顰めた。
「ジャンク・ザ・リリィ? 申し訳ありませんがここは私のお気に入りの席ですの。どうか譲って下さらない?」
まさかの立ち退き要求である。ジャンクはその要求に不思議そうに首を傾げる。
「ふぅん? 他にも席は空いているけど、そっちじゃダメなの?」
「ダメですの」
相変わらずのワガママぶりだ。
この席をハイネが気に入っているということも初耳であった。
大体いつもアイリが食べている正面か隣にやってくるので、定位置というものがいまいち分からない。
「そっか、じゃあ別の席に移動するよ。行こ、アイリ」
「私も移動するのね……まあ、いいけど」
どちらと食べようとやかましいことには変わりないし、今はジャンクのことが気になるので席を立とうするが、ハイネが待ったをかけた。
「待ちなさいな。アイリは置いてってくださる?」
少しムッとくる――私は物か何かか?
「えー? じゃあ僕も移動するのやーめた」
「ちょっと!? 話が違うではありませんの!」
「だって僕はアイリと一緒に食べたい気分なんだ。だからアイリがいないなら移動する理由もないんだよ。お分かり?」
ジャンクは例の胡散臭い……いや、それを通り越して挑発的な笑みを浮かべている。
「ハイネ、ここがいいって言うんなら、さっさと座ればいいでしょ? かと思ったら私を置いてけとか、相変わらず変な所でこだわるんだから……あんた一体なにがしたいの?」
「ぐ、ぐぎっ……」
なにやらぷるぷるしているが、それだけではさすがに伝わらない。
「おっと……ねえハイネ。どうもこのお姫様は肝心なことが分かっていないようだぜ? こりゃいよいよ平行線って奴じゃあないかい?」
「……確かにそうですわね。ならば、白黒はっきり付けようではありませんか」
あ、嫌な予感。
ハイネがどのようにして白黒つけるのかは、今まで何度も見てきた。
びしりとジャンクを指さし、ハイネは声高らかに宣言する。
「決闘ですわ、ジャンク・ザ・リリィ! そのしたり顔をけちょんけちょんにしてさしあげましてよ!」
「……やっぱり、こうなった」